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魔王と勇者 ~我、異世界転生した!~  作者: 珈琲ノミマス


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9/20

第九話 我、秋を堪能

 秋。


 夏の刺すような暑さもようやく和らぎ、山々の木々も少しずつ色づき始めておる。


 うむ。


 実によい季節よな。


 我、こういう季節は好きぞ。


 何より、焼き芋が美味いからな。


 そんな秋の休日。


 我はユウに誘われ、山へ来ておる。


 そう。


 キャンプというものをするためにな。


 この世界へ転生してから何度も耳にしたことはあったが、こうして本格的に参加するのは初めてだ。


 自然の中で火を起こし、食事を作り、皆で過ごす。


 元の世界で言えば野営に近いのだろうが……。


 うむ。


 全然違うな。


 兵士たちと行う野営は、もっと殺伐としておった。


 敵襲を警戒しながら交代で見張りを立て、すぐに移動できるよう最低限の荷物で休息を取る。


 それに比べて、このキャンプというものは何とも平和だ。


 椅子はある。


 テーブルもある。


 食材も大量に用意されておる。


 何より――。


「う~~。日差しがキツイ」


「眠い」


 …………。


 石田殿。


 森田殿。


 何故、そこまで沈んでおる。


 二人とも椅子へ深く身体を預け、今にもそのまま溶けてしまいそうではないか。


 秋とはいえ、確かに日差しはまだ少し強い。


 だが、夏に比べれば随分と過ごしやすいと思うのだが。


「先生。太陽が僕たちを殺しにきています」


「せめて旅館に行きませんか。温泉に入りたいです」


 杉田殿。


 諏訪部殿。


 流石にこの素晴らしい景色を前にしてそれは野暮ぞ。


 見よ。


 色づき始めた山。


 澄んだ空。


 近くを流れる川。


 これほど自然に囲まれているというのに、何故そこで旅館を求める。


 いや。


 温泉は我も少し入りたいがな。


「酒を飲めれば、どこでもいいよ」


「癒される~~」


 中村殿と神谷殿は、すでに折り畳み椅子へ腰を下ろし、実に美味そうにビールを飲んでおる。


 …………。


 羨ましい!


 我も飲みたい!


