第六話 我、ダンジョンを疑う
夏休みのある日。
我、魔王。
この世界へ転生して、十年。
今日は父上からダンジョンについて話を聞くため、我はリビングで父上を待っておる。
以前から気になっていたのだ。
我がこの世界へ転生した十年前。
そして、ダンジョンが現れ始めたのも十年前。
あまりにも時期が重なりすぎておる。
父上は行政のダンジョン研究所で働いているのだ。ならば、一般には知られていないことも、多少は知っておるだろう。
我としても、そろそろ確かめておきたい。
…………。
だが。
ユウよ。
何故、おぬしまでおる?
「マオ。宿題終わった?」
「まだだ。我はのんびりでよい」
そう。
決して、先延ばしにしておるわけではないぞ。
夏休みはまだ残っておる。
焦るような時期ではない。
我、余裕。
「ふ~~ん。私、もう七月中に終わらせたよ。後は自由研究くらいかな」
…………。
こ奴。
くっ。
恐らく、うっすらと以前の世界で得た知識が残っておるから頭がよいのだ。
でなければ、毎回のようにテストで100点など取れぬはず。
それとも、勇者の力には学力まで含まれておるのか?
…………。
いや。
流石にそれはないよな?
まあ。
我も似たようなものだがな。
何せ、我は魔王。
かつては国を治め、山のような書類へ目を通していたのだ。
小学校の勉強程度、どうということはない。
ただ。
宿題を早く終わらせる気が起きるかどうかは、また別の話。
これは能力の問題ではない。
気分の問題だ。
うむ。
お。
父上が来たな。
「マオ、ユウちゃん。お待たせ」
「いや。休みの日だというのに、すまぬな」
「おじさん、よろしくね」
…………。
ユウよ。
何故、当然のようにタブレットを取り出しておる?
しかも、すでに画面を開き、記録する気満々ではないか。
「マオ。ユウちゃんもダンジョン研究の話を聞きたいんだって」
「そうなの。ダンジョンってどんなものなのか、社会の勉強だけだとよくわからないから。自由研究にしようかなって」
ユウが、ダンジョンに興味を?
我は隣に座るユウへ視線を向けた。
だが、本人は何事もないような顔でタブレットを操作しておる。
何を考えておるのか、よくわからんな。
まあ、今はよいか。
我にとっても都合がよい。
父上へ色々と質問しても、ユウの自由研究のためだと思ってもらえるかもしれぬからな。
「それで、二人は何が聞きたいんだい?」
「うむ。父上よ、まずダンジョンはいつできたのだ?」
そこが一番重要だ。
もし、我がこの世界へ転生した日とはまったく関係のない日付であれば――。
我のせいではないかもしれぬ。
そう。
まだ可能性はある。
我は何もしていない。
何もしていないはず。
「あれは、マオが生まれた日だね」
…………。
我、がっつり関与しとる!
いや。
待て、我。
落ち着け。
同じ日というだけでは、まだ偶然の可能性もある。
そうだ。
まだ慌てる時間ではない。
「その日、渋谷の地下鉄構内に突然門が現れたんだ」
「門とな?」
「そう。壁に現れた簡素な装飾の門だよ。ただ、その内側が普通じゃなかった」
父上は少し考えるように視線を上げると、言葉を選びながら続けた。
「黒でもない。青でもない。赤でもない。いろんな色が混ざり合うような、不思議な幕が門の内側に広がっていたんだ」
…………。
我はその説明を聞いた瞬間、言葉を失った。
知っておる。
我、その現象を知っておるぞ。
いや。
知っているなどというものではない。
あれは――。
我の能力の一つ。
ダンジョンマスターが作り出す、入口そのものではないか。
色と色が混ざり合い、どの色とも表現できぬ揺らめく幕。
その向こう側に、外とは異なる空間が広がっている。
間違いない。
我はそこで、ほぼ確信した。
この世界に現れたダンジョン。
やはり、我と無関係ではない。
…………。
だが、何故だ?
我は、この世界でダンジョンを作った覚えなどない。
そもそも、今の我にはダンジョンマスターの力が使えぬ。
ならば――。
考えられるとすれば、一つ。
勇者を元の世界へ送り返した、あの時。
我は送還魔法の代償として、魂の複製を使った。
本来なら、複製した我の魂を生贄にするはずだった。
だが、結果として我自身もこの世界へ転生している。
おそらく、あの時。
送還魔法に使われた我の魂、その一部がこの世界へ何らかの影響を及ぼした。
そう考えるほかあるまい。
でなければ説明がつかぬ。
何故なら――。
我、今はダンジョンマスターの力が使えぬからな。
…………。
まさか。
使えなくなったその力が、この世界でダンジョンという形になっておるのか?
我は父上の話を聞きながら、背中へ冷たい汗が流れるのを感じた。
…………。
我。
やっぱり、何かやった?
「ネットに当時の映像が残っているんだけど、ちょっと今は見せられないかな」
「どうして?」
ユウが不思議そうに首を傾げる。
その問いに、父上は少しだけ言葉を詰まらせた。
「……人が亡くなっているからだね」
先ほどまで穏やかだった父上の声が、僅かに沈んだ。
ユウも何かを察したのか、それ以上は何も聞かず、タブレットへ視線を落とす。
そういうことか。
確かに、学校の教科書にはその辺りのことまでは詳しく書かれておらなかった。
東京の地下鉄に最初のダンジョンが現れた。
その程度のことしか我も知らぬ。
だが、実際にはその場に多くの者がおったのだろうな。
そして、何が起きるのかもわからぬまま……。
…………。
今はそこを深く聞く必要はないか。
我が知りたいのは、別のことだ。
「ふむ。まあ、そこは今知らずともよいな。では、父上よ。今もダンジョンは増え続けておるのか?」
「増えているね。最初のダンジョンが現れてから十年経った今でも、世界各地で新しいものが確認されているよ」
やはり、増えておるのか。
我は僅かに眉を寄せた。
もし、この世界のダンジョンが我のダンジョンマスターの力によって生まれたものだとすれば、何故、今も増え続けておる?
