第九話 我、秋を堪能
秋。
夏の刺すような暑さもようやく和らぎ、山々の木々も少しずつ色づき始めておる。
うむ。
実によい季節よな。
我、こういう季節は好きぞ。
何より、焼き芋が美味いからな。
そんな秋の休日。
我はユウに誘われ、山へ来ておる。
そう。
キャンプというものをするためにな。
この世界へ転生してから何度も耳にしたことはあったが、こうして本格的に参加するのは初めてだ。
自然の中で火を起こし、食事を作り、皆で過ごす。
元の世界で言えば野営に近いのだろうが……。
うむ。
全然違うな。
兵士たちと行う野営は、もっと殺伐としておった。
敵襲を警戒しながら交代で見張りを立て、すぐに移動できるよう最低限の荷物で休息を取る。
それに比べて、このキャンプというものは何とも平和だ。
椅子はある。
テーブルもある。
食材も大量に用意されておる。
何より――。
「う~~。日差しがキツイ」
「眠い」
…………。
石田殿。
森田殿。
何故、そこまで沈んでおる。
二人とも椅子へ深く身体を預け、今にもそのまま溶けてしまいそうではないか。
秋とはいえ、確かに日差しはまだ少し強い。
だが、夏に比べれば随分と過ごしやすいと思うのだが。
「先生。太陽が僕たちを殺しにきています」
「せめて旅館に行きませんか。温泉に入りたいです」
杉田殿。
諏訪部殿。
流石にこの素晴らしい景色を前にしてそれは野暮ぞ。
見よ。
色づき始めた山。
澄んだ空。
近くを流れる川。
これほど自然に囲まれているというのに、何故そこで旅館を求める。
いや。
温泉は我も少し入りたいがな。
「酒を飲めれば、どこでもいいよ」
「癒される~~」
中村殿と神谷殿は、すでに折り畳み椅子へ腰を下ろし、実に美味そうにビールを飲んでおる。
…………。
羨ましい!
我も飲みたい!
冷えた缶の表面には細かな水滴が浮かび、二人が口をつけるたびに満足そうな息を漏らしておる。
くっ。
我も元は魔王ぞ。
酒くらい飲める。
いや、今は小学生だから飲めぬのだがな。
この身体になってから、何度この理不尽さを味わったことか。
寿司屋では父上に目の前でビールを飲まれ、今度は山の中で中村殿と神谷殿に見せつけられておる。
我、辛い。
「もっと火を強くしないと駄目だな」
「肉と野菜はカットして、下処理も済ませてある。いつでも焼けるよ」
安元殿。
そして、アシスタント諸君をまとめる小野坂殿。
二人はやる気があってよいな。
安元殿は焚き火台の前へしゃがみ込み、火の状態を確かめておる。
その隣では、小野坂殿が食材の入った容器を確認しながら、手際よく準備を進めていた。
うむ。
頼りになる。
母上の仕事場では死屍累々となっておったアシスタント諸君だが、今日は随分と雰囲気が違うな。
締め切りに追われておらぬからだろうか。
皆、顔色がよい。
石田殿と森田殿は今にも眠りそうだが、少なくとも締め切り前の仕事場で見た時のように、目から光が消えてはおらぬ。
「愛さん。本当にいいの? キャンプに誘ってもらった上に、アシスタントの皆まで一緒で」
「いいのよ。賑やかな方が楽しいし、何より私もいつも由紀さんの漫画を読ませてもらってるんだから。でも、どうしても悪いと思うなら――」
「ママ。仕事の話はなしで」
「あら、残念」
少し離れた場所では、母上と愛殿、それに仁殿がのんびり話をしておる。
母上も今日は仕事から離れ、随分と穏やかな顔をしておるな。
最近は締め切り前の疲れ切った姿を見ることが多かっただけに、我としても少し安心した。
そして、愛殿。
流石よな。
このような場でも、隙あらば仕事へ繋げようとしておる。
以前、我へダンジョン素材のラッシュガードを渡した時もそうだった。
あの時も、さりげなく我を通じて母上へ仕事を頼もうとしておったからな。
実にしたたか。
我、嫌いではないぞ。
だが、今回は仁殿が上手く防いでくれておる。
うむ。
良い仕事だ、仁殿。
それにしても――。
我は皆の姿を眺めながら、ふと空を見上げた。
父上。
今頃はエジプトか……。
先日、連絡があった時には、また新しく確認されたダンジョンの調査へ向かうと言っておった。
行政のダンジョン研究所で働いているとはいえ、本当に世界中を飛び回っておるよな。
一体、いつになったら日本で落ち着いて暮らせるのか。
まあ。
ダンジョンが増えるたびに各地へ向かっておるからな。
仕方あるまいよ。
…………。
そのダンジョンが我と無関係ではない可能性を考えると、少しだけ申し訳なくなるが。
我、何もしてない。
多分。
きっと。
「マオ! この川、冷たいよ!」
む?
