第91話 我、堪能し気合を入れる
ホルモン。
あそこまで美味いとはの。
焼き上がったものを口へ入れれば、表面は香ばしく、中から脂の旨味がじわりと広がる。
噛めば噛むほど味が出るというのも面白い。
元の世界でも内臓を食うことはあったが、珍味として扱われるようなもの。
好んで食う者も少なく、我自身もそこまで美味いと思った記憶はない。
だが。
これは違う。
我の知る内臓料理を、遥かに凌駕する旨さよ。
そして、ラーメン。
…………。
美味し。
文句なし。
この世界へ来てから食べてきた麺料理。
何故、こうも美味いものばかりなのだ?
鳥取へ行った時に食べた牛骨ラーメン。
豚骨とは違い、意外なほどあっさりとしておるのに、しっかりとコクもある。
あの時は、我。
初めてラーメンのスープを最後まで飲み干してしまったわ。
器を置いた後まで、口の中に残る旨味。
あれは忘れ難い。
岩手へ行った時には、じゃじゃ麺も食べたの。
何せ、スープがない。
最初に見た時は、本当にこれで完成なのかと思ったほどぞ。
平たい麺。
その上に乗った肉味噌。
よく混ぜてから食うと聞き、言われたとおりにしてみれば――。
これまた美味い。
肉味噌が麺によく絡み、食べ進めるほどに癖になる味であった。
だが。
あそこでは我、失敗したの。
後で知ったのだが、麺と肉味噌を少し残しておき、卵を加えて湯を注いでもらえば、最後はスープとして楽しめたらしい。
我。
綺麗さっぱり食べ終わっておった。
…………。
知らなかったのだから仕方あるまい。
次に食う機会があれば、絶対に試してみたいものよな。
それから、富士へ行った時には、吉田うどんも食べたの。
あれも美味かった。
普通のうどんとは明らかに違う、強い歯応えとコシ。
噛むたびに小麦の味を感じ、汁にも独特の風味がある。
そして。
一番驚いたのが――。
馬肉。
我、あの時が初めてぞ。
まさか、うどんに馬の肉を合わせるとは思わなんだ。
この世界。
土地ごとに食文化が違いすぎる。
実に面白い。
そして東京。
ここには、美味いラーメンが山ほどある。
店によって麺も違えば、スープも違う。
醤油。
味噌。
塩。
豚骨。
同じラーメンと呼ばれておるのに、食べる店によってまるで別の料理ぞ。
どれも忘れ難い旨さよな。
だが。
今回。
ラーメン以上に我を驚かせたものがある。
卵焼き。
…………。
おお。
あれは良かった!
箸を入れれば柔らかく。
口へ運べば、出汁の風味と甘みがふわりと広がる。
しかも。
目の前で焼いてくれるのだ。
卵液を流し込み。
固まり始めたところを器用に巻き。
また卵液を流して、さらに重ねていく。
あの手際。
あの臨場感。
我、感動!
無論。
母上の作る卵焼きも好きぞ。
あれはあれで、我にとって大切な味。
だが。
ここの卵焼きは、また別格よな。
…………。
帰り。
まだ店が開いておれば、買って帰るかの。
母上や父上にも食わせてみたい。
「お前ら……そろそろ戻るぞ。いつまで食ってんだよ」
む?
振り返れば、千葉先生が呆れた顔で我らを見ておった。
…………。
もうそんな時間か。
「すまぬ。あまりにも美味くての」
「そうだね! たい焼きも美味しい!」
ユウがそう言いながら、手に持ったたい焼きに再びかぶりつく。
…………。
おぬし。
まだ食っておったのか。
いや。
我も食ったがな。
尻尾のカリカリしたところ。
やはり美味し。
「まったく……」
千葉先生は深く息を吐いた。
「ここまで食わせたんだから、絶対合格しろよ」
うむ。
無論。
ここまで三年間。
授業だけではない。
仮免試験。
訓練ダンジョン。
鳥取。
岩手。
そして最後の訓練まで。
千葉先生には散々世話になってきた。
今日も昼飯まで奢ってもらったのだ。
ここで受からねば面目が立たぬ。
「マオ! 頑張ろうね」
ユウが拳を握り、我に笑顔を向ける。
「うむ」
我も頷き、試験会場のある方向に視線を向けた。
腹も満たされた。
美味いものも存分に食った。
そして。
午後はいよいよ実技試験。
「やる気が出てきたの」
さあ。
次は我らの番ぞ。
そう思いながらビルへ戻ったのだが――。
…………。
なんぞ、この空気。
外の暑さとは別の、妙にぴりついたものを感じる。
それに。
先ほどから我らに向けられておる視線。
ちらりと見る者。
露骨にこちらを見ておる者。
中には、我とユウの姿を確認した後、僅かに鼻で笑った者までおった。
…………。
なるほど。
明らかに舐められておるな。
まあ、無理もないか。
本免試験を受けに来ておる者の大半は大人。
その中に15歳の小娘が二人。
しかも。
昼飯を食い歩いて帰ってきたばかり。
真剣に試験へ挑んでおる者から見れば、随分と余裕そうに映るのであろうな。
元の世界の人間たちも、我ら魔族をあのような目で見ておったものよ。
見た目だけで判断する。
そして、己の方が上だと思い込む。
…………。
まあよい。
好きに思わせておけばよかろう。
「なんか、空気悪いね」
…………。
ユウ。
おぬし。
もうたい焼きを食い終わったのか?
