第86話 我、本免会場へ
【更新再開のお知らせ】
お休みをいただき、ありがとうございました。
本日より更新を再開いたします。
しばらくは体調を整えつつ、無理のないペースで更新していければと思っております。
また、何度も更新時間を変更することになってしまい、申し訳ございませんでした。
今後の更新時間は、
『バハムート宇宙を行く』
8時更新
『魔王と勇者 ~我、異世界転生した!~』
20時更新
こちらで進めていければと思います。
これからもよろしくお願いいたします。
8月。
夏も本番を迎え、外へ出ただけで身体にまとわりつくような暑さ。
我、げんなり。
空には雲もほとんどなく、朝から容赦なく照りつける日差しが道路を焼いておる。
その炎天下。
我とユウは、それぞれのバイクを走らせていた。
向かう先は東京。
いや。
我らも東京に住んでおるから、東京へ向かうというのは少しおかしいか。
正確には都心。
目的は一つ。
ハンターの仮免を卒業し、正式なダンジョンハンターとなるため。
本免許の試験ぞ。
あの一周年記念の宴から今日まで、千葉先生に言われたとおり、我らは過去の訓練映像を何度も見返した。
座学も復習した。
戦闘中の動き。
互いの位置。
装備の管理。
休憩の取り方。
判断を誤ったところも、上手くできたところも、一つずつ確認してきた。
正直。
もう映像は見飽きた。
特に我が失敗しておる場面を何度も見せられるのは、精神的になかなか堪えるものがあったぞ。
だが。
今日でそれも終わる。
受かれば、だがな。
…………。
いや。
受かる。
ここまで来て落ちるつもりなど、毛頭ない。
我、魔王ぞ。
そして隣を走るのは元勇者。
…………。
こう考えると、落ちたらかなり恥ずかしいよな。
それはさておき。
暑い!
流石に、この炎天下でのバイク移動はきついの。
走っておれば風は当たる。
だが、その風まで生温い。
信号で止まれば、途端に周囲の熱気が押し寄せてくる。
道路から返ってくる熱。
周囲の車から漂う熱。
そして頭上から降り注ぐ日差し。
…………。
我、溶けそう。
長距離を走った鳥取行きとは違う意味でつらいぞ。
しかも。
地元ではあるが、我は未だに都心をバイクで走るのが少し怖い。
車が多い。
道も多い。
車線も多い。
右へ行くのか。
左へ行くのか。
気を抜いておると、目的の道を通り過ぎそうになる。
ナビがあるからどうにかなっておるが、これを何も見ずに走れと言われたら。
…………。
我、無理。
元魔王でも無理なものは無理ぞ。
「マオ。そろそろだよ」
インカム越しにユウの声が聞こえてくる。
「うむ。見えておる」
ナビに表示されている目的地まで、あと僅か。
やがて我らは交通の流れに合わせながら進み、指定されていた場所に近づいていく。
「築地か」
旧築地市場の跡地近く。
そこにあるのが、今回の本免試験会場。
ダンジョンハンター協会本部だ。
我も名前くらいは知っておったが、実際に来るのは初めてぞ。
「マオ。駐車場どうしようか?」
「案内ではビルの地下駐車場となっておるぞ」
「ならいいか。シートが熱くならないね」
「そうであるな」
そこ。
重要。
非常に重要ぞ。
真夏のバイク。
特に日向に長時間停めた後のシート。
あれは危険。
暑いではない。
熱いのだ!
何も考えずに跨がろうものなら、思わず腰を浮かせることになる。
我。
一度やった。
あの時は危うく叫ぶところであった。
魔王の威厳が失われかねぬほどの熱さぞ。
故に地下駐車場。
素晴らしい。
我、大歓迎。
案内に従って地下へ続く通路を進むと、それまで身体を包んでいた強烈な日差しが途切れた。
おお。
涼しい。
無論、冷房の効いた室内ほどではない。
それでも、直射日光がないだけで随分と違う。
我、生き返る。
我とユウは指定されていた区画までバイクを進め、それぞれ決められた場所に停めた。
エンジンを切る。
先ほどまで身体に伝わっていた振動が消え、地下駐車場の静けさが戻ってくる。
ふう。
到着。
我はバイクから降り、ヘルメットを脱ぐ。
中に籠もっていた熱気が一気に逃げていくの。
「はぁ……」
思わず息が漏れた。
流石は地下。
少し涼しいの。
我が髪を軽く整えていると――。
「来たな」
む?
聞き慣れた声。
顔を向ければ、少し離れた場所に千葉先生が立っておった。
「先生。早いの」
「おはようございます」
ユウもヘルメットを脱ぎながら頭を下げる。
「ああ。おはよう」
千葉先生。
そして。
「おはよう。二人とも」
その隣。
見慣れた女性が、我らに向かって軽く手を上げた。
「おはようございます。大林先生」
「おはよう。しかし、なぜ?」
我は思わず首を傾げる。
千葉先生がおるのは分かる。
我らをここまで指導してきた御仁だ。
それに今日は本免試験当日。
預けておる武器もあるし、ここにおっても何ら不思議ではない。
だが。
何故、大林先生まで?
