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魔王と勇者 ~我、異世界転生した!~  作者: 珈琲ノミマス


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10/18

第十話 我、誓う

 冬。


 寒い。


 吐く息は白く、頬を撫でる風も冷たい。


 だが、我は今、それどころではない。


 我、油断!


 超油断!


 ユウがいなくなった。


 始まりは、ほんの少し前。


「忘れ物?」


「うん。マオ、待ってて」


「良かろう。そこの公園におるぞ」


 そう言って、ユウは学校へ戻っていった。


 我も特に疑問には思わなかった。


 忘れ物など、誰にでもあること。


 それに、我はユウへ追跡魔法を施しておる。


 以前から何かあった時に備えて使っているもので、大まかな方向や距離程度なら把握できる。


 無論、正確な場所までわかるような便利なものではないが、ユウが学校へ到着したことくらいは確認できる。


 だから、我は公園のベンチへ腰を下ろし、大人しく待っていたのだ。


 だが――。


 そこからだ。


 学校を出た辺りで、ユウの反応が突然別の方向へ移動し始めた。


 しかも。


 速い!


 いや。


 ユウならば、これほどの速度で走ること自体はできるかもしれぬ。


 だが、おかしい。


 反応は道路に沿うように、ほとんど速度を変えず移動しておる。


 走っている動きではない。


 何かの乗り物に乗っておるのか?


 それとも――。


 …………。


 我、失態!


 魔王たる我のミスよ!


 この十年。


 平和すぎて、完全に気が緩んでおった!


 ユウを狙う者が現れる可能性を警戒していたというのに、何を呑気に公園で待っておるのだ、我!


 もし、何者かがユウを連れ去ったのだとすれば――。


 我は慌ててベンチから立ち上がると、周囲に人がいないことを確認した。


 そして、魔法で姿を隠す。


 同時に身体を宙へ浮かせ、追跡魔法の反応を頼りに、ユウの元へ向かった。


 急げ。


 我、急ぐ!


 超急ぐ!


 反応は、どうやら商店街の方向へ向かっておる。


 この速度。


 やはり、ユウ一人ではない。


 誰かの乗り物に乗せられておるのか?


 それとも――。


「我としたことが! 本当に情けない!」


 冷たい風を切り裂きながら、我は空を飛ぶ。


 もっと警戒しておくべきだった。


 何か起きてからでは遅いというのに。


 もし本当にグオウ王国に関係する者であったなら――。


 その時。


 我は空の上からユウの姿を見つけた。


 いた!


 ユウ!


 我は急いで降下しようとして――。


 …………。


 止まった。


 商店街近くの駐車場。


 一台の車から降りたユウの隣には、見覚えのある人物がおった。


 仁殿。


 ユウの父上。


 二人はそのまま並んで、商店街のおもちゃ屋へ入っていった。


 …………。


 我、困惑。


 何故に?


 どういうことだ?


 ユウは忘れ物を取りに学校へ戻ったはず。


 そして、その後、仁殿と合流しておもちゃ屋へ?


 たまたま会ったのだろうか?


 それとも、最初から待ち合わせておった?


 …………。


 わからぬ。


 考えても始まらぬな。


 とりあえず。


 姿を消したまま、後を追うべきよな。


 我は魔法で姿を隠したまま地上へ降り、そのまま店の中へ入っていったユウと仁殿の後を追った。


 店内には、様々なおもちゃが並んでおる。


 人形。


 ミニカー。


 ボードゲーム。


 我には用途のよくわからぬ玩具まで、実に様々だ。


 ユウと仁殿は、その中を迷うことなく進んでいく。


 そして立ち止まったのは――。


 ぬいぐるみ売り場。


 ふむ。


 何ぞ買うのか?


 我は少し離れた場所から二人の様子を窺った。


 ユウは棚に並んだぬいぐるみを一つずつ見比べ、時折手に取っては首を傾げておる。


 随分と真剣だな。


 やがて一つに決めたのか、それを大事そうに抱え、仁殿と共に会計へ向かった。


「プレゼント包装でお願いします」


 プレゼント?


 誰かに贈るのか?


「ユウ。手紙も一緒に入れてもらったらどうだ?」


「パパ! いい考え。これでマオの驚く顔が見られる」


 …………。


 何故?


 我のため?


