第十話 我、誓う (10/9書き直し)
冬。
吐く息は白く、頬を撫でる風もすっかり冷たくなっていた。マオも外へ出る時には厚着が当たり前となり、風が吹く度に小さく肩をすくめる日々を送っている。
だが今は、寒さなど気にしている場合ではなかった。
(我、油断!超油断!)
追跡魔法が示すユウの反応が、学校から離れ、公園とはまるで違う方向へかなりの速さで移動している。
始まりは、30分ほど前。
「忘れ物?」
「うん。マオ、待ってて」
「良かろう。そこの公園におるぞ」
忘れ物があると言って、ユウは一人で学校に戻っていった。マオも、その時は特に疑問を抱かなかった。忘れ物など誰にでもあることだ。それに、ユウには以前から追跡魔法の印をつけている。もしもの時に備えたもので、おおよその方向と距離なら把握できる。正確な場所まではわからないが、学校に戻ったことくらいは確認できた。だからこそ、マオは近くの公園にあるベンチに腰を下ろし、大人しく待っていた。
だが――。
公園の時計を見れば、ユウが戻ってきてもいい頃になっている。それなのに、姿を見せる気配がない。妙に思ったマオが追跡魔法を確かめてみれば、ユウの反応は学校から離れ、公園とはまるで違う方向へ移動していた。しかも、歩いているとは思えない速さで。
(むっ?)
その瞬間、嫌な考えが脳裏をよぎった。マオが元の世界で出会ったユウは、今よりも成長していた。だから無意識のうちに、グオウ王国に召喚されたのも、それに近い年齢になってからだと思い込んでいた。
だが――本当にそうなのか。もっと幼い頃に召喚され、そのままグオウ王国に捕らわれ、長い時間をかけて訓練を受けた後、魔王城に送り込まれた可能性はないのか。そう考えれば、今日が、その日ではないという保証などどこにもない。
(我、失態!)
マオは勢いよくベンチから立ち上がった。この10年、平和な生活に慣れすぎて、完全に気が緩んでいた。
ユウは、かつてこの世界から強引に異世界へ召喚された勇者だ。本人は当時の記憶をほとんど失っている。だからこそ、再び何かが起きた時には自分が守らなければならない。そう思っていたというのに、この始末。
(何を呑気に待っておったのだ、我!)
もし、本当に何者かに連れ去られているのなら、一刻を争う。マオはすぐさま周囲を確認した。公園には誰もいない。通りにも、こちらを見ている者はいなかった。姿を隠す魔法を使い、そのまま身体を宙に浮かせる。次の瞬間には、追跡魔法の反応を頼りに空を駆けていた。
(急げ!急げ!)
ユウの反応は商店街の方角へ向かっている。しかも速い。一定の速度で進んでは止まり、再び動く。その繰り返しから考えても、車に乗っている可能性が高かった。
(我としたことが……本当に情けない!)
冷たい風を切りながら、さらに速度を上げる。もし本当にグオウ王国に関係する何者かが、再びユウを狙ったのなら。今度こそ。
(我が守る。何があろうとな)
ユウのためにも。あの時、彼女を元の世界に帰すと決めた自分自身のためにも。絶対に間に合わせる。
やがて反応との距離が一気に縮まった。マオは速度を落とし、上空から眼下に広がる通りや駐車場に目を凝らす。
「むっ!」
視線が一点で止まった。いた。ユウだ。商店街近くの駐車場。ちょうど一台の車から降りてきたところだった。その隣には、運転席から降りてきた男がいる。
犯人――。そう判断しかけたマオの表情が固まった。
「あれは……仁殿?」
ユウの父、仁だった。二人は何事もなかったかのように並んで歩き、そのまま近くのおもちゃ屋に入っていく。
「…………」
(理解が及ばぬ)
誘拐ではない。当然だ。親子で買い物をしているだけなのだから。だが、それがますますマオを混乱させた。
(どういうことだ?)
