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魔王と勇者 ~我、異世界転生した!~  作者: 珈琲ノミマス


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7/20

第七話 我、親孝行

 翌日。


 ダンジョンについて話を聞いたばかりだというのに、父上は再び旅立っていった。


 今度の行き先はアメリカらしい。


 詳しいことは教えてもらえなかったが、恐らくダンジョン関係の仕事なのだろう。


 昨日は休みだったというのに、今日はもう海外。


 忙しいことよな。


 父上。


 身体には気をつけるのだぞ。


「マオ! これお願い!」


「うむ。任されよ、母上」


 我が何をしておるのかと?


 なに。


 ちょっとした親孝行よ。


 現在、我は母上の仕事部屋におる。


 この世界では漫画制作も随分とデジタル化されているらしいが、母上は今でも手描きの部分を大切にしておる。


 我にはその辺りの詳しい違いはまだよくわからぬ。


 だが、母上にとっては紙へ直接描くことにも意味があるらしい。


 そして今は、その手伝い。


 我の右手には、消しゴム。


 目の前には、母上たちがペン入れを終えた原稿。


 我の仕事は、原稿を傷つけぬよう、下描きの線を慎重に消していくことだ。


 簡単そうに見えるだろう?


 ところが、これが意外と難しい。


 強く擦れば紙を傷めるかもしれぬし、雑に扱えば原稿を折ってしまう。


 何より、目の前にあるのは母上たちが時間をかけて描き上げたもの。


 我、責任重大。


 魔王国を治めていた頃、多くの重要書類へ目を通してきたが、それとはまた違う緊張感があるな。


 我は慎重に消しゴムを動かしながら、原稿へ視線を落とす。


 しかし……。


 母上は、本当に絵が上手い。


 紙の上に描かれているのは、当然ながらただの線だ。


 だというのに、そこに描かれた者たちは、今にも動き出しそうではないか。


 表情を見れば何を感じているのかが伝わってくるし、背景を眺めれば、その場所の空気まで想像できる。


 流石、漫画家よな。


 我、感心。


「マオ! 大変!」


 む?


 何だ、母上。


「石田さんが倒れた! すぐに栄養ドリンクを飲ませて!」


「あいわかった!」


 我は即座に消しゴムを置き、椅子から立ち上がった。


 見ると、少し離れた机の前で石田殿が力尽きておる。


 先ほどまで必死に手を動かしていたというのに、今は机へ突っ伏し、微動だにせぬ。


 石田殿!


 しっかりせよ!


 我は室内に常備されている栄養ドリンクを手に取り、素早く蓋を開けた。


 そして、石田殿の口元へ。


「石田殿。飲むのだ!」


「も、もう……無理……」


「ならぬ! 母上から飲ませよとの命令を受けておる!」


 我、任務遂行!


 抵抗する力すら残っていない石田殿へ、半ば無理やり栄養ドリンクを飲ませる。


 すると――。


「ふっか~~~つ!」


 石田殿が勢いよく身体を起こした。


 おお。


 栄養ドリンク、凄い。


 …………。


 いや。


 待て。


 石田殿よ。


 我が言うのも何だが……。


 目が死んでおるぞ。


 口では復活したと言っておるが、目から光が消えておる。


 本当に大丈夫なのか?


「先生……」


 別の机で作業していたアシスタントの諏訪部殿が、疲れ果てた顔で母上を見る。


「連載を抱えすぎです。一度、休載を考えては?」


 うむ。


 我も、その意見には少し賛成だ。


 見よ、母上。


 アシスタント諸君を。


 中村殿は机へ突っ伏し、杉田殿は虚ろな目でペンを動かしておる。


 そして、今しがた石田殿が一度倒れた。


 他の者たちも似たような状態。


 総勢八名。


 アシスタント諸君、死屍累々。


 これは中々に危険な状況ではないのか?


 我が元の世界で見てきた戦場ですら、もう少し目に光があったぞ。


 だが、よく見れば母上も同じだ。


 顔には濃い疲労の色が浮かび、目の下には薄く隈までできておる。


 それでも、目だけはまだ死んでおらぬ。


 母上は拳を握り締め、力強く立ち上がった。


「ダメよ」


 その声には、強い意志が込められておる。


「読者は待ってくれている。だから私は頑張るの!」


 うむ!


 あっぱれな心意気!


 流石、我が母上!


 読者のために、自らの仕事を成し遂げようとする。


 その覚悟。


 我、感服!


