第85話 我、宴に耳を澄ませる
【お休みと更新回数変更のお知らせ】
いつも作品を読んでいただき、本当にありがとうございます。
来週の更新はお休みさせていただきます。
更新は8月31日より再開いたします。
それと、申し訳ございませんが、しばらく通院が必要となったため、再開後は更新回数を少し減らさせていただければと思います。
『バハムート宇宙を行く』
8時更新
『魔王と勇者 ~我、異世界転生した!~』
20時更新
しばらくはこちらのペースで進めていく予定です。
体調が良くなりましたら、また少しずつ更新回数を増やしていければと思っております。
楽しみにしてくださっている皆様には、何度も更新予定を変更することになってしまい、本当に申し訳ございません。
ご不便をおかけいたしますが、ご理解いただけますと幸いです。
これからも『バハムート宇宙を行く』『魔王と勇者 ~我、異世界転生した!~』をよろしくお願いいたします。
「俺は認めてない」
うむ。
そう言っておったのにの。
それから少しして、仁殿が作った料理が次々とテーブルに運ばれてきた。
肉料理に魚料理。
色鮮やかな野菜。
一口で食べられるよう小さく作られたものも多く、テーブルの上は瞬く間に料理で埋まっていく。
漂ってくる香りだけで、先ほどまで刀や本免試験の話をしていた皆の意識が一斉にそちらに向いたほどぞ。
そして。
酒。
これが入ると、人というものは変わるよな。
我も元魔王。
酒はよく嗜んでおった。
何せ、王ともなれば祝いの席や他国からの客人を招いた宴席で酒を飲む機会も多かったからの。
無論、それだけではない。
我、普通に酒が好きだった。
気に入った酒を見つければ、瓶どころか樽で買い、誰にも見つからぬようこっそり保管して楽しんでおったものよ。
…………。
ただ。
何故か、やけに減りが早かった。
我しか知らぬはずの場所に隠しておったのに、次に見た時には明らかに量が減っておる。
最初は蒸発でもしたのかと思った。
酒とは、そういうこともあるのかとな。
…………。
いや。
犯人。
どう考えてもモロイよな?
高級な茶葉も菓子も見つけおったのだ。
酒だけ見つけられなかったなど、あり得まい。
元の世界の我。
今更だが、一度酒蔵の在庫を確認しておいた方がよいぞ。
いや。
もう遅いかもしれぬが。
おっと。
今はそれどころではない。
我が昔の酒を思い出している間にも、我が家のリビングは大いに盛り上がっておった。
先ほどまでは皆それぞれ落ち着いて話していたというのに、今では笑い声と話し声があちらこちらから飛び交っておる。
特に。
アシスタント諸君。
食う。
飲む。
そして、騒ぐ。
普段、締め切りに追われて死屍累々となっている反動なのであろうか。
今日は仕事道具を握っておらぬからか、皆の表情が実に生き生きとしておる。
「だから、あそこはこの展開が一番いいんだって!」
「いやいや。あれはあれでいいの。そこで変えちゃうと、この先の展開が全部ずれるから」
うむ。
熱い。
随分と熱の入った漫画談義をしておる。
仕事の話であるはずなのに、誰も嫌そうな顔をしておらぬところを見ると、やはり好きでこの仕事をしておるのであろうな。
だが。
まず、中村殿。
そちらを見てみよ。
先ほどから一生懸命に語りかけておる相手。
森田殿ぞ。
しかも。
完全に酔いつぶれておる。
テーブルに頬をつけたまま、先ほどから一度も顔を上げておらぬ。
時折、小さく頷いているようにも見えるが……。
あれ。
本当に話を聞いておるのか?
いや。
寝ておるよな?
「だからね。読者の期待を一度外してから……」
そして諏訪部殿。
そちらはもっと酷い。
何故。
観葉植物と話しておる?