ユウは忘れ物を取りに学校に戻ったはず。その後、仁と合流し、車に乗って商店街まで来た。偶然会ったのか。それとも、最初から待ち合わせていたのか。まるでわからない。
ただ一つだけ、確かなことがある。危険はない。
「…………」
全身から、どっと力が抜けた。
(我の焦りを返せ)
もっとも、無事だったのだから、それでいい。
(まあ……何にせよ良かった)
そう思ったところで、マオはおもちゃ屋の入口に視線を向けた。
(しかし……気になるの)
何故、ユウは学校に戻るなどと言って、仁と買い物に来たのか。ここまで来てしまった以上、確かめたくなる。マオは姿を隠したまま地上に降り、人にぶつからないよう注意しながら二人の後を追った。
店内には、様々なおもちゃが並んでいた。人形。ミニカー。ボードゲーム。見ただけでは遊び方すらわからない物まで、棚いっぱいに並んでいる。
マオ自身、玩具にはそれほど興味がない。唯一、よくわかるのはゲームくらいだ。ユウもゲーム好きなので、最初は新作でも発売されたのかと思った。
(はて?今日は何かの発売日であったか?)
日頃から色々な情報を調べているマオにも、思い当たるものはない。そして二人は、ゲーム売り場には目も向けず、そのまま店の奥に進んでいった。やがて足を止めたのは、可愛らしいキャラクターで埋め尽くされたぬいぐるみ売り場だった。
(ぬいぐるみ?)
マオも少し離れた場所で立ち止まる。ユウは棚に並ぶぬいぐるみを一つずつ見比べていた。手に取る。眺める。棚に戻す。そして、また別のものを手にする。普段の勢い任せな姿からは想像できないほど真剣だった。
(随分と悩んでおるな。しかし、ぬいぐるみが好きだったかの?)
しばらく見守っていると、ようやく一つに決まったらしい。ユウは選んだぬいぐるみを大事そうに抱え、仁と一緒にレジに向かった。マオも少し距離を空けて、その後を追う。
「プレゼント包装でお願いします」
(プレゼント?)
マオの眉が僅かに動いた。誰かに贈る物らしい。だが、マオの知る限り、近いうちに誰かの祝い事があるとは聞いていない。
「ユウ。手紙も一緒に入れてもらったらどうだ?」
「パパ!いい考え。これでマオの驚く顔が見られる」
「…………」
マオの動きが止まった。
(我?)
どうやら、自分への贈り物らしい。だが、理由がまったく思い当たらない。誕生日は四月。クリスマスも、まだ少し先。
(……我、思い出せぬ)
「でも、記念って……」
仁が少し困ったようにユウを見る。するとユウは、まるで「何もわかっていない」とでも言いたげに胸を張った。
「いいの、パパ。女の子はこういうことが大事なの」
近くにいた店員が小さく笑い、仁は困ったように頭を掻く。そして――マオも悩んだ。
(そうなのか?)
今のマオも女の子である。だが、個人的な記念日を意識したことなどほとんどなかった。魔王だった頃には、国に関わる式典や記念日は山ほどあった。しかし、誰かと出会った日まで祝うという感覚はない。
(出会った日が記念日……)
そこまで考え――思考が止まった。
(待て)
ユウは覚えている。二人が、この世界で初めて出会った日を。その日のために、自分への贈り物を用意していた。その事実が胸に落ちた瞬間、何とも言えない温かさが広がった。
(…………そうか。丁度、今日であったか)
マオはゆっくりと記憶を辿った。二人が初めて出会ったのは、まだ四歳の頃。由紀の仕事場も兼ねた新居が完成し、天神家が引っ越してきた日のことだった。
あの日は、珍しく雪が降っていた。空から静かに舞い落ちる白い雪が、道路や家々の屋根を薄く染めていたことを、今でも覚えている。
引っ越し当日。マオも何か手伝おうとしていた。だが、荷物は引っ越し業者が手際よく運び、漫画の仕事道具については由紀のアシスタントたちが張り切って整理していた。
『マオちゃんは危ないから、向こうで遊んでいてね』
段ボールに手を伸ばす度、皆から同じことを言われる。
(我、魔王ぞ。家具の一つや二つ、片手でも持てたのだがな)
もちろん、本当にそんなことをすれば大騒ぎになる。仕方なくマオは、家のすぐ近くにある公園まで行ってくると由紀に告げ、外に出た。
向かったのは、車から見かけていた小さな公園。薄く雪の積もった地面。冷え切った滑り台。風に僅かに揺れる、誰も座っていないブランコ。まだ誰の足跡もほとんどない雪の上を、一人で歩いていた。それだけでも、当時のマオには少し楽しかった。
その時だった。
「ねえ。どこかで会ったことがない?」
突然、背後から声を掛けられた。振り返ったマオは、その場で固まった。そこにいたのは、自分と同じくらいの小さな少女。初めて会うはずだった。それなのに、その顔には覚えがある。幼くなっていても、確かに面影が残っていた。そして何より――魂から感じる、覚えのある気配。
(勇者……か?)
