12. 悪女の商品提案
「アーティファクトを使うのはどう?」
アーティファクトとは、この世界の魔法道具のことだ。
特定の魔法が媒介に込められており、使用者が魔力を流せば、その魔法を発動できる。難点は、使用回数に限りがあること。
オーナーはすぐに意図を理解したらしい。
「つまり、エスメラルダ様が改良した魔法陣をアーティファクトに込め、それを売るということですか?」
「その通りよ」
私は頷いた。
これなら、魔法陣そのものを購入者に見せる必要はない。中身を解析される危険を減らせるうえ、使用回数に限りがあるため、気に入った者には繰り返し購入してもらえる。
前世でセールに浮かれてカプセル式のコーヒーマシンを買ったものの、専用カプセルのランニングコストに泣かされたことがある。
あの時は、まんまと企業の戦略に乗せられたと悔しい思いをした。
(だけど今度は、私が売る側になるのよ!)
過去の悔しさも、使い方次第では立派な商売の知恵だ。
オーナーは机をとん、と指で叩いた。
「面白いですね」
その口元に、にやりと笑みが浮かぶ。
「申請などの手続きは全てこちらでやりましょう」
「え、いいの?」
「えぇ。利息分をお支払いしなくては」
前回預けた一千万ゴールドの利息。
そう言われると、こちらとしても断る理由がない。面倒な申請を任せられるのは大変助かる。
「申請が通ったら、次はアーティファクトの試作ですね。一般に流通しているものは、持ち運びやすいアクセサリー型が多いですよ」
「そうね。男女兼用で使えるものを考えておくわ」
オーナーは頷き、机の引き出しから書類を取り出した。
それを滑らせるようにして、私の前へ差し出す。
「王立魔法庁に提出する申請書です。エスメラルダ様の基礎情報と、魔法陣を改良する部分を書いていただければ」
「分かったわ」
私はペンを取り、言われた通りに記入していく。
名前、身分、魔法系統、改良目的……etc。項目を埋めていくたびに、前世の申請書や稟議書を思い出した。まさか異世界でも書類仕事から逃れられないとは。
だが、これは私の命と贅沢生活のための書類だ。前世の無意味な社内承認フローより、はるかに価値がある。
全て書き終え、書類をオーナーへ渡す。彼は目を通しながら、満足そうに頷いた。
「問題なさそうですね。こちらで提出しておきます」
「お願いするわ」
「それにしても、こんな風に変更を加えるとは……」
その言葉に、私ははっとした。オーナーを見ると、にやりと笑っている。
(やられた……!)
申請書に改良部分を書いたということは、私は今、彼に無料で魔法陣の肝を見せてしまったのだ。
このネタだけでも、お金を取れたかもしれないのに。私は悔しさを噛み殺しながら言った。
「……申請料は、そっち持ちでいいのよね?」
「もちろんです」
オーナーは涼しい顔で頷いた。
きっと、魔法陣の情報で得た価値の方がずっと大きい。そう分かっていても、今の私に言える精一杯の抵抗はそれしかなかった。
ギルドを出て、屋敷へ戻り、私は早速アーティファクトについて考えていた。
もしアーティファクトが売れれば、ベルメール家の宣伝になる。私の株が上がれば悪女のレッテルは剥がれ、お金も入ってきて、一石二鳥だ。
そう思いながら紙にデザインを書いていると、ノックの音が聞こえた。
「どうぞ」
返事をするとトルンが入ってくる。
どうやら鉱山の件で報告があるらしい。
死亡者数は順調に減少傾向なこと、質の悪い宝石の廃棄コストがかかって困っていること、そんなことを端的に報告してくれた。
報告がひと段落し、トルンは興味深そうに私のイラストを覗いてきた。
「素晴らしい絵ですね!」
「ふふん、そうでしょう?」
「はい! カメムシの絵だなんて斬新です!」
「宝石よ!」
思わず大声をあげてしまう。「え」とトルンの目が困惑する。
「こちらがカメムシの足では?」
「それは蔦よ」
「……」
彼は気まずそうに目線を泳がせた。
私はふうとため息を一つ付き、アーティファクトのデザインを書いていることを説明する。
するとトルンはおそるおそる言った。
「その……お嬢様のお手元にはお金は残っているのでしょうか?」
「……」
ゼロである。
お父様からもらった一千万ゴールドは、全てオーナーに渡してしまった。私は頭を抱える。
(ベルメール家は宝石商で有名な貴族だし、タダでもらえないかしら? いやあのお父様が許すわけがない!)
宝石はベルメール家の肝だ。いくら娘とはいえ大量の宝石を無料で渡すことはないだろう。
(どこかに借金して宝石を買い付けるしかない……!?)