 我は思わず、その場で固まった。


 待て。


 何ぞあったか?


 誕生日ではない。


 クリスマスも、まだ少し先。


 何か祝い事でもあっただろうか?


 我、思い出せぬ。


「でも、出会った記念って……」


 仁殿が少し困惑したようにユウを見る。


「いい、パパ。女の子はこういうことが大事なの」


 ユウは胸を張り、自信満々に言い切った。


 …………。


 そうだろうか?


 我も今は女の子だが、そのような記念日を意識したことなどないぞ。


 そもそも、出会った日など覚えておらぬ。


 …………。


 いや。


 待て。


 もしかしてユウは、覚えておるのか?


 我と初めて出会った日を。


 そして、その日のために、わざわざ我への贈り物を買いに来たということか?


 …………。


 我、少し戸惑う。


 それと同時に。


 何故だろうな。


 胸の奥が、ほんの少しだけ温かくなった。


 …………。


 そういえば。


 我とユウが初めて出会ったのは、まだ幼い頃だったな。


 確か、四歳くらいだったか。


 我が今の家へ引っ越してきた日。


 父上の仕事の都合で東京へ来た、あの日だ。


 そうそう。


 あの日は、雪が降っておったな。


 空から静かに白い雪が舞い落ち、道路や家々の屋根を薄く染めておった。


 我にとって、この世界へ来てから見る雪は珍しいものではなかったが、それでも新しい土地へ移り住む日に降る雪というものは、何となく印象に残っておる。


 とはいえ。


 引っ越しそのものについては、我にできることなどほとんどなかった。


 我も何か手伝おうとはしたのだぞ?


 だが、荷物の運び込みは引っ越し業者の者たちが手際よく進めておったし、母上の仕事に関係する荷物についてはアシスタント諸君まで手伝いに来ておった。


 我が手を出そうとすれば、皆そろって言うのだ。


『マオちゃんは危ないから、向こうで遊んでいてね』


 …………。


 我、魔王ぞ。


 家具の一つや二つ、片手でも持てるというのに。


 だが。


 当然、そんなことをするわけにもいかぬ。


 仕方なく我は家を出て、近くにあった公園で暇を潰しておった。


 雪の積もった地面。


 冷たい滑り台。


 誰もいないブランコ。


 我は一人、何をするでもなく公園の中を歩いていた。


 その時だった。


「ねえ。どこかで会ったことがない?」


 第一声がそれよ。


 我は驚いた。


 何故なら――。


 勇者が、そこにおったからな。


 無論、姿は幼い。


 我と同じくらいの小さな少女。


 だが。


 顔には確かに覚えがあった。


 幼くなってはいるものの、面影が残っておる。


 何より――。


 魂の気配。


 あの時、我の首を執拗に狙ってきた勇者のものと、あまりにも似ておった。


 我、驚愕。


 まさか。


 本当に勇者なのか?


「ねえってば。なんか、どこかで会ったことがあるような気がするの」


 しかも、こ奴。


 そのようなことまで言いよった。


 我はさらに驚いたものよ。


 何故なら、勇者は元の世界へ戻る際、あちらでの記憶を失っているはずだったからな。


 少なくとも、我の知識ではそうなるはず。


 だというのに。


 この少女は我を見て『どこかで会ったことがある』と言った。


 記憶そのものではない。


 だが、何かが残っておるのか?


 魂に刻まれた感覚。


 あるいは、記憶とは違う何か。


 当時の我には、その理由がわからなかった。


 だから、とりあえずこう答えたのだ。


「我は今日、引っ越してきたばかりぞ」


「われ?」


 少女は不思議そうに首を傾げた。


「なに? われって」


「『我』は、自分という意味よ。我はマオ」


「ふ~~ん」


 …………。


 何だ、その反応。


 もう少し興味を持ってもよかろう。


「で、おぬしは?」


「おぬし?」


 ええい。


 話が進まぬ。


 何故、我が言葉を発するたびに止まるのだ。


 我は少し考え、言い直した。


「名前を聞いておる」


「……シャ」


 うむ?


 なんぞ。


 声が小さいの。


「聞こえぬ」


「ユウシャ。でも可愛くないから嫌なの! だからユウって呼んで」


 …………。


 ユウシャ。


 我はその名を聞いた瞬間、内心で確信した。


 勇者。


 間違いない。


 いや。


 名前まで勇者とはどういうことだ?


