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【連載版】悪女の優雅で素晴らしい贅沢生活 〜過労死した私、社畜スキルで稼ぎます〜  作者: 海城あおの
第二章 悪女はお金を稼ぎます

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14. 最強の悪魔の玩具

 

「レオンハルト様とベリル様の対決だ!!」


 私は思わず足を止めた。

 レオンハルトとベリル。まったく予想していなかった組み合わせに、目を見張る。

 周囲のざわめきに耳を澄ませると、次々に情報が流れてきた。


「レオンハルト様がベリル様に決闘を申し込んだそうよ」

「今日の放課後に決闘だって」

「流石にレオンハルト様の勝ちでしょう。王太子殿下だもの」


 どうやら、場所と時間はすでに広まっているらしい。けれど肝心の理由が分からない。

 血の気の多いレオンハルトならまだしも、穏やかそうに見えるベリルが決闘を受けるなんて。

 そう考えながら廊下を歩いていた時だった。


「エスメラルダ様」


 声をかけられて振り返ると、ベリルが微笑んでいた。

 今日の噂の中心人物だというのに、彼はいつもとまったく変わらない。涼しい顔で、ゆっくりこちらへ近づいてくる。


「今日の決闘のことは聞いた?」

「えぇ」

「そこで君にお願いがあるんだけど」


 思わず身構えた。この人は、綺麗な顔でさらりと変なことを言い出しそうな気配がある。

 だが、彼の申し出は予想外のものだった。


「アーティファクトを僕に売ってくれない?」

「へ」


 間抜けな声が出た。

 ベリルは変わらずにこにこと笑っている。


(買ってくれるのはありがたいけど… …)


 意図が分からなすぎて、喜びより不信感が勝ってしまう。

 相手は学園で絶世の人気を誇るベリル・ランフォードだ。そんな彼が、悪魔の玩具とまで噂されている私のアーティファクトを欲しがる理由が見当たらない。

 警戒している私を見て、ベリルは少しだけ肩をすくめた。


「あくまで保険だよ。レオンハルト様の雷魔法は恐ろしいからね」

「……その割には、あまり恐ろしそうに聞こえませんが」

「そう?」


 彼は楽しそうに笑った。

 絶対に恐れていない。むしろ何か企んでいる顔だ。

 だが、アーティファクトを売る機会を逃すわけにはいかない。私はポケットに入れておいたアーティファクトを取り出し、ベリルへ差し出した。

 彼は満足そうに受け取り、代わりに金貨を三枚、私の手のひらに乗せる。

 私は金貨をしまいながら、ずっと気になっていたことを尋ねた。


「なぜ、決闘を?」

「ん? 何かね、僕が怒らせちゃったみたい」

「ベリル様が?」


 短気なレオンハルトが誰かを怒らせるなら分かる。けれど、ベリルが怒らせるところは想像できなかった。

 彼は私の反応を楽しむように笑った。


「この間、僕がエスメラルダ様を医務室へ運んだだろう?」

「えぇ」

「どうやら、レオンハルト様はそれが気に入らなかったらしい」

「気に入らなかった?」

「僕が君に触れたことへ、嫉妬したみたいだよ」


 ますます意味が分からない。

 レオンハルトは私を嫌っているはずだ。私が誰に抱き上げられようと、嫉妬する理由などない。


(まさか私に嫉妬したわけではないだろうし……)


 その時、広場にいたレティシアの姿を思い出す。きっと私が意識を失ったあと、レティシアを巡って何か言い争いになったのだろう。それなら、レオンハルトが嫉妬したという話にも多少は納得がいく。それくらいで決闘を申し込むのはどうかと思うが。

 ベリルは私の考えを読んだように目を細めたものの、それ以上は説明しなかった。


「よかったら、決闘を見に来てほしいな」

「時間があれば向かいますわ」

「うん」


 まるで楽しい舞台に誘うような口調だった。

 ベリルは満足そうに笑い、手のひらをひらりと振って踵を返した。

 できれば決闘など見ずに、次のお金稼ぎについて考えたかったが、彼がアーティファクトを使う可能性があるなら話は別だ。


(実際の効果は確認しておくべきよね)

