表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪女の優雅で素晴らしい贅沢生活  作者: 海城あおの
最終章 悪女の優雅で素晴らしい贅沢生活

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
32/34

31. 黒薔薇に、白い祝福を



「やった……! 動いた……!!」


 アーティファクトが起動し、白い光が周囲へ広がっていく。すると近くにいた男性が驚いたような声を上げた。


「黒薔薇が……消えてるぞ!」


 その叫びをきっかけに、周囲からも次々と声が上がった。


「私の腕も!」

「痛みがなくなったわ!」

「黒い模様が消えたぞ!」


 私たちの近くにいた患者たちの腕から、黒薔薇の模様が消えていた。


(成功した……!)


 確かな手応えに、胸が熱くなる。そして確信した。


(白魔法とブランジェムを組み合わせれば、黒薔薇病を治せる!)


 そう手応えを感じたのも束の間だった。

 安定していたはずの魔法陣の光が、徐々に弱まっていく。


「え……?」


 慌てて術式へ目を走らせる。書き換えは失敗していない。術式そのものは正常に発動している。


(どうして……?)


 そう考えた途端、体が鉛のように重くなった。全身から力が抜け、思わず肩で息をする。

 私はかすれた声で呟いた。


「まさか……魔力切れ……?」


 何度も術式を起動し、修正を繰り返したせいで、私の魔力は底をついてしまった。魔法陣の光がさらに薄れていく。


「待って……!」


 咄嗟に魔力を注ぎ込もうとする。だが伸ばした指先の前で、魔法陣は完全に光を失った。

 顔を上げれば、広場にはまだ苦しむ人々が大勢残されていた。遠くから新たな悲鳴が上がる。

 このままでは感染が止まらない。広場を越えて、王都中へ広がってしまう。

 息が次第に荒くなる。汗が額を伝い、視界がちかちかと明滅した。

 術式は完成している。

 治す方法だってもう分かっている。


(魔力さえあれば、全員を救えるのに!)


 焦りで頭の中が真っ白になりかけた、その時だった。


「大丈夫」


 私の手の上に、温かな手が重なった。

 ハッと顔を上げると、ベリルがいつものような笑みを浮かべている。手のひらから魔力が流れてこんできた。


「君ならできるよ」


 濃紺の瞳には、迷いも恐れもなかった。

 私を信じてくれている。その事実が私に勇気を与えてくれた。

 私は力強く頷く。

 そして二人で同時にアーティファクトへ魔力を流し込む。その瞬間、胸の奥に強い既視感が走った。


(この感覚、どこかで……)


 冷たい水のように澄んでいて、不思議と心地よい魔力。

 以前、ギルドで感じたオーナーの魔力とあまりにもよく似ていた。すると胸に引っかかっていた違和感が、次々と蘇ってくる。


「君の黒薔薇病は?」

 ──なぜ私の黒薔薇病を知っていたの?


「ブランジェムと白魔法を組み合わせるのだろう?」

 ──なぜその二つを組み合わせると知っていたの?


 バラバラだった違和感が一つの答えへ収束していく。私は息を呑み、ベリルの顔を見た。


「貴方は……」


 掠れた声が漏れる。ベリルは私の視線に気づき、紺色の瞳でまっすぐに見つめ返してきた。

 私は動揺を隠すように、アーティファクトへ視線を戻した。

 驚きも、戸惑いもある。だが不思議と騙されていたことへの怒りは湧かなかった。


(全てが終わったら、必ず答えを聞かせてもらうわよ)