葉が少し揺れるたびに頷き、真剣な顔で続きを語っておるではないか。
…………。
だが。
不思議なことに。
「そうそう。そこなんだよ!」
「だから、この先の展開が重要で――」
中村殿。
諏訪部殿。
何故か会話が成立しておる。
片方は酔いつぶれた森田殿。
もう片方は観葉植物を相手にしておるというのに。
互いに全く別の方向を向いているのに、相槌だけは妙に噛み合っておる。
酒。
恐ろしい。
我が魔王だった頃にも、宴の翌日に何を話していたのか全く覚えておらぬ者がおったが。
どうやら世界が変わっても、酔っ払いというものは似たようなものらしい。
「マオ。これ美味しい!」
む。
ユウが我の隣から皿を差し出してきた。
一口大の料理。
確かに、美味そうではあるな。
「うむ。美味そうではあるが、我はもう腹に入らぬ」
「え~~。少ないよ」
逆ぞ。
我が少ないのではない。
ユウが食いすぎなのだ。
我とて、それなりに食べた。
肉も。
魚も。
サラダも。
仁殿が作った料理はどれも美味く、つい普段より多く食べてしまったくらいぞ。
だが。
ユウ。
おぬしは、我が食べ終わった後もずっと食い続けておるではないか。
今日一日ダンジョンを歩き回った分を取り戻すつもりなのか?
…………。
いや。
普段からこのくらい食うよな。
ならば、いつもどおりか。
それよりも。
今は食事より気になるものがある。
我の正面。
中々に面白い組み合わせが出来上がっておるのだ。
「そうか。茂雄君はそう思っているのか」
「千葉さんなら、ちゃんと支えられると思いますけどね」
「いやいや。博士も白崎さんも勘弁してくださいよ」
父上。
仁殿。
そして、その二人に挟まれた千葉先生。
先ほどまで大林先生のことを「認めてない」と言い切っておった御仁が、今は父上と仁殿から酒を注がれながら何やら問い詰められておる。
しかも。
千葉先生。
結構、酔っておるな。
頬が赤い。
いつもより口も軽そうぞ。
対する父上と仁殿。
二人とも多少は顔に赤みが差しておるものの、まだまだ余裕がありそう。
父上が酒を好むのは昔から知っておるが、仁殿もかなり強いのであろうな。
どちらも話し方はほとんど変わっておらぬ。
…………。
これは。
千葉先生。
逃げられぬぞ。
「そりゃ、思ってもらえてるのは正直、嬉しいですよ」
お。
我は耳をそばだてる。
「でも、俺にはまだそういうのは早いというか……」
「早い?」
父上が聞き返す。
「仕事もありますし、ハンターなんて職業ですからね。俺一人なら好き勝手できますけど、相手がいるとなると話は別でしょう」
ふむ。
なるほど。
嫌だから避けておるわけではないのか?
我には結婚というものの難しさまではよく分からぬ。
元の世界でも我、独身だったからの。
だが、一国を預かる者として、家族を持つ者たちの暮らしを考える機会は多かった。
自分一人の都合だけでは決められぬ。
そう考えるのは、分からなくもない。
「だから、駄目なんですか?」
仁殿が首を傾げた。
「僕はママ――愛さんのためなら、できることは全部しますよ」
おお。
仁殿。
言い切りおった。
確かに。
仁殿は専業主夫。
家事や料理だけではなく、ユウのことも長いこと支えてきておる。
愛殿が仕事に集中できるのも、仁殿が家庭を支えておるからなのであろうな。
普段の二人を見ておれば、それは我にも分かる。
「言うね」
父上が楽しそうに笑い、グラスを傾ける。
「僕は逆に、少し申し訳なく思うこともあるよ。仕事柄、海外へ行くことも多いからね。本当は由紀のことももっと手伝いたいんだけど、お互いに特殊な仕事だから、中々そうはいかなくて」
そうであるな。
父上はダンジョン研究者。
新しいダンジョンや研究があれば、国内どころか海外にまで飛んでいく。
母上は漫画家。
一度締め切りが近づけば、仕事部屋から中々出てこぬ。
…………。
改めて考えると。
我が家。
かなり変わった家族よな?
まあ。
娘が元魔王である時点で、今更ではあるが。
「でも、互いに何とかやってるよ」
父上はそう言って、穏やかに笑った。
「全部を一人で支える必要なんてないんじゃないかな。できる方が、その時できることをやればいい。茂雄君だって、そうなれるさ」
「いやいや。何で二人とも、そこまで俺をくっつけようとしてるんですか?」
千葉先生が困ったように眉を寄せる。
うむ。
もっともな疑問。
だが。
「嫌いじゃないんでしょう?」
仁殿。
直球!