 

 そんなことを考えながら、私は教室へ向かった。


 放課後。

 学園の広場は、異様な熱気に包まれていた。

 観客は百人近く集まっているのではないだろうか。広場の中央では、レオンハルトとベリルが向かい合って立っている。

 ちなみに、学園で決闘などの危険行為は本来御法度らしい。

 それでも王太子であるレオンハルトが言い出したせいで、教師たちは強く止められないようだった。つくづく迷惑な男である。

 やがて、立会人となった男子生徒が二人の間へ進み出た。


「交互に一度ずつ攻撃を行います。防御側がすべて防ぎきれば攻守交代。魔法が相手の体へ少しでも触れた時点で、攻撃側の勝利とします」


 生徒は二人を順番に見た。


「使用する魔法やアーティファクトに制限は設けません。ただし、命に関わる攻撃は禁止です」

「異論はない」

「僕もありません」


 条件を確認すると、レオンハルトが前へ出た。


「俺からだ!」


 腕を掲げると、雷を宿した魔法陣が展開される。バチバチと空気を裂く音が響き、五つの雷球が生まれた。


「今から辞退してもいいんだぞ?」


 レオンハルトは、はっと馬鹿にするように笑う。

 しかしベリルは、涼しい顔で受け流した。


「ご心配なく」


 その余裕が気に入らなかったのだろう。レオンハルトの表情が怒りに歪んだ。

 彼の魔法陣から、五連発の雷魔法が放たれた。観客から悲鳴のような歓声が上がる。

 雷は轟音を響かせながら、まっすぐベリルへ向かっていった。勝つためには、回避するか、防御魔法で受け止めるしかない。

 さらにレオンハルトは腕をまっすぐ伸ばした。

 腕につけられた銀色の腕輪がきらりと光り、雷の後を追うように氷の塊が放たれる。


(氷魔法のアーティファクト……!)


