第98話 我とユウ、いただきます
「今日はここで食事するわ」
大林先生が運転席から窓の外を指差す。
…………。
む?
我はその先に視線を向けた。
一瞬。
まさか、あの思わず「オラオラオラ」と口にしてしまいそうな高級焼肉店かと思ったのだが――。
どうやら別の店らしい。
我、少し安心。
指の先にあるのは、それほど大きくはない焼肉屋。
外から見る限り、少しこじんまりとしておるな。
…………。
これなら大丈夫かもしれぬ。
大林先生には、ユウがよく食うことも千葉先生から伝わっておるはずだからの。
とはいえ。
別に普通のチェーン店でもよかったと思うのだが、何故ここを選んだのであろう?
店構えを見る限り、我らが普段行く焼肉屋とは少し雰囲気が違う。
…………。
やはり少し怖いの。
主に値段が。
大林先生が車を駐車場に停め、我らも車から降りる。
そして我は、店に入る前にどうしても確認しておきたくなった。
「先生よ。大丈夫なのか?」
「ええ。大丈夫よ」
「しかし、ユウは食うぞ」
「いいじゃない。そこも聞いた上で、ここにしたのよ」
「マオ。何? 私の悪口?」
いや。
我は事実を言っておるだけぞ。
「おぬし、よく食べるであろう。千葉先生の時は、あれでも遠慮しておったというのに、20,000円も食いおったのだぞ」
「それは……」
ほれ。
何も言えまい。
あの時の千葉先生。
翌日までずっと愚痴っておったからの。
いや。
20,000円も飛べば、愚痴らずにはいられまいよな。
「あら。茂雄ってケチなのね」
む?
思わぬ言葉。
大林先生は冗談を言っている様子もなく、何でもないことのように笑っておる。
…………。
もしや。
S3級ともなると、稼げる額も違ってくるのであろうか?
我、少し気になる。
「私には気にしなくていいわよ。それも込みで、ここに連れて来てるんだから」
「ありがとうございます! マオ、なら大丈夫だよね」
「……まあ、先生がよいというのであれば、我はもう何も言えんの」
奢る本人がよいと言っておるのだ。
これ以上、我が気にしても仕方あるまい。
とはいえ。
節度は持って食べるとしよう。
…………。
主にユウが守ってくれることを願うぞ。
「じゃあ、行きましょうか」
「うむ」
駐車場を出て、大林先生の後について街中を歩く。
こうして見てみると、意外と若い者も多いの。
我らくらいの年齢の者も、ちらほら歩いておる。
…………。
まあ。
我らも十分若いのだが。
学生であれば今頃は――。
あ。
夏休みか。
なら、この時間に若い者が多くても不思議ではないな。
…………。
そう考えると。
我らには、もう夏休みというものがないのだよな。
学生だった頃は、宿題が面倒だの何だのと思っておったのに。
なくなってしまえば、少し寂しく感じるのだから不思議なものよ。
そんなことを考えておるうちに、目的の店に到着した。
「じゃあ、入りましょ」
「お邪魔しまーす」
「失礼する」
「いらっしゃいませ~」
おお。
元気な声よな。
中に入ってみると、外から見た印象よりも広い。
奥行きもあり、どうやら二階もあるようだの。
しかも。
どうやら全席個室らしい。
これは地味にありがたい。
周囲を気にせず、ゆっくり食べられるからな。
店員に案内され、そのまま奥の個室に通される。
我らが席に着こうとしておると、案内してくれた店員が大林先生に笑顔を向けた。
「大林さん。いつもありがとうございます」
「いいのよ。今日もお願いね」
ふむ。
どうやら大林先生。
ここの常連なのだな。
だから先ほどから、あれほど余裕だったのか。
…………。
しかし。
我、恐怖。
席に置かれているメニューを開いてみたのだが――。
どれも高い。
肉。
高い。
ご飯。
これは、まあわかる。
そして再び肉。
…………。
やはり高い。
何故、肉だけ桁が一つ違いそうなものまであるのだ。
このような贅沢。
我、魔王時代でもそうそうしておらぬぞ。
いや。
しようとしたことはあった。
確か、モロイから言われたことがあったの。
『魔王様。もう少し贅沢をしてください。いくら庶民料理が好きだからといって、そればかりでは王としての沽券に……』
そこまで言ったところで、我をよく補佐していた別の魔族が、モロイの耳元へ何やら囁いた。
何を言われたのかまでは、我には聞こえなかった。
だが。
モロイの態度が変わった。
『……何? 庶民派の魔王様は民に慕われている?』
…………。
何を耳打ちされた?
