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【連載版】悪女の優雅で素晴らしい贅沢生活 〜過労死した私、社畜スキルで稼ぎます〜  作者: 海城あおの
第二章 悪女はお金を稼ぎます

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10. 白魔法でも治せない

 

(完全にやりすぎた……! でも……)


 教師の言葉を聞きながら、私は左手に残る魔法陣を見つめた。


(これだけ驚かれる技術なら……もしかして、お金になるんじゃない?)


 一千億ゴールドには到底届かないとしても、最初の一歩にはなるかもしれない。

 頭の中で早くも皮算用を始めた、その時だった。


「よ、避けてください!」


 切羽詰まった悲鳴が響いた。振り向くと、巨大な氷の塊がこちらへ向かって飛んでくる。

 その先にいたのは、レオンハルトだった。

 彼は突然のことに反応できず、目を見開いたまま立ち尽くしている。


(危ない!)


 気づけば、体が動いていた。


 私はレオンハルトの前へ滑り込み、左手に新たな魔法陣を展開する。

 右手の指先に魔力を集め、先ほどと同じ要領で繰り返し回数を書き換える。三つの火球が、正面と左右から氷塊へ襲いかかった。


 激しい衝撃音が響く。

 炎に包まれた氷塊は空中で砕け、白い蒸気を噴き上げながら溶けていった。熱風が頬を打ち、思わず目を閉じる。


 やがて周囲が静かになり、おそるおそる瞼を開いた。

 振り返ると、レオンハルトは地面に尻をつき、呆然と私を見上げていた。


「……お怪我はありませんか?」

「あ、ああ……」


 返事を聞き、ほっと胸を撫で下ろす。嫌いな相手ではあるが、目の前で怪我をされたら寝覚めが悪い。

 そこへ顔面蒼白の男子生徒が駆け寄ってきた。


「も、申し訳ございません! 制御できなくなって……!」


 何度も頭を下げる男子生徒に、レオンハルトは上の空で答えた。


「ああ……問題ない」


 てっきり怒鳴りつけると思っていたので、少し意外だった。

 どうしたのだろうと顔を見ると、彼は私をじっと見つめていた。

 今まで向けられていたような露骨な嫌悪ではない。何を考えているかよく分からない表情。

 首を傾げたその時、右腕の奥で何かが弾けた。


「っ……!」


 鋭い痛みが腕を貫き、息が止まる。

 反射的に右腕を押さえたと同時に、黒い薔薇の模様と「魔力の使用をきっかけに発症」という一文が浮かんだ。


(どうして忘れてたのよ……!)


 コードに似ていると気づき、完全に夢中になっていた。

 右腕の内側を、熱した刃でじりじりと抉られているようだ。熱が脈打ち、骨の内側から痛みが這い上がってくる。


「お、おい」


 私の異変に気づいたのだろう。

 レオンハルトが、不安げに呼びかけてくる。だが、返事をする余裕はなかった。

 息を吸おうとしても、喉が締めつけられ、うまく空気が入らない。

 視界が大きく揺れた。

 生徒たちのざわめきも、教師の声も、遠い水の底から聞こえてくるようにぼやけていく。

 膝から力が抜け、そのまま地面についた。芝生の冷たさが、制服越しに膝へ伝わる。

 私は右腕を押さえたまま、浅い呼吸を繰り返した。


「エスメラルダ様!」


 遠くから、誰かが私の名前を呼んだ。

 顔を上げると水色の髪を揺らしながら、レティシアがこちらへ駆け寄ってきていた。


「大丈夫ですか!?」


 彼女は私の前へ膝をつき、すぐに両手を掲げた。

 淡い白い光が、その手のひらへ集まり始める。柔らかく、清らかな光。

 白魔法だ。

 その瞬間、痛みに霞んでいた意識の中に、一筋の希望が差した。


(もしかしたら、レティシアの白魔法なら……)


 原作で何人もの命を救った白魔法なら、黒薔薇病さえ治せるかもしれない。

 祈るような気持ちで、白い光を見つめる。

 だが──痛みは少しも引かなかった。

 むしろ右腕の奥で、黒い熱が反発するように強く脈打つ。


「っ、う……」


 額から脂汗が流れ落ちる。

 奥歯を噛みしめ、悲鳴を押し殺した。


「レティシア様でも治せないのか?」

「白魔法が効かないなんて……」


 周囲から、戸惑いの声が上がる。

 その瞬間、レティシアの表情がかすかに歪んだ。

 ほんの一瞬だった。

 慈愛に満ちた聖女の顔の奥から、焦りのようなものが覗く。そして、彼女の唇が小さく動いた。


「何で治らないのよ……」


 苛立ちを含んだ声に、血の気が引いていく。

 レティシアは私を心配して治療しに来てくれたのだと思っていた。少なくとも、最初はそう見えた。

 けれど今の一言は、違う。

 まるで悪女である私を救ってみせる姿を、周囲に見せたかったのに上手くいかない。そんな風に聞こえてしまった。


(今のは……)


 私が痛みで、変に受け取っているだけだろうか。

 分からない。考えようとしても、意識がまとまらなかった。

 白い光。右腕を焼く痛み。周囲のざわめき。

 そして、一瞬だけ歪んだレティシアの顔。

 すべてが溶け合い、視界が暗く沈んでいく。


「あ……」


 体を支える力が抜けた。

 そのまま、地面へ倒れ込みそうになる。


「もういい。彼女から離れて」


 よく通る、静かな声が響いた。

 次の瞬間、ふわりと体が浮く。

 誰かに抱き上げられたのだと、朦朧とした頭で理解した。温かな腕が背中と膝を支え、痛みで強張っていた体から、わずかに力が抜けていく。


「なぜ、お前が……!」


 レオンハルトの声が聞こえた気がした。

 だが、それに答える声はなかった。代わりに鼻先を掠めたのは、深く落ち着いた木の香り。

 騒がしい周囲の音を、遠くへ追いやってくれるような香りだった。


(この香り……どこかで……)


 そう思ったところで、意識は完全に途切れた。


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