18. 悪女の人材発掘
後日。私は馬車で、サラが暮らす家へ向かった。
街から離れた道を進み、やがて見えてきたのは、ぽつんと建つ古びた家だった。
周囲には何もない。店はもちろん、人影すらない。聞こえるのは草木を揺らす風の音と、時折響く鳥の鳴き声だけだった。
家も決して立派とは言えない。壁や屋根には長い年月を感じさせる傷みがあり、慎ましく手入れを重ねながら暮らしてきたことが分かる。
サラは家を見上げながら説明した。
「人の多い場所ですと、姉は様々な匂いに耐えられず、気分が悪くなってしまうのです」
「……大変ね」
思わずそう呟くと、サラは曖昧に微笑んだ。
ミラはハーブを育て、それを売って生計を立てているらしい。
町に出て売ったり、必要なものを買いに行ったりするのは、一緒に住むサラの役目だ。
通販なんて便利なものはないこの世界で、街から遠く、人もいない場所で暮らすのは相当大変だろう。
家の中に入ると、サラによく似た女性が出迎えてくれた。
双子だというだけあって、顔立ちはよく似ている。
けれどミラの方が肌は白く、体も細い。外に出る機会が少ないせいか、どこか儚げにも見えた。
「初めまして。ミラと申します」
私も名乗ると、ミラは無表情のまま頭を下げた。
サラとは似ているが、雰囲気はかなり違う。愛想がない、というより、感情を表に出すことに慣れていない印象だった。
そのまま奥の部屋へ案内される。
ミラは無言でティーポットを手に取り、カップへお茶を注いだ。私は勧められるままカップに口をつける。
その瞬間、目を見張った。香りがとても良い。
爽やかなハーブの香りがすっと鼻を抜け、遅れてぴりりとした刺激が舌先に残る。冷えていた体の内側にじんわりと熱が広がっていった。
「……おいしい」
思わず零すと、ミラは淡々と言った。
「体が冷えているので、ジンジャーを混ぜたハーブティーにしました」
「なぜ分かったの?」
「体が冷えている人は、血流が悪いので匂いが薄いんです」
嗅覚でそんなことまで分かるのか。私は驚きながら、もう一度カップの中を見つめた。
その人に合わせたハーブティーを出すカフェなど、繁盛しそうだ。
そんなことを考えていると、ミラは言葉を続けた。
「あと、お昼をスープだけで済ますのはよくありませんよ」
「え」
「生理中で食欲がないのは分かるのですが、栄養が不足すれば体の冷えはさらに──」
「ストップストップ!!」
思わず制止の声を上げてしまった。サラが横で申し訳なさそうに顔を伏せる。
私は咳払いをして、ひとまず浮かんだ疑問を一つずつぶつけることにした。
「その、私が食べたものも分かるの?」
「はい。トマトと野菜のスープでしょうか。体から、わずかに酸味のある香りがします」
「……正解よ」
当たっている。そして、今が生理中なのも当たっている。
恐ろしい精度だ。
すごいのだが、あまりにも遠慮がない。このままカフェで接客させたら、客の体調と食生活を片っ端から暴いてしまうかもしれない。
(接客は難しそうね……)
ちらりとサラを見ると、彼女はしゅんとした顔で立っていた。
「すみません。姉はほとんど人付き合いをしていなかったせいか、どこかずれたところがあって……」
「気にしないで。驚いただけよ」
当事者であるミラはきょとんとしている。何が悪かったのか、本当に分かっていないらしい。
サラも色々苦労してきたのだろう。
同情するのと同時に、私の頭は急速に回り始めていた。
人が食べたものや、体調まで匂いで判断できる嗅覚。
一般の生活を送ることは難しいだろう。だが環境と使い方さえ整えれば、他の誰にも真似できない力になるはずだ。
(まずは安心して働ける場所が必要ね)
私は顔を上げた。
「ねぇ、貴方たち。引っ越す気はない?」
「え?」
サラが声を上げる。一方ミラは、淡々と答えた。
「はい。特に問題ないです」
「お姉ちゃん……!」
サラは慌てたようにミラを見たあと、私に向き直る。
「ただ、お嬢様。ミラが暮らせるところは本当に限られていて……! この家も、やっとの思いで見つけたところなんです」
「自然が豊かで、人の気配がほとんどない。それでいて、サラが屋敷へ通える範囲でしょう?」
「え、えぇ……。ですが、そんな家は……」
私はにんまりと笑った。
そして告げる。
「ピッタリのところがあるわ」
*
数日後。ミラとサラは、目の前に建つ屋敷を唖然と見上げていた。
淡いクリーム色した石造りの二階建ての屋敷。窓枠やバルコニー、柱の縁には細やかな装飾が施されている。ひと目で相当な金がかかっていると分かる建物だ。
周囲には木々が生い茂り、人通りはほとんどない。静かで空気も澄んでいる。
「ここで暮らすのはどうかしら?」
「で、ですが、ここはお嬢様の別荘では?」
サラが戸惑った声を上げる。
そう、二人に提供したのはエスメラルダの別荘だった。
かつてエスメラルダが「レオンハルト様と二人きりで過ごせる場所が欲しい!」と駄々をこね、広大な敷地の端に作らせたものだ。
もちろん彼が来たことは一度もなかった。
しかもレオンハルトが来ないと分かるや、エスメラルダ自身もほとんど使わなくなったらしい。
私は、莫大な金と職人たちの労力をつぎ込んだ豪華な空き家を見上げる。
(貯金がゼロだと知った時は、この別荘を心底恨んだけど……役に立ってよかったわ!)
私は気を取り直して説明を続ける。
「ここなら人通りはほとんどないし、自然も豊かよ。それに本邸までは歩いて十分ほど。サラも通いやすいでしょう?」
「お、お嬢様ぁ……」
サラはうるっと目を潤ませた。
普段は仏頂面に近いミラでさえ、言葉を失って屋敷を見つめている。
二人は揃って深く頭を下げた。
「ありがとうございます、エスメラルダ様。このご恩は一生かけて返します!」
「ふふ。じゃあ、早速返してもらおうかしら」
私がそう言うと、二人は不思議そうに顔を上げた。
私は唇を上げる。
「新しい事業を始めるわ」