声のした方へ視線を向けると、ユウが川辺で靴を脱ぎ、浅瀬へ足を入れておった。
澄んだ水の中で白い足を動かしながら、こちらへ向かって楽しそうに手を振っておる。
「ユウよ。そうはしゃぐな。足を滑らせるぞ」
「大丈夫だよ! ほら、マオも来て!」
まったく。
子供よな。
我はそう思いながらも、自然と口元が緩む。
流れる水は陽光を反射し、きらきらと輝いておる。
川岸には赤や黄色に染まり始めた葉が落ち、時折吹く風に押されて水面をゆっくりと流れていく。
うむ。
悪くない。
我も少しくらいなら、付き合ってやるか。
…………。
まあ。
我も子供なのだがな。
「石田、森田。皿の用意をしろ」
おお。
小野坂殿が、いつものように皆へ指示を出しておる。
流石、小野坂殿。
仕事場だけでなく、このような場所でも全体を見て動いておるのだな。
だが――。
石田殿。
森田殿。
二人とも動かぬな。
聞こえておらぬのか?
いや。
椅子に座ったまま、明らかに寝たふりをしておる。
「……石田。森田」
小野坂殿の声が少し低くなった。
それでも二人は動かぬ。
…………。
あ。
小野坂殿が二人の後ろへ回ったな。
そして拳を握り――。
「あいたっ!」
「痛い!」
うむ。
拳骨が落ちたな。
「さっさと働け」
「キャンプに来てまで働かされるなんて……」
「横暴だ……」
「文句があるなら肉なしな」
「すぐ用意します!」
「皿はどこですか!」
…………。
肉の力、強いな。
先ほどまで椅子から動こうともしなかった二人が、見違えるような速さで立ち上がり、皿を探し始めたぞ。
小野坂殿。
皆の扱いをよくわかっておるな。
流石よ。
「マオ、魚がいる!」
うむ?
ユウが何やら見つけたらしく、少し先の水面を指差しておる。
どれどれ。
我も靴を脱ぎ、浅瀬へ足を入れる。
冷たい。
だが、心地よいな。
我はユウの隣まで歩み寄ると、指差す先へ目を凝らした。
澄んだ川の中。
大小様々な石の隙間を縫うように、小さな魚が何匹も泳いでおる。
「うむ。小さいな。それに中々素早い」
「捕まえられるかな?」
「素手では難しいだろうな。動きを読んで――」
「ドーーンっ!」
「!?」
突然、背中へ強い衝撃が走った。
視界が大きく揺れたと思った次の瞬間には、我の身体は川の中へ倒れ込んでおった。
…………。
冷たい。
ものすごく冷たい。
秋の川の水が服の中まで一気に入り込み、思わず身体が震える。
何事ぞ!?
