第96話 我ら、新たな約束
とりあえず。
仕舞いよな。
石床に倒れたミノタウロスに視線を向ける。
右脚は切断され、胴には斧による大きな傷。
そして最後は、ユウによって首まで落とされた。
…………。
うむ。
どう見ても、もう動かぬな。
「ユウ。角を切って持ち帰るぞ」
「その前に約束!」
む。
まだそこに戻るか。
「すまぬが、それはできぬ」
「何で!」
「必要があれば、我はするぞ」
「む~~」
そのように不満そうな顔をするでない。
我とて、何でもかんでも無茶をするつもりはない。
だが。
我には守るべき者がおる。
ユウ。
父上。
母上。
今の我にとって大切な者たち。
そのために必要となれば、多少の無茶くらいはしよう。
そこだけは譲れぬ。
「ほれ。まだテスト中ぞ」
「……はぁ。わかった」
すまぬの。
心配してくれておるのは、わかっておるからな。
さて。
今は試験に戻ろう。
我は携行していた素材保存袋を取り出す。
「うむ」
これで――。
…………。
む?
阿野殿。
何やら頷いておるの。
黒いサングラスのせいで視線まではわからぬが、先ほどからこちらを見ながら何度か小さく頷いておる。
…………。
もしかして。
我。
少しやり過ぎたかの?
炎で『まぬけ』と書き。
巨大な斧を掴んで投げ返し。
挙げ句、ユウが首を落とした。
…………。
まあ。
今更ぞ。
「ユウ。頼む」
「うん」
ユウがセイヴェリアを振るい、ミノタウロスの立派な角を切り落としていく。
やはり早いの。
切断された角を我が受け取り、素材保存袋に収める。
「ほれ」
「ありがと」
残った角も同じ袋に。
中の余分な空間を減らしてから封を閉じる。
うむ。
これでよし。
そして。
…………。
自然な流れで、我が持つことになったな。
「しれっと我が持つのだな」
「今回、無茶した罰」
「なら仕方あるまい」
そこまで言われては反論できぬ。
我は折り畳んでいた大型の素材運搬バッグを広げ、素材保存袋を中に収める。
角だけとはいえ、それなりの大きさ。
だが、この程度なら問題なし。
さて。
最深部の攻略は終了。
残る試験内容は――。
「では、セーフスポットに戻ってクリスタルを採取。その後、帰還ぞ」
「休憩は?」
「要らぬであろう。ユウも疲れてはおるまい?」
「まあね」
我も特に疲れておらぬ。
ミノタウロスとの戦闘も、時間にすればそれほど長くはなかったからの。
ならば。
「このまま帰るぞ。そうすれば、帰りに食べ歩きもできよう」
「そうだね!」
…………。
食べ歩きと聞いた途端、元気になったの。
まあよい。
「では、帰るぞ」
「うん」
我とユウは最深部を後にし、先ほど通ったセーフスポットまで戻る。
そこで指定されていたクリスタルを改めて確認し、壊さぬよう慎重に採取。
これで試験で持ち帰るものも揃った。
後は入口まで戻るだけぞ。
無論。
帰り道だからといって、油断はせぬ。
行きに通った道。
曲がり角。
分かれ道。
周囲を確認しながら戻っていく。
途中、再びモンスターが襲ってきおったが――。
まあ。
特に問題なし。
我とユウでさっさと蹴散らし、そのまま進む。
そして。
ダンジョンの入口を抜けた。
景色が切り替わる。
「ふう」
帰還ぞ。
…………。
おや?
