第11話 我、中学生。そして始まる (10/10書き直し)
制服をスーツに変更しました。
小学校で過ごした日々の中で、マオは多くのことを学んだ。勉強だけではない。この世界の常識。人々の暮らし。スマホの使い方から始まり、漫画、科学、社会の仕組み。そして――ダンジョン。最初の頃は、何を見ても驚くことばかりだった。
だが、そんな生活にもすっかり慣れた頃、マオは小学校を卒業した。
そして、春。ついに中学生となる。
(うむ。我、成長)
この世界に生まれ落ちたばかりの頃は、声すらまともに出せず、手足を自由に動かすことにも苦労していた。それが今では、中学生。
(時の流れとは、早いものよな)
もっとも、感慨に浸ってばかりもいられない。中学校へ進学するにあたり、マオには一つの目的があった。きっかけは、以前ダンジョンハンターについて調べていた時に見つけた一文。
『正式なダンジョンハンター資格を持つ者は、原則として公共の場でも武器の携行が認められ、緊急時には武器および魔法の使用が許可される』
その一文を見つけた時、マオはスマホの画面を何度も読み返した。
(武器の携行。それに、魔法の使用……)
マオが今、この世界で何より警戒しているもの。それは――グオウ王国。かつてユウをこの世界から強引に召喚し、魔王を倒せば元の世界に帰れると吹き込んだ国だ。
今のところ、グオウ王国が再びこの世界に干渉してきた様子はない。そもそも、世界そのものが違う。そう簡単に行き来できるとは思えないし、世界を揺るがすほどの干渉など容易にできるものでもない。そう考えていた。
だが――絶対とは言い切れなくなっている。この世界では、マオが生まれる以前から魔法の存在が確認されていた。そして今では、魔法を使える者も少しずつ増えている。何故、この世界に魔法が存在するのか。その原因も、未だわかっていない。
そして、以前ユウが誘拐されたと勘違いした時、マオは一つのことに気づいた。元の世界で勇者と出会った時、ユウは今より遥かに成長していた。だから無意識のうちに、グオウ王国に召喚されたのも、それに近い年齢になってからだと思い込んでいた。
だが――本当にそうなのか。マオは、ユウがいつ召喚されたのか知らない。幼い頃に連れ去られ、そのまま長い時間をかけて訓練を受けた可能性もある。あるいは、まだこれからなのかもしれない。少なくとも、マオが知る元の歴史では、ユウはいずれグオウ王国に召喚される。
(もう二度と、油断はせぬ)
一度でも世界を越えてユウを召喚した者たちだ。どのような魔法を使ったのか。どうやって異世界に干渉したのか。そして、召喚魔法を成立させるために必要な生贄を、どうやって用意したのか。マオにも未だわかっていない。
(ならば、警戒するに越したことはない。それならば、ハンターになる方が都合もよい)
マオ自身には魔法がある。魔王だった頃の力も、一部を除いて残っている。だが、この世界で何か起きた時、何の資格もない人間が公共の場で武器や魔法を好き勝手に使えば、ただでは済まない。その点、正式なダンジョンハンターとなり、武器を携行し、必要な状況では魔法を使用できる公的な立場を得ておけば話は違う。
(使えるものは使う。それでよい)
この世界の制度が利用できるのであれば、利用すればいい。
そして、理由はもう一つ。
(それに、調べるにはうってつけよな)
ダンジョンマスター。元の世界でマオが持っていた力の一つであり、現在は失われている能力。
博から聞いた話では、世界中に出現しているダンジョンは、マオが知るものとあまりにもよく似ていた。入口。内部の構造。モンスター。そして、出現した時期。マオは、この世界のダンジョンと、自分が失ったダンジョンマスターの力に何らかの関係があるのではないかと疑っている。
もちろん、マオ自身はまだこの世界のダンジョンに入ったことがない。実物を見てもいない以上、確かな証拠など何一つない。だが――もし本当に、自分が失った力が関わっているのだとすれば。
(我に、責任がある)
何か問題が起きるのであれば、自分で確かめる。そして、自分にできることがあるなら対処する。かつて一国を治めていた者として、自分の力が原因かもしれない問題を放置するつもりはなかった。
(我、魔王。姿が変わろうとも、それは変わらぬ)
そう考えたマオは、ダンジョンハンターについてさらに調べた。そして知ったのが、この春から新たにダンジョン科を設ける中学校の存在だった。通常の教科に加え、ダンジョンやモンスター、ハンターとして活動するために必要な知識と技術を専門的に学ぶ。将来のダンジョンハンターを育成するための、新しいカリキュラム。
マオにとっては、願ってもない環境だった。迷う理由などない。すぐに受験を決め――見事に合格。
(我、合格!)
