第11話 我、中学生。そして始まる
制服をスーツに変更しました。
我は、小学校へ通う中で様々なことを学んだ。
勉強だけではない。
この世界の常識。
人間たちの暮らし。
スマホの使い方から始まり、漫画、科学、社会の仕組み、そしてダンジョンという存在。
最初は驚くことばかりだったが、気づけば我も、この世界で生きることに随分と慣れたものだ。
そうして月日は流れ――。
我は、小学校を卒業した。
そして、春。
ついに中学生となる。
うむ。
我、成長。
この世界へ生まれ落ちた時には、声すらまともに出せず、手足を動かすことにも苦労していたというのに。
今では中学生。
時の流れとは、早いものよな。
そして、中学校へ進学するにあたり、我は一つの決断を下した。
きっかけは、ダンジョンハンターについて調べていた時に目にした、ある文言。
『正式なダンジョンハンター資格を持つ者は、原則として公共の場でも武器の携行が認められている』
…………。
武器の携行。
我は、その一文を何度も読み返した。
我がこの世界で何より警戒していること。
それは――。
グオウ王国が、再びユウへ手を伸ばすことだ。
正確には、あのクソ王国がこの世界へ干渉し、ユウを拉致しようとすること。
それだけは、何としても阻止せねばならぬ。
今のところ、グオウ王国がこの世界へ干渉してきた様子はない。
そもそも、世界そのものが違う。
簡単に来られるとは思えぬ。
だが――。
絶対とは言い切れぬ。
我は、勘違いとはいえ一度油断しておる。
だからこそ、もう二度と同じ失敗はせぬよう気を引き締めねばならない。
それに、一度はユウを異世界へ召喚した奴らだ。
召喚魔法をどのように成立させたのか。
そして、必要な生贄をどうやって用意したのか。
我にも未だわかっておらぬ。
ならば、警戒しておくに越したことはない。
我自身には魔法がある。
力も残っておる。
だが、この世界で何か起きた時、大っぴらに魔法を使えば騒ぎになるだろう。
その点、ダンジョンハンターという立場を得て、正式に武器の携行が許されるのであれば――。
使える。
我、そう判断。
使えるものは、使っておこうではないか。
その方が、元の世界の我の首も安心よな。
それに、理由はもう一つある。
ダンジョン。
あれが、本当に我の魂から切り離された力によって生まれたものだとするならば……。
我には、その行く末を見届ける責任がある。
いや。
見届けるだけでは足りぬな。
何か問題が起きるのであれば、我自身で対処せねばならぬ。
我、魔王としての責任。
魔王国を治めていた頃であれば、我の力によって起きた問題を放置するなど考えられぬことだった。
ならば、今も同じ。
我、魔王。
姿が変わり、中学生になろうとも、それは変わらぬ。
そう考えた我は、ダンジョンハンターについてさらに調べた。
その第一歩として、学べる場所はないものかと探していると、この春から新たにダンジョン科を設ける中学校があることを知ったのだ。
普通の中学校とは違い、通常の教科に加え、ダンジョンやハンターに必要な知識と技術を学ぶための専門科目が用意されているらしい。
我としては、願ってもない環境。
そうして我は、その中学校の入学試験を受け――。
我、合格!
うむ。
当然。
我、魔王だからな。
この程度の試験で落ちるようでは、魔王としての名が廃る。
そう。
ここまではよかった。
問題は――。
完全なる想定外が、一つ。
ユウの奴も受験しておった。
しかも。
当然のように合格しておった。
…………。
ユウよ。
何故、おぬしまでここにおる?
