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【完結】悪女の優雅で素晴らしい贅沢生活 〜過労死した私、社畜スキルで稼ぎます〜  作者: 海城あおの
最終章 悪女の優雅で素晴らしい贅沢生活

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29. 広がっていく黒薔薇病

 

 歓声に満ちていた広場が一瞬で静まり返る。

 黒い影が入り込んだ令嬢は苦しそうに腕を押さえ、床へ崩れ落ちていた。白い手袋の隙間から、黒い蔦のようなものが這い上がっている。

 誰かが震える声で呟く。


「黒い、薔薇……?」


 令嬢の腕に、漆黒の薔薇が咲いていた。見覚えしかないその模様に私は愕然とする。


(黒薔薇病……!)


 黒薔薇病はほとんど発症例のない奇病だったはずだ。それなのに今、私以外の人間が同じ病に苦しんでいる。

 しかも黒薔薇病は魔力を使ったことをきっかけに発症する。だが、彼女が魔法を使った様子はなかった。

 脳裏に浮かんだのは、先ほど私の腕から飛び出した黒い蛇のような光だった。


(そうだわ。レティシアが私の腕に触れて、それで──)


 そこまで考えてレティシアを見ると、彼女はすでに令嬢のもとへ駆け寄っていた。


「大丈夫ですか!?」

「い、痛い……! 痛いわ!!」

「今すぐ治しますから!」


 そう言って、レティシアは令嬢の腕へ手をかざした。

 白く柔らかな光が手のひらから溢れ、黒薔薇の模様を包み込んでいく。


「白魔法だわ!」

「聖女様がいるなら安心だ!」


 候補者たちや観衆は戸惑いながらも、安堵の息を吐いた。だが私の背中には一筋の汗が伝っていく。

 脳裏に浮かんだのは、私が黒薔薇病の発作で倒れた日のことだ。


(黒薔薇病は白魔法でも治せない……!)


 実際、令嬢は変わらず苦しみ続けている。

 白い光に包まれているにもかかわらず、黒薔薇は消えない。それどころか黒い蔦が腕の上を這うように広がっていた。

 ブランジェムを砕いて飲ませれば、ひとまず症状は抑えられるはずだ。

 私は発作に備えて身につけていたブランジェムの腕輪を外し、レティシアのもとへ駆け寄った。


「ああああああっ!」


 激痛が走ったのか、令嬢が叫び声を上げる。黒薔薇の模様はすでに腕全体を覆っていた。

 私が腕輪を叩き壊そうとした、その時だった。

 レティシアの胸元が眩い光を放った。白魔法に呼応するように、ペンダントにはめ込まれた白い石が強く輝いている。

 その石を見て、私は目を見開いた。


(ブランジェム……!?)


 なぜレティシアがブランジェムを?疑問が浮かんだ瞬間、白魔法の光が一際強く輝いた。眩しさに思わず目を細める。

 そして光が収まった時、令嬢の腕から黒薔薇は消えていた。糸が切れたように令嬢はその場へ倒れ込む。

 レティシアも大量の魔力を使ったのか、肩を大きく上下させながら荒い息を繰り返していた。

 私は目の前の光景が信じられず、言葉を失う。


(黒薔薇病が治った? 私の時には効かなかったのに……!?)