 冷えた缶の表面には細かな水滴が浮かび、二人が口をつけるたびに満足そうな息を漏らしておる。


 くっ。


 我も元は魔王ぞ。


 酒くらい飲める。


 いや、今は小学生だから飲めぬのだがな。


 この身体になってから、何度この理不尽さを味わったことか。


 寿司屋では父上に目の前でビールを飲まれ、今度は山の中で中村殿と神谷殿に見せつけられておる。


 我、辛い。


「もっと火を強くしないと駄目だな」


「肉と野菜はカットして、下処理も済ませてある。いつでも焼けるよ」


 安元殿。


 そして、アシスタント諸君をまとめる小野坂殿。


 二人はやる気があってよいな。


 安元殿は焚き火台の前へしゃがみ込み、火の状態を確かめておる。


 その隣では、小野坂殿が食材の入った容器を確認しながら、手際よく準備を進めていた。


 うむ。


 頼りになる。


 母上の仕事場では死屍累々となっておったアシスタント諸君だが、今日は随分と雰囲気が違うな。


 締め切りに追われておらぬからだろうか。


 皆、顔色がよい。


 石田殿と森田殿は今にも眠りそうだが、少なくとも締め切り前の仕事場で見た時のように、目から光が消えてはおらぬ。


「愛さん。本当にいいの? キャンプに誘ってもらった上に、アシスタントの皆まで一緒で」


「いいのよ。賑やかな方が楽しいし、何より私もいつも由紀さんの漫画を読ませてもらってるんだから。でも、どうしても悪いと思うなら――」


「ママ。仕事の話はなしで」


「あら、残念」


 少し離れた場所では、母上と愛殿、それに仁殿がのんびり話をしておる。


 母上も今日は仕事から離れ、随分と穏やかな顔をしておるな。


 最近は締め切り前の疲れ切った姿を見ることが多かっただけに、我としても少し安心した。


 そして、愛殿。


 流石よな。


 このような場でも、隙あらば仕事へ繋げようとしておる。


 以前、我へダンジョン素材のラッシュガードを渡した時もそうだった。


 あの時も、さりげなく我を通じて母上へ仕事を頼もうとしておったからな。


 実にしたたか。


 我、嫌いではないぞ。


 だが、今回は仁殿が上手く防いでくれておる。


 うむ。


 良い仕事だ、仁殿。


 それにしても――。


 我は皆の姿を眺めながら、ふと空を見上げた。


 父上。


 今頃はエジプトか……。


 先日、連絡があった時には、また新しく確認されたダンジョンの調査へ向かうと言っておった。


 行政のダンジョン研究所で働いているとはいえ、本当に世界中を飛び回っておるよな。


 一体、いつになったら日本で落ち着いて暮らせるのか。


 まあ。


 ダンジョンが増えるたびに各地へ向かっておるからな。


 仕方あるまいよ。


 …………。


 そのダンジョンが我と無関係ではない可能性を考えると、少しだけ申し訳なくなるが。


 我、何もしてない。


 多分。


 きっと。


「マオ! この川、冷たいよ!」


 む?


 声のした方へ視線を向けると、ユウが川辺で靴を脱ぎ、浅瀬へ足を入れておった。


 澄んだ水の中で白い足を動かしながら、こちらへ向かって楽しそうに手を振っておる。


「ユウよ。そうはしゃぐな。足を滑らせるぞ」


「大丈夫だよ! ほら、マオも来て!」


 まったく。


 子供よな。


 我はそう思いながらも、自然と口元が緩む。


 流れる水は陽光を反射し、きらきらと輝いておる。


 川岸には赤や黄色に染まり始めた葉が落ち、時折吹く風に押されて水面をゆっくりと流れていく。


 うむ。


 悪くない。


 我も少しくらいなら、付き合ってやるか。


 …………。


 まあ。


 我も子供なのだがな。


「石田、森田。皿の用意をしろ」


 おお。


 小野坂殿が、いつものように皆へ指示を出しておる。


 流石、小野坂殿。


 仕事場だけでなく、このような場所でも全体を見て動いておるのだな。


 だが――。


 石田殿。


 森田殿。


 二人とも動かぬな。


 聞こえておらぬのか?


 いや。


 椅子に座ったまま、明らかに寝たふりをしておる。


「……石田。森田」


 小野坂殿の声が少し低くなった。


 それでも二人は動かぬ。


 …………。


 あ。


 小野坂殿が二人の後ろへ回ったな。


 そして拳を握り――。


「あいたっ!」


「痛い!」


 うむ。


 拳骨が落ちたな。


「さっさと働け」


「キャンプに来てまで働かされるなんて……」


「横暴だ……」


「文句があるなら肉なしな」


「すぐ用意します!」


「皿はどこですか!」


 …………。


 肉の力、強いな。


 先ほどまで椅子から動こうともしなかった二人が、見違えるような速さで立ち上がり、皿を探し始めたぞ。


 小野坂殿。


 皆の扱いをよくわかっておるな。


 流石よ。


「マオ、魚がいる!」


 うむ?


 ユウが何やら見つけたらしく、少し先の水面を指差しておる。


 どれどれ。


 我も靴を脱ぎ、浅瀬へ足を入れる。


 冷たい。


 だが、心地よいな。


 我はユウの隣まで歩み寄ると、指差す先へ目を凝らした。


 澄んだ川の中。


 大小様々な石の隙間を縫うように、小さな魚が何匹も泳いでおる。


「うむ。小さいな。それに中々素早い」


「捕まえられるかな?」


「素手では難しいだろうな。動きを読んで――」


「ドーーンっ!」


「!?」


 突然、背中へ強い衝撃が走った。


 視界が大きく揺れたと思った次の瞬間には、我の身体は川の中へ倒れ込んでおった。


 …………。


 冷たい。


 ものすごく冷たい。


 秋の川の水が服の中まで一気に入り込み、思わず身体が震える。


 何事ぞ!?


