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【完結】悪女の優雅で素晴らしい贅沢生活 〜過労死した私、社畜スキルで稼ぎます〜  作者: 海城あおの
最終章 悪女の優雅で素晴らしい贅沢生活

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28. 悪女に迫る黒い影

 

 まさかこの場で白薔薇をもらえるとは思わず、言葉を失った。

 ベリルに冗談めかした様子はない。濃紺の瞳が、まっすぐに私を見つめている。

 胸の奥がまた騒がしくなった。


「……投票前に使ってしまってよろしいのですか?」

「君に投票するって決めてたから」


 迷いのない言葉だった。頬が熱くなる。

 私が何も返せずにいると、ベリルはようやく悪戯っぽく笑った。


「これで一輪ももらえないことはなくなったね」

「そうですね」


 髪に触れないよう気をつけながら、私は小さく笑った。

 その時、広場の反対側から大きな歓声が上がる。


「レティシア様だ!」

「聖女様よ!」


 人々が一斉に振り返る。視線の先には、水色の髪を揺らすレティシアがいた。

 純白のドレスには細かな銀糸で花の刺繍が施されている。胸元には白い石が嵌め込まれた聖具が飾られ、歩くたびに淡い光を反射していた。

 そして片方の指には、艶のない黒い石を嵌めた指輪が光っている。白一色の装いの中で、その指輪だけが妙に目立っていた。


(あれは……)


 先に目に入ったのは、胸元の白い石だった。見覚えがあるような気がして、私は目を細める。

 だが詳しく確かめる間もなく、レティシアの隣に立つ人物が目に入った。レオンハルトだ。

 二人は腕を組み、観客たちへ笑顔を振りまきながら広場へ入ってくる。

 子供たちはレティシアの名を呼び、大人たちも感動したように頭を下げている。レティシアは慈愛に満ちた笑みを浮かべ、子供から差し出された小さな花束を受け取った。


「ありがとうございます。とても綺麗ですね」


 やわらかな声に周囲から感嘆のため息が漏れる。完璧な聖女の姿だった。

 二人は私たちの近くを通り、その際レティシアがちらりとこちらを見る。

 私とベリルが手を繋いでいる様子を見て、レティシアの笑みが一瞬だけ固まった。だがすぐいつもの穏やかな表情へ戻る。

 一方、レオンハルトは隠すつもりすらないようだった。私たちを見た瞬間、顔が目に見えて険しくなる。


(こちらに来ませんように……!)


