第90話 我、満喫タイム
千葉先生がそう説明しておると、受付の奥から新たに二人のハンターが姿を現した。
年の頃は、どちらも壮年といったところか。
装備こそ簡素だが、立ち姿や歩き方を見るだけでも、それなりに場数を踏んでおるのが分かる。
そして。
どうやら、先ほど失格になった者たちの顔を知っておるようだな。
「お前ら……情けない」
「あれだけ言ったのにな」
二人は騒いでいた者たちに呆れたような視線を向け、そのままこちらに歩み寄ってくる。
…………。
恐らく。
この者たちを担当しておった指導者か。
「先生……」
「言い訳はいい」
一人が低い声で言葉を遮った。
そして、千葉先生に視線を向ける。
「茂雄。すまなかったな」
ふむ。
やはり知り合いか。
それに、この様子。
千葉先生がここで説教しておったことも、すぐに察したのであろうな。
何より。
二人とも怒っているというより、明らかに落胆しておる。
「まったくだ。だから、あれほど言ったよな」
もう一人の指導者が、失格になった者たちに向き直る。
「今月の本免試験を受けるのはまだ早いって。それでもお前らは『できる』『大丈夫だ』の一点張りだった」
「それは……できてたんだ」
「カンニングして解けたことを、できてたとは言わん!」
おお。
雷が落ちたの。
怒声が受付付近に響き、一瞬で全員の肩が縮こまった。
うむ。
これは千葉先生とはまた違う怖さよな。
「だいたい、お前らは先月ようやく最後の訓練ダンジョンを攻略したばかりだろうが」
指導者は苛立ちを抑えるように額に手を当てる。
「だから一度立ち止まって、これまで習ったことを改めて復習しろって言った。ダンジョン内での動きも、判断も、映像を見返して確認してから受けろってな」
…………。
あ。
何となく既視感があるの。
我とユウも、本免試験に向けて千葉先生から座学を復習し、これまでの訓練映像を見返すよう言われた。
そして実際、今日まで何度も見返してきたからな。
やはり。
本免試験を受ける前には、それくらい慎重になるべきものなのだな。
「それをまあ……」
指導者はそこで言葉を止め、深くため息を吐いた。
怒る気力すら削がれたような顔ぞ。
「焦って受けた結果がこれか」
誰も返事をせぬ。
先ほどまで受付であれほど喚いておった者たちが、今では揃って下を向いておる。
…………。
最初から指導者の話を聞いておればよかったものを。
「茂雄」
「ん?」
「後は俺たちがこいつらを連れていく。こっちでも改めて話をする」
隣にいたもう一人も、千葉先生に軽く頭を下げた。
「すまなかったな。ほら、お前ら来い!」
二人の指導者が、それぞれ担当していた者たちに声を掛ける。
今度は流石に抵抗する者もおらぬ。
皆、気まずそうな顔をしながら大人しく歩き始めた。
「いいですよ」
千葉先生は軽く手を上げる。
「また今度、何か奢ってください」
「わかったよ」
…………。
先生。
ちゃっかりしておるの。
そうして、騒いでいた10人は二人の指導者に連れられ、受付付近から姿を消していった。
先ほどまでの騒がしさが嘘のように静かになる。
「はぁ~~」
千葉先生が大きく息を吐き、肩を落とした。
「めんどいよな」
「毎回おるのか?」
我が尋ねると、千葉先生は嫌そうな顔のまま頷いた。
「いる」
即答。
「特に、ああやって訓練を終えたばかりなのに、復習もしないで本免を急ぐ奴らに多いな」
ふむ。
やはり。
訓練を終えたというだけで先を急ぎ、これまで身につけたものを振り返らぬまま本免試験に来る者が一定数おるということか。
…………。
焦っても、良いことはないよな。
我。
少しだけ肝に銘じておこう。
さて。
気を取り直して、千葉先生とユウと共に待つとしよう。
そうして一階の待機室でしばらく過ごしていると、どうやら筆記試験が終了したらしい。
廊下の向こうから話し声が近づき、三階の多目的ホールから受験者たちがぞろぞろと降りてくる。
ふむ。
見たところ、かなりの人数が最後まで残っておったようだな。
途中で答案を提出して出てきたのは、我とユウくらいだったのかもしれぬ。
いや。
他にも何人かはおったかもしれぬが、少なくとも我は見ておらぬ。
すると、天井に設置されたスピーカーから館内放送が流れ始めた。
