13. 全然売れません!
「このエメラルドは、うちの鉱山で採れたものよ。ただし、商品にはならないの」
「商品にならない?」
「傷があったり、形が歪だったり、ね。色は綺麗でも、高級宝飾品では使えないのよ」
「なるほど」
「そういうものは安価な装飾品にしたり、研磨の練習用にしたりするんだけど……」
「アーティファクトにした方が、値がつくと」
「えぇ」
私は頷いた。
宝石は腐らない。けれど、使わずに抱え込めば在庫になる。しかも高級品として出せない石は、加工しても大きな利益にはなりにくい。
──なら、別の価値を乗せればいい。
宝石そのものの美しさではなく、魔法を十連発できるという実用性を売る。
「ベルメール家当主を説得されたのですね」
私は頷きながら、父を説得した日のことを思い出す。あの後さらに交渉し、加工も家の職人へ依頼できることになったのだ。
冷徹で厳しい父だが、利益が見込める商売への判断は早い。
オーナーは書類に目を落とし、さらに尋ねた。
「それと使用回数が分かるように、葉に細工しているのですね」
「えぇ」
私はブローチを手に取り、蔦に刻まれた葉を指先で示した。どちらのブローチにも五枚の葉が刻まれている。
「五回用は一回ずつ、五十回用は十回ずつ、使うたびに一枚ずつ黒く変わるの。全ての葉が黒くなれば、使用済みよ」
「なるほど。残りの使用回数まで、一目で分かるわけですか」
「そういうこと」
万が一、使用済みの商品が新品として出回れば、信用が落ちる。信用が落ちれば、次の売上に響く。
だが使うたびに葉の色が変わるなら、残りの回数も使用済みかどうかも外から見ただけで判断できる。私はさらに説明を続けた。
「使い終わったブローチは回収する予定よ。宝石と金細工は再利用して、新しいアーティファクトへ作り直すの」
「ですが魔法を使えなくなった後も、装飾品として手元に残しておきたい方が多いのでは?」
「そうでしょうね。だから、返却は強制しないわ」
私はブローチを指先で軽く揺らした。
「その代わり、返却してくれた人には次の商品を少し安く売るの。手元に残すか、値引きを受けるかは、購入した本人が選べばいいでしょう?」
「なるほど。回収率を上げながら、買い替えも促すわけですか」
「そういうことよ」
買い替えを促しつつ、材料も再利用できる。
客には値引きという利点があり、こちらは材料費を抑えられる。市場に使用済みの商品が出回ることも防ぎやすい。
我ながら悪くない仕組みだ。
「販売する前から、回収後のことまで考えていたとは」
オーナーは感心したように目を細めた。
褒められたのが嬉しくて、私は思わず「ふふん」と胸を張る。
「きっとみんな、こぞってこのアーティファクトが欲しいと言うはずよ!」
初めて形になった自分の商品。しかも前世の知識と今世の資産を組み合わせた、とっておきの金策である。
手応えは十分だった。
これが売れれば、ブランジェムも買えるだろう。そして贅沢だらだらライフも守れるはずだ。そう思うと、自然と口元がゆるんだ。
オーナーはそんな私を見て、何も言わずにうっすらと笑った。
あの時の私は完全に浮かれていたのだ。アーティファクトがバンバン売れる未来しか想像していなかった。
そのため、オーナーが小さく呟いた言葉も聞こえなかった。
「……そう簡単にいきますかね?」
*
「全然売れない!!!!」
半月後。
私はトルンから受け取ったアーティファクトの売上表を見つめ、机の前で頭を抱えていた。
何度見ても、数字は増えない。紙に穴が開くほど見つめても売上は伸びない。
そこに並んでいるのは、ほとんど動かない在庫数と、情けないほど少ない販売数だった。見れば見るほど目眩がしてくる。
前世で、どう考えても人間の労働時間では成立しない進行表を見せられた時のことを思い出す。胃がキリキリする。吐き気がしてきた。
そんな私の姿を見ながら、向かいに座るオーナーはけらけらと楽しそうに笑う。
「あんなに自信満々だったエスメラルダ様は、どこへ行ったんですかね」
「くぅ……」
言い返せない。
半月前、「きっとみんな欲しがるはずよ!」と胸を張っていた自分を殴りたい。