我自身ですら使えぬ力が、勝手に動き続けているということなのか?
わからぬ。
まだ情報が足りんな。
「ただ、面白いのがダンジョンのできる場所なんだ」
「できる場所?」
ユウがすぐに反応し、タブレットへ何かを書き込みながら父上を見る。
「どういうことなの、おじさん?」
「これまで、世界中で多くのダンジョンが確認されている。でも、不思議なことに軍事施設には今のところ一つもできていないんだ」
「一つも?」
「確認されている限りではね。それと、もう一つ興味深いことがある」
父上がそう言いながら、我とユウを交互に見た。
「世界で一番多くのダンジョンが集中している国。それが、ここ、日本なんだ」
…………。
日本。
我がおる国。
…………。
いや。
待て。
まだ決めつけるでない、我。
だが、軍事施設には現れず、この日本に最も多く集中している。
もし、本当にダンジョンマスターの力が我の魂から切り離され、この世界へ影響を及ぼしているのだとすれば……。
その性質には我の考えが何らかの形で残っておるのかもしれぬ。
我は戦争が嫌いだった。
我の国のモットーも、専守防衛。
自ら攻め込まず、攻めてきた者だけを退ける。
だが……。
それだけでは、軍事施設を避けている理由にはならぬよな。
何せ、元の世界では我自身がダンジョンを兵の訓練にも使っていたのだ。
ならば、何故この世界のダンジョンは軍事施設を避ける?
…………。
わからぬ。
やはり、まだ情報が足りんな。
そして、日本。
今の我にとって、最も身近な国。
我が生まれ、育ち、家族やユウと暮らしておる場所。
だから、ここへ最も多く現れている……?
…………。
いやいや。
まだ推測にすぎぬ。
そう。
きっと偶然だ。
我がここにおるから、日本にダンジョンが集中しているわけではない。
断じて違う。
…………。
違うよな?
我、心からそう願う。
「じゃあ、ダンジョンがない国もあるの?」
「あるよ。というより、今のところはない国の方が多いね。ただ、ごめん。そこら辺については詳しく話せないんだ」
父上が申し訳なさそうに答えると、ユウは少し残念そうに肩を落とした。
「そっか。残念」
「まあ、機密もあろうからな」
「うん。ごめんね」
父上はそう言って、小さく笑う。
うむ。
こればかりは仕方あるまい。
父上は行政のダンジョン研究所で働いておるのだ。話してよいことと、そうでないことくらいあるだろう。
今のところは推測の域を出ぬ。
もう少し情報が欲しいところよ。
「それで、ダンジョンでは何が行われてるの? いろんな素材や資源が取れるって聞いたんだけど」
ユウはタブレットへ何かを書き込みながら、次の質問を父上へ投げかけた。
…………。
ユウよ。
少なくとも、我の知るダンジョンについてなら恐らく父上より我の方が詳しいぞ。
何せ、ダンジョンマスターは元々、我の能力なのだからな。
我が作り出していたダンジョンは、言ってしまえば訓練所のようなものだ。
我の軍に所属する者たちは、日々そこで修行しておった。
内部には様々な環境を用意できる。
弱い魔物から強い魔物まで配置することも可能で、階層を進むほど難易度を上げることもできた。
兵士たちは己の実力に合った階層へ入り、戦闘経験を積む。
まあ、何度か無茶をして、身の丈に合わぬ階層へ勝手に挑む者もおったがな。
後で報告書を読む我の身にもなってほしいものよ。
それに、この世界で資源と呼ばれているもの。
様々な色をしたクリスタル。
これは教科書にも載っておったな。
だが、あれも我からすれば少し違う。
あれは元々、魔素の塊なのだ。
我ら魔族にとっては、力を補うために使えるもの。
簡単に言えば――。
携帯食。
そう。
お弁当のようなものだ。
…………。
それをこの世界の人間たちは、科学という技術を使い、様々な資源へ変えておる。
我の知っている魔素の使い方とは、まるで違う。
恐らくだが、魔素とこちらの科学技術が交わったことで、新しい利用方法が生まれたのだろう。
うむ。
科学、やはり侮れぬ。
だが、それ以上に我が驚いたのは――。
魔物の皮や牙、骨などまで素材として利用していることだ。
我には、そんな発想はなかった。
倒した魔物から得られるものを加工し、道具や衣服へ作り変える。
それどころか、利用できる部分を一つ一つ調べ、様々な用途まで見つけ出しておるらしい。
…………。
これは、人間が凄いのか。
それとも、日本人が凄いのか?
我、少しわからぬ。
「ごめん。そこについても、今は詳しく話せないんだ」
父上の言葉に、我は思考を止めて顔を上げた。
「話せないの?」
「うん。ダンジョン内部の詳しい情報については制限があるからね。ただ、ダンジョンハンターになれば、必要なことはきちんと教えてもらえるよ」
「ダンジョンハンターかぁ……」
ユウがそう呟きながら、何かを考えるようにタブレットの画面を見つめておる。
…………。
ユウよ。
何故、そこでそんなに真剣な顔をしておる?
我、少し嫌な予感。
「ああ。それと、市販されている肉の一部にはモンスターの肉も使われ始めているんだ」
…………。
我は父上の言葉に、思わず固まった。
皮。
牙。
骨。
そこまでは、まだわかる。
だが――。
食うのか?
モンスターを?
…………。
日本人。
恐ろしい民族よな。