自分の首をあれほど執拗に狙ってきた相手だ。姿が幼くなり、背格好まで変わっていても、マオが間違えるはずがない。
「ねえってば。なんか、どこかで会ったことがあるような気がするの」
少女は、さらに不思議なことを口にした。
(記憶が残っているのか?)
本来なら、元の世界での記憶は失われているはずだった。それなのに目の前の少女は、マオを見て「会ったことがある気がする」と言う。とはいえ、その表情を見る限り、以前の記憶をそのまま持っているようには見えない。ならば、マオ自身が魂の気配を感じ取ったように、ユウにも何らかの感覚だけが残っているのか。当時も、そして今も、その理由はわかっていない。だからマオは、とりあえず今の自分として答えることにした。
「我は今日、引っ越してきたばかりぞ。会ったことはないの」
「われ?」
少女が不思議そうに首を傾げる。
「なに?われって」
「『我』は、自分という意味よ。我はマオ」
「ふ~~ん」
「…………」
(何だ、その反応)
あまりにもあっさりしている。やはり昔の記憶そのものは残っていないのだろう。
「で、おぬしは?」
「おぬし?」
「…………」
(ええい。何故、我が言葉を発する度に話が止まるのだ)
マオは少し考え、幼い少女にもわかるよう言い直した。
「名前を聞いておる。名は?」
「……シャ」
「む?」
声が小さく、よく聞こえない。
「聞こえぬ」
「ユウシャ。でも可愛くないから嫌なの!だからユウって呼んで」
「…………」
ユウシャ。
(名前の響きまで勇者ではないか)
魂の気配だけではない。名前まで、まるで狙ったように勇者。
(我も人のことは言えぬがな)
「よい名ではないか。我は魔王と書いてマオぞ」
「魔王?」
ユウが目を丸くした。
魔王と勇者。元の世界では敵として出会った二人が、この世界では幼い少女同士となり、雪の降る公園で再会した。それが――今の二人の始まりだった。
昔のことを思い出しながら、マオは店内にいるユウを見つめる。自然と口元が緩んだ。
(そうか。今日だったか)
だが、同時に新たな疑問が浮かぶ。何故、今になって贈り物なのか。これまで、そのようなことをしたことは一度もない。
「やっと自分で貯めたお小遣いで買えた」
包装されていくぬいぐるみを眺めながら、ユウが嬉しそうに言った。
「もう少し無駄遣いを減らせていれば、もっと早く買えたんだけどな」
「パパ。それは仕方ないの」
仁の言葉に、ユウが頬を膨らませる。仁は笑いながら、すぐに謝った。
「ごめん、ごめん。掃除とか、お手伝い頑張ってたもんな」
「うん。途中で漫画買っちゃったからギリギリだったけど、間に合ってよかった」
「…………」
(ユウよ。そこは我のために我慢せぬか?)