合格通知を受け取った時も、表面上は平静を保っていた。だが、心の中では違う。
(フハハハハハッ!我、魔王だからな。この程度の試験で落ちては、魔王の名が廃る!)
ここまでは、すべて想定どおりだった。問題は――完全なる想定外が一つ。
受験当日。試験会場を訪れたマオは、そこで見慣れた少女を見つけた。
「…………」
ユウだった。
「ユウよ。何故、おぬしがおる?」
「え?ハンターに興味があったからだけど」
「…………」
聞いていない。本当に何も聞いていなかった。
もっとも、それはマオも同じだ。マオ自身、ダンジョン科を受験することをユウには黙っていた。互いに黙ったまま、同じ学校を選び、同じ試験会場で鉢合わせたことになる。
(何故こうなる?)
とはいえ、今になって思えば、兆候はあった。以前、博からダンジョンについて話を聞いた時、ユウはダンジョンハンターという存在に強い興味を示していた。
(あの時の嫌な予感……見事に当たったではないか)
そして、二人揃って合格。
迎えた入学式当日。真新しいスーツに身を包んだマオとユウは、校舎入口に設置されたクラス分けの掲示板を見上げていた。
この学校のダンジョン科は、少し特殊な編成となっている。一クラス最大五名。A組からG組、そしてS組までの八クラス。最大40名。しかし、今年の合格者は37名だった。
(定員割れか)
試験を受けた者は多かった。それでも補欠合格を出さなかったということは、定員を埋めるためだけに合格基準を下げるつもりはないのだろう。
(なかなか厳しいの)
将来、命に関わる仕事に就く者を育てるのだ。その判断自体は理解できる。だが――。
「マオ。同じクラスだね!」
「…………」
隣で、ユウが嬉しそうに笑っていた。その右手首では、黒いミサンガが揺れている。以前、マオが贈ったもの。今でも大切に身につけてくれているらしい。マオの視線が、ほんの一瞬だけそこに止まった。
(まだ付けてくれておるのだな)
嬉しい。かなり嬉しい。だが。
(今、問題なのはそこではない)
マオは改めて掲示板に視線を戻した。S組。そこに書かれている名前は――。
天神魔王。白崎優紗。以上。
「…………」
(我とユウだけ?)
A組からG組までは、それぞれ五名。そして、S組だけ二名。合計37名。計算は合っている。だからこそ、わからない。
(37名ならば、もう少し均等に分けることもできたのではないか?)
四名のクラスを増やすなり、分け方はいくらでもある。何故、S組だけ二人なのか。しかも、A組からG組まで続いているのに、最後だけH組ではなくS組。
(何か意図があるのか……?)
掲示板を睨みながら考える。
(我、困惑)
「よう」
背後から声が聞こえた。だが、マオの耳には入っていない。
(同じクラスにユウがおる。それ自体は、守るという意味では都合がよい)
「おい」
(近くにいれば、何か起きた時にもすぐ動ける。しかし、何故二人だけなのだ?)
「返事しろよ!」
まだ気づかない。
(……待て。見方を変えれば、ユウに残っている勇者の力を確認する機会にもなるのでは?)
現在のユウは、勇者だった頃の記憶をほとんど失っている。だが、力まで失ったわけではない。幼い頃から、普通の人間とは明らかに違う身体能力を何度も見せている。ユウ自身も、自分が人並み外れていることには気づいている。だが、その力がどこまでのものなのか、正確には理解していないはずだ。
「おいって!」
(ならば、我が確認しながら、少しずつ力の使い方を教えてやればよいのではないか?)
そして、もう一つ。魔法。これまでマオは、自分が魔法を使えることを隠してきた。そのため、ユウに魔法について詳しく話すことも避けている。だが、この学校のダンジョン科では、魔法について学ぶ科目も用意されている。それを知った時から、マオは密かに期待していた。
(勇者としての力が残っておるなら、魔法にも何らかの才があるかもしれぬ)
確かめる価値はある。しかも、S組は二人だけ。他の生徒に余計な詮索をされる心配も少ない。
(むしろ好都合ではないか?うむ。我、名案!)