『……魔王様。そのままでいいです』
モロイ。
あの時。
本当は何を聞かされておったのであろうな?
結局、あれ以来。
我が高級な料理を口にする機会は、めっきり減った。
まあ。
我自身、庶民料理が好きだったので何も問題はなかったのだが。
ただし。
酒。
茶葉。
菓子。
この三つは別ぞ。
高級なものは、やはり美味い。
…………。
お。
デザートもあるの。
…………。
高い。
デザートまで高いのか。
我、さらに気が引けてきたぞ。
「む?」
ページをめくっていると、見慣れた文字が目に入った。
「食べ放題。あるではないか」
これぞ。
しかも、思っていたより内容が豊富。
肉の種類も多い。
ご飯物。
サイドメニュー。
デザートまである。
これならユウも十分満足するであろう。
「ユウ。これにせよ。おぬしの好きなものばかりぞ。これなら、どれだけ食べても値段について我が苦言を言うことも少ない」
「え? そうなの? どれどれ……」
ユウが我の方へ身体を寄せ、メニューを覗き込む。
「うん。好きなものは多いけど……こっちの単品も捨てがたい」
「む?」
ユウが食べ放題とは別のページを指差した。
「これなんて、マオも結構好きじゃない?」
「どれ……」
…………。
「うむ。好きな部位よな」
これは少し迷うの。
食べ放題なら値段も最初から決まっておる。
ユウがどれだけ食おうとも安心。
我の精神にも優しい。
だが。
単品で並んでいる肉も、なかなか捨てがたい。
「これはどうだ?」
「それも美味しそう」
「こちらも気になるの」
「マオ。こっちも」
「むう……」
食べ放題。
単品。
安全を取るか。
欲望を取るか。
我とユウがそんなことで暢気に悩んでおると、大林先生が実に太っ腹なことを言ってくれた。
「食べ放題でもいいし、好きなものを頼んでもいいわよ」
…………。
大林先生。
流石よな。
千葉先生の時とは違い、何という余裕のある佇まい。
いや。
千葉先生が悪いわけではないぞ?
20,000円食われて愚痴る気持ちは、我にもよくわかるからの。
だが、ここまで何でもないことのように言われると。
逆にこちらが遠慮してしまう。
…………。
まあ。
ユウは遠慮せぬよな。
「じゃあ、食べ放題で! まずは牛タンと和牛カルビ。それに、ご飯大盛り!」
ほれ。
すでに食う気満々ぞ。
…………。
単品で迷っておったのは何だったのだ?
「では、我も牛タンとハラミ。それと、ご飯は大盛りで」
「ふふっ。じゃあ、私もマオと同じものをお願いしようかしら」
注文を終え、店員が個室を出ていく。
後は肉が来るのを待つだけ。
…………。
なのだが。
我は向かいに座る大林先生を見る。
やはり。
気になるよな。
「で、我らに何ぞ話があるのでは?」
「単純に食事をしに来ただけよ」
「本当に?」
「マオ。疑っちゃ駄目だよ」
ユウよ。
おぬし。
ご飯を奢ってくれる相手なら、何処にでもついて行きそうで我は少し怖いぞ。
いや。
流石にそこまでではないと思いたいが。
「まあ、隠さずに言うとね」
ほれ。
やはり何かあるではないか。
大林先生はいつもの柔らかな表情のまま、我とユウに視線を向ける。
「あなたたち。本免試験に合格したら、茂雄とパーティーを組むの?」
…………。
やはり。
そこか。
「否。組まぬよ」
「うん。二年後まで頑張らないと」
「二年後ね」
大林先生が、少し考えるようにその言葉を繰り返す。
ユウよ。
簡単に言うでないぞ。
二年。
千葉先生が我らに与えた時間。
その間、千葉先生に頼らず、自分たちでダンジョンに潜り、戦い、失敗し、経験を積む。
そして二年後。
我らがどこまで成長しておるのかを見た上で、初めて千葉先生が一緒にパーティーを組むか判断する。
約束されたわけではない。
あくまで。
そこまで成長できたなら――という話ぞ。




