第93話 我、開始
さて。
テストダンジョン待機室へ入ってみれば――。
…………。
ここもか。
中におるのは、疲労困憊といった様子の仮免ハンターばかり。
椅子に深く腰を下ろし、背もたれに身体を預けておる者。
俯いたまま肩で息をしておる者。
中には、壁際に座り込み、立ち上がる気力すら残っておらぬように見える者までいる。
先ほど通路で見た者たちもそうであったが。
皆、ここまで疲れ切っておるとはの。
…………。
実技試験。
思っておる以上に厳しいのかもしれぬ。
これは我らも、改めて気合を入れ直した方がよさそうだな。
「来たわね」
む?
声の方に視線を向ける。
大林先生。
その周囲には、筆記試験でも見かけた試験監督のハンターたちがおる。
あの筋骨隆々で黒いサングラスを掛けた御仁。
それに、すらりとした体格のイケメンハンター。
他にも何人ものハンターが待機しておるな。
「ちょっと待っててね」
大林先生は我らにそう告げると、近くで疲れ切っている仮免ハンターたちに視線を向けた。
途端。
先ほどまでの柔らかな表情が消える。
「いつまでそこにいるの。早く出ていきなさい。次が詰まっています」
「ま、待ってくれ……俺たち、もう疲れ切ってて……」
一人が椅子に座ったまま、辛そうに答える。
だが。
「忘れていない?」
今度は、あのイケメンハンターが口を開いた。
「これは試験です。ダンジョンを出たから終わりではありません。今、この時間もまだ試験中ですよ」
…………。
おお。
中々に厳しいことを言うの。
だが。
確かにそうか。
ダンジョンを出た瞬間に、全てが終わるわけではない。
武器の管理。
周囲への配慮。
帰還した後の行動。
それらも含めてハンターの仕事。
疲れたからと通路や待機室を塞いでよい、とはならぬよな。
「天神魔王、白崎優紗」
む?
今度は我らか。
振り返ると、筋骨隆々のサングラスの御仁がこちらを見ておった。
「二人で15番組。間違いないか?」
「うむ。間違いない」
「はい」
「俺は阿野修。今回、君たちの実技試験を確認する担当官だ。S1級ハンターだ」
おお。
この御仁。
阿野修というのか。
しかもS1級。
千葉先生と同じ階級ではないか。
改めて見れば。
…………。
やはり。
似ておる。
黒いサングラス。
筋骨隆々の身体。
あの俳優に。
…………。
いや。
今はそこではないの。
「君たちはこっちだ」
「む?」
阿野殿が待機室の奥を示す。
なんぞ?
我らの準備は、ここで行うのではないのか?
言われるまま後に続くと、案内されたのは待機室の一角。
パーテーションで周囲を囲まれ、外から中が見えにくくなっておる。
…………。
なんぞ。
妙に物々しいよな。
阿野殿は我らが中に入ったことを確認すると、声を少し落とした。
「茂雄から聞いている。君たち、魔法が使えるんだろ」
ああ。
そのことか。
千葉先生から聞いておるのだな。
まあ、当然といえば当然か。
我も今回の試験では、ある程度まで魔法を開示する予定だった。
何より。
そこを伏せたままでは、我のシールドクローをまともに使えぬ。
「報告では、二人ともアストラの可能性が高い。中学時代から兆候が確認されている」
阿野殿は手元の端末に視線を落とし、内容を確認していく。
「白崎君は水魔法の発現実績あり。ただし、現段階ではまだ安定して扱えるほどではない。天神君は、協会側に申告されている範囲で三種類の魔法が使用可能。これで間違いないか?」
「うむ。間違いない」
「はい。私はまだ、ちゃんと使いこなせないです」
「それでいい」
阿野殿はあっさり頷いた。
「白崎君はまだこれからだ。発現していることが確認できているなら、今の段階では十分だよ」
そう言ってから、阿野殿はパーテーションの向こうを一度確認する。
「さて。何故、君たちだけここへ連れてきたかだが――人間が魔法を使えることを、まだ他の受験者には伏せておくためだ」
「それって」
ユウが僅かに首を傾げた。
「一般の仮免ハンターには、人間も魔法を使えるって、まだ正式に開示していないからですか?」
「そうだ」
阿野殿は即答する。
「君たちのように、すでに発現している者や、知る必要がある立場の者には個別に開示している。それに、モンスターの一部が魔法のような現象を使うことも、必要な範囲では教えている」
「だが、人間も魔法を使えるということまでは、広く知らせておらぬと」
「そういうことだ」
なるほどの。
いずれは知られる。
だが、今ではない。
そういうことか。
「政府も、いずれ公表する方向では動いているらしい。ただ、かなりデリケートな問題だからな。いつ、どこまで、どういう形で開示するかは慎重に進めている」
まあ。
そうであろうな。
魔法。
便利な力ではある。
火を起こす。
水を出す。
傷を癒やす。