「無視するな!」
「む?」
ようやく思考の沼から意識を戻した時には、背後に一人の少年が立っていた。同じ新入生らしい。かなり怒っている。だが、マオには理由がわからない。
(なんぞ?我、考え中なのだが)
「さっきから呼んでんだろ!」
「ああ。すまぬ。我、考え事をしておった」
「だったら、こっちを向け!さっきから声かけてんのに、その態度は何なんだよ!」
少年が苛立った様子で近づき、マオの肩を掴もうと手を伸ばした。
その瞬間。身体が先に動いた。伸びてきた手首を掴む。踏み込んできた勢いを利用して身体を崩し、そのまま軽く投げる。
「うおっ!?」
「マオ!」
少年とユウの声が重なった。少年の身体は掲示板脇の植え込みに突っ込み、咲いていた花が大きく揺れる。舞い上がった花びらが、春の風に乗って宙を漂った。
「…………」
マオは一度だけ、その光景を見る。
(児戯よな)
そして、それで終わった。植え込みの中で呆然としている少年には、それ以上目も向けない。
「ユウよ。行くぞ」
「へっ?いいけど……マオ。あれ、ほっといていいの?」
「む?」
マオは首を傾げた。
(何がだ?)
ユウが何とも言えない顔で、後ろの植え込みを指す。だが、マオはすでに歩き始めていた。ユウは植え込みとマオを交互に見た後、申し訳なさそうに少年へ小さく頭を下げ、慌てて後を追う。
春の風が吹き抜け、校庭に咲く桜の花びらを舞い上げた。
新しい学校。ダンジョン科。ユウの力。そして、自分の失ったダンジョンマスターの力についても、何かわかるかもしれない。
(考えることが山ほどあるの)
その足取りは、自然と少し軽くなった。
(我、楽しみ)
まずは入学式。二人は体育館に向かった。
体育館に入ると、すでに新入生たちが集まり始めていた。人数そのものは少ないが、それぞれ胸にリボン記章を付け、教師たちの案内に従って指定された席へ向かっている。後方の保護者席にも、次々と人が集まっていた。
マオとユウも受付を済ませ、胸に記章を付けてもらう。そのまま案内された椅子に腰を下ろし、しばらく待っていると、やがて入学式が始まった。
式は滞りなく進み、壇上では校長が祝辞を述べている。マオも大人しく聞いていた――のだが。
「…………」
途中から、どうしても別のところに目が向いてしまった。
(校長の頭……光っておるな)
体育館の照明を受け、実に見事な輝きを放っている。
(うむ。存分に磨かれておる)
何故そのようなところが気になるのか。自分でもよくわからない。だが、一度気になると目が離せない。
そんなことを考えている間に校長の祝辞が終わり、体育館に拍手が広がった。校長が壇上を降りると、今度は司会の声が響く。
「続いて、誓いの言葉。一年A組、佐々木龍雅君」
(新入生代表か)
マオは何気なく、壇上へ向かう少年に視線を向けた。
「…………?」
どこかで見たような気がする。だが、それよりも気になることがあった。
(何故、あれほどスーツが汚れておる?)
一目でわかるほど、真新しいスーツのあちらこちらに土が付いていた。髪も一応は整え直したようだが、所々が僅かに乱れている。周囲の新入生や保護者からも、不思議そうな視線が集まり、小さなどよめきまで聞こえてきた。
入学式。しかも、新入生を代表して誓いの言葉を述べる者だ。その少年が、何故あのような姿なのか。
(我、理解不能)
そして、佐々木がマオたちの前を通った時、視線がぶつかった。
「…………」
鋭い。明らかに怒っている。しかも、その怒りは間違いなくマオに向けられていた。
(何故だ?)
マオは小さく首を傾げた。まったく心当たりがない。佐々木は足を止めることなく、そのまま壇上へ向かった。
(まあ、よいか)
大したことではないだろう。そう思った、その時。
「む……」
別の感覚が、マオの意識に触れた。魔力。それも、自分とは僅かに質の違う魔力。ごく微弱ではあるものの、この体育館のどこかで確かに流れている。マオは表情を変えないまま、そっと意識を周囲に広げた。
(なんぞ、この魔力?)
魔族のものとは少し違う。どちらかといえば、元の世界で接した人間たちの魔力に近い。誰かから漏れ出した魔力が、体育館の空気に薄く溶け込んでいる。しかも――。
(冷たい?)