我は慌てて川底へ手をつき、上半身を起こした。
すると――。
「あははははっ! マオ、びしょびしょ!」
すぐ近くの浅瀬で、ユウが腹を抱えて笑っておる。
…………。
ユウ。
おぬしがやったのだな?
我は濡れた髪を手で後ろへ払いながら、ゆっくりと立ち上がった。
ふっ。
舐められたものよ。
我は魔王。
たとえ今は小学生であろうとも、魔王たる我へ不意打ちを仕掛けたこと。
その身をもって後悔させてやろうではないか。
「ユウ」
「なに?」
「後ろに虫がおるぞ」
「えっ! どこ!? 取って!」
ふっ。
かかったわ。
我が指差した方へ慌てて振り返るユウ。
当然、虫などおらぬ。
そして、その無防備な背中へ我はゆっくりと近づき――。
「ふっ!」
「え?」
肩を押した。
そのままユウの身体は前へ傾き、川の中へ倒れ込んだ。
水が大きく跳ね、我の顔にまで飛んできた。
…………。
うむ。
見事。
「ぷはっ!」
ユウが勢いよく顔を上げた。
濡れた髪を顔へ張りつかせたまま、驚いた表情で我を見ておる。
ふっ。
魔王に戦いを挑むからだ。
これで己の立場を思い知ったであろう。
「マオ~~!」
「ユウよ。先に仕掛けたのはそちぞ」
「やったな~~!」
「むっ!」
ユウが両手で水を掬い、勢いよくこちらへ飛ばしてきた。
冷たい水が顔へ直撃する。
…………。
やりおったな。
「ふっ。ならば受けて立とう!」
我も負けじと水を掬い、ユウへ向かって放つ。
「きゃっ!」
「ふはははっ! どうした勇者よ!」
「まだまだ!」
「むっ!」
今度は倍近い量の水が飛んできた。
くっ!
流石、勇者。
水を掛けるだけでも力加減がおかしい!
ならば、こちらも負けてはおれぬ。
我は足で川底を踏みしめ、両腕を大きく使って水を掬う。
「くらうがよい!」
「きゃあっ!」
「まだまだよ!」
「マオも!」
そこからは、もう完全な水の掛け合いとなった。
我が水を掛ければ、ユウも負けじと返してくる。
右から。
左から。
時には足元を狙い、不意を突いて顔にも浴びせる。
最初は仕返しのつもりだったのだが、いつの間にか我も本気で楽しんでおった。
冷たい。
だが、楽しい。
気づけば我もユウも、頭の先から足元までびしょびしょになっておる。
「マオ! ユウ! 危ないから、もっと岸の近くでやれ! あまり長く入ってるなよ!」
むっ?
声のした方へ振り返ると、小野坂殿が川岸からこちらを見ながら怒っておる。
どうやら遊んでいるうちに、少し離れた場所まで来てしまったらしい。
「すまぬ!」
「はーい!」
我とユウは素直に返事をすると、川岸へ近い浅い場所まで戻る。
流石に、この辺りなら足を取られる心配もあるまい。
我は濡れた髪を軽く絞りながら、ユウへ視線を向けた。
「ユウ。一旦ここまでだ」
「うん」
ユウも素直に頷く。
だが、その顔にはまだ勝負を終えるつもりなどないと書いておるな。
そして、次に出た言葉は予想どおりだった。
「決着は水鉄砲だね」
くくくっ!
気づいておったか。
実は我も、先ほど荷物の中に水鉄砲があるのを見つけておった。
なるほど。
素手での水掛けでは決着がつかぬと判断したか。
よかろう。
「よいだろう。ならば我が腕前、見せてくれよう」
「絶対に負けないから!」
ふっ。
勇者よ。
魔王へ勝負を挑んだこと、後悔するがよい。
水鉄砲であろうとも、戦いは戦い。
次こそ、我が勝つ!
…………。
その後の勝敗については言わぬ。
ただ一つ言えるのは――。
焼き芋は正義。
うむ。
やはり秋は、よい季節よな。