我は隣へ視線を向ける。
先ほどまで手に持っていたはずのたい焼きは、跡形もない。
それどころか。
口元に生地の欠片がついておるぞ。
…………。
全く。
子供よな。
「ユウ。暫し動くな」
「へ?」
間の抜けた声を上げるユウに一歩近づき、我はポケットからハンカチを取り出した。
そのまま口元に軽く当て、残っていた欠片を拭い取る。
うむ。
これでよし。
「アハハ……恥ずかしい」
今さらか。
散々、人前で食い歩いておったではないか。
ユウは照れたように笑いながらロッカーに向かい、荷物を預けていたロッカーに鍵を差し込む。
扉を開け。
鞄とセイヴェリアを収めた青いケースを取り出し。
返却口に戻ってきた100円硬貨を、そのままポケットに入れる。
…………。
「我も取り出すかの」
まあよい。
先に我の荷物だ。
我も隣のロッカーに鍵を差し、鞄とシールドクローを収めた二つの黒いケースを取り出す。
そして、戻ってきた100円を――。
…………。
待て。
「ユウ」
「何?」
我はゆっくりとユウを見る。
「その100円。我のぞ」
「あっ」
ようやく気づいたか。
ユウは自分のポケットへ入れた100円を取り出し、少し照れくさそうに我へ差し出した。
「ごめん」
「うむ。返せばよい」
我は受け取った100円を財布へ戻す。
危ないところだった。
貸したものは、きちんと返してもらわねばな。
「お前ら……緊張感がないな」
む?
千葉先生が、呆れたようにこちらを見ておる。
「何を言う。過度に緊張しても始まらぬ。我はいつでも平常心ぞ」
そう。
緊張というものは、必要な時もあれば、邪魔になる時もある。
少しくらいの緊張ならば集中力にも繋がろう。
だが、身体が強張るほど緊張してしまえば、普段できることまでできなくなる。
そのくらい、我も理解しておる。
何せ、我は魔王。
人前に立つことなど、何度も経験してきたのだからな。
…………。
まあ。
民衆の前で演説する時だけは、流石の我も緊張したがの。
『魔王様。これ、原稿です。噛まないでくださいね。威厳がなくなります。それと、読み間違いもやめてください』
…………。
モロイ。
今思えば。
あ奴、あれ絶対わざとよな?
演説直前の我へ、わざわざ余計なことを言って緊張させておったよな?
しかも、その後。
『ほら、顔が強張ってますよ。笑顔、笑顔』
などと言っておった気がする。
…………。
今さら確認することもできぬが。
もし、わざとだったのであれば。
我。
少し怒ってもよいと思う。
「時間になりましたので、これより実技試験を開始します。一番組の方は、地下一階、テストダンジョン待機室までお越しください」
む。
館内放送か。
どうやら始まったようだの。
一番組から順番。
我らは15番組だから、まだ時間はある。
「じゃあ俺は待合室にいるぞ」
千葉先生がそう言いながら、我とユウを見る。
「うむ。我らは――」
「食堂でお茶飲んでようよ」
…………。
ユウよ。
周囲を見よ。
その軽い発言で、さらに我らを舐めたような視線が増えたぞ。
まあ。
気にせぬがの。
本番で結果を出せばよいだけだ。
「白崎らしいな」
千葉先生も苦笑しながら肩を竦める。
「まあ、呼ばれるまで時間はある。頑張れよ」
「うむ」
「は~い」
千葉先生は軽く手を上げ、そのまま待合室の方へ歩いていった。
さて。
では我らも。
「時間まで、お茶でも飲むか」
「うん」
腹も満たした。
荷物も回収した。
後は、呼ばれるまで待つのみ。
…………。
実技試験。
いよいよぞ。