空調の効いた体育館では気づきにくい。だが、魔力を感じ取れるマオにはわかった。ある一点。そこだけ、周囲より僅かに空気が冷えている。
(この中に、すでに魔力を扱える者がおるのか?新入生か?それとも……)
相手に気づかれないよう、慎重に反応を辿っていく。もう少し。あと少しで、出所が――。
「……一年A組、佐々木龍雅」
体育館に拍手が広がった。
「む?」
マオが顔を上げる。佐々木が一礼し、壇上から降りていくところだった。
「…………」
(聞き逃した)
どうやら魔力に集中しすぎて、新入生代表の誓いの言葉を丸ごと聞き逃したらしい。
そして佐々木は、再びマオたちの前を通る。案の定。睨まれた。
(だから、何故我を睨む?)
「マオ。あれって……」
「わからぬ。ユウは何か知っておるか?」
「……いや。マオがわかってないなら、もういいかな」
「?」
ユウが呆れたような顔をしている。
(なんぞ?)
まあ、大したことではあるまい。
(それより今は、魔力の出所よ)
マオは再び意識を周囲に向けた。しかし。
「それでは、それぞれのクラス担任が皆様を教室まで案内します」
(む。終わってしまったか)
どうやら、ゆっくり探っている時間はなさそうだ。A組から順番に、担任の案内で体育館を出ていく。A組。B組。C組。次々と名前が呼ばれ、生徒たちが退場していった。
そして、マオたちはS組。
「…………」
(やはり気になるな)
A組からG組まで続いている。それなのに最後だけ、H組ではなくS組。しかも二人しかいない。
(絶対に何かあるよな?)
だが、今ここで考えても答えは出ない。いずれ説明されるだろう。
そう思いながら待っていると、A組の生徒たちが二人の前を通った。その中には、先ほどの佐々木もいる。そして――。また睨まれた。
「…………」
(佐々木殿。いい加減、少し鬱陶しいぞ。理由もなく睨まれても困る)
無論、その原因を作ったのはマオ自身である。入学式直前、声を掛けてきた少年を植え込みに投げ飛ばし、そのまま放置した。
ただし。肝心のマオは、考え事に夢中だったせいで、先ほど投げた少年と目の前の佐々木が同一人物だとまるで気づいていない。
「では最後。S組の担任、千葉茂雄先生」
「む?」
名前を呼ばれ、一人の男性が前に出た。その姿を見た瞬間、マオの目が僅かに見開かれる。
(こ奴か。魔力の出所は)
まだ若い男性だった。髪はきちんと整えられ、落ち着いたスーツ姿。立ち方にも無駄がなく、周囲を見渡す視線もどこか鋭い。
そして何より――。間違いない。先ほどから感じていた魔力。周囲に漂う、ごく僅かな冷気。その中心にいるのが、この男だった。
(我らの担任が出所であったか)
千葉茂雄。マオはその名前を頭の中に刻んだ。
「起立」
「…………」
低く、落ち着いた声が体育館に響く。
(おお。良い声よな。声優でも通じるのではないか?)
どうでもいいことを考えながら、マオはユウと共に立ち上がった。
「私に続いてください」
千葉はそれだけ告げると、迷いのない足取りで体育館の出口へ向かう。二人も、その後に続いた。
保護者席から送られる拍手の中を歩きながら、マオは何気なくそちらに視線を向ける。すぐに両親を見つけた。
「…………」
博が泣いている。目元を押さえながら、それでも嬉しそうな顔でこちらを見ていた。そして、その隣。ユウの父である仁まで、目元を赤くしている。
(父上。仁殿。そう泣くでない)
まだ入学したばかりだ。卒業ではない。
(いささか泣きすぎぞ)
一方、母の由紀はというと――。
「…………」
泣いていない。その代わり、猛烈な勢いで手を動かしていた。膝の上には大きめのメモ帳。体育館全体を見渡しては何かを書き込み、時折、簡単な絵まで描いている。
(母上。何をしておる?)
少し考える。だが、答えはすぐに出た。
(そうか。漫画の資料か)
娘の入学式。その最中ですら周囲を観察し、記録し、使えそうなものを拾っていく。マオの口元が僅かに緩んだ。
(うむ。流石は我が母上。まさに漫画家よな)
涙を浮かべる博。その隣で、ひたすら資料を取る由紀。あまりにも対照的な両親の姿に、マオは小さく笑う。そしてユウと共に千葉の後を追い、体育館を後にした。
新しい学校。たった二人のS組。魔力を感じる担任。そして、何故か自分を睨み続ける佐々木龍雅。わからないことばかりだった。だが――。
(さて。何が始まるのだろうな)
不安よりも、期待の方が大きい。マオの新しい学校生活は、こうして始まった。