そう思っていた時、トルンの先ほどの報告を思い出す。一縷の望みが見えた気がした。
私は立ち上がり、小走りで部屋を出る。彼は慌てて後ろを追ってくる。
「お嬢様! どちらへ!?」
「お父様のところよ!」
私はそう言って、ニヤリと笑った。
「ゴミをお宝に変えてくるわ」
父の執務室に到着する。扉をノックすると、返事が聞こえた。
部屋へ入ると、彼は山積みの書類から顔を上げた。
「エスメラルダか。何の用だ」
「お願いがございます」
私は机の前まで進み、描きかけのデザインと、トルンから聞いた廃棄宝石の資料を並べた。
「商品として扱えない宝石を、私に譲っていただけませんか?」
父の金色の瞳が、すっと細められる。
「ベルメール家の資産を、タダで寄越せと?」
「いいえ。処分費用のかかる在庫を、利益に変える提案ですわ」
父の眉がぴくりと跳ねた。私は資料の一枚を指差す。
「アーティファクト?」
「はい。改良した魔法陣を封じ込め、十連発の魔法を使える商品として売ります」
「お前が、魔法陣を改良したと?」
父の声に疑念が混じった。
エスメラルダが魔法の実技で劣等生だったことは、父の耳にも入っていたらしい。私は説明する。
「既存の術式に、繰り返しの命令を加えました。一度の起動で同じ魔法を連続して発動できます」
「何発だ」
「実技では百発成功しました」
父の視線が、初めて書類から私へ移った。
「……百発?」
「商品では安全性と魔力消費を考え、十発に抑えます」
父はしばらく私を見つめた。
やがて、再び資料へ目を落とす。
「続けろ」
父の言葉に、内心で拳を握る。私は説明を続けた。
「傷がある石や、形の歪な石は、高級宝飾品には使えません。しかしアーティファクトの媒介として使うなら、見た目はそれほど重要ではありません」
父は黙ったまま、資料へ目を落とした。
「加工費はどうする」
「売上から差し引きます。その上で、利益の一部をベルメール家へお渡しします」
父の視線が、資料の数字を追っていく。しばらく重い沈黙が続いた。
やがて彼は、低い声で尋ねる。
「何故、そこまでしてこの商品を作りたい」
私は一瞬だけ言葉に詰まった。
脳裏に腕に刻まれた黒い薔薇模様が浮かぶ。だが、それを今ここで明かすつもりはなかった。
「お金が必要だからですわ」
代わりに、嘘ではない答えを返した。
「それに使い道のないものへ新しい価値を与えられるなら、ベルメール家にとっても損はありません」
父は私をじっと見つめた。やがて、小さく鼻を鳴らす。
「随分と商人らしいことを言うようになったな」
「公爵令嬢ですもの。家の資産は有効に使いませんと」
そう答えると、父の口元がわずかに動いた。
「いいだろう。やってみろ」
「ありがとうございます!」
「ただし、結果は数字で示せ」
「もちろんですわ」
(これで、材料費はどうにかなったわ!)
あとは傷物の宝石を、本当にお宝へ変えるだけだ。
意気揚々と拳を握っていると、父は机に残されたデザイン画を手に取った。
「ちなみにこのアーティファクトは何だ?」
「ブローチです」
「新種の昆虫に見えるが」
「宝石です!!」
私の叫びが屋敷に響いた。
*
一ヶ月後。
私は再び、情報ギルド──黄昏の書庫を訪れていた。
薄暗い部屋の中央で待っていたオーナーは、いつものように胡散臭い笑みを浮かべている。その手元には王立魔法庁の証明印が押された書類と、小さな箱が置かれていた。
「申請の許可が下りました」
そう言って、オーナーは書類とともに、箱の中からエメラルドのブローチを取り出して私へ差し出した。
私はそれを受け取り、そっと光にかざす。
深い緑色のエメラルドに、蔦を添えたようなデザイン。宝石の縁に金色の蔦が巻かれており、葉の一枚一枚まで丁寧に作り込まれている。
「……想像以上だわ」
思わず声が漏れた。
要望を伝えるために私が描いたイラストは、かなり残念な出来だった。
だが手のひらの上のブローチは、商品として十分すぎるほど美しかった。
さすが職人。「カメムシ」と間違えられた絵から、よくここまで読み取ってくれたものだ。
オーナーは満足そうに言う。
「エスメラルダ様のご要望通り、十連発の魔法が放てるアーティファクトです。使用回数は五回と五十回の二種類ですね」
「えぇ、ありがとう」
私は頷いた。
銀の蔦が巻かれているものは五回、金の蔦が巻かれているものは五十回、魔法を放つことができる。
銀の蔦のブローチはいわばお試し用だ。まずは低い回数で便利さを実感してもらう。そして気に入れば、より高価な五十回用を買ってもらう。
オーナーは箱に並んだブローチを見下ろし、感心したように目を細めた。
「それにしても、最初からこれほど大量のアーティファクトを作るとは。てっきり私にお金を借りたいと言ってくるものかと」
「貴方から借りるくらいなら、闇金に手を出した方がマシよ」
真顔で言うと、オーナーは肩をすくめた。
「ひどい言われようですね」
「否定できるの?」
「できませんね」
悪びれない顔に、私は軽く睨みを向けた。
借金は危険だ。特にこの男から借りるなど恐ろしすぎる。利息という名の縄で首を絞められる未来しか見えない。
オーナーはブローチを一つ摘まみ、興味深そうに眺める。
「それで、どうやってこの宝石たちを集めたのですか?」
その問いを待っていた。私はにんまりと笑う。