 全力で祈ったものの、その願いは早々に粉砕された。レオンハルトはレティシアを伴い、こちらへ近づいてくる。


「エスメラルダ」


 不機嫌そうな声で名前を呼ばれる。またこの展開かと思いつつ、私は頭を下げた。


「ご機嫌よう。レオンハルト様、レティシア様」


 形式的に挨拶すると、レティシアは微笑んだ。


「ご機嫌よう、エスメラルダ様。ベリル様とご一緒なのですね」

「ええ」


 レオンハルトは黙ったままこちらを睨みつけてきている。すると隣でベリルが小さく笑った。


「光栄なことに、エスメラルダ様からお誘いいただきまして」


 どこか誇らしげな声だった。レオンハルトの眉が吊り上がる。


「そんなことは聞いていない」

「失礼。あまりにも嬉しかったので、つい」


 にこやかに答えるベリルに、レオンハルトのこめかみが引きつった。二人の間に、見えない火花が散っているような気がする。

 巻き込まれたくない。私は話を終わらせようと舞台へ視線を向けた。


「まもなく始まるようですわ」


 ちょうどその時、広場に高らかなラッパの音が響いた。舞台の上に祭りの司会を務める男性が姿を現す。

 華やかな赤い衣装をまとい、両手を大きく広げた。


「皆様、大変お待たせいたしました!」


 魔法によって拡大された声が、広場中へ響き渡る。


「これより花の女神の候補者を、お披露目いたします!」


 歓声が爆発した。笛や太鼓が一斉に鳴り、舞台の周囲から無数の花びらが吹き上がる。

 空へ舞い上がった花びらが陽光を受け、色鮮やかな雨となって降り注いだ。

 候補者たちが係員に呼ばれ、舞台裏へと案内されていく。

 私も向かおうとベリルの手を離そうとする。だが、彼の指先は私をそっと引き止めた。


「エスメラルダ様」


 いつもの軽い声ではなかった。静かに呼ばれ、顔を上げる。

 ベリルは私をまっすぐ見つめた。紺色の瞳の中に花びらの光が煌めいている。その光の揺らめきを見ていると、何だか魔法にかけられるような心地がした。


「楽しんで」

「……ええ」


 短く答える。ベリルは柔らかく笑い、ようやく手を離した。

 指先に残った温もりを感じながら、私は舞台へ向かった。


 ちらりと見ると、レティシアは少し離れた場所を歩いていた。そこに民衆へ向けていた慈愛の笑みはない。その暗い視線にぞわりと背筋が震える。

 しかし私と目が合った瞬間、再び聖女らしい微笑みを浮かべる。


「お互い頑張りましょうね。エスメラルダ様」

「ええ」


 私も微笑み返す。


「正々堂々と参りましょう」


 その言葉に、レティシアの瞳がわずかに揺れた。何か気になる反応だった。

 だが深く考える前に係員から名前を呼ばれる。私は胸を張り、花びらの舞う舞台へ足を踏み出した。


 広場を埋め尽くす観客たちの視線が、一斉にこちらへ集まる。喉が渇き、手のひらにじわりと汗が滲んだ。

 拒絶されるのではないかという不安が、足元から這い上がってくる。

 だがここで俯くわけにはいかない。私は背筋を伸ばし、ゆっくりと舞台の中央へ進んでいく。

 そして観客へ向かって一礼した。

 ──すると、どこかから声が上がった。


「エスメラルダ様!」


 顔を向けると、一人の少女が満面の笑みで手を振っている。それをきっかけに、別の場所からも名前を呼ぶ声が上がった。


「アーティファクトを作った方よ!」

「鉱山の人たちを救ったんだろう?」

「香水も素晴らしかったわ!」


 次第に声が重なり、広場いっぱいに広がっていく。その声に呼応するように、胸の奥が熱を帯びていった。

 前世ではどれだけ働いても、努力を認められることはなかった。成果は当然のように奪われ、物のように扱われていた。

 ──けれど、今は違う。

 私が積み重ねてきた努力を見てくれる人たちがいる。そして嬉しそうに、私の名前を呼んでくれる人がいる。


(……嬉しい)


 涙がじわりと浮かんでいく。視線を上げると、観客席の前方にいるベリルと目が合う。

 彼は誰よりも満足そうに、こちらを見つめていた。私はそんな彼に微笑みを返した。


 やがて候補者全員のお披露目が終わり、最後にレティシアが舞台へ進み出た。

 彼女が姿を見せた瞬間、広場は再び大きな歓声に包まれる。レティシアは白いドレスの裾を広げ、優雅に一礼した。

 胸元の聖具が、陽光を受けて白く輝く。司会者が声を張り上げた。


「それでは花の女神候補の皆様には、舞台中央へお並びいただきます!」


 候補者たちが横一列に並ぶ。私の隣にはレティシアが立った。

 彼女は正面を向いたまま、小さな声で囁いた。


「……皆から愛されていると思っているのですね」


 一瞬、何を言われたのか分からなかった。

 横目で見ると、レティシアは微笑んでいた。

 観客から見れば、仲の良い令嬢同士が言葉を交わしているようにしか見えないだろう。だがその声はぞっとするほど底冷えしていた。


「何のお話でしょう?」


 私も笑みを崩さずに返す。レティシアは前を見つめたまま続けた。


「少し評判が上がったからといって、勘違いなさらない方がいいですわ」

「……勘違い?」

「この国の人々が求めているのは、悪女ではありません」


 そう囁きながら、レティシアは私に体を寄せた。

 そして指先で私の右腕に触れる。指に嵌められた黒い指輪がかすかに光った。


「人々を救い、導くことのできる聖女です」


 その瞬間、右腕の内側がどくりと熱を持った。


「……っ」


 思わず眉を寄せる。黒薔薇病の発作とは違う。

 何か冷たいものが皮膚を突き破り、体の奥へ入り込もうとしているような不快な感覚だった。

 反射的に、袖の上から右腕を押さえた。

 冷たい気配が腕の中に留っている。まるで侵入する場所を探して、皮膚の下を這い回っているようだった。袖の下に隠れた黒薔薇が焼けるような熱を帯びる。

 私はレティシアを睨みつけながら叫んだ。


「一体何を──」


 そう訴え瞬間だった。

 パチン!と乾いた音がして、何かが弾けた。


「え……!?」


 私は思わず一歩後ずさった。

 同時に、触れていたレティシアの手も強く弾かれる。

 先ほどまで余裕を浮かべていたレティシアの顔から、笑みが消えた。大きく見開かれた瞳には戸惑いが浮かんでいる。

 何が起きたのか理解できていないのは私も同じだった。

 その時、黒い影が私の足元へ落ちた。悲鳴をあげる間もなく、影は生き物のように身をくねらせ、舞台の上を蛇のように走っていく。


(今のは、何……!?)


 黒い影は少し離れた場所に立っていた令嬢の足元へ滑り込んだ。だが令嬢自身は何も気づいていない。

 隣にいた友人と笑いながら言葉を交わし、その場に立ったままだ。そして黒い影は、何事もなかったかのように跡形もなく消えた。

 ――その瞬間だった。


「きゃああああっ!」


 令嬢の甲高い悲鳴が、広場中に響き渡った。



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― 新着の感想 ―
こっわ…
 (*´・д・)うわぁ。セルフざまぁで巻き込んでいいのは婚約結んだ相手までやぞ。
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