思わずそう考え――マオは笑いそうになった。
(いや。漫画なら仕方ない。我も好きだからな)
それよりも。家の手伝いをして。少しずつ小遣いを貯めて。途中で漫画を買ってしまいながらも、今日までに必要な金額を用意した。自分のために。その事実が、胸の奥にじわりと広がっていく。
嬉しい。ただ、それだけのはずなのに。喉の奥が詰まり、目の奥まで少し熱くなった。
(……何だ、これは)
マオはそっと顔を俯けた。今は姿を隠している。どんな顔をしても、誰にも見られない。それなのに、今だけは誰にも顔を見られたくなかった。
(落ち着け、我。魔王ぞ。この程度で泣いてなるものか)
だが、同時に胸を刺すものもある。
(我、不甲斐なし……)
出会った日を覚えていたのは、ユウ。贈り物を用意したのも、ユウ。それなのにマオは、今日が何の日なのかすら忘れていた。
(我、何もしておらなんだな……)
ならば。マオは顔を上げた。
(我も返さねばなるまい!)
そうと決まれば、ここに長居している場合ではない。ユウより先に公園に戻る必要がある。マオは静かに店を離れ、人目のない場所から再び空に舞い上がった。
目指すのは、ユウと別れた公園。先ほど座っていたベンチの近くに降り、人の姿がないことを確認してから、姿を隠していた魔法を解く。
(うむ。これなら最初からここで待っていたように見える)
さて。問題は――贈り物。今から店に行き、何かを選んで戻る時間はない。それに、ユウは家の手伝いをして、自分で貯めた小遣いで贈り物を買ってくれた。ならばマオも、ただ店で買った物ではなく、自分にしか渡せないものを贈りたかった。
「ふむ……」
しばらく考えた後、背負っていたランドセルを開く。中からハサミを取り出し、マオは自分の長い黒髪に触れた。
「…………ええい!」
(母上。すまぬ)
少しくらいなら目立つこともない。多分。マオは髪の内側から必要な分だけを手に取り、慎重に切った。手のひらに落ちた長い黒髪を見つめる。
(少し変わった材料ではあるが……我にしか作れぬ物にはなるよな)
もっとも、自分の髪を贈り物に使うという発想が、この世界で一般的なのかはわからない。
(……普通に考えれば、少し怖くないか?)
一瞬、迷う。だが、自分の魔力を定着させるには非常に都合がいい。何より、ただの飾りを作るつもりではなかった。
マオは指先に髪を乗せ、静かに魔力を流し込んでいく。簡単には切れないように。長く形を保てるように。そして――。
(我が傍にいない時でも、ユウを守れるように)
守りの術式を、一つずつ丁寧に重ねていく。一度きり。それでも、ユウの命に関わるほどの危険が迫った時、その身を守れるように。髪に魔力と術式を定着させながら、丁寧に編み込んでいく。長い黒髪は少しずつ細く編み込まれ――やがて、一本の黒いミサンガになった。
「…………」
マオは手のひらに乗せ、様々な角度から出来栄えを確かめた。
(うむ。悪くない)
「ふっ。少し古い気もするが、仕方あるまい」
この世界の流行には詳しくない。しかも急ごしらえ。それでも、守りの術式に妥協はしていない。自分自身で作り。自分の魔力を込め。ユウを守りたいという思いまで込めた。贈り物としては十分なはずだ。
(喜んでくれるよな?)
