15. 最強の広告塔
ベリルは膝をついたレオンハルトを一瞥すると、観衆ではなく、何故かまっすぐ私の方へ歩いてきた。人垣が自然と左右へ割れていく。
私の前まで来たベリルは、完璧に整えられた微笑を浮かべた。
「ありがとうございます、エスメラルダ様。貴方のおかげで勝利を手にできました」
いつもの軽い口調ではない。
丁寧で、優雅で、周囲の視線をすべて計算しているような完璧な物腰。まるで王子のようだった。
彼には近づかないと決めていた私でさえ、思わず見惚れてしまう笑みだ。
だがここで浮かれた顔を見せるわけにはいかない。私はどうにか表情を引き締める。
すると、ベリルはふわりと笑った。
「今度、何かお礼をさせてください」
「お礼、ですか?」
「えぇ」
彼は自然な仕草で、私の手を取る。
そして──手の甲に小さく口づけを落とした。
周囲から悲鳴のような歓声が上がり、私は石のように固まった。唇が触れた場所だけが妙に熱を持つ。
ベリルはゆっくり顔を上げ、濃紺の瞳で私を見つめた。
「貴方の願いを、何でも一つ叶えます」
その表情があまりに完成されすぎていて、私は目が離せなくなった。頭が真っ白になりながらも、どうにか強気な表情を作る。
「……後悔しても知りませんわよ」
「しませんよ」
ベリルは迷いなく答える。
その声の糖度の高さに、私はますます何も言えなくなった。
*
「売上はどうですか?」
「上々よ!」
私はほくほく顔で答えた。
ベリルとレオンハルトの決闘以来、私は目が回るような忙しさの中にいた。学園の生徒たちからアーティファクトの買付依頼が殺到したのだ。
決闘の翌日には、半月売れ残っていた在庫がすべて完売。その三日後には、次回生産分まで予約で埋まった。
ベリルが実際に使い、しかもあのレオンハルトの魔法を防いだ効果は絶大だった。
あれほど売れなかった商品が、今では順番待ちである。飛ぶ鳥を落とす勢いとはまさにこのことだろう。
「流石ベリル・ランフォードだわ。人気の彼が性能を示してくれたおかげで、大きな宣伝になったわ」
「そうでしょう、そうでしょう」
「? 何でオーナーが自慢げなのよ」
思わず突っ込むと、オーナーはぎくりと肩を揺らした。
それから、こほんと一つ咳払いをする。
「それで、大分稼げたのではないですか?」
「まぁね」
私は頷いた。
売上は悪くないが一千億ゴールドにはまだ程遠い。黒薔薇病を治すためには満足するわけにはいかなかった。
また別の商品を考え、稼がなければならない。
(それでも、手元にまとまったお金があるというのは素晴らしいわね……!)
私は一人うんうんと頷く。前世では給料日前になるたび、口座残高を見て胃を痛めていたのだ。
だが今は見たこともない大金を手にしている。
お金があれば選択肢が増える。できることが増える。
何より、心に余裕が生まれることを知った。
(次の事業は何にしようかしら?)
相談しようかと思い、ちらりとオーナーを見る。だが、すぐに考えを却下した。
アーティファクトの件では感謝しているが、この男は売上の三割を持っていった。
最初から相談すれば、また高い取り分を要求されるだろう。できればこちらである程度形にしてから持ち込みたい。
私は話を変えるように口を開いた。
「ベリル様を宣伝役に選んだのは、貴方だったの?」
「えぇ、そうですそうです」
オーナーはあっさり頷いた。
「顔も良く、性格も素晴らしく、学園中から絶大な人気を得ている彼が使えば、アーティファクトの悪い印象も覆せると思ったのです」
「……随分とベリル様のことを買っているのね」
私はじっとオーナーを見つめた。随分な褒めようである。
確かに顔は良い。性格についてはまだ判断しかねるが、学園で人気なのも事実だ。
それでも、オーナーがここまで手放しに褒めるのは少し意外だった。
(もしかして、オーナーって……ベリル様のこと好きなのかしら?)
そう考えれば、この手放しの褒め方にも納得がいく。私は生温かい目でオーナーを見つめた。
彼は微妙に眉をひそめる。
「何だか、とても失礼なことを考えていませんか?」
「いいえ」
私はにっこり笑って誤魔化した。
オーナーはしばらく私の顔を見ていたが、やがて諦めたように視線を逸らした。
私は机の上の売上報告書を手に取る。
半月前まで一つも売れずに積み上がっていたアーティファクト。それが今では完売し、次回分まで予約で埋まっている。
(私が考えた商品で、お金を稼げた)
前世ではどれだけ働いても成果は上司のものだった。
だがここに記された利益は誰でもない、私が生み出したものだ。そう思うと、胸の奥がじんわりと熱くなる。
私は売上報告書を閉じ、頷いた。
「とりあえず一歩前進ね」
一千億ゴールドには、まだまだ足りない。それならまた別の方法で稼げばいいだけだ。
アーティファクトが売れたのだから、次だってきっとうまくいく。
(美味しい食事も、ふかふかのベッドも、美しい宝石も。全部、諦めるつもりはないわ!)
私は新しい紙を一枚取り出し、羽ペンを握った。
「さあ、次は何で稼ごうかしら!」
お読みいただきありがとうございます!
今回でアーティファクトを使ったお金稼ぎは完結です。
明日からは、エスメラルダが新しいお金稼ぎに挑戦します!
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