 我は慌てて川底へ手をつき、上半身を起こした。


 すると――。


「あははははっ! マオ、びしょびしょ!」


 すぐ近くの浅瀬で、ユウが腹を抱えて笑っておる。


 …………。


 ユウ。


 おぬしがやったのだな?


 我は濡れた髪を手で後ろへ払いながら、ゆっくりと立ち上がった。


 ふっ。


 舐められたものよ。


 我は魔王。


 たとえ今は小学生であろうとも、魔王たる我へ不意打ちを仕掛けたこと。


 その身をもって後悔させてやろうではないか。


「ユウ」


「なに?」


「後ろに虫がおるぞ」


「えっ! どこ!? 取って!」


 ふっ。


 かかったわ。


 我が指差した方へ慌てて振り返るユウ。


 当然、虫などおらぬ。


 そして、その無防備な背中へ我はゆっくりと近づき――。


「ふっ!」


「え?」


 肩を押した。


 そのままユウの身体は前へ傾き、川の中へ倒れ込んだ。


 水が大きく跳ね、我の顔にまで飛んできた。


 …………。


 うむ。


 見事。


「ぷはっ!」


 ユウが勢いよく顔を上げた。


 濡れた髪を顔へ張りつかせたまま、驚いた表情で我を見ておる。


 ふっ。


 魔王に戦いを挑むからだ。


 これで己の立場を思い知ったであろう。


「マオ~~!」


「ユウよ。先に仕掛けたのはそちぞ」


「やったな~~!」


「むっ!」


 ユウが両手で水を掬い、勢いよくこちらへ飛ばしてきた。


 冷たい水が顔へ直撃する。


 …………。


 やりおったな。


「ふっ。ならば受けて立とう!」


 我も負けじと水を掬い、ユウへ向かって放つ。


「きゃっ!」


「ふはははっ! どうした勇者よ!」


「まだまだ!」


「むっ!」


 今度は倍近い量の水が飛んできた。


 くっ!


 流石、勇者。


 水を掛けるだけでも力加減がおかしい!


 ならば、こちらも負けてはおれぬ。


 我は足で川底を踏みしめ、両腕を大きく使って水を掬う。


「くらうがよい!」


「きゃあっ!」


「まだまだよ!」


「マオも!」


 そこからは、もう完全な水の掛け合いとなった。


 我が水を掛ければ、ユウも負けじと返してくる。


 右から。


 左から。


 時には足元を狙い、不意を突いて顔にも浴びせる。


 最初は仕返しのつもりだったのだが、いつの間にか我も本気で楽しんでおった。


 冷たい。


 だが、楽しい。


 気づけば我もユウも、頭の先から足元までびしょびしょになっておる。


「マオ! ユウ! 危ないから、もっと岸の近くでやれ! あまり長く入ってるなよ!」


 むっ?


 声のした方へ振り返ると、小野坂殿が川岸からこちらを見ながら怒っておる。


 どうやら遊んでいるうちに、少し離れた場所まで来てしまったらしい。


「すまぬ!」


「はーい!」


 我とユウは素直に返事をすると、川岸へ近い浅い場所まで戻る。


 流石に、この辺りなら足を取られる心配もあるまい。


 我は濡れた髪を軽く絞りながら、ユウへ視線を向けた。


「ユウ。一旦ここまでだ」


「うん」


 ユウも素直に頷く。


 だが、その顔にはまだ勝負を終えるつもりなどないと書いておるな。


 そして、次に出た言葉は予想どおりだった。


「決着は水鉄砲だね」


 くくくっ!


 気づいておったか。


 実は我も、先ほど荷物の中に水鉄砲があるのを見つけておった。


 なるほど。


 素手での水掛けでは決着がつかぬと判断したか。


 よかろう。


「よいだろう。ならば我が腕前、見せてくれよう」


「絶対に負けないから!」


 ふっ。


 勇者よ。


 魔王へ勝負を挑んだこと、後悔するがよい。


 水鉄砲であろうとも、戦いは戦い。


 次こそ、我が勝つ!


 …………。


 その後の勝敗については言わぬ。


 ただ一つ言えるのは――。


 焼き芋は正義。


 うむ。


 やはり秋は、よい季節よな。

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