 我も人のことは言えぬがな。


「よい名ではないか。我は魔王と書いてマオぞ」


 そう言うと、ユウは少しだけ目を丸くした。


 魔王と勇者。


 前の世界では敵として出会った我らが、この世界では幼い少女同士となって、雪の降る公園で再会した。


 …………。


 今思えば、不思議なものよな。


 そして。


 それが我とユウがこの世界で初めて出会った日。


 そうか。


 今日だったか。


 …………。


 だが。


 何故、今になってプレゼントを?


 いや。


 そもそも、こんなことは初めてぞ?


 我が疑問に思っていると、ユウは嬉しそうに包装されていくぬいぐるみを見つめながら口を開いた。


「やっと自分で貯めたお小遣いで買えた」


「もう少し無駄遣いを減らせていれば、もっと早く買えたんだけどな」


「パパ。それは仕方ないの」


 …………。


 そうか。


 己で貯めた金で。


 初めて、我のために。


 …………。


 我、胸が詰まる。


 何だ、これは。


 嬉しいはずなのに、上手く言葉が出てこぬ。


 それに、何故か目の奥まで少し熱い。


 そもそも、今の我は姿を消しておる。


 ここでどのような顔をしても、誰にも見られぬというのに。


 それでも何故か、今の顔を誰にも見られたくないと思ってしまう。


 …………。


 我、魔王ぞ。


 少し落ち着け。


 この程度で泣いてなるものか。


「お掃除とか、お手伝い頑張ってたもんな」


「うん。途中で漫画買っちゃったからギリギリだったけど、間に合ってよかった」


 …………。


 ユウよ。


 そこは我のために我慢せぬか?


 いや。


 まあ、よい。


 漫画は仕方ない。


 我も好きだからな。


 それよりも――。


 掃除をして。


 家の手伝いをして。


 少しずつ小遣いを貯めて。


 途中で漫画を買いながらも、今日までに間に合わせた。


 我のために。


 …………。


 そうか。


 我は、何もしておらなんだな。


 出会った日を覚えていたのもユウ。


 贈り物を用意したのもユウ。


 それなのに、我は今日がその日だということすら忘れておった。


 …………。


 ならば!


 我も、何か返さねばなるまい!


 そうと決まれば、ここに長居している場合ではない。


 ユウより先に戻らねば。


 我は静かに店を離れると、再び空へ舞い上がった。


 そして、そのまま急いでユウと別れた公園へ戻る。


 ベンチの近くへ降り立ち、周囲に誰もいないことを確認してから姿を隠していた魔法を解いた。


 うむ。


 これなら、最初からずっとここで待っていたように見えるだろう。


 さて。


 問題は、贈り物だ。


 今から店へ行って何かを買う時間はない。


 それに、ユウは己で貯めた小遣いで我への贈り物を買ってくれたのだ。


 ならば我も、金で買っただけの物ではなく、何か別のものを返したい。


 …………。


 ふむ。


 我はしばらく考えた後、ランドセルを開いた。


 そして、中からハサミを取り出す。


 少し迷ったが、我は自分の長い黒髪を一房だけ手に取った。


 母上。


 すまぬ。


 少しだけだから許してくれ。


 切りすぎてはおらぬからな。


 我は目立たぬ場所からほんの少しだけ髪を切った。


「少し変わった材料ではあるが……これなら、我にしか作れぬものになるよな」


 …………。


 いや。


 待て。


 自分の髪を贈り物に使うというのは、少し変ではないか?


 我、少し迷う。


 だが、我自身の魔力を込めるのであれば、この方が都合はよい。


 …………。


 まあ、よかろう。


 我は切った髪を指先に乗せ、ゆっくりと魔力を込めていく。


 ただ編むだけではない。


 簡単には切れぬように。


 長く形を保つように。


 そして、一度きりでも、いざという時にユウを守れるよう、僅かな術式も重ねていく。


 我の魔力を髪へ定着させながら、一つ一つ丁寧に編んでいくと、細い髪は絡み合い、少しずつ一本の紐へ変わっていった。


 そして、しばらくして。


 我の手の中に出来上がったのは――。


 黒いミサンガ。


 …………。


 うむ。


 悪くない。


 我は手のひらに乗せたそれを、じっと見つめる。


「ふっ。少し古い気もするが、仕方あるまい」


 そもそも、我はこの世界の流行というものにそこまで詳しくないからな。


 だが。


 我が自ら作った品だ。


 それに、魔力も込めてある。


 贈り物としては十分であろう。


 …………。


 ユウ。


 喜ぶだろうか?


