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【連載版】悪女の優雅で素晴らしい贅沢生活 〜過労死した私、社畜スキルで稼ぎます〜  作者: 海城あおの
第一章 悪女は贅沢な人生を諦めない

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2. 社畜を甘く見ないでください

 


 一週間後──


(この生活……)

(最高すぎる!!!)


 あれほどお先真っ暗だと思っていた転生生活を、私は完全に満喫していた。

 今の私はふかふかのベッドに寝転び、メイドに爪を磨いてもらっている。

 サイドテーブルには花の香りのお香が焚かれ、部屋全体を癒しの空間に染めていた。その横に置かれた皿からマカロンをひとつ摘まみ、口に放り込む。サクッとした軽い食感のあと、上品な甘みが舌いっぱいに広がった。


(!? このマカロン、美味しい! 流石は公爵家!)


 マカロンの美味しさに目を見張りながら、私はこの一週間の生活を思い返した。

 まず十時に起床。昼前まで眠れる生活が、これほど素晴らしいものだと思わなかった。

 目を覚ました瞬間、メイドたちがすっと現れ、私の身支度を整えていく。パジャマを脱がし、ドレスを着せ、髪を丁寧に梳かす。その間にも、別のメイドが朝食の準備を進めてくれる。


 やがて、銀のワゴンに載せられた朝食が運ばれた。

 焼きたてのクロワッサン、季節の果物、香ばしいスコーン、何種類ものジャム、湯気をたてる温かいスープ。私は窓辺の椅子に座り、ただ待っていればいい。

 そして、出来たての料理を口に運ぶ。その瞬間、ぶわっと目に涙が溢れた。


(こんな人間らしい食事したの、いつぶり……!?)


 クロワッサンを食べた日はおいおいと泣いてしまい、メイドを慌てさせてしまった。前世では、栄養ゼリーをエナジードリンクで流し込んでいたのだ。温かい食事というだけでも久しぶりなのに、どれもが極上の味なのだ。涙が出ない方がおかしい。


 しかもこの体、食べても食べても太る気配が一切ないのだ。鏡に映る絶世のプロポーションを前に、「チート過ぎる……」と何度も呟いてしまうくらいだ。


 午後はメイドにマッサージをしてもらったり、本を読んだりと、ただのんびり過ごす。夜になると花びらが浮かぶ大きな湯船に身を沈め、丁寧に体を洗ってもらい、そのままふかふかのベッドへ。


 素晴らしき贅沢生活である。


 ちなみに一度だけ庭を散歩しようかと考えたこともあった。だが、メイド長にやんわりと止められてしまい叶わなかった。


(どうしてだろう?)


 首をひねったものの、部屋の中でも十分すぎるほど優雅な生活ができている。特に不満もなかった。

 爪を磨き終わったメイドたちが退出し、私はベッドにごろんと寝転ぶ。ピカピカに整えられた爪を眺めながら、ふと呟く。


「エスメラルダ……この生活を捨ててまで、何が欲しかったの?」


 レオンハルトを愛していたことは分かる。それでも、この暮らしと引き換えにするほどの価値があったとは思えない。

 優しいメイドたち、温かくて美味しい食事、やわらかなベッドで眠れる生活……どれも前世の私にとっては、喉から手が出るほど欲しいものばかりだ。

 そんなことを考えているうちに、意識がゆっくりとまどろみ始める。まぶたが重くなり、思考がほどけていく。


(ちょっとだけお昼寝しよう……)


 その時だった。バンッ!と扉が勢いよく開かれた。

 突然の物音に、体がびくりと跳ねた。私は慌てて上半身だけ起こし、扉の方を見る。

 そこに立っていたのは、五十代くらいの威厳ある男性だった。年齢を感じさせない整った顔立ちに、鋭い眼光。その背後には、小柄な男性が落ち着かない様子で控えている。

 誰だろう?と考えるより先に、男性は口を開いた。


「エスメラルダ……謹慎中だというのに、全く反省の色が見えんな」

「……謹慎中?」


 思わず聞き返してしまう。全く身に覚えがない。そう思った瞬間、頭がズキリと痛んだ。

 視界が揺れ、意識の隙間に映像が流れ込んでくる。

 人通りの多い街角。怒りに任せ、可憐な少女に詰め寄るエスメラルダの姿。銀色の髪と、オリーブ色の瞳の美少女。

 私ははっと息を呑む。


(レティシアだわ……!)


「聖女の微笑みの裏には」のヒロイン、聖女レティシア・アルバン。

 彼女は立ち尽くし、今にも泣き出しそうな顔をしていた。そんな彼女に、エスメラルダが鬼のような形相で詰め寄る。

 そして次の瞬間、エスメラルダがキレた。

 声は聞こえない。しかし表情だけで、怒りが臨界点を越えていることがはっきりと分かった。彼女の手のひらに、赤々とした炎が生まれる。

 そして信じられないことに、レティシアに向かって火の塊を投げつけたのだ。私は絶句する。


(な、な、何やってんのよ──!!?)