 混乱で頭がいっぱいになっていると、レティシアがふらりと立ち上がった。

 足元をふらつかせながらも舞台の中央まで歩いていき、観衆へ向かって弱々しく微笑む。


「皆様、ご安心ください。治癒は完了しました」


 一瞬、広場を沈黙が包んだ。

 次の瞬間、舞台が揺れるかと思うほどの歓声が巻き起こる。


「聖女様!」

「レティシア様!」

「病を治してくださったぞ!」


 至るところから、レティシアの名を称える声が上がった。レティシアは息を切らしながらも、慈愛に満ちた微笑みを浮かべて応えている。

 だが私の胸には拭えない違和感が残っていた。

 レティシアがブランジェムを持っていたことではない。黒薔薇病を白魔法で治したことではない。

 何か、もっと重要なことを見落としているような──


 その時だった。


 観衆の中にいた一人の子供が、舞台の上を指差した。


「ねえ、見て。黒いお花だ!」


 その無邪気な声に、私は勢いよく振り返った。

 少し離れた場所にいた三人の令嬢が、自分たちの腕を見つめ、真っ青な顔で立ち尽くしている。

 その三人は、先ほど倒れた令嬢を支えようと駆け寄っていた者たちだった。彼女たちの腕には、黒い薔薇の模様が浮かび上がっている。

 その光景を見た瞬間、閃光のように医学書の一文が蘇った。


『病が進行すると、他者へ感染する』


 直後、三人の悲鳴が響き渡った。


「いやあああっ!」

「痛い! 腕が……!」

「誰か、助けて!」


 三人は腕を押さえ、呻きながらその場へしゃがみ込む。その尋常ではない様子に観衆のざわめきが一気に広がった。

 先ほどまで歓声に満ちていた広場が、恐怖と混乱に塗り替えられていく。


「感染したのか?」

「病が広がっているぞ!」

「ここにいて大丈夫なのか!?」


 人々が押し合うように後ずさり、悲鳴が次々と上がる。

 レティシアは顔を青ざめさせたまま、立ち尽くしていた。


「どうして……?」


 震える声が漏れる。


「治したはずよ! 私の白魔法で、確かに……!!」


 目の前の光景を受け入れられないように、何度も首を横に振っている。

 痛みに苦しむ令嬢たち。逃げようと押し合う観衆。指示を失い、右往左往する警備兵たち。舞台の空気が異様さを増していく。

 その混乱を切り裂くように、澄んだ声が響いた。


「静まってくれ!」


 舞台の上へ駆け上がったのは、ベリルだった。普段の軽やかな雰囲気は消え、瞳には鋭い光が宿っている。


「医療班は直ちに舞台へ! 患者に直接触れず、防護魔法を使用すること!」


 凛としたその声は混乱の中でもよく通った。警備兵や医療班の者たちが、はっと我に返る。

 ベリルは間髪を入れず、次の指示を飛ばした。


「警備は観衆を広場の外へ誘導してくれ! 押し合えば怪我人が出る。出口ごとに人を分けろ!」

「は、はい!」

「黒薔薇の模様が出た者がいれば、すぐに医療班へ知らせるんだ。決して一人で動かすな!」


 てきぱきとした指示に、停止していた人々が一斉に動き始める。逃げ惑っていた観衆も警備兵の誘導に従い、少しずつ流れを取り戻していった。

 だがその声を遮るように怒鳴り声が響く。


「なぜお前が指示をしている!?」


 レオンハルトだった。

 彼は怒りに顔を歪め、ベリルへ詰め寄っていく。


「勝手な真似をするな! この場を仕切るのは王族である俺だ!」

「そんなことを言っている場合かッ!」


 空気が震えるほどの叱責に、レオンハルトが息を呑む。

 ベリルは怒りを隠そうともせず、さらに言葉を続けた。


「民たちの命がかかっているんだ! 僕に文句を言う前に、王太子としてやるべきことがあるだろう!」

「……っ」


 レオンハルトは悔しそうに顔を歪めた。だが言い返すことはできず、やがてレティシアへ向き直る。


「レティシア! 今すぐ患者たちを治すんだ!」

「で、ですが……もう、魔力が……」


 レティシアの声はかすれていた。先ほどの治療だけで、かなり魔力を消耗したのだろう。

 それでもレオンハルトは構わず声を荒らげる。


「聖女なのだろう! ならば治せ!」

「でも……」

「言い訳をするな! 民が見ているんだぞ!」


 その言葉に、レティシアは絶望したようにレオンハルトを見つめた。

 だがレティシアは逆らえず、ふらつく足取りで患者たちへ近づいていった。令嬢たちは腕を押さえ、床へうずくまっている。


「早く! 早く治してよ!」

「私からよ!」

「聖女様なら治せるのでしょう!?」


 令嬢たちの悲鳴がレティシアへ突き刺さる。彼女は震える手を掲げ、白魔法を発動しようとした。

 淡い光が手のひらに集まる。

 だが令嬢たちへ届く前に頼りなく揺らぎ、すぐに消えてしまった。


「そんな……」


 レティシアの額には玉のような汗が滲み、呼吸も荒い。もう一度魔力を集めようとするが、白い光は一瞬瞬くだけで形を保てない。

 苦しむ令嬢たちの声だけが、舞台の上へ響き続けていた。


 地獄絵図だった。


 黒薔薇病に苦しむ令嬢たち。逃げ惑う民衆。青ざめた顔のレティシア。

 何とかしなくてはと思えば思うほど、頭の中が混乱していく。

 悲鳴も怒号も、すぐ近くで響いているはずなのに、まるで遠い場所で起きている出来事のように聞こえた。

 足が動かない。私はただ目の前の光景を呆然と見つめていた。


「エスメラルダ!」



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― 新着の感想 ―
こりゃ王子も共犯かな
わっわぁ…地獄絵図…
 聖女さまよ、やっちまったな…。  ジェムの在庫足りるのか?
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