我、聞いておらぬぞ。
いや。
確かに以前、父上からダンジョンの話を聞いた時、ダンジョンハンターという言葉に興味を示しておった。
あの時の嫌な予感。
見事に当たったではないか。
そして、入学式当日。
我とユウは、校舎入口の前に設置されたクラス分けの掲示板を見上げておった。
この学校のダンジョン科は、少し特殊な編成となっている。
一クラス、最大五名。
それが八クラス。
つまり、最大で40名。
だが、今年の合格者は――。
37名。
…………。
三人足りぬ。
まあ、試験の合格基準が高かったらしいからな。
定員を満たすために、無理やり基準を下げるようなことはしなかったのだろう。
何せ、将来は命に関わる仕事へ就く者もおる。
そこは理解できる。
理解できるのだが……。
我は目の前の掲示板を見上げたまま、しばらく動けなかった。
「マオ。同じクラスだね!」
隣で、ユウが嬉しそうに笑っておる。
その右手首には、あの日に我が贈った黒いミサンガ。
今でも大切に身につけてくれておるのだな。
…………。
うむ。
それは嬉しい。
非常に嬉しいのだが。
今、問題なのはそこではない。
確かに、我とユウは同じクラス。
そこはよい。
いや、よいのだが……。
問題は、その下。
我はもう一度、自分たちのクラス欄を見る。
そこに書かれている名前。
天神魔王。
白崎優紗。
…………。
以上。
…………。
我とユウ。
二人だけ。
他のクラスには、五人ずつ名前が並んでおる。
だというのに、我らのクラスだけ――。
二人。
…………。
待て。
37名なら、もう少し均等に分けることもできたのではないか?
何故、我とユウだけ二人なのだ?
…………。
我、困惑。
これは、本当に普通のクラス分けなのか?
「よう」
…………。
我、悩み中。
これは、良かったと思うべきか。
それとも、しまったと思うべきか。
「おい」
同じクラスにユウがおる。
近くにいれば、何かあった時にもすぐ守れる。
我がこの学校へ来た目的の一つを考えれば、それは大きな利点だ。
「おいって!」
それに、あわよくばユウへ力の使い方を教える機会もあるだろう。
今のユウは、かつて勇者だった頃の記憶こそほとんど残っておらぬが、その力まで失ったわけではない。
本人も、自分がどこまで何をできるのか、まだ完全には理解しておらぬだろう。
ならば。
うむ。
これを機会に、我が少しずつ教えてやればよいのではないか?
「無視するな!」
そういえば、魔法についてはどうなのだろうな。
これまでは我が魔法を使えることを隠していたため、ユウへ魔法の話を持ち出すわけにもいかなかった。
だが、ここはダンジョン科。
勇者としての力が残っておるのなら、魔法にも何らかの才があるかもしれぬ。
試してみる価値はある。
そう考えれば――。
これは、むしろ好都合なのではないか?
いや。
良い。
我、名案!
二人しかおらぬのなら、ユウの力を確かめる機会も作りやすいだろう。
少なくとも、他のクラスメイトに知られる心配はない。
ユウの力を確認し、必要ならば使い方を教える。
場合によっては、我の魔法についても少しくらいなら見せられるかもしれぬ。
うむ。
悪くない。
むしろ、かなり良い環境なのでは?
「いい加減にしろや!」
…………。
先ほどから、何やらやかましいな。
だが、今は大事なことを考えておるのだ。
児戯に付き合っている暇はない。
そんな拳を振り回しおって、邪魔にしかならぬ。
我は向かってきた拳を軽く受け流し、その勢いのまま少年を脇の植え込みへ転がしておいた。
うむ。
これで静かになったな。
「ユウよ。行くぞ」
「いいけど、マオ。ほっといていいの?」
何がだ?
我は首を傾げながら、ユウを見る。
何故、そのような顔をしておる?
それよりも、これからの方が大事だ。
新しい学校。
ダンジョン科。
そして、ユウの力についても確かめられるかもしれぬ。
考えるべきことは山ほどある。
うむ。
まずは、さっさと入学式を終えてしまおうではないか!
そうして、我はユウと共に入学式へ挑むこととなった。
体育館には新入生たちが整然と並び、その後方には保護者たちの姿もある。
そして、壇上では校長が話を続けておった。
…………。
校長の頭。
光っておるな。
体育館の照明を受け、実に見事な輝きを放っておる。
うむ。
存分に磨かれておるわ。
我、感心。
「続いて、誓いの言葉。一年A組、佐々木龍雅君」
ふむ。
新入生代表か。
佐々木とやら。
我は壇上へ向かう少年へ何となく視線を向け――。
…………。
おや?