使い方次第では、人の生活を大きく変える力になろう。
だが。
裏を返せば。
人を傷つけることにも使える。
姿を隠すことも。
人を追うことも。
使う魔法によっては、今までの常識そのものが通じなくなる。
もし、それが一気に世へ広まれば――。
…………。
混乱は避けられぬよな。
場合によっては、今までの社会の在り方すら大きく変わりかねぬ。
もっとも。
その辺りは我が考えたところで、どうしようもあるまい。
今の我は魔王ではない。
この国の王でもないのだからな。
「だから、本免を取得して魔法に関する情報まで正式に扱うことになれば、かなり厳しい制約も受けてもらうことになる」
「守秘義務とかですか?」
「それも含めてだな」
阿野殿は口元を僅かに吊り上げた。
「まあ――受かれば、だが」
…………。
そのサングラスで、にやりとするでない。
余計に似て見えるではないか。
我。
サインが欲しくなってくるぞ。
「さて」
阿野殿の表情が戻る。
「説明は以上だ。装備の準備をしてくれ」
「はい」
「うむ」
「マオ。頑張ろう」
「うむ」
さて。
いつもどおりだ。
試験だからといって、ここで手順を変える必要はない。
むしろ。
こういう時ほど、普段どおりにやるべきぞ。
まずは魔王。
ケースから取り出す前に周囲を確認。
取り出した後は、弾丸を装填する前に銃そのものを点検する。
銃身。
シリンダー。
撃鉄。
異常なし。
うむ。
問題ないの。
弾丸を確認し、一発ずつシリンダーに装填。
続いて、スピードローダーにも予備弾をセットする。
さらに予備の弾丸を確認し、決められたポーチに収納。
弾数も問題なし。
次。
シールドクロー。
二つの専用ケースを開き、六枚すべてを一枚ずつ確認していく。
表面。
爪。
ソー。
固定部分。
損傷なし。
魔力を流した時の反応も問題ない。
うむ。
六枚とも正常ぞ。
続いて携行物資。
必要なものは揃っておる。
ヘッドギア。
記録用カメラ。
選択式防音イヤホン。
ハンタースマホ。
スマートウォッチ。
一つずつ起動状態と接続を確認していく。
イヤホンを耳に装着。
…………。
相変わらず、この耳の中に何かを入れておる感覚は好きになれぬ。
だが。
必要なものぞ。
我慢、我慢。
ヘッドギアのカメラも起動。
ハンタースマホとの接続を確認。
映像。
問題なし。
音声も――。
「ユウ。聞こえておるか?」
「大丈夫。聞こえてるよ」
イヤホンからユウの声が返ってくる。
「我の声は?」
「ちゃんと聞こえてる」
「うむ」
よし。
見落としなし。
今度は互いの装備に視線を向け、相手側からも確認していく。
ユウのヘッドギア。
カメラ。
イヤホン。
ハンタースマホ。
スマートウォッチ。
装備の固定。
セイヴェリア。
グロック19。
「大丈夫だね」
「うむ。お互い問題なし」
これで準備完了。
使用しないケース類を指定された場所に収める。
さて。
…………。
阿野殿。
先ほどから、ずっと我らを見ておるの。
いや。
試験官なのだから当然ではあるのだが。
サングラスのせいで、何処を見ておるのか分かりにくい。
何というか。
視線が怖いぞ。
「準備できたか?」
「うむ」
「いつでも大丈夫です」
「よろしい」
阿野殿が踵を返す。
「では、ダンジョンへ入る」
来たか。
我は一度だけ息を吸い。
ゆっくり吐く。
多少の緊張。
だが。
悪くない。
頭も冴えておる。
集中ぞ、我。
阿野殿を先頭に、ユウ。
その後ろに我が続き、ダンジョンの門を潜る。
景色が切り替わった。
石造りの壁。
石畳の床。
天井も石。
灯りに照らされた通路が、奥へ真っ直ぐ伸びておる。
石造りのダンジョンか。
阿野殿は入口から少し進んだところで立ち止まり、我らを振り返った。
「今回の試験内容を説明する」
我とユウも足を止める。
「最深部まで進む。その途中で指定されたクリスタルを採取し、入口まで帰還。それで終了だ」
「はい」
「うむ」
「ただし」
阿野殿の声が僅かに低くなる。
「俺は緊急時以外、一切手を出さない」
その言葉。
千葉先生との訓練でも、何度も聞いてきたものよな。
「もし俺が介入しなければならない状況になった場合、その時点で失格だ。そこは忘れるな」
「はい」
「承知した」
「それから、試験中は俺から助言もしない。判断するのは君たちだ」
うむ。
それでよい。
むしろ。
今までと同じだ。
我ら自身で見て。
考えて。
判断する。
それを見せればよい。
「マオ」
隣からユウの声。
「頑張ろう」
「ユウ」
我は前方に視線を向けたまま答える。
「いつもどおりぞ」
「うん」
そう。
何も変える必要はない。
三年間。
そして仮免を取ってから積み重ねてきたもの。
それを、いつもどおり出せばよい。
阿野殿が我ら二人を見た。
そして。
「では――開始」
実技試験。
始まりぞ。