私の見立てでは、発売後すぐに売り切れ。ベルメール家の名声はうなぎ登り。学園では「エスメラルダ様は素晴らしい」と称えられ、父は感動のあまり涙を流し、売上は山のように積み上がる。
そして私はブランジェムを買い占め、贅沢だらだらライフを守れる。
……そんな都合のいい未来を、本気で妄想していた。
オーナーは手元の書類をめくりながら、追い討ちをかけるように言う。
「学園では、『悪女のお遊びだ』『リュミエラ様の魔法陣を変えるなんて恐れ多い』『悪魔の玩具だ』という噂が駆け巡っているようですね」
「悪魔の玩具!?」
散々な言われようである。ベリルはとても良い笑顔でトドメを刺してきた。
「長い間根づいた価値観を変えるのは、相当難しいということですね」
「これ以上、正論で殴らないで……」
私は机に突っ伏した。
この国では、既存の魔法陣は女神が授けた神聖な完成形とされている。そこに人の手で変更を加えた商品など、簡単には受け入れられない。
しかも作ったのは、悪女と噂されるエスメラルダだ。
鉱山の件や、金細工店で子供を助けた件で、少しは印象が変わったのではないかと思っていた。だが、それは甘い考えだったらしい。悪女のレッテルは想像以上に根強かった。
(商品の価値以前に、私が信用されていない……)
その事実が、胸に重くのしかかる。
オーナーはしばらく私を眺めたあと、軽い口調で言った。
「少しお手伝いしましょうか?」
「……利息分で?」
「いえいえ、さすがにそれは難しいですね」
ダメ元で聞いてみたが、やはり駄目だった。
私は顔だけを上げる。
このままでは、私に一銭も入らないどころの問題じゃない。父のキレた顔が脳裏に浮かぶ。
商品にならない宝石を無償で提供してもらい、加工まで担当してくれた。それなのに「ほとんど在庫になりました☆」では、父の信頼を失ってしまう。
せっかく鉱山の件で少しだけ評価を上げたのに、ここで失敗すれば元通りどころか、さらに悪くなる可能性もある。
背に腹は代えられないと、私は口を開いた。
「……何が望みなの?」
藁にも縋る思いで尋ねると、オーナーはにっこり笑った。
そして、すっと三本の指を立てる。
「アーティファクトの売上のうち、三割を私に」
「さ、ささささ三割!?」
思わず声が裏返った。売れてないからといって、あまりにも足元を見すぎている。
オーナーは涼しい顔で微笑んだ。
「えぇ。このまま在庫を抱えるよりはマシでしょう?」
「それは……そうだけど……」
言葉に詰まる。
確かに、このまま売れなければ利益はゼロだ。ゼロどころか、父からの信頼まで失う可能性がある。
頭では分かっているが、心が納得しない。売上の三割がこの男の懐に入ると思うと、悔しさで胃がきりきりする。
私はしばらく逡巡した。
父の顔が浮かぶ。
未だに貯金ゼロに近い現実が浮かぶ。
一千億ゴールドという、馬鹿げた治療費が浮かぶ。
選択肢は、ほとんどなかった。
「……お願いするわ」
私は苦渋の思いで頭を下げた。
オーナーは満面の笑みを浮かべる。
「かしこまりました」
晴れやかな良い笑顔だった。悪魔か?
私はその笑顔を見つめながら、ぐぎぎ、と歯を食いしばった。
悔しい。悔しいけれど、背に腹は代えられない。
三割取られても、七割残る。七割でも売上が立てば、次へ繋げられる。別の金策だって考えればいい。
そう自分に言い聞かせるしかなかった。
そこで、ふと疑問が浮かんだ。
(でも、オーナーはどうやって売るつもりかしら……?)
私があれほど売れなかったものを、この男は本当に売れると言うのだろうか。
売上表を横目に見ながら、私は悪魔のような笑みを浮かべるオーナーをじっと見つめた。
その疑問は、数日後に解決した。
学園へ通学すると、いつもより校舎全体が騒がしいことに気づいた。
廊下のあちこちで生徒たちが集まり、興奮を隠しきれない様子で囁き合っている。授業前の何気ないお喋りとは違う。何か大きな事件が起きた時の、浮き立った空気だった。
(一体何事?)
首を傾げたその時、とんでもない言葉が耳に飛び込んできた。




