第92話 我、否。周囲が死屍累々
本部の食堂。
思っておったより、随分と広いの。
席数もかなりあるし、利用しておるのは職員だけではないようだ。
周囲を見渡せば、腰や背に武器を携えた者がちらほらと目に入る。
恐らく、ハンターたちであろうな。
しかし。
改めて見ると、なかなかの軽装よな。
授業でも習ってはおったが、駆け出しのハンターであれば、自衛隊から貸与される防具を身につけ、身体を固めてダンジョンに入ることもできる。
まだ自前の装備を揃えられぬ者たちは、そうして経験を積んでいくのだとか。
漫画やアニメで見る中世風の世界であれば、鎧を身にまとって剣を腰に差す姿など珍しくもない。
だが、この世界のハンターは違う。
少なくとも、我がこれまで見てきた者たちに、あのような重厚な鎧を着込んでおる者はほとんどおらぬ。
そして、階級が上がり、金や素材に余裕が出てくれば、ダンジョンで手に入れた素材を使い、ハンター用装備を扱う会社や職人へ依頼して己の防具を作る。
そこで重視されるのが、防御力だけではない。
動きやすさ。
着心地。
そして、街中で着ていても目立たぬこと。
一見すれば普通のジャケットやボトム。
だというのに、実際にはダンジョン素材を使った立派な防具。
今では、そのような装備が珍しくないらしい。
千葉先生もそう。
大林先生もそうであるな。
そして。
我とユウも同じ。
我らのハンター装備も、街中を歩いておったところで、少し凝った服くらいにしか見えぬ。
それでいてダンジョンでは我らの身体を守ってくれる。
うむ。
考えれば考えるほど、この世界らしい装備よな。
「マオ。あんみつ食べてもいい?」
「…………」
我は正面に座るユウを見る。
そして、その前に積まれた空の皿に視線を落とす。
プリン。
パンケーキ。
他にも何か食っておったよな?
「……やめておくがよい」
「え~~」
「流石に食べ過ぎぞ」
昼飯を食ったばかりであろうが。
しかも築地で散々食ってきたというのに。
何故、その腹にまだ甘味が入る余地が残っておる?
…………。
それにしても。
何故、この食堂。
ここまでデザート類が充実しておるのだ?
プリン。
パンケーキ。
あんみつ。
他にも色々と並んでおったぞ。
ハンター協会本部の食堂とは、このようなものなのか?
…………。
まあよい。
今はコーヒーで我慢するがよい、ユウ。
「10番組の方は、地下一階、テストダンジョン待機室までお越しください」
む。
また館内放送か。
「ペース速いね」
「まあ、そうでなければ一日で終えられぬしの」
一番組から始まり、もう10番組。
思っておったより順調に進んでおるようだな。
ユウはコーヒーを飲みながら、ふと思い出したように我を見る。
「合否って今日わかるの?」
「否。確か、合否は翌日ぞ」
我は記憶を辿る。
「合格者にはハンタースマホに連絡が届く。その後、指定された日にもう一度ここへ来て、講義を受けた後に正式な免許が渡される……だったかの」
「へ~~」
うむ。
確か、そのような説明であったはず。
流石に試験が終わったその場で。
『はい、合格。これが免許です』
とはならぬらしい。
などと話しておると――。
「13番組の方は、地下一階、テストダンジョン待機室までお越しください」
「む」
もう13番組か。
「我らも、もう少しよな」
「近くで準備しようか」
「うむ。そうするかの」
ならば、そろそろ会計を済ませるとしよう。
我は席を立ちながら、改めてテーブルの上を見る。
…………。
ユウ。
やはり食い過ぎぞ。
一応、自分で食った分はそれぞれ払っておるからよいのだが。
本当によく食うよな。
…………。
もしや。
それが胸の成長の鍵なのか?
我は何となくユウの身体に視線を向け――。
いやいや。
落ち着け、我。
食えばよいというものでもあるまい。
我だって、そこそこ食べておる。
ならば。
遺伝か?