目の前。
別の組の者たちが、またへたっておるな。
壁に背を預けておる者。
座り込んで動かぬ者。
肩で息をしておる者。
…………。
やはり皆、随分と疲れておる。
我らも同じ試験を受けてきたはずなのだがの。
まあ、よいか。
それよりも。
「阿野殿。先に武器の清掃とメンテナンスをしてもよいかの?」
「ああ。大丈夫だ」
よし。
このまま汚れた装備をケースに入れるのは嫌だからな。
「ダンジョン内の実技は、入口に戻った時点で終了だ。ただし、試験そのものはまだ終わってない」
「うむ」
「採取したものを受付に提出。それから今回のカメラ映像を、アプリから『ハンター協会本免許試験』宛てに送信してくれ」
「わかりました」
「最後に試験番号のリストバンドを受付に返却。それで今日の試験は全部終了だ」
なるほど。
ダンジョンから出れば終わり、というわけではないのだな。
武器の管理。
装備の片づけ。
素材の提出。
そこまで含めて試験ということか。
「もし武器や装備に本格的なメンテナンスが必要なら、待機室を出た所のメンテナンス室を使っていい。シャワー室も自由に使って構わない」
「うむ」
そこまで済ませれば、後は帰ってよいのだな。
我はスマートウォッチへ目を落とす。
「う~~ん。まだ16時前か」
「少し時間が掛かったかの」
とはいえ。
朝からペーパーテストを受け、食事をし、順番を待って実技。
それを考えれば、こんなものか。
まずは装備を片づけよう。
指定された場所に置いていた武器ケースを取り出し、我とユウはそれぞれメンテナンスキットを広げる。
魔王。
グロック19。
セイヴェリア。
シールドクロー。
使ったものを一つずつ確認し、付着した汚れを落としていく。
特にシールドクローは、爪。
ソー。
表面。
可動部。
戦闘で何度も使ったからの。
傷や異常がないかも含めて確認しておこう。
…………。
うむ。
問題なし。
ユウの方も終わったようだな。
「終わったよ」
「我もぞ」
清掃と簡単なメンテナンスを終えた武器を、それぞれケースに収めていく。
魔王。
シールドクロー。
メンテナンスキット。
忘れぬよう、一つずつ。
最後にヘッドギアを外す。
…………。
むう。
髪が少しべたついておるの。
長いこと被っておったから、汗で何本か絡んでしまっておる。
やはり。
シャワーを浴びた方がよいかの。
まあ。
それは後でよい。
まずは装備を完全に片づけよう。
ヘッドギアから記録用カメラを取り外し、イヤホンも耳から外す。
カメラ。
イヤホン。
それぞれハンタースマホ背面の収納部に戻す。
きちんと収まったことを確認。
うむ。
これでよし。
「ユウ。忘れ物はないかの?」
「ないね」
我も周囲をもう一度確認する。
ケース。
素材運搬バッグ。
ハンタースマホ。
スマートウォッチ。
…………。
問題なし。
「よし。では、まず更衣室に行くかの」
「着替える?」
「その前に荷物を持って、シャワーぞ。このまま帰るのは少し気持ち悪い」
「私も浴びたい」
「うむ。なら決まりぞ」
まずは更衣室へ。
ロッカーに置いてある着替えと荷物を取り、それからシャワー室へ向かうとしよう。
シャワーを浴びて着替えを済ませた後、受付へ戻り、採取したクリスタルとミノタウロスの角を提出。
カメラの映像も送り、最後に試験番号のリストバンドを返却。
こうして。
我らの本免試験は、無事に全て終了した。
これでもう、我らが今日やるべきことはない。
ちなみに、今回持ち帰った素材についても試験の評価対象になるらしい。
指定されていたクリスタルだけを持ち帰っても、減点されることはない。
だが。
道中や討伐したモンスターから、素材として価値のある物をきちんと見つけられるか。
必要な部分を選び。
傷めぬよう採取し。
適切な方法で持ち帰れるか。
そこまでできれば、評価に加点されるのだとか。
…………。
なるほどの。
言われた物だけを持ち帰ればよい、という試験ではなかったわけか。
今までダンジョンで素材を採取してきた者なら、気づけるようになっておったのだな。
