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【連載版】悪女の優雅で素晴らしい贅沢生活 〜過労死した私、社畜スキルで稼ぎます〜  作者: 海城あおの
第二章 悪女はお金を稼ぎます

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16. 聖女の密談


冒頭は、聖女レティシア視点です。



 


 空には半分ほど欠けた月が浮かんでいる。

 月明かりの差し込む廊下を、一人の女性──レティシア・アルバンが歩いていた。

 学園で見せる慈しみに満ちた笑みは、今の彼女の顔にはない。整った顔立ちは人形のように作り物めいていて、足音だけが冷えた廊下に響いていた。

 その背中に低い声が投げかけられる。


「レティシア」


 彼女は足を止め、振り返る。そこに立っていたのは五十代ほどの男だった。

 白銀を帯びた淡い金髪は隙なく撫でつけられ、身にまとう法衣には皺ひとつない。肌は病的なほど白く、整った顔立ちは穏やかにすら見える。

 しかし、金灰色の瞳はひどく冷たかった。


「大司教様」


 レティシアは、いつものような笑みを顔に貼りつけた。

 そこにいたのは、アルディエラ王国の教会の頂点に立つ男──アルヴィン・エーヴェルス大司教だった。

 大司教は革靴の踵を鳴らしながら、レティシアへ近づいてくる。


「レオンハルト殿下とは、うまくやっているか?」

「……はい」

「それならいい。最近、ベルメールの長女が派手な動きをしているというからな」


 レティシアの眉が、ぴくりと動いた。

 大司教は構わず続ける。


「連続魔法を放てるアーティファクトだったか。魔法庁も注目しているという」


 忌々しげに鼻を鳴らした。


「女神リュミエラ様から授けられた魔法陣に手を加えるとは。実に罰当たりな行いだ」


 苦々しげに吐き捨てると、大司教はレティシアを冷たく見据えた。


「いいか。レオンハルト殿下は次期国王になるお方だ。その隣に立つ者が誰なのかは、教会の未来にも関わる」

「承知しております」

「ならば、決して気を抜くな」


 レティシアは頭を下げる。

 すると、大司教は口元を愉悦に歪ませた。


「フッ……あの王太子を傀儡にすれば、権力はすべて教会のものだ」


 未来を想像したのだろう。彼は低く笑い、やがて声を上げて笑った。

 レティシアはその姿を黙って見つめながら拳を握りしめた。


(エスメラルダ……)


 その名前を想像するだけで、胸の奥に黒いものが沈んだ。


 レティシアは、これまでうまくやっていたはずだった。

 エスメラルダは短気で分かりやすかった。少し言葉を重ねるだけで怒り出し、自分から周囲の評判を落としていった。


 それなのに、いつからか歯車が狂い始めた。


 鉱山の死亡事故を減らし、連続魔法のアーティファクトを作り、少しずつ名声を高めている。

 悪女だと囁いていた人々の目が、少しずつ変わり始めている。

 そして何よりレティシアが許せなかったのは──レオンハルトの心が、エスメラルダへ傾きつつあることだった。

 魔法が暴発した際、エスメラルダが彼を庇った時の顔。

 ベリルから、エスメラルダにアーティファクトを譲ってもらったと告げられた時の顔。

 ずっとレオンハルトを見つめてきたレティシアには、分かってしまった。彼が自分でも気づかないうちに、エスメラルダを意識し始めていることを。


(今さら、何なのよ)


 エスメラルダは、レオンハルトに嫌われていたはずだった。

 何度拒絶されても付きまとい、癇癪を起こしていた。それなのに今はレオンハルトの方が追いかけ始めている。

 奥歯を噛みしめていると、大司教は踵を返した。


「いいか、失敗するなよ」

「かしこまりました」


 レティシアは頭を下げる。

 革靴の音が廊下の奥へ遠ざかっていく。

 やがて彼女は、ゆっくり顔を上げた。月明かりに照らされる大司教の背中を、冷たく睨みつける。


(最後に笑うのは、この私よ)


 月明かりの下で、オリーブ色の瞳が暗く光っていた。




 ***



 決闘から一ヶ月が経った。

 アーティファクトは変わらず売れ続けており、私は忙しい毎日を過ごしていた。

 嬉しい悲鳴ではあるが、私にはまだまだお金が足りない。

 黒薔薇病を治すために必要な一千億ゴールドには、到底届いていない。しかも私に残された時間も多くはない。


 そのため今日は、屋敷の自室で新しくお金を稼げる方法を考えていた。

 机の上には、売上表や鉱山の資料などが広がっている。前世で培った社畜脳を総動員して数字とにらめっこしていると、扉を叩く音がした。


「どうぞ」


 返事をすると、焦茶の髪をお団子にまとめたメイドが入ってきた。

 リボンが巻かれたベージュの箱を抱えており、どこか困惑した表情を浮かべている。

 私は首を傾げながらメイドの名前を呼んだ。


「どうしたの? サラ」

「あの、こちらがお嬢様宛に届きまして……」


 私は箱へ視線を落とした。


「誰から?」

「……レオンハルト様からです」

「レオンハルト様から……?」


 思わず復唱してしまう。

 なぜ、私を嫌っているはずの彼から贈り物が届くのか。

 疑問が一気に頭をもたげる。


 箱は可愛らしい。リボンも丁寧に結ばれ、いかにも高級な贈答品という雰囲気がある。

 だが相手がレオンハルトだと思うと、警戒心の方が先に立つ。爆弾とか入っていないだろうか。


(さすがに考えすぎ?)


 けれど最近の彼の言動を考えると、まったく安心もできない。

 私とサラは互いに顔を見合わせ、緊張した面持ちで箱を開けた。


 中に入っていたのは、淡い水色の瓶と手紙だった。


 瓶は小ぶりだが、蓋の部分には精巧な彫りが施されていて高級感がある。光を受けると、ガラスの中の液体が柔らかく揺れた。

 香水だろうか。そう思いながら、私は手紙を開く。


「『君のために評判の万能薬を取り寄せた。使うといい』……万能薬?」


 思わず声に出す。なぜ急に万能薬など。

 首を傾げる私に、サラがおずおずと言った。


「お嬢様が倒れられたのを、心配されたのではないですか?」

「ああ……」


 魔法を連発して、その後に黒薔薇病の発作で倒れた日のことだろう。

 私は頷きかけ、すぐに眉をひそめた。でも、あれからもう二ヶ月ほど経っている。

 なぜ今さらこんなものを贈ってくるのか意味が分からない。

 それでも「万能薬」という響きには心が揺れた。


(もしかして、黒薔薇病にも効くのかしら?)


 もしそうなら万々歳だ。

 ブランジェムを大量に集める必要もなくなるかもしれない。

 けれど、これはあのレオンハルトからの贈り物である。

 善意なのか。気まぐれなのか。あるいは何か別の思惑があるのか。

 いくつもの可能性が頭の中でぐるぐる回っていると、サラが再び口を開いた。


「あの、お嬢様。そちらは……」

「ん?」

「あ、いえ。つ、使われるのですか?」


 サラの様子がどこか変だ。

 私は瓶へ視線を落とし、それから箱の中へ戻す。


「ひとまず、こういうものに詳しい人に聞いてみるわ」




今日は19時過ぎにもう1話更新します!



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