だが、こう言ってしまえば何であるが、母上はそこそこ大きいぞ。
…………。
…………。
何を考えておる、我。
完全に脱線しておるではないか。
今から実技試験ぞ。
胸について真剣に考えておる場合ではない。
我も会計を済ませ、ユウと共に食堂を後にする。
とりあえず、地下へ降りる場所の近くで待っておくかの。
そう思いながら一階まで降りたのだが――。
…………。
なんぞ、この空気。
先ほどまでのぴりついたものとは、また違う。
重い。
どんよりとしておる。
見ると、すでに実技試験を終えたらしい者たちが、何とも辛気臭い雰囲気を纏いながら帰っていく。
肩を落としておる者。
仲間同士で無言のまま歩いておる者。
中には、完全に放心した顔の者まで。
…………。
何があったのだ?
しかも。
そうした者たちの姿を見ておるからか、これから試験を受ける者たちまで表情が暗い。
空気が伝染しておるな。
「14番組の方は、地下一階、テストダンジョン待機室までお越しください」
む。
14番組。
次ではないか。
「もうすぐよな。一応、地下一階へ向かっておくかの」
「うん」
「ユウ。行こうぞ」
「了解」
我とユウは武器ケースを手に、地下へ続く階段へ向かった。
どうやら、ここから地下一階へ降りるエレベーターはないらしい。
まあ。
階段で一階降りるだけ。
問題はあるまい。
そうして階段を下り――。
地下一階へ着いた我は、思わず周囲を見回した。
「おお……」
なるほど。
こうなっておるのか。
通路へ入ってすぐのところに、二つの更衣室。
入口の表示を見る限り、男女で分かれておるようだな。
そして、その反対側。
トイレ。
シャワー室。
さらに、装備を手入れするためであろうメンテナンス室まである。
一番奥に見えるのが――。
テストダンジョン待機室。
ふむ。
設備そのものは理解できる。
実技試験なのだ。
着替える場所も必要。
試験後に汗や汚れを流す場所も必要。
武器や防具に問題があれば、確認する場所も必要であろう。
そこはよい。
我が驚いたのは――。
…………。
あれぞ。
壁際。
肩で息をしておる仮免ハンターたち。
先に試験を終えた者たちなのだろうが、皆かなり疲れておる。
壁に背を預ける者。
床に座り込み、膝に腕を乗せて俯いておる者。
中には、立ち上がる気力すら残っておらぬように見える者まで。
…………。
そこまで疲れる試験なのか?
それはそれとして。
正直、邪魔ぞ。
通路でへたり込むでない。
まあよい。
我らは我ら。
まずは着替えぞ。
「ユウ。更衣室へ入るか」
「うん」
女子更衣室の扉を開ける。
すると――。
「む?」
もう一枚、扉。
二重扉になっておるのか。
何故このような造りなのかは知らぬが、奥の扉も開けて中へ入る。
そこにあったのは、至って普通の更衣室。
ロッカー。
長椅子。
鏡。
着替えるには十分な広さもある。
「着替えてしまうかの」
「そうだね」
我らはそれぞれ空いておるロッカーの前に移動し、普段着を脱いでハンター装備へ着替えていく。
我は黒を基調とした装備。
ユウは青を基調とした装備。
ボディアーマー。
ジャケット。
ボトム。
手袋。
そして最後にヘッドギアを被る。
うむ。
これでよし。
先ほどまで築地で食い歩いておった姿とは違う。
これからダンジョンへ入るための我ら。
着替え終わった普段着はロッカーに入れる。
鞄も一緒に入れておこう。
扉を閉じ。
鍵を掛け。
その鍵は、持っていく武器ケースの中にしまっておく。
これで準備は整った。
「ユウ。よいか?」
「うん。大丈夫」
ならば行くか。
我らはそれぞれ武器ケースを持ち、更衣室を出る。
その直後。
「15番組の方は、地下一階、テストダンジョン待機室までお越しください」
…………。
来た。
我らの番号。
その放送を聞いた瞬間。
先ほどまで特に感じておらなんだものが、胸の奥に僅かに湧き上がる。
緊張。
いや。
それだけではないな。
ここまで来た。
その実感。
我は一度、静かに息を吐いた。
そして、二つの黒いケースの持ち手を改めて握り直す。
「ユウ」
「マオ。行こう」
ユウも青い長いケースを手に、我を見る。
その顔に、先ほど食堂で甘味を食べておった時の緩さはない。
うむ。
そうでなくてはな。
「行くぞ」
最後のテスト。
正式なハンターになるための、最後の試験へ。