 だが、ベリルは動かなかった。余裕の笑みを浮かべたまま、その場に立っている。

 雷と氷の魔法が、ベリルのいた場所へ突っ込む。轟音が鳴り響き、砂埃が舞い上がった。

 観客の悲鳴が広場に満ちた。


「ベリル様!!」

「どうなったんだ!?」

「無事か!?」


 ざわめきが一気に膨れ上がる。レオンハルトはにやりと勝ち誇ったように笑った。

 だが砂埃が晴れた時、そこに立っていたのは──無傷のベリルだった。彼の周囲を、幾重にも重なった半透明の防壁が包み込んでいる。

 レオンハルトが信じられないというように目を剥く。


「な、なぜ……!?」

「防御魔法を展開しただけですよ」

「そんなわけないだろう!」


 防御魔法は攻撃魔法よりも魔力を消費する。連続で攻撃を受ければ、それだけ負担は大きい。

 普通なら、あれほどあっさり防げるはずがない。

 ベリルは胸元へ手を添え、軽く笑った。


「僕にはお守りがありますから」

「お守り……?」


 するとベリルはジャケットの前を開き、胸元のブローチを観衆へ見せた。

 深い緑色のエメラルドに、銀色の蔦が巻きついたブローチが輝いている。蔦に刻まれた五枚の葉のうち、一枚だけ黒く染まっていた。

 私のアーティファクトだ。


「素晴らしいですね。発動は速く、消費魔力も驚くほど小さい」

「な、なな、何だそれは!?」


 レオンハルトが大声を上げる。

 ベリルはふっと笑った。


「アーティファクトですよ」

「そんなもの……」

「卑怯だと言いますか? 貴方が?」


 ベリルの視線が、レオンハルトの腕輪へ向けられる。彼はぐっと喉を詰まらせた。

 先ほど氷塊を放ったのは、彼自身が身につけているアーティファクトだ。使用する道具に制限がない以上、ベリルだけを責めることはできない。

 ベリルは胸元のブローチを指先でなぞった。


「流石エスメラルダ様ですね」


 その名前を聞いた瞬間、レオンハルトの表情が一変した。

 呆然とし、掠れた声で私の名を呼ぶ。


「エスメ、ラルダ……?」


 ベリルはにっこりと笑い、アーティファクトを優しく撫でた。


「えぇ。エスメラルダ様が作られたアーティファクトですよ。私にだけ譲ってくれたんです」


 譲ってない。売ったのだ。

 しかも、別にベリルのためだけに作ったわけじゃない。


 色々と訂正したかったが、ここで口を挟めば、かえって注目を集めてしまう。私はぐっと堪えた。

 一方、レオンハルトの顔はみるみる赤く染まっていき、見るからに屈辱的な表情を浮かべている。

 大嫌いな私が作ったアーティファクトに、自分の魔法を防がれた。その事実が、プライドを深く傷つけたのだろう。


「なぜエスメラルダがお前に……? アイツは私だけが好きだと……」


 何かぶつぶつ呟いているが、観衆の声に消されてよく聞こえない。

 一方で、観衆たちのざわめきは大きくなっていく。


「あのアーティファクト、エスメラルダ様が作ったって!?」

「悪魔の玩具って言われていたでしょう?」

「でもベリル様が使われているし……」

「本当に効果があるんだな」


 困惑や驚き、期待を滲んだざわめきが満ちていく。

「悪魔の玩具」とまで言われていたものが、ベリルが使っただけでここまで印象を変えるとは。

 ベリルは「さて」とにっこり笑った。


「次は僕が攻撃側ですね」


 胸元のブローチへ魔力が流れ、エメラルドが緑色の光を放つ。


「このアーティファクトの攻撃性能も、皆さんにご覧いただきましょう」


 観衆がどよめき、ベリルが片手を掲げる。

 淡い青色の魔法陣が展開され、彼の頭上へ一つの氷塊が生まれた。透明の氷は陽光を受け、青白い光を放っている。

 次の瞬間、アーティファクトが強く輝いた。

 一つだった氷塊が、二つ、三つと増えていく。瞬く間に、十個の巨大な氷塊がベリルの周囲へ浮かび上がった。


「安心してください。命までは奪いませんから」

「な……」


 レオンハルトが息を呑む。人の頭ほどもある氷塊が、すべて彼へ狙いを定めていた。

 冷気が広場を満たし、地面に白い霜が広がっていく。離れた場所にいる私の肌まで、冷たさをが伝わってくる。

 ベリルは指先を動かした。十個の氷塊が、一斉に放たれる。


「っ……!」


 レオンハルトが慌てて防壁を展開した。だが、氷塊は彼の体へは向かわなかった。

 二つは左右の地面へ落ち、逃げ道を塞ぐ。二つはレオンハルトのすぐ背後へ落下し、地面を大きく抉った。

 残る六つは彼の頭上を飛び越え、その背後に並んでいた練習用の的へ正確に激突する。

 轟音が連続して響いた。氷が砕け、白い破片が広場へ舞い上がる。

 広場が静まり返った。

 ベリルは氷塊に囲まれたレオンハルトを見つめ、穏やかに尋ねた。


「まだ続けますか?」


 レオンハルトの唇が震える。

 そしてベリルは彼が先ほど口にした言葉を、そのまま返した。


「今から辞退してもいいんですよ?」


 レオンハルトの顔が、屈辱に大きく歪んだ。

 だが周囲を塞ぐ氷塊と、背後で砕け散った的を見れば、勝ち目がないことは明らかだった。

 しばらく黙り込んだ後、彼はがくりと膝をつく。


「……降参する」


 小さな声だった。それでも静まり返っていた広場には、はっきりと響いた。

 次の瞬間、観衆から割れんばかりの歓声が上がる。

 こうして決闘は、ベリルの圧勝で幕を閉じた。



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