試験で使った素材とはいえ、そのまま没収されるわけではなく、査定された分については後ほど代金も支払われるらしい。
ふむ。
試験を受けながら金までもらえるとは。
悪くないの。
「しかし、これで受かれば、俺もお前たちとはお別れだな」
「千葉先生……」
「悲しいことを言うでない」
受付で我らを待っていた千葉先生と合流し、そのまま三人で地下駐車場へ向かう。
だが。
先生の言うとおりなのだよな。
中学校を卒業した後も、千葉先生は仮免期間の担当教官として我らの面倒を見続けてくれた。
銃の選び方。
装備の扱い。
初めてのダンジョン。
野営。
戦闘。
探索。
何かやらかせば怒られ、その度に反省させられ。
…………。
うむ。
本当に色々あったの。
だが、本免に合格し、その後の講習と手続きを終えれば。
我らは正式なハンター。
もう仮免ハンターではない。
当然、千葉先生が我らの担当教官として面倒を見る理由もなくなる。
そう考えると――。
何とも。
胸の辺りが少し寂しいの。
「まあ、俺もこれで肩の荷が下りたってもんだ」
「寂しいの」
「そうだね」
ユウも同じか。
隣を見ると、先ほどまで本免試験を終えて晴れやかな顔をしていたユウも、少し寂しそうにしておる。
すると千葉先生は、そんな我らを見て呆れたように息を吐いた。
「アホ。寂しがってる暇があるなら働け」
「むう」
相変わらずぞ。
最後くらい、もう少し感動的な言葉を掛けてもよかろうに。
だが。
千葉先生らしいと言えば、千葉先生らしいか。
先生は我らの少し前に出ると、その場で足を止めた。
「そうだな……二年」
「二年?」
千葉先生が振り返り、我とユウの前に二本の指を突き出す。
「二年、頑張れ」
先ほどまでの軽い口調とは少し違う。
我は自然と、その指から千葉先生の顔に視線を移した。
「本免を取ったからって、それで一人前じゃねぇ。むしろ、ここからだ。二年間、自分たちで潜って、戦って、失敗して、経験を積め」
…………。
千葉先生。
「その後、お前らがどこまで成長したか、俺が見てやる」
「そしたら?」
ユウがすぐに食いついた。
千葉先生は僅かに口元を緩める。
「その時、お前らとパーティーを組んでもいいと俺が判断したら――なってやるよ」
…………。
何?
我は思わず千葉先生の顔を見つめる。
今。
何と言った?
パーティーを。
我らと?
「千葉先生。それは本当か?」
「ああ」
「本当なんだよな?」
「何度聞くんだよ」
いや。
聞くであろう。
何せ千葉先生はS1級ハンター。
三年間、学校で我らを鍛え、その後も仮免期間を通して面倒を見てくれた御仁ぞ。
その千葉先生が。
二年後。
我らが十分に成長しておれば、一緒にパーティーを組んでもよいと。
…………。
うむ。
これは。
嬉しい。
「さすがに今のまま、俺におんぶに抱っこじゃ成長しねぇからな」
「そうよな」
そこは我も納得。
これまでは何かあれば、千葉先生がおった。
我らが失敗しても、本当に危険になれば止めてくれる。
道を間違えれば、その後で何が悪かったのかを教えてくれる。
だが。
正式なハンターになれば、これからは違う。
己で判断し。
己で責任を負う。
それを経験せねばならぬということなのだろう。
「まあ」
千葉先生が肩を竦める。
「本免に受かってればの話だけどな」
…………。
む。
「落ちてたら?」
「また面倒見てやるよ」
「それはそれで安心だね」
「ユウよ。落ちる前提で安心するでない」
まったく。
我らは受かるのだ。
…………。
多分。
いや。
受かっておるよな?
筆記。
実技。
素材採取。
我としては問題なく終えたと思っておる。
少々。
本当に少々。
ミノタウロス相手に遊びすぎた気もせぬではないが。
…………。
大丈夫であろう。
阿野殿も頷いておったしの。
それよりも。
二年後。
か。
千葉先生と共にダンジョンへ入る我とユウ。
教官と生徒ではなく。
同じハンターとして。
同じパーティーとして。
…………。
悪くない。
いや。
かなり楽しみぞ。
ならば。
二年間。
存分に成長してやろうではないか。