どうして、そんなに土にまみれておる?
スーツのあちらこちらには土が付き、髪も少し乱れておる。
周囲の者たちも、驚いたように佐々木殿を見ておるではないか。
入学式。
しかも、新入生を代表して誓いの言葉を述べる者が、何故そのような姿をしておるのだ?
我、理解不能。
それよりも気になるのは――。
何故か、こちらへ向けられている視線。
怒り。
屈辱。
そして、何やら強い恨みまで混ざっておるような……。
…………。
何故だ?
我、理解不能。
まあ、よい。
今は別のことが気になる。
我は僅かに眉を寄せ、体育館の中へ意識を向けた。
…………。
なんぞ、この魔力?
誰かから、僅かに魔力が漏れておる。
しかも、ただ漏れているだけではない。
周囲の空気へ薄く広がり、冷気へ変わっておるではないか。
空調の効いた体育館だから気づきにくいが、間違いない。
僅かではあるものの、その者の周囲だけ空気がさらに冷えておる。
なんぞ、あの御仁は?
我以外にも、魔力を扱える者がおるのか?
いや。
まだ魔法と決まったわけではないか。
だが、この感覚。
我が元の世界で扱っていた魔力とよく似ておる。
ふむ。
我、気になる。
「……一年A組、佐々木龍雅」
おお。
いつの間にか終わっておったわ。
我が先ほど感じた魔力へ気を取られている間に、佐々木殿の誓いの言葉は終わってしまったらしい。
周囲から拍手が送られる中、佐々木殿が壇上を降りていく。
「マオ。あれって……」
「どうした、ユウ」
「……いや。マオが気にしてないならいいよ」
なんぞ?
我、何かしたか?
ユウは少し呆れたような顔をしておるが、何故なのかわからぬ。
まあ、よい。
それよりも我は、先ほど感じた魔力の方が気になる。
「それでは、それぞれのクラス担任が皆様を教室まで案内します」
お。
ようやく終わりか。
どうやらA組から順番に体育館を出ていくらしい。
我らはS組。
…………。
A組からG組まで続いておるのに、何故最後だけH組ではなくS組なのだ?
やはり、このクラス分けには何か理由があるのかもしれぬな。
まあ、今ここで考えても答えは出ぬか。
我らは最後。
しばらく待つことになりそうだな。
それにしても……。
佐々木殿。
何故、退場する時まで我を睨んでおる?
どうでもよいが、ちと鬱陶しいぞ。
そのように睨まれても、我には理由がわからぬ。
「では最後。S組の担任、千葉茂雄先生」
む?
前へ出てきた男性を見た瞬間、我は僅かに目を見開いた。
おお。
先ほど魔力を感じた御仁ではないか。
我らの担任だったのか。
千葉茂雄。
ふむ。
覚えておこう。
「起立」
おお。
渋い声をしておるな。
低く落ち着いた声が、広い体育館の中でもよく通る。
我とユウは席を立った。
「私に続いてください」
千葉先生はそれだけ告げると、迷いのない足取りで体育館の出口へ向かって歩き始める。
我らもその後へ続き、保護者たちから送られる拍手の中を進んでいった。
ふむ。
中学校の入学式というものは、このような感じなのだな。
我は歩きながら保護者席へ何気なく視線を向けた。
…………。
父上。
そう泣くでない。
まだ入学したばかりぞ。
卒業ではないのだから、そこまで泣かずともよかろう。
そして、母上。
何故、その隣で必死にメモを取っておる?
しかも、時折こちらを見ては、素早く何かを描き込んでおるではないか。
…………。
なるほど。
漫画の資料か。
入学式という機会すら逃さず、観察し、記録しておるのだな。
うむ。
流石、我が母上。
実にしたたかよな!