「お知らせします。13時30分より実技試験を開始します。試験番号順にお呼びしますので、番号を呼ばれた方は地下一階、テストダンジョン待機室までお越しください。実技試験開始までは館内の指定された場所、または館外でお待ちいただけます。館外へ出られる方は、呼び出し時間に遅れないようご注意ください。繰り返します――」
地下一階。
テストダンジョン待機室か。
我は何となく足元に視線を落とす。
そういえば、我とユウがバイクで入ってきた地下駐車場は地下二階だったな。
ならば、その一つ上。
地下一階に実技試験用の区画があるということか。
無論。
地下一階そのものに巨大なダンジョンが収まっておるわけではあるまい。
恐らく、待機室や装備の確認をする場所。
そして。
そこからテスト用ダンジョンへ入る門が用意されておるのだろうな。
ふむ。
実技試験。
いよいよ本番という感じがしてきたの。
「さて、昼か」
千葉先生が腕時計を確認しながら、我とユウに顔を向ける。
「どうする? ここの食堂でもいいし、外に食いに行ってもいいぞ」
「一応、我はおにぎりを持参しておるが……ユウは?」
「食べちゃった」
…………。
やはり。
受付の時に渡した分など、とうの昔に消えておったものな。
「何か食べに行きたい」
「ふむ」
外か。
せっかく築地まで来ておるのだ。
ならば――。
「確か、この辺りには有名な牛丼屋の一号店があったであろう?」
我の記憶が正しければ、築地には有名な牛丼屋の一号店があったはず。
一度、行ってみたいと思っておったのだ。
「そこはもうないぞ」
「む?」
「築地市場が移転した時になくなった。今は豊洲の方だ」
…………。
我、残念。
一度食ってみたかったの。
いや。
同じ店そのものは他にもある。
だが。
一号店。
何となく特別感があるではないか。
「まあ、築地なら卵焼きとか海鮮の店はまだ色々あるぞ」
おお!
卵焼き!
我、好きぞ。
ふわりとした食感。
口に広がる甘み。
出汁の香り。
よい。
実によい。
「海鮮か~……他は?」
ユウが露骨に嫌そうな顔をした。
…………。
良いではないか、海鮮。
美味いぞ。
寿司屋でも肉ばかり食っておるから、その美味さが分からぬのだ。
「そうだな……白崎に合わせるなら、ホルモンとかラーメンか」
「ホルモン!」
おお。
目が輝いた。
分かりやすいの。
だが。
ホルモンか。
うむ。
我も嫌いではない。
それに、ラーメンも捨てがたい。
「後は、たい焼きもあるな」
たい焼き!
それもよい!
我、尻尾のカリカリしたところが好きぞ。
あの香ばしい生地。
そして、尻尾まで餡が入っておれば完璧。
「じゃあ、そこ行こう」
ユウが即座に決めた。
「ちなみに……」
何ぞ。
その妙に期待に満ちた顔は。
「奢りですか?」
「ああ、奢ってやるよ」
「やった!」
「その代わり、ちゃんと受かれよ」
「頑張る!」
…………。
現金よな。
先ほどまで昼飯の話しかしておらなんだというのに、一気にやる気が上がったぞ。
「マオ! 絶対受かろ!」
「無論。そのために、ここまで頑張ってきたのだ」
我は胸を張る。
「そして受かった暁には、今度は我らが働いて、先生に奢り返そうぞ」
「ははっ。期待してるよ。行くぞ」
「は~い」
千葉先生が先に歩き出し、ユウがその後に続く。
無論。
我も行くぞ。
「その前に」
千葉先生が廊下の脇に並ぶロッカーを指差した。
「荷物はそこに入れておけ。100円かかるけど、鍵を戻せば返ってくるタイプだから」
なるほど。
そうであるな。
流石に武器ケースを持ったまま外を歩き回るのは大変ぞ。
我のシールドクローを収めた二つの黒いケース。
ユウのセイヴェリアを入れた青い長いケース。
あれらを抱えたまま飲食店へ入るのは、我らも大変だし、店側にも邪魔になろう。
「マオ。細かいのある?」
「うむ」
我は財布を開き、100円硬貨を一枚取り出した。
「ユウ。使うがよい」
「ありがとう」
「後で返すがよい」
「はいはい」
む。
何ぞ、その軽い返事は。
まあよい。
ユウが先にケースと鞄をロッカーへ入れ、我も隣のロッカーへ自分の荷物を収める。
100円を投入。
扉を閉じ。
鍵を回し。
抜き取る。
うむ。
これでよし。
実技試験になれば、またここへ戻ってケースを持ち、地下一階のテストダンジョン待機室へ向かえばよいのだな。
「行くかの」
「うん!」
自動扉の向こうから、真夏の日差しが差し込んでおる。
外は暑い。
恐らく。
かなり暑い。
だが。
今はよい。
何故なら――。
さあ。
今は食う時間ぞ!




