14. 最強の悪魔の玩具
「レオンハルト様とベリル様の対決だ!!」
私は思わず足を止めた。
レオンハルトとベリル。まったく予想していなかった組み合わせに、目を見張る。
周囲のざわめきに耳を澄ませると、次々に情報が流れてきた。
「レオンハルト様がベリル様に決闘を申し込んだそうよ」
「今日の放課後に決闘だって」
「流石にレオンハルト様の勝ちでしょう。王太子殿下だもの」
どうやら、場所と時間はすでに広まっているらしい。けれど肝心の理由が分からない。
血の気の多いレオンハルトならまだしも、穏やかそうに見えるベリルが決闘を受けるなんて。
そう考えながら廊下を歩いていた時だった。
「エスメラルダ様」
声をかけられて振り返ると、ベリルが微笑んでいた。
今日の噂の中心人物だというのに、彼はいつもとまったく変わらない。涼しい顔で、ゆっくりこちらへ近づいてくる。
「今日の決闘のことは聞いた?」
「えぇ」
「そこで君にお願いがあるんだけど」
思わず身構えた。この人は、綺麗な顔でさらりと変なことを言い出しそうな気配がある。
だが、彼の申し出は予想外のものだった。
「アーティファクトを僕に売ってくれない?」
「へ」
間抜けな声が出た。
ベリルは変わらずにこにこと笑っている。
(買ってくれるのはありがたいけど… …)
意図が分からなすぎて、喜びより不信感が勝ってしまう。
相手は学園で絶世の人気を誇るベリル・ランフォードだ。そんな彼が、悪魔の玩具とまで噂されている私のアーティファクトを欲しがる理由が見当たらない。
警戒している私を見て、ベリルは少しだけ肩をすくめた。
「あくまで保険だよ。レオンハルト様の雷魔法は恐ろしいからね」
「……その割には、あまり恐ろしそうに聞こえませんが」
「そう?」
彼は楽しそうに笑った。
絶対に恐れていない。むしろ何か企んでいる顔だ。
だが、アーティファクトを売る機会を逃すわけにはいかない。私はポケットに入れておいたアーティファクトを取り出し、ベリルへ差し出した。
彼は満足そうに受け取り、代わりに金貨を三枚、私の手のひらに乗せる。
私は金貨をしまいながら、ずっと気になっていたことを尋ねた。
「なぜ、決闘を?」
「ん? 何かね、僕が怒らせちゃったみたい」
「ベリル様が?」
短気なレオンハルトが誰かを怒らせるなら分かる。けれど、ベリルが怒らせるところは想像できなかった。
彼は私の反応を楽しむように笑った。
「この間、僕がエスメラルダ様を医務室へ運んだだろう?」
「えぇ」
「どうやら、レオンハルト様はそれが気に入らなかったらしい」
「気に入らなかった?」
「僕が君に触れたことへ、嫉妬したみたいだよ」
ますます意味が分からない。
レオンハルトは私を嫌っているはずだ。私が誰に抱き上げられようと、嫉妬する理由などない。
(まさか私に嫉妬したわけではないだろうし……)
その時、広場にいたレティシアの姿を思い出す。きっと私が意識を失ったあと、レティシアを巡って何か言い争いになったのだろう。それなら、レオンハルトが嫉妬したという話にも多少は納得がいく。それくらいで決闘を申し込むのはどうかと思うが。
ベリルは私の考えを読んだように目を細めたものの、それ以上は説明しなかった。
「よかったら、決闘を見に来てほしいな」
「時間があれば向かいますわ」
「うん」
まるで楽しい舞台に誘うような口調だった。
ベリルは満足そうに笑い、手のひらをひらりと振って踵を返した。
できれば決闘など見ずに、次のお金稼ぎについて考えたかったが、彼がアーティファクトを使う可能性があるなら話は別だ。
(実際の効果は確認しておくべきよね)
そんなことを考えながら、私は教室へ向かった。
放課後。
学園の広場は、異様な熱気に包まれていた。
観客は百人近く集まっているのではないだろうか。広場の中央では、レオンハルトとベリルが向かい合って立っている。
ちなみに、学園で決闘などの危険行為は本来御法度らしい。
それでも王太子であるレオンハルトが言い出したせいで、教師たちは強く止められないようだった。つくづく迷惑な男である。
やがて、立会人となった男子生徒が二人の間へ進み出た。
「交互に一度ずつ攻撃を行います。防御側がすべて防ぎきれば攻守交代。魔法が相手の体へ少しでも触れた時点で、攻撃側の勝利とします」
生徒は二人を順番に見た。
「使用する魔法やアーティファクトに制限は設けません。ただし、命に関わる攻撃は禁止です」
「異論はない」
「僕もありません」
条件を確認すると、レオンハルトが前へ出た。
「俺からだ!」
腕を掲げると、雷を宿した魔法陣が展開される。バチバチと空気を裂く音が響き、五つの雷球が生まれた。
「今から辞退してもいいんだぞ?」
レオンハルトは、はっと馬鹿にするように笑う。
しかしベリルは、涼しい顔で受け流した。
「ご心配なく」
その余裕が気に入らなかったのだろう。レオンハルトの表情が怒りに歪んだ。
彼の魔法陣から、五連発の雷魔法が放たれた。観客から悲鳴のような歓声が上がる。
雷は轟音を響かせながら、まっすぐベリルへ向かっていった。勝つためには、回避するか、防御魔法で受け止めるしかない。
さらにレオンハルトは腕をまっすぐ伸ばした。
腕につけられた銀色の腕輪がきらりと光り、雷の後を追うように氷の塊が放たれる。
(氷魔法のアーティファクト……!)