二人の傍らには、見覚えのあるケースまで置かれておる。
我のシールドクローを収めた二つの黒いケース。
そして、ユウのセイヴェリアを収めた青い長剣用ケース。
試験で使うため事前に預け、運んでもらった我らの装備ぞ。
無論、登録銃は別。
我の魔王も、ユウのグロック19も、規則どおりそれぞれ本人が管理しておる。
しかし。
千葉先生はともかく。
大林先生。
本当に何故?
「今日、私が試験官なの」
…………。
「そうであるか」
なるほど。
それならここにおるのも当然。
「そうなの」
大林先生はにこりと笑った。
普段と変わらぬ柔らかな笑み。
だが。
「見せてもらうわよ。二人とも」
我とユウに向けられた目。
そこだけは笑っておらぬように見える。
「今まで茂雄から色々聞かされてきたけど、今日は私自身の目で、あなたたちの実力を見せてもらうから」
…………。
うむ。
何やら。
急に試験らしくなってきたの。
とはいえ。
大林先生なら我らのことも知っておる。
訓練で一緒になったことはないが、連絡先も交換しておる。頻繁ではないものの、たまに連絡を取り合い、茶を飲むくらいの仲にはなっておる。
そして、事あるごとに千葉先生のことを聞いてくる御仁。
全く知らぬ試験官を相手にするよりは、気も楽――。
「先生よ」
「ん?」
「大丈夫かの?」
我が千葉先生を見ると、何故か微妙な顔をしておった。
これは。
何かあるな?
「大丈夫と言いたいところなんだが……」
千葉先生は大林先生を横目で見る。
「こいつが試験官だからな」
「何か問題でも?」
大林先生が笑顔のまま首を傾げる。
うむ。
一見。
何の問題もなさそう。
だが。
千葉先生の顔。
明らかに何か言いたそうぞ。
「だってお前の試験で合格した奴、少ねぇだろ」
…………。
そうであるのか?
我は思わず大林先生を見る。
S3級ハンター。
腕は確か。
経験も豊富。
教師までしておった御仁。
試験官として不足があるとは思えぬ。
むしろ適任では?
「それって……」
隣にいたユウが少し不安そうに手を上げた。
「私たち、かなり厳しいってことですか?」
ユウよ。
よく聞けたの。
我もちょうど気になっておった。
ここまで来て。
『大林先生の試験は滅多に受かりません』
などと言われたら。
流石の我も少し困るぞ。
だが、千葉先生は我らを見て、すぐに首を横へ振った。
「いや」
そして。
「お前らについては、別に心配してねぇ」
「む?」
「心配なのは、お前ら以外の受験者だ」
…………。
我ら以外?
我は大林先生を見る。
大林先生は変わらず、にこやかに笑っておる。
だが。
何故だろうな。
「私の見る目は正確よ。落とすには、きちんとした理由があるの」
大林先生は、千葉先生の言葉など気にした様子もなく言い切った。
その声音に迷いはない。
自分が厳しい試験官だと言われたところで、それを否定するつもりもなさそうぞ。
「まあ、お前の目を疑ってはいねぇがな。問題は……」
千葉先生がそこで言葉を切り、何故か我とユウを見る。
…………。
何ぞ?
何故、我らを見る?
先ほど、おぬし自身が言ったではないか。
『お前らについては、別に心配してねぇ』
問題なのは我ら以外の受験者なのであろう?
ならば、その何とも言えぬ顔でこちらを見る必要はないと思うのだが。
「マオ」
む?
ユウが一歩近づき、我の耳元に顔を寄せた。
「正体がバレるのを心配してるのかも」
周囲に聞こえぬほどの小声。
我はその言葉に、なるほどと頷きかける。
そう考えれば納得よな。
今日は本免試験。
これまでの訓練とは違い、我ら以外にも受験者がおるはずだし、試験官や職員も大勢いるのであろう。
我とユウは普通の人間とは違う。
正確には、我は元魔王。
ユウは元勇者。
身体能力だけでも、普通の者から見れば少々おかしいところがあるからの。
ましてや我。
うっかり本気を出そうとすれば、面倒なことになる。
千葉先生が気にしておるのは、その辺りかもしれぬな。
「大丈夫よ」
不意に、大林先生が口を開いた。
我とユウの小声が聞こえたわけではなさそうだが、千葉先生が我らを気にしていること自体は分かったらしい。
「もしこの子たちに何かしようものなら……ふふっ」
…………。
何をする気ぞ?
