第八話 我、追い込み中
8月30日。
未だに暑い日が続いておる。
窓の外では強い日差しが照りつけ、蝉の声が絶え間なく響いておる。
だが。
今の我にとって、そのようなことはどうでもよい。
何故なら――。
我、追い込み中。
…………。
机の上には、積み重なった宿題。
算数。
国語。
社会。
理科。
その他、いくつか。
うむ。
中々の量よな。
いや。
わかっておる。
宿題を長いこと放っておいた我が悪い。
夏休みはまだ長い。
明日でもよい。
明後日でもよい。
まだ慌てる時間ではない。
そう思い続けていたら――。
いつの間にか、8月30日。
…………。
時の流れとは、恐ろしいものよな。
我、魔王。
かつて一国を治め、山積みの書類へ目を通し、様々な問題を処理してきた。
故に、頭はそこそこよい。
学校の勉強とて、大半は問題ない。
ただ!
我、異世界魔王!
社会のように、この世界特有の知識を問われる問題となると、少しばかり勝手が違うのだ。
都道府県。
この世界の地域ごとの特色。
人間たちの暮らしを支える仕組み。
知らぬことを一から覚えなければならぬ。
だから、少しだけ苦戦しておる。
ほんの少しぞ。
…………。
本当だぞ?
決して、宿題を後回しにしすぎたせいで焦っておるわけではない。
異世界出身だから。
そう。
そこが大きい。
多分。
…………。
とにかくだ。
我は今日一日を宿題へ捧げると決めた。
今日中に、全て終わらせる。
いや。
終わらせねばならぬ。
我、頑張る!
そして、明日はのんびり過ごす。
…………。
だというのに。
「……ユウよ。何故、我の部屋におる?」
「え? 漫画読みに」
我が机に向かって必死に問題集と戦っているというのに、ユウは我のベッドへ寝転がり、漫画を読んでおる。
しかも、実にくつろいでおるな。
自分の家のように。
いや。
こ奴にとっては、半分くらい自分の家のような感覚なのかもしれぬ。
何せ、幼い頃から頻繁に我が家へ入り浸っておるからな。
それはさておき。
我の家には漫画が大量にある。
母上が漫画家という職業であることも理由の一つ。
そして、父上も漫画が好きなのだ。
二人が集めたものに加え、仕事の資料として置かれているものまであり、書庫には新旧様々な漫画が並んでおる。
我もよく読む。
スマホやタブレットでも漫画は読めるが、我は紙の方が好きだ。
手に持った時の感触。
ページをめくる感覚。
読み終えた後、本棚へ戻す時の満足感。
あれは中々よい。
まあ。
場所は取るがの。
それについてはよい。
問題は――。
「何故、我の部屋なのだ? 借りて帰って読めばよかろう」
「だって、持って帰るの面倒だし。それに、マオの宿題の監視」
「我の監視?」
何故だ?
監視など必要なかろう。
我、魔王ぞ。
王として自らを律することくらいできる。
「だってマオ。ギリギリすぎるのよ。おばさんも心配してたよ」
「…………」
それを言われると、我、弱い。
母上にも何度か言われておったからな。
『マオ。宿題、大丈夫?』
その度に我は答えた。
『母上よ、まだ問題ではない。時間の猶予はある』
…………。
あの頃の我。
何故、あれほど余裕だった?
今すぐ目の前に引きずり出し、問い詰めてやりたい。
夏休みは、思っているより短いぞとな。
くっ!
こういう時、元の世界であればモロイがおった。
我が仕事を後回しにしておれば、横から小言を言い、逃げようとすれば先回りし、最後には我の尻を叩いてでも急かしてきたものだ。
当時は、もう少し静かにできぬものかと思っておったが……。
この時ばかりは、モロイのありがたみを思い知らされる。
…………。
だが。
今、この世界にモロイはおらぬ。
ならば、我自身で何とかするしかあるまい。
まあよい。
今は、そのようなことを考えている場合ではない。
何より問題なのは――。
ユウが同じ部屋にいると、気が散るのだ。
先ほどから時折聞こえてくる笑い声。
ページをめくる音。
身体の向きを変えるたび、僅かに軋むベッド。
気になる。
非常に気になる。
しかも、たまにこちらを見ておるよな?
我がきちんと宿題をしているか、確認しておるのか?
…………。
「ユウよ」
「何?」
「気が散るのだが?」
「そう」
…………。
それだけ?
ユウは我の言葉を聞くと、再び何事もなかったかのように漫画へ視線を戻した。
…………。
うむ。
すがすがしいほどの無視よな。
我、魔王。
現在、勇者に監視されながら宿題中。
…………。
何故、こうなった?
まあよい。
今は、とにかく進めるしかあるまい。
我は小さく息を吐き、再び机へ向かった。
算数。
国語。
社会。
理科。
一つずつ。
確実に片づけていく。
途中、何度かユウの笑い声が気になり、漫画の内容を聞きたくなった。
だが。
我、耐えた。
ここで漫画へ手を伸ばせば、全てが終わる。
我にはわかる。
一冊だけ。
少しだけ。
そんな言葉から始まり、気づけば数時間が消えるのだ。
漫画。
恐ろしい文化よな。
だからこそ、今は我慢。
我、集中!
そうして――。
夕方。
「終わった……」
我は机の上へ鉛筆を置き、ゆっくりと背もたれへ身体を預けた。
終わった。
ついに。
我、宿題を全て終わらせた!
ふふふ。
どうだ、ユウ。
我もやればできるのだ。
魔王を侮るでない。
…………。
寝ておる。
自由な奴よな。
そして、夏休み明け。
我は堂々と宿題を学校へ提出した。
くくくっ!
我、完璧!
夏休み最後の追い込み。
見事、乗り越えたぞ。
我は満足しながら席へ戻ろうとした。
「天神」
む?
何だ、担任よ。
「自由研究は?」
…………。
………………。
……………………。
うむ。
忘れておったわ。