「…………まあ」
お。
答えた。
答えおったぞ!
「なら、好きってこと?」
今度は父上。
逃げ道を塞いだ!
父上。
仁殿。
何という連携。
これまで何度も酒を飲んできた仲なのだろうか。
それとも、先ほど目配せでもしておったのか?
我には分からぬ。
だが。
千葉先生が逃げられぬよう、見事に左右から詰めておる。
「どちらかと言えばですよ」
千葉先生は少しだけ視線を逸らした。
「まあ……好きな感じではありますけど」
…………。
言った!
否。
言わせた!
我は思わず身を乗り出しかけ、慌てて姿勢を戻す。
いかん。
あまり露骨に聞いていると気づかれる。
それにしても。
流石よ。
父上。
仁殿。
長いこと千葉先生に逃げられ続けていた大林先生が聞けば、大層喜ぶのではないか?
「マオ!」
むっ。
我は思わず肩を揺らした。
ユウ。
おぬしも聞いておったのか?
流石に今の発言は聞き逃せぬよな。
我は期待を込めて顔を向ける。
「このミニハンバーグ、中にチーズが入ってる!」
…………。
そこか。
ユウよ。
今。
かなり重要な発言があったぞ?
「ほら。食べてみて」
「いや、だから我はもう入らぬと言っておるであろう」
「一個だけ」
「入らぬ」
とはいえ。
割ったミニハンバーグの中から、とろりと溶けたチーズが覗いておる。
…………。
美味そうではあるの。
いや。
ならぬ。
我の腹はすでに限界。
ここで誘惑に負ければ後悔する。
「もういいじゃないですか。飲みましょうよ」
千葉先生が話を終わらせるように、自分のグラスを持ち上げる。
「いやいや。もちろん飲むよ」
父上も笑ってグラスを寄せる。
仁殿も続き、三つのグラスが軽く触れ合った。
そのまま千葉先生が残っていた酒を一気に飲み干す。
おお。
随分と飲むの。
だが。
それ。
話を誤魔化すためではないか?
「互いに嫌いじゃないなら、正面から向き合った方がいいですよ」
仁殿が空になった千葉先生のグラスに、すかさず酒を注ぐ。
逃がさぬな。
流石よ。
どうやら父上と仁殿。
本気で大林先生を援護しておるようだ。
ならば。
大林先生本人はどうしておる?
我はさりげなく視線を反対側に向けた。
すると。
「で、大林さん。千葉君のどこがいいの?」
「全部です」
早い!
母上が尋ねた瞬間。
迷いすらなかったぞ。
「あら。はっきり言うわね」
「はい」
大林先生。
何という潔さ。
しかも、笑顔。
照れているようにも見えるが、答えを変える気は一切なさそうぞ。
そして母上。
何故。
メモを取っておる?
今の会話。
漫画の資料にする気ではあるまいな?
いや。
母上ならする。
絶対にする。
「でも、あんまり追いかけすぎるのもよくないわよ」
「もちろん分かっています」
大林先生がグラスを置き、僅かに胸を張る。
「ですから、最近は無理に追いかけるより、外堀から埋めるようにしています。もうかなり進んでいるので、時間の問題かと」
…………。
自覚しておった!
我が先ほどから感じていたこと。
本人。
完全に意図してやっておったのか!
「そうなの? なら大丈夫そうね」
母上。
納得するのか?
だが。
その横に座る愛殿。
大林先生の言葉を聞きながら、何やら考え込むような顔をしておる。
「でも、学校を辞めたってことは、今はフリーなのよね?」
む?
何だ。
今。
愛殿の目が光ったような気がしたぞ。
いや。
照明の加減かもしれぬ。
だが。
我には分かる。
あの顔。
仕事の顔ぞ。
「そうですね。今のところ、特定のところに所属する予定はありません」
「だったら」
ほら。
来た。
「よかったら、ユウたちが本免を取った後、うちの会社に来ません?」
やはり!
すかさず雇用へつなげおった!