少し不安になる。ユウが買ったぬいぐるみと比べれば、随分と地味だ。
(……多分、大丈夫)
そう自分に言い聞かせながら待っていると、公園の入口に二人の姿が見えた。ユウ。そして、仁。
(戻ってきたな)
マオは一度、深く息を吸った。ここから必要なのは――演技力。二人がおもちゃ屋に行っていたことなど知らない。当然、プレゼントのことも知らない。
(よし。我、驚く)
完璧に演じなければならない。そう心に決め、マオは何食わぬ顔でベンチから立ち上がった。
「どうして仁殿が?それにユウ、おぬしは学校に戻っておったのではないのか?随分と時間が掛かっておったが、どうしたのだ?あと、その袋はなんぞ?」
(うむ。我、自然)
実に自然。少なくとも本人はそう思っていた。実際には、いつもより少し早口だったが。当然、マオ自身は気づいていない。
「ふふふっ。遅くなってごめんね」
ユウは楽しそうに笑い、持っていた袋をマオの前に差し出した。
「これ、プレゼント!」
「プレゼント?今日は何かあったか?」
(知っておる。知っておるが、知らぬふりぞ)
「もう!私とマオが出会った日!」
少し頬を膨らませながらも、ユウは嬉しそうだった。
「お小遣いを貯めて買ったんだ」
「…………」
わかっていた。店で全部聞いていた。それでも本人の口から改めて聞くと、胸にくるものがある。ユウは、二人が出会った日を覚えていた。その日のために手伝いをし、少しずつ小遣いを貯め、自分への贈り物を選んでくれた。それに比べて、自分は今日が何の日なのかすら忘れていた。
(我、恥ずかしい)
魔王として国を治めていた頃には、数え切れないほどの式典や記念日に目を通してきたというのに。こんなに身近で、大切な日を忘れていた。
だが、今は自分を責めている場合ではない。マオは差し出された袋を、少し緊張しながら両手で受け取った。
「そうか……ありがとう。ユウよ」
「どういたしまして!」
ユウの顔いっぱいに笑みが広がる。
「これからもよろしくね」
「…………」
その言葉に、マオも僅かに目を細めた。
(うむ。こちらこそ、よろしく頼むぞ)
そして――胸の奥で、静かに決める。
(ユウ。今度こそ、我がそなたを守ろう)
かつてのユウは、本人の意思とは関係なく魔王の世界に召喚された。何も知らないまま見知らぬ世界に放り込まれ、帰るためには魔王を倒せと言われた。あの時は、すべてが起きた後に出会った。
だが、今は違う。傍にいる。同じ世界にいる。
(もう、あの時のような目には遭わせぬ)
グオウ王国が今どうなっているのか。再びこの世界に干渉できるのか。何一つわからない。それでも――もし何かが起きたなら。
(我が守る)
それが、今のマオにできることだった。ならば。その誓いを形にしたものを渡そう。
「ユウよ」
「何?」
「手を出せ」
「手?」
「よいから出すのだ」
不思議そうにしながら、ユウが右手を差し出す。マオはポケットから、先ほど作った黒いミサンガを取り出した。
「何それ?」
「ミサンガよ。我が作った」
「マオが?」
「うむ」
正確には、つい先ほど大急ぎで作ったものだ。それは言わない。
ユウは興味深そうにミサンガを見つめている。マオはその右手首に、黒いミサンガを丁寧に結んだ。
見た目は、細い黒糸を編んだだけの飾り。だが、その一本一本にはマオの魔力が宿っている。一度だけ。本当に危険な時だけ。ユウを守るための術式が込められた、この世界に一つしかないもの。たとえマオが隣にいなくても、その身を守れるように。そんな願いを込めたものだった。
「我からもだ。これからもよろしく頼むぞ、ユウ」
「うん!」
ユウはすぐに右手を持ち上げた。手首をくるくると回しながら、黒いミサンガを何度も眺めている。その顔は、とても嬉しそうだった。マオの肩から、僅かに力が抜ける。
(よかった。喜んでくれたようだな)
店で売っている立派な品ではない。流行している物かどうかもわからない。それでも、ユウが笑ってくれた。ならば、それで十分だった。
そして、翌日。
「マオ。おはよう!」
「うむ。おはよう、ユウ」
いつものように、元気な声と共にユウがやって来た。マオが何気なく視線を向け――その右手首で止まる。黒いミサンガ。昨日渡したものが、きちんと結ばれていた。
「…………」
胸の奥が、また少しだけ温かくなる。
(うむ。嬉しい。かなり嬉しい。非常に嬉しい)
だが、その感情を顔に出すつもりはない。マオは何事もなかったように胸を張った。
(我、魔王だからな)