だが、ベリルは動かなかった。余裕の笑みを浮かべたまま、その場に立っている。
雷と氷の魔法が、ベリルのいた場所へ突っ込む。轟音が鳴り響き、砂埃が舞い上がった。
観客の悲鳴が広場に満ちた。
「ベリル様!!」
「どうなったんだ!?」
「無事か!?」
ざわめきが一気に膨れ上がる。レオンハルトはにやりと勝ち誇ったように笑った。
だが砂埃が晴れた時、そこに立っていたのは──無傷のベリルだった。彼の周囲を、幾重にも重なった半透明の防壁が包み込んでいる。
レオンハルトが信じられないというように目を剥く。
「な、なぜ……!?」
「防御魔法を展開しただけですよ」
「そんなわけないだろう!」
防御魔法は攻撃魔法よりも魔力を消費する。連続で攻撃を受ければ、それだけ負担は大きい。
普通なら、あれほどあっさり防げるはずがない。
ベリルは胸元へ手を添え、軽く笑った。
「僕にはお守りがありますから」
「お守り……?」
するとベリルはジャケットの前を開き、胸元のブローチを観衆へ見せた。
深い緑色のエメラルドに、銀色の蔦が巻きついたブローチが輝いている。蔦に刻まれた五枚の葉のうち、一枚だけ黒く染まっていた。
私のアーティファクトだ。
「素晴らしいですね。発動は速く、消費魔力も驚くほど小さい」
「な、なな、何だそれは!?」
レオンハルトが大声を上げる。
ベリルはふっと笑った。
「アーティファクトですよ」
「そんなもの……」
「卑怯だと言いますか? 貴方が?」
ベリルの視線が、レオンハルトの腕輪へ向けられる。彼はぐっと喉を詰まらせた。
先ほど氷塊を放ったのは、彼自身が身につけているアーティファクトだ。使用する道具に制限がない以上、ベリルだけを責めることはできない。
ベリルは胸元のブローチを指先でなぞった。
「流石エスメラルダ様ですね」
その名前を聞いた瞬間、レオンハルトの表情が一変した。
呆然とし、掠れた声で私の名を呼ぶ。
「エスメ、ラルダ……?」
ベリルはにっこりと笑い、アーティファクトを優しく撫でた。
「えぇ。エスメラルダ様が作られたアーティファクトですよ。私にだけ譲ってくれたんです」
譲ってない。売ったのだ。
しかも、別にベリルのためだけに作ったわけじゃない。
色々と訂正したかったが、ここで口を挟めば、かえって注目を集めてしまう。私はぐっと堪えた。
一方、レオンハルトの顔はみるみる赤く染まっていき、見るからに屈辱的な表情を浮かべている。
大嫌いな私が作ったアーティファクトに、自分の魔法を防がれた。その事実が、プライドを深く傷つけたのだろう。
「なぜエスメラルダがお前に……? アイツは私だけが好きだと……」
何かぶつぶつ呟いているが、観衆の声に消されてよく聞こえない。
一方で、観衆たちのざわめきは大きくなっていく。
「あのアーティファクト、エスメラルダ様が作ったって!?」
「悪魔の玩具って言われていたでしょう?」
「でもベリル様が使われているし……」
「本当に効果があるんだな」
困惑や驚き、期待を滲んだざわめきが満ちていく。
「悪魔の玩具」とまで言われていたものが、ベリルが使っただけでここまで印象を変えるとは。
ベリルは「さて」とにっこり笑った。
「次は僕が攻撃側ですね」
胸元のブローチへ魔力が流れ、エメラルドが緑色の光を放つ。
「このアーティファクトの攻撃性能も、皆さんにご覧いただきましょう」
観衆がどよめき、ベリルが片手を掲げる。
淡い青色の魔法陣が展開され、彼の頭上へ一つの氷塊が生まれた。透明の氷は陽光を受け、青白い光を放っている。
次の瞬間、アーティファクトが強く輝いた。
一つだった氷塊が、二つ、三つと増えていく。瞬く間に、十個の巨大な氷塊がベリルの周囲へ浮かび上がった。
「安心してください。命までは奪いませんから」
「な……」
レオンハルトが息を呑む。人の頭ほどもある氷塊が、すべて彼へ狙いを定めていた。
冷気が広場を満たし、地面に白い霜が広がっていく。離れた場所にいる私の肌まで、冷たさをが伝わってくる。
ベリルは指先を動かした。十個の氷塊が、一斉に放たれる。
「っ……!」
レオンハルトが慌てて防壁を展開した。だが、氷塊は彼の体へは向かわなかった。
二つは左右の地面へ落ち、逃げ道を塞ぐ。二つはレオンハルトのすぐ背後へ落下し、地面を大きく抉った。
残る六つは彼の頭上を飛び越え、その背後に並んでいた練習用の的へ正確に激突する。
轟音が連続して響いた。氷が砕け、白い破片が広場へ舞い上がる。
広場が静まり返った。
ベリルは氷塊に囲まれたレオンハルトを見つめ、穏やかに尋ねた。
「まだ続けますか?」
レオンハルトの唇が震える。
そしてベリルは彼が先ほど口にした言葉を、そのまま返した。
「今から辞退してもいいんですよ?」
レオンハルトの顔が、屈辱に大きく歪んだ。
だが周囲を塞ぐ氷塊と、背後で砕け散った的を見れば、勝ち目がないことは明らかだった。
しばらく黙り込んだ後、彼はがくりと膝をつく。
「……降参する」
小さな声だった。それでも静まり返っていた広場には、はっきりと響いた。
次の瞬間、観衆から割れんばかりの歓声が上がる。
こうして決闘は、ベリルの圧勝で幕を閉じた。




