11. これはお金になりますか?
目が覚めたとき、視界いっぱいに広がっていたのは白い天井だった。
見慣れない天井に、ぼんやりと何度か瞬きをする。視界はまだ少し霞んでいて、体は水の底に沈んでいるみたいに重かった。
薬草のような匂いと、清潔な香りがする。
ここはどこだろうと考えたところで、すぐ近くから声がした。
「目が覚めた?」
顔だけをそちらへ向ける。そこにいた人物を見て、私は思わず目を見張った。
「……ベリル様?」
なぜここに。
そう言おうとするより早く、彼は肩をすくめた。
「急に倒れて驚いたよ。王太子サマは呆然と立ち尽くしてたから、僕が運んだんだけど。迷惑だった?」
「いえ……」
どうやらここは学園の医務室らしい。そして私は、ベリルにここまで運ばれたようだ。
できれば他の生徒か教師に運んでほしかったと思わなくもないが、そんな失礼なことは言えない。
私は曖昧に視線を逸らし、話題を変えるように尋ねた。
「ベリル様は、なぜ私が倒れた場所にいらしたのですか?」
「知らないの? 君と僕、同じクラスだよ」
「え」
間抜けな声が出た。
同じクラスと言われても、朝から教室で彼を見かけた覚えがない。
私の困惑が顔に出ていたのだろう。ベリルはけらけらと軽く笑った。
「今日は寝坊しちゃって。遅刻してきたんだ」
屋外での実技授業は今日最後の授業だ。
(それはもう遅刻というより、ほぼ欠席では?)
色々と言いたいことはあったが、黙っておいた。
すると、ベリルは少し身を乗り出した。濃紺の瞳が、興味深そうに細められる。
「それにしても驚いた。魔法の百連発を成功させちゃうなんて」
「あ……あれは偶然ですわ」
「ふうん、偶然ねぇ」
ベリルは片頬だけで笑う。まるで信じていない顔だった。誤魔化せている気が全くしない。
深い海のような瞳に見つめられると、こちらの考えていることまで見透かされそうになる。私は慌てて視線を逸らした。
「……本当に、偶然です」
そう重ねると、ベリルはそれ以上追及しなかった。
ただ楽しそうに笑い、椅子から立ち上がる。
「そういうことにしておくよ。じゃあ、無理しないようにね」
ひらりと手を振ると、そのまま医務室を出ていった。扉が閉まる。
途端に、部屋の中が静かになった。
一人になったベッドの上で、私はゆっくり息を吐いた。
(白魔法は、黒薔薇病に効かなかった)
あの白い光に、私は一瞬だけ期待した。聖女の力なら、もしかしたらこの病を消せるのではないかと。
けれど、痛みは少しも引かなかった。
ということは、やはり治すにはブランジェムが必要なのだ。
(つまり、私に残された道はお金を稼ぐことだけ)
期限は三年以内。金額は一千億ゴールド。
改めて考えても、ふざけた金額である。前世の私なら、宝くじを何回当てても足りないと泣いていただろう。
その時、ふとベリルの言葉が頭をよぎった。
『魔法の百連発を成功させちゃうなんて』
あれには、私自身も驚いた。
まさか魔法陣とプログラミングコードが、あれほど似ているとは思わなかった。
魔法陣の改良や効率化。そして連続発動。
もしそれが、この世界ではまだ一般的でない技術なら。
ぼんやりしていた思考が、少しずつ金策の方向へ動き始める。
だが考えをまとめる前に、強い眠気が瞼を引き下ろした。体は発作の余韻なのか、ひどく重い。
(……少しだけ、眠ろう)
私は掛け布を引き寄せた。
清潔な布の匂いに包まれながら、再び夢の中へ沈んでいった。
*
「魔法の連発を成功させたんですってね」
倒れてから数日後。
体調が落ち着いたのを見計らい、私は再び情報ギルドを訪れていた。顔を合わせるなり、オーナーは開口一番こう言った。
さすがは情報ギルドのマスターである。学園内の出来事まで、もう耳に入っているらしい。
だが、彼がその事実を知っているなら話は早い。
「この技術をお金にできない?」
「できますよ」
あまりにもあっさりと返ってきた答えに、私は思わず瞬きをした。
「あっさり言うのね」
「エスメラルダ様はお気づきでないかもしれませんが、魔法の百連発は凄まじいことですよ」
「そうなの?」
「えぇ。どれほど魔力が多い者でも、二十連発が関の山です。しかもおそらく、エスメラルダ様は一回の魔法起動で成功させたのでしょう?」
ぎくりとした。
オーナーはあの場にいなかったはずだ。それなのに、噂を聞いただけでそこまで見抜いてしまうらしい。
やはり油断ならない男である。とはいえ、どうやって成功させたのかまで話すつもりはない。
私は曖昧に頷いた。
「まぁ、そうね」
「もし魔法陣の改良という形で成功させたなら、とんでもないことです」
「とんでもないって……魔法陣の改良なんて、いくらでもされているでしょう?」
「そんなことはありません」
オーナーの声が、少しだけ強くなった。
彼は手のひらを掲げる。淡い光が集まり、小さな魔法陣が空中に展開された。
「この国に伝わる魔法陣はすべて、女神リュミエラが授けたものとされています。つまり魔法陣は"神聖な完成形"なんです。そこに人の手で改良を加えるなど、もってのほかだと考えられています」
「そうなの……」
私はそれだけ返すのがやっとだった。
魔法陣に対する考え方は、前世で慣れ親しんだエンジニアの世界とは正反対だった。
前世では、誰かが作った仕組みを土台にして、別の誰かが手を加えるのは当たり前だった。もっと使いやすく、もっと効率よく、もっと便利にするために改良を重ねる。そうしてシステムは育っていく。
そのため「完成されているから触ってはいけない」という考え方は、私にはひどく不思議に思えた。
「ですが、魔法陣の改良が全く認められないわけではありません」
オーナーは魔法陣を消し、にこりと笑った。
「エスメラルダ様の改良が正式に認められれば、使用料を得られる可能性があります」
「私が改良した魔法陣を使うたびに、使用料が発生するということ?」
「えぇ」
その言葉に、胸の奥がわずかに跳ねた。
継続収入。なんて甘美な響きだろう。
けれど、すぐに別の問題に気づく。
「でも、それだと私の魔法陣が見えてしまうのよね? 勝手に真似されたりしないのかしら」
「そこに気づかれるとは」
オーナーは少しだけ驚いたような顔をして、説明を加えた。
「登録すれば、エスメラルダ様が考案者であることは公的に認められます。無断使用が発覚すれば、使用料や賠償金を請求することもできますよ」
「発覚すれば?」
「魔法陣は、魔力さえあれば人目につかない場所でも再現できますからね」
オーナーは肩をすくめた。
その言葉からして、悪用された事例があるのだろう。私はじとりと睨む。
「そういうことは最初から言いなさいよ」
「ふふ、失礼」
涼しい顔で受け流された。
前世でも流行ったものを少しだけ変えて出すサービスや、某有名ゲームに似た偽ゲームなど、いくらでも見てきた。
魔法陣を丸ごと見られれば、それを模倣し、無料で使う輩が出てもおかしくない。
(それじゃあ一銭も私に入らないじゃない!)
今の私にとって一番大事なのは、お金だ。文字通り命がかかっているのだから。
魔法陣の構築を盗まれずに、継続的にお金を稼ぐ方法。そう考えた瞬間、頭の中でひとつの案が浮かぶ。
私は顔を上げて、口を開いた。