 そう心に決め、再び魔力を流し込んだ。

 ガラスの中で砕かれたブランジェムが白く輝き始める。その光は香水と混ざり合い、細かな粒子となって装置の中を舞った。


 次の瞬間──圧倒的な白い光が、中央広場いっぱいに広がった。




 広場を、静寂が包んでいた。

 眩い光に耐えきれず閉じていた目を、私はおそるおそる開く。

 先ほどまで空中を覆っていた魔法陣は、跡形もなく消えていた。広場に満ちていた白い光も、今は淡い残光となって宙を漂っている。

 成功したのか。それとも、また途中で消えてしまったのか。

 周囲を確かめようとした、その時だった。


「君は……本当に、すごいね」


 すぐそばから、ベリルの声が聞こえた。


「え……?」


 言葉の意味を尋ねようと振り向く。

 だがその瞬間、地面まで揺れるかと思うほどの歓声が、広場中から一斉に湧き上がった。


「黒薔薇が消えたぞ!」

「痛くない……痛くないわ!」

「治った! 本当に治ったぞ!」


 人々が、自分の腕を見つめながら次々と声を上げている。先ほどまで黒薔薇に覆われていた肌は、元の色を取り戻していた。

 泣きながら抱き合ったり、何度も自分の腕を確かめる人たちを見て、ようやく現実が胸へ押し寄せてきた。


(成功したんだわ……!)


 手が震える。すると、周囲のざわめきが少しずつ別の形へ変わっていった。

 夥しい数の視線が私へ集まっている。治療を受けた人々だけではない。警備兵や医療班、舞台にいた候補者たち。

 誰もが、私の方を見ていた。


「エスメラルダ様が治してくださったんだ!」


 一人の男性が、大きな声を上げた。それを皮切りに、至るところから声が響く。


「エスメラルダ様!」

「ありがとうございます!」

「私たちを救ってくださった!」


 次々と降り注ぐ感謝の言葉に、私は呆然と立ち尽くした。

 私が身につけてきた力が、誰かの命を救った。そして感謝と共に私の名前を呼んでくれている。

 胸の奥から熱いものが込み上げた。


(私がしたことで、こんなにも喜んでもらえるなんて……)


 堪えきれず、涙が頬を伝う。

 私の名前を呼ぶ声も。感謝を伝える声も。

 私はただ降り注ぐ言葉を受け止めながら、その場に立ち尽くしていた。


 やがて一輪の白薔薇が宙を舞った。


 ゆるやかな弧を描き、私の足元へ落ちる。

 驚いて顔を上げる。

 投げたのは、先ほど黒薔薇病を発症していた一人の令嬢だった。彼女は涙を浮かべながら、私へ深く頭を下げている。


「私の花は、エスメラルダ様に」


 その言葉に、広場が一瞬だけ静まり返った。

 次の瞬間、二輪目の白薔薇が飛んできた。続いて三輪目、四輪目とどんどん続いていく。

 一つ、また一つと、白い花が私の足元へ落ちていく。


「私も、エスメラルダ様へ!」

「私たちを救ってくださった方こそ、花の女神にふさわしい!」

「エスメラルダ様!」


 声が重なるたび、白薔薇の数も増えていった。やがてそれは、数え切れないほどの花の雨へ変わる。

 無数の白薔薇が、夕暮れの空を舞った。

 黒薔薇に命を脅かされていた私の周囲を、今度は祝福するように白い花が埋め尽くしていく。


 花の中で息を呑んだ。原作のエスメラルダは、この舞台で一輪の花すら与えられなかった。

 けれど今、私の足元には数え切れないほどの白薔薇がある。

 誰かから奪った花ではない。金で買った票でもない。

 私が積み重ねてきたものを見て、人々が自ら選び、投げてくれた花だった。


 涙で滲む視界の向こうにベリルの姿が見える。彼は誰よりも誇らしそうに、私を見つめていた。

 髪に挿してもらった最初の一輪へそっと触れる。私は涙を拭い、ベリルに微笑む。

 そして白薔薇を投げてくれた人々へ向かって、深く頭を下げた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
よ、よかったー!パンデミックみたいにならんでよかったー!
白魔法が使えるようになった? さあレティシアはどうするのか…
 ?(・д・  =  ・д・)? あれ、聖女様はー?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