 モロイのやつが聞いておれば泣いておろう。


 我を睨みつつだがな。


 …………。


 だがな、母上。


 アシスタント諸君が死んでおる。


 いや。


 まだ生きてはおるが。


 目の前の光景だけを見ると、かなり危うい。


 先ほどから誰もまともな言葉を発しておらぬし、ペンを握ったまま動かなくなっている者までおる。


 …………。


 仕方あるまい。


 我は周囲の様子を窺った。


 母上は再び原稿へ集中しておる。


 アシスタント諸君も、自分の作業で精一杯。


 誰も我を見ておらぬな。


 ならば。


 少しだけ。


 本当に少しだけだぞ。


 我は周囲へ気づかれぬよう、ほんの僅かに魔力を練った。


 そして、疲れ果てているアシスタント諸君へ、ごく弱い回復魔法をかける。


 本格的に回復させれば、流石に怪しまれるからな。


 先ほどまで限界だった者たちが、突然元気いっぱいになっては不自然すぎる。


 ほんの少し。


 疲労感が和らぎ、身体を動かすのが少し楽になる程度。


 これくらいなら、気のせいで済むだろう。


 うむ。


 これでどうにか耐えてほしい。


「……あれ?」


 森田殿が、ふと顔を上げた。


 先ほどまで机へ吸い込まれそうなほど背中を丸めていたが、少しだけ姿勢が戻っておる。


「なんか、さっきより身体が軽い気がする」


「ああ……私も。少しだけ楽になったような……」


 他のアシスタント諸君も、不思議そうに身体を動かしながら顔を上げ始めた。


 ふっ。


 当然だ。


 何せ、我の回復魔法だからな。


 かなり力を抑えてはいるが、おぬしらの疲労を少し和らげる程度なら十分に――。


「そうよ!」


 母上が勢いよく立ち上がった。


「これが読者の力よ!」


 …………。


 母上。


 違う。


 我の力ぞ。


 我の回復魔法だぞ。


「そうか……読者が待ってくれている……」


「私たち、まだ頑張れる!」


「よし! やるぞ!」


 おお。


 何故かアシスタント諸君の士気まで上がった。


 先ほどまで死屍累々だった仕事場に、再びペンを走らせる音が広がっていく。


 …………。


 まあ、よいか。


 我も母上の漫画を読んでいる読者の一人。


 ならば、読者の力というのも、完全な間違いではないよな。


 うむ。


 細かいことは気にするまい。


 さて。


 我も消しゴムかけの続きをするとしよう。


 我は再び椅子へ腰を下ろし、消しゴムを手に取った。


 原稿を傷つけぬよう、慎重に手を動かしていく。


 少しずつ。


 丁寧に。


 焦ってはならぬ。


 ここで我が失敗すれば、母上たちの努力を無駄にしてしまうかもしれぬからな。


 我、集中。


 …………。


 それから、しばらくして。


「もうダメ……」


 む?


 我は声のした方へ顔を向けた。


 そこには、再び机へ突っ伏している石田殿の姿。


 …………。


 石田殿。


 速い。


 先ほど少し回復させたばかりぞ?


 もう限界なのか?


「マオ! 栄養ドリンク追加!」


「う、うむ!」


 母上よ。


 飲ませ過ぎは身体に毒ぞ。


 我、そう思う。


 だが。


 今の母上へ逆らえる雰囲気ではない。


 すまぬ。


 石田殿。


 我は再び常備されている栄養ドリンクを手に取り、石田殿の元へ向かった。


「石田殿。飲むのだ」


「もう……いらない……」


「我もそう思う。だが、母上の命令なのだ」


 すまぬ。


 本当にすまぬ。


 そうして。


 母上とアシスタント諸君、そして我による締め切りとの戦いは、何とか今日中に終わった。


「終わった……」


 誰かが呟いた。


 だが、それに歓声を上げる者はおらぬ。


 その元気すら残っていなかったのだろう。


 室内には完成した原稿と、力尽きた者たちだけが残されている。


 うむ。


 皆、机の上で死んでおる。


 いや。


 生きてはおるぞ。


 呼吸はしておる。


 ただ、誰一人として動かぬだけだ。


 流石に、今の我が八名全員を仮眠室まで運ぶわけにはいかぬな。


 力を出せば可能ではあるが、十歳の我が大人を次々と持ち上げて運べば、流石に力がバレる。


 それはまずい。


「マオ……」


 む?


 母上か。


「今日はありがとう。後は、いつも通り……誰も起こさないでね」


「あいわかった。明日の夕方までは誰も起こさぬ」


「お願い……」


 その言葉を最後に、母上も机へ突っ伏した。


 …………。


 母上。


 お疲れ様。


 仕事場は先ほどまでの騒がしさが嘘のように静かになった。


 聞こえてくるのは、母上やアシスタント諸君の寝息だけ。


 我は仕事場の照明を少し落とし、眠っている者たちを起こさぬよう静かに部屋を出た。


 そのまま自室へ戻り、我も寝る準備を始める。


 流石に、今日は我も疲れた。


 消しゴムをかけていただけとはいえ、長時間集中するというのは中々に疲れるものよな。


 …………。


 だが、その前に。


 我は仕事部屋の方角へ意識を向け、静かに魔力を練った。


 そして、眠っている母上たちへ届くよう、ごく弱い回復魔法を送る。


 明日起きた時、少しだけ身体が軽くなっている程度。


 それくらいでよかろう。


 ないよりはましだからな。


 うむ。


 これでよし。


 母上。


 アシスタント諸君。


 今日はゆっくり休むがよい。


 そして、母上。


 次は、もう少し仕事を減らしてくれ。


 我、心からそう願う。


 …………。


 さて。


 我も寝る。

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