 いや。


 きっと喜ぶ。


 多分。


 …………。


 我、少し不安。


 そんなことを考えながら待っていると、公園の入口に二つの人影が見えた。


 お。


 ユウが戻ってきたな。


 その隣には――。


 仁殿。


 …………。


 よし。


 我、驚く。


 無論、演技ぞ。


 二人が一緒におもちゃ屋へ行っていたことなど、我は何も知らぬ。


 知らぬのだ。


 我は何食わぬ顔でベンチから立ち上がると、二人へ近づいていった。


「どうして仁殿が? それにユウ、おぬしは学校へ戻っておったのではないのか? あと、その袋はなんぞ?」


 うむ。


 我、自然。


 実に自然な反応よな。


 これならば、尾行していたことなど絶対に気づかれまい。


「ふふふっ。遅くなってごめんね」


 ユウは楽しそうに笑いながら、持っていた袋を我の前へ差し出した。


「これ、プレゼント!」


「プレゼント? 今日は何かあったか?」


 …………。


 我。


 知っておる。


 知っておるが、知らぬふり。


「もう! 私とマオが出会った日!」


 ユウは少し頬を膨らませながら、それでも嬉しそうに袋をこちらへ差し出してくる。


「お小遣いを貯めて買ったんだ」


 うっ。


 我。


 泣きそう。


 駄目だ。


 先ほど店の中で聞いておったというのに。


 改めて本人の口から聞くと、胸にくるものがある。


 ユウは、我と出会った日を覚えておった。


 その日のために家の手伝いをし、少しずつ小遣いを貯めて、我への贈り物を用意してくれたのだ。


 それに比べて我はどうだ。


 今日が何の日なのかすら忘れておった。


 我、恥ずかしい。


 魔王として国を治め、数多くの記念日や式典を管理してきたというのに。


 何故、こういう大切な日を忘れておるのだ。


 …………。


 いや。


 今は自分を責めている場合ではないな。


 我はユウから差し出された袋を、両手で受け取った。


「そうか……ありがとう。ユウよ」


「どういたしまして!」


 ユウは満面の笑みを浮かべる。


「これからもよろしくね」


 …………。


 うむ。


 こちらこそ。


 これからもよろしく頼むぞ。


 ユウ。


 我は、そなたを守ろう。


 今度こそ。


 あの時のように、何も知らぬ間に別の世界へ連れ去られるようなことはさせぬ。


 グオウ王国がどのような手段を使おうとも。


 我がそなたを守る。


 それが今の我にできることだ。


 …………。


 さて。


 ならば、我も渡さねばな。


「ユウよ」


「何?」


「手を出せ」


「手?」


「よいから出すのだ」


 不思議そうな顔をしながら、ユウが素直に手を差し出した。


 我はポケットから先ほど作った黒いミサンガを取り出す。


「何それ?」


「ミサンガよ。我が作った」


「マオが?」


「うむ」


 正確には、つい先ほど大急ぎで作ったものだがな。


 それは言わぬ。


 我はユウの右手首へ、黒いミサンガを丁寧に結んだ。


 細い黒糸のように見えるそれには、我の魔力を込めてある。


 もし、ユウの命に関わるほどの危険が迫った時。


 一度だけ、その身を守れるように。


 我が傍にいなくとも、ユウが無事でいられるように。


 そんな願いを込めて作ったものだ。


「我からもだ。これからもよろしく頼むぞ、ユウ」


「うん!」


 ユウは嬉しそうに右手首を持ち上げ、何度もミサンガを眺めておる。


 …………。


 よかった。


 喜んでくれたようだな。


 我、安心。


 そして、次の日。


「マオ。おはよう!」


「うむ。おはよう、ユウ」


 いつものように我の元へやってきたユウ。


 その右手首には――。


 黒いミサンガ。


 昨日、我が渡したものが、きちんと結ばれておった。


 …………。


 うむ。


 我、嬉しい。


 非常に嬉しい。


 だが。


 顔には出さぬぞ。


 我、魔王だからな。

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