 いくら嫉妬の対象とはいえ、やっていいことと悪いことがある。火の玉を人にぶつけるなんて殺人行為にも等しい。

 私は一気に現実に引き戻され、冷や汗をだらだらとかく。呆然と父を見つめていると、彼は鋭い眼光で私を見下ろした。


「娘であるお前が王都で騒ぎを起こしたせいで、私がどれほど苦労したのか分かっているのか?」


 怒りを抑えた声が、部屋の空気を押しつぶすように響く。


「幸いにも、レティシア様に怪我はなかった。それどころか、『あまりエスメラルダ様を責めないでください』とまで言ってくださったのだ。そのおかげで、お前は謹慎処分だけで済んでいる」

「も、申し訳ございません……!」


 ぐうの音も出ず、頭を下げる。

 火の玉を投げつけられても尚、相手を気遣うレティシア。なんという心の広さだろう。それに比べて、原作のエスメラルダは──まさに悪魔そのものだ。

 私はちらりと目の前のイケオジを見上げる。話の流れからして、この人物はエスメラルダの父であることは間違いない。後ろでおろおろしている男性は執事だろうか。

 そんなことを考えていると、父は金色の瞳で私を射貫いた。あまりの圧に、心臓が跳ねる。


「エスメラルダ──お前には、試練を与える!」


 突然の宣告に、私は息を呑んだ。嫌な予感しかせず、思わず尋ねる。


「試練、ですか……?」

「そうだ」


 父は腕を組み、短く頷いた。

 そして背後にいた執事に視線を移し、淡々と命じる。


「ヴァルネ鉱山の帳簿を持ってこい」


 その瞬間、執事の顔色が変わった。

 目を見開き、明らかに動揺した様子で口を開く。


「で、ですが……! あれは量も内容も膨大で……お嬢様には、あまりにも酷でございます……!!」


 必死に訴える。しかしその言葉は、父の鋭い視線によって断ち切られてしまった。

 執事はびくりと体を縮ませ、慌てて頭を下げると、何も言わずに小走りで去って行った。


(い、一体何を持ってくるつもり? ヴェルネ鉱山って何?)


 様々な疑問が頭に浮かんだが、口に出せる空気ではない。ただ重苦しい沈黙に耐えるしかなかった。

 やがて数分後、執事は分厚い束の帳簿を抱えて戻ってきた。その量を見て、先ほどの嫌な予感が確信に変わっていく。

 父は無言で受け取ると、私の前に突き出した。そして、冷たい声で言い放つ。


「この書類仕事さえできなければ、北部の修道院に送るだけだ」


 私の全身から血の気が引いていく。

 脳裏に浮かんだのは、この一週間の贅を尽くした生活だった。

 昼まで眠れる日々、温かく美味しい食事、何もせずごろごろと過ごす午後……

 修道院へ行けば、すべてを失ってしまう。


(しかも北の修道院って……)


 原作でも登場した場所だった。名前は「ヴィシュタルツ修道院」。

 極寒の地に建てられ、作物はほとんど実らない。そのため慢性的な貧困に苦しみ、集まるのは厳格な聖職者ばかり。

 一日の行動を厳しく管理され、私語や娯楽は一切禁止。罪を犯した貴族が悔い改めるために送られる、いわば更生施設のような場所だ。

 あまりの過酷さに、「ヴィシュタルツより、牢屋の方がまだ快適だ」と囁かれているほどだった。


(そんな場所へ、実の娘を送ろうとするなんて……!)


 絶望が襲ってくる。

 エスメラルダは一体、どれほど父の怒りを買ったのだろう。

 完全に後がない。背筋が冷たくなり、私は唾を飲み込むみながら、父の言葉を待った。


「一週間やろう。この帳簿に記載された売上を──すべて書き写せ」

「…………………………え?」


 思わず漏れた声に、父の視線が鋭さを増す。

 私は慌てて口を閉じたが、内心では混乱していた。


(え? 書き写すだけ?)


 すると執事は慌てたように一歩前に出て、声をあげた。


「だ、旦那さま、それはあまりにも厳しすぎます! 一日四時間は費やさなければ終わらない量です! お嬢様にはとても──」

「私に意見するのか?」


 ぴしりと空気が凍りつく。肉食獣に睨まれた小動物のように、執事は震え上がった。


「い、いえ……」


 それ以上何も言えず、黙ってうつむいてしまう。

 そのやり取りを聞きながら、私は別の意味で困惑していた。


(四時間? そんなの軽めの残業レベルじゃない……?)


 残業という言葉が意味を持たないほど残業させられた私。

 四時間の残業など、数年に一度あるかないかのボーナスデイである。閉店間際のスーパーに駆け込めて、「まだ開いてる……!」と感動した記憶すらある。

 そのため、私を気遣ってくれる執事の必死さが逆に申し訳ない。

 四時間程度の労働で音を上げるほど、私はやわじゃない。この生活を失うくらいなら、いくらでも働いてやる。


(残業月二百時間超え労働(かいしゃのいぬ)を常に発動してた私を、甘く見ないで!)


 私は弾けるように立ち上がり、父の前まで大股で歩いて行く。そして胸に手をあて、ぐっと顔をあげて宣言した。


「私は必ず、やり遂げますわ!」

「ふん、威勢だけは一人前だな」


 父は薄く笑いながら、鼻を鳴らした。

 私は書類を受け取り、ぱらぱらと目を通しながら、強く決意した。


(この贅沢ライフ、絶対に手放したりしないわ!)



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