「専属で雇いますよ。現役のS3級ハンターなら、うちとしてもありがたいですし」
愛殿。
流石よ。
人の恋愛話を聞いておったと思えば、気づいた時には人材確保。
少しの隙も逃さぬ。
思えば千葉先生にも、すでにダンソウアーマーに来ないかと声を掛けておる。
そして今度は大林先生。
もし二人とも雇えたら。
S1級とS3級。
上位ハンターを二人も抱えられることになるのか。
…………。
愛殿。
まさか。
そこまで考えて大林先生を応援しておるわけではないよな?
いや。
流石にそこまでは。
…………。
愛殿なら、あり得そうで怖い。
「それはありがたい話ですけど」
大林先生は少し考えてから、我とユウを見る。
「今は、白崎さんと天神さんの本免試験が終わってからですね。まずは二人が合格するのを見届けたいので」
む。
我らを優先してくれるのか。
それはありがたい。
何だかんだ言いつつ、大林先生も我らのことを気に掛けてくれておるのだな。
「もちろん。それからでいいわよ」
愛殿はあっさり頷いた。
だが。
次の一言。
「どうせなら、ユウもマオちゃんも一緒に雇いますから」
…………。
我らも?
我は隣のユウを見る。
ユウも口いっぱいに料理を頬張ったまま、愛殿に顔を向けておる。
「ママの会社で?」
「そう。二人とも本免を取って、行くところが決まってないならね。専属ハンターになってくれたら、ママとしては助かるわ」
うむ。
今度は我らの外堀まで埋め始めおった。
流石。
ユウの母上。
娘だからと油断はせぬか。
むしろ娘だからこそ、確実に囲い込もうとしておるようにも見える。
…………。
我。
本免試験に合格する前から就職先候補が出来てしまったぞ?
ハンターになった後のことなど、まだそこまで深く考えておらなんだが。
まあ。
今決める話ではないか。
「マオ」
「なんぞ?」
ユウが我の袖を引く。
また何か食わせようとしておるのか?
我は少し警戒しながら顔を向けた。
「なんか、いろいろ話が広がってるから、お風呂入らない?」
「…………」
確かに。
大人たち。
酒が入ってから随分と話が広がっておる。
千葉先生と大林先生のこと。
仕事のこと。
我らの就職先まで。
このままここにおったら、我らの知らぬところでさらに何か決まりそうな気すらしてくる。
…………。
もう少し見ていたい気もするが。
特に。
あちら。
千葉先生。
父上と仁殿にまだ何やら言われておる。
大林先生も、母上たちと楽しそうに話しておる。
うむ。
非常に気になる。
だが。
今日は朝からダンジョンに潜っておったからな。
帰ってきて顔や手は洗い、着替えもしたものの、身体にはまだ僅かに疲れが残っておる。
汗もきちんと流したい。
「そうよな……」
我は名残惜しく大人たちを見回してから、小さく息を吐く。
「そうするかの」
「なら行こう」
ユウが嬉しそうに笑う。
そして。
両手を我に向かって差し出した。
…………。
何ぞ?
我は差し出された手を見る。
次にユウの顔。
もう一度、その両手。
…………。
ユウよ。
その両手を差し出すのは構わぬ。
構わぬのだが。
それ。
我がおぬしを引っ張って立たせる流れよな?
「ユウ。己で立てるであろう」
「マオ。お願い」
…………。
満面の笑み。
仕方ないの。
我はユウの両手を掴み、ぐっと引く。
ユウも素直に力を合わせ、すぐに立ち上がった。
「ありがとう」
「まったく。甘えおって」
「いいじゃん」
まあ。
よいか。
我も立ち上がり、もう一度だけリビングを見回す。
未だに続いている漫画談義。
酔いつぶれた森田殿。
観葉植物と仲良く話し続けている諏訪部殿。
千葉先生を挟み、酒を酌み交わす父上と仁殿。
そして、何やら楽しそうに盛り上がる母上、愛殿、大林先生。
実に騒がしい。
だが。
悪くない。
昼間まで命を預けてダンジョンを歩いておったというのに。
今はこうして、家で皆が笑っておる。
うむ。
やはり我は。
こういう平穏が好きぞ。
「マオ。置いてくよ」
「待たぬか」
もう廊下へ出ようとしているユウの後を追う。
さて。
せっかくだ。
ゆっくり湯に浸かり、今日一日の疲れを落とすとしよう。
酒は飲めぬが。
風呂なら我にも楽しめるからの。