大林先生は笑っておる。
いつもの柔らかな笑顔。
なのに。
何故であろうな。
最後の笑い声だけ、妙に背筋が冷える。
先ほどまで地下だから涼しいと思っておったが、それとは別の寒さが背中を抜けていった気がするぞ。
我、深くは聞かぬことにする。
世の中。
知らぬ方がよいこともあるからの。
「そういうわけで、私は先に行くわね。また試験で」
「うむ。また後ほど」
「お願いします」
大林先生は我らへ軽く手を振ると、先に駐車場の出口へ向かって歩いていく。
長い髪が背中で揺れ、その姿は普段どおり落ち着いて見えるのだが。
…………。
先ほどの笑い方だけは忘れよう。
「はぁ……まあいい」
千葉先生が大林先生の背中を見送りながら、小さく息を吐いた。
「何がよいのか我には分からぬが、我らも行くかの」
「そうだね。まだ受付とか手続きもあるし」
「ああ。俺は待機室で待ってる。お前らは受付を済ませて、指示された場所に行け」
どうやら千葉先生は、試験中に我らと一緒に行動するわけではないらしい。
当然といえば当然か。
今日は訓練ではない。
本免許を取得するための試験なのだから、いつまでも先生に横についてもらっていては意味がないよな。
千葉先生も先へ向かおうとしたが、数歩進んだところで一度足を止めた。
「いいか」
振り返った顔から、先ほどまでの気だるそうな雰囲気が僅かに消える。
「いつもどおりやれ。変に良く見せようとする必要もねぇし、普段やらねぇことをする必要もない。落ち着いてやれば、お前たちならできる」
…………。
うむ。
実に千葉先生らしい言葉よな。
頑張れとも。
絶対受かれとも言わぬ。
ただ、いつもどおり。
これまで我らを見てきた千葉先生がそう言うのであれば、余計なことを考える必要はないのだろう。
「分かった」
「はい!」
「じゃあ、後でな」
それだけ言い残し、千葉先生も大林先生の後を追うように歩いていった。
残されたのは、我とユウ。
そして。
我らの装備が収められた武器ケース。
急に静かになった気がするの。
地下駐車場の静けさの中では、遠くを走る車の音や空調設備の低い作動音まで妙によく耳に届く。
いよいよ。
本当に我らだけで試験を受けるのだな。
「マオ」
「なんぞ?」
隣を見る。
ユウが少しだけ腹の辺りを押さえておった。
「なんか緊張してきた」
「珍しいの。ユウが緊張するとは」
我、少し驚き。
これまでの訓練。
銃を撃つ時も。
ダンジョンへ入る時も。
モンスターを相手にする時でさえ、ユウが緊張しておる姿などほとんど見た記憶がない。
むしろ我の方が色々と考えすぎることが多かったくらいぞ。
「うん。なんかね。こう……お腹の辺りが、ぐってなってる」
「…………」
お腹の辺り。
ぐっと。
我はユウの顔を見る。
別に顔色が悪いわけではない。
呼吸が乱れている様子もなし。
ただ。
腹を押さえておる。
「……それは空腹なのでは?」
「…………」
ユウが固まった。
そして、自分の腹を見る。
「……そうかも」
…………。
ユウよ。
我。
少し安心したぞ。
試験前の重圧に押し潰されそうになっているわけではなかった。
ただ腹が減っておっただけ。
実にユウらしい。
「後で、母上が持たせてくれたおにぎりを一つやる」
「ホント!?」
先ほどまで不安そうだった顔が、一瞬で明るくなる。
「ならイケルイケル!」
…………。
おにぎり一つで元気になりおった。
何という単純さ。
いや。
これくらいの方がよいのかもしれぬな。
試験前からあれこれ考えすぎて身体を固くするより、腹が減ったと騒いでいるくらいがユウらしい。
我も少し肩の力が抜けた。
「さて」
いつまでも駐車場に立っておるわけにもいかぬ。
我は足元に置かれていた二つの黒いケースに手を伸ばす。
中には我のシールドクロー。
これまで何度も我を守り、我と共にダンジョンを攻略してきた武器ぞ。
今日は訓練ではない。
正式なハンターになるための試験。
だが。
やることは変わらぬ。
我は我のできることをするだけ。
ケースを持ち上げ、隣に視線を向ける。
ユウもセイヴェリアを収めた青いケースを手にしておった。
「行こうか」
「うん!」
我も頷き、協会本部へ続く入口に視線を向けた。
仮免を取ってから今日まで。
鳥取。
富士樹海。
岩手山。
高尾山近くのダンジョン。
他にも、千葉先生と共に様々な訓練を重ねてきた。
失敗もした。
怒られもした。
罠にもかかった。
水を被ったり。
脛を叩かれたり。
ゴブリンを殺戮ブーメランでまとめて倒してしまったり。
…………。
最後のは少し違うか。
まあよい。
全て。
今日のために積み重ねてきたものぞ。
我はケースを握る手に僅かに力を込め、ユウと並んで歩き出す。
さあ。
いよいよぞ。
我らが正式なダンジョンハンターになれるかどうか。
本免試験。
挑んでやろうではないか。




