第83話 我、やり過ぎる
さて。
休憩も終わった。
ならば、いつもどおり。
我は巨大な扉に手を掛け、ほんの僅かに開く。
隙間から、そっと中を覗き込む。
…………。
うむ。
おるの。
ゴブリンの群れ。
ざっと見たところ、20匹程度か。
広い部屋の中に散らばってはおるが、これまで途中で遭遇した集団より明らかに数が多い。
しかも。
「む……」
普通のゴブリンより、頭一つどころか二つほど大きな個体が混じっておる。
身体も太い。
腕も、他のゴブリンとは比べものにならぬほど逞しい。
確か。
あれは――。
「ホブゴブリンだったかの」
それが二匹。
さらに、その後ろ。
弓を持ったゴブリンが四匹。
魔法を使う個体が二匹。
…………。
多いな。
近接だけならば、それほど問題ではない。
だが、前衛に守られながら後ろから矢と魔法を撃たれるとなると話は別ぞ。
さて。
どうしたものかの。
「マオ」
「なんぞ?」
同じように扉の隙間から中を覗いていたユウが、小声で尋ねてくる。
「まず、遠距離から弓と魔法を潰していく?」
「我もそうしたいがの……」
我はもう一度、中を見る。
やはり。
面倒ぞ。
「今回、盾持ちも陣取っておる」
「あ、本当だ」
前方にいる二匹のホブゴブリン。
それぞれの右手には、身体の大半を覆えそうなほど大きな盾。
後ろにいる弓ゴブリンや魔法ゴブリンを守るような位置に立っておる。
なるほど。
ただ群れておるだけではない。
きちんと役割まで考えて配置されておるのか。
「面倒な位置におるの」
我の魔王なら、あの大盾ごと貫けるかもしれぬ。
だが。
実際に撃ってみぬことには分からぬ。
貫けなければ、一発目でこちらの存在を知らせるだけ。
その瞬間、弓と魔法が一斉に飛んでくるやもしれぬ。
「マオ。そのシールドで混乱させられない?」
「シールドクローでか?」
「うん。最初に前を崩せれば、後ろを狙えるでしょ?」
「出来なくはないがの……」
シールドクローを突っ込ませる。
盾を弾く。
視界を塞ぐ。
クローで前衛を引き倒す。
やりようはいくつかある。
だが、相手は20匹近い集団。
六枚全てを別々に動かしても、一度に相手にできる数には限界が――。
…………。
あ。
待てよ。
一つ。
思いついた。
…………。
いや。
思いついてしまった。
我は背後に浮かせているシールドクローを見る。
これ。
大丈夫かの?
完全なる思いつき。
この形では、試したこともない。
だが。
原理そのものには覚えがある。
以前、二枚のシールドクローを組み合わせ、魔王時代の必殺技を《ドリルクロー》として再現できた。
ならば。
原理は同じぞ。
組み合わせる枚数と、回転軸を変えるだけ。
「ユウ」
「何?」
「我が奴らを混乱させる」
「どうやって?」
「ふふふ。まあ、聞くがよい」
我はユウの耳元に顔を寄せる。
そして。
ごにょごにょ。
作戦を伝える。
…………。
「……マオ。何でごにょごにょ言ってるの?」
「む?」
「普通に小声で言えばよくない?」
「漫画やアニメでは、こういう時にこうしておったのだ。一度やってみたかっただけぞ」
「敵に聞かれないようにじゃないんだ……」
「それもあるぞ!」
まったく。
細かいところを気にする奴よな。
それよりも作戦だ。
ユウの眉が僅かに上がる。
「それが出来るなら……かなり楽になると思うけど」
「であろう?」
「でも、大丈夫?」
「…………」
そこよな。
「この形では試したことはない。だが、ドリルクローは出来たのだ。問題あるまい」
「本当に?」
「原理は同じぞ。組み合わせる枚数と回転軸を変えるだけよ」
多分。
…………。
いや。
出来る。
出来るはず。
我なら出来る。
「まずは我が混乱させる」
「その隙に、私たちで後ろの弓と魔法を仕留める」
「うむ。その後は残った奴らを殲滅ぞ」
「分かった」
作戦決定。
ならば。
準備ぞ。
我は六枚あるシールドクローのうち、四枚を前へ移動させる。
一枚。
二枚。
三枚。
四枚。
それぞれの盾面を中央へ寄せ、少しずつ角度を調整。
互いの位置がずれぬよう魔力で固定しながら、一つの形にまとめていく。
上から見れば――。
そうよな。
花。
四枚の花弁を持つ、大きな花のような形ぞ。
「おお……」
ユウが小さく声を漏らす。
まだ完成ではない。
四枚それぞれ。
外側を向いている片方のクローだけを伸ばす。
そして。
クローの内側に仕込まれたソーを作動。
四つの刃が回り始める。
…………。
うむ。
我ながら。
少し物騒な花が出来たの。
これを。
さらに全体ごと回転させれば――。
「準備は出来たぞ」
「じゃあ、行こう!」
「うむ!」
ユウが扉に手を掛ける。
一度、我を見る。
我は頷いた。
そして。
一気に扉が開いた。
室内にいたゴブリンたちが、一斉にこちらを見る。
前衛が武器を構える。
ホブゴブリンが大盾を前へ。
後ろでは弓ゴブリンが弓に手を掛け、魔法ゴブリンの手元にも光が集まり始めた。
だが。
遅い!
「くらえ!」
我は四枚のシールドクローを回転させる。
四枚を一つの形に保ったまま。
さらに速く。
もっと速く!
花弁のように広がった盾。
外側へ伸ばしたクロー。
その内側ではソーが高速で回り続けておる。
そして。
「新技! 殺戮ブーメラン!」
放つ!
回転する四枚のシールドクローが、一つの巨大な刃のようになってゴブリンの群れへ飛び込んだ。
「ギャッ!?」
「ギィッ!」
おお。
慌てておる。
我の狙いどおりぞ!
正面から訳の分からぬ物体が、高速回転しながら飛び込んできたのだ。
逃げる者。
盾を構える者。
横へ避けようとする者。
隊列が一気に崩れる。
だが。
あれ?
我。
混乱させるつもりだったのだが。
ホブゴブリンの一匹が大盾を構え、殺戮ブーメランを受け止めようとする。
次の瞬間。
外側へ伸ばしたクローの一つが大盾に食い込んだ。
その内側で回るソーが盾面を削る。
そのまま回転する四枚の勢いに押され――。
大盾ごと、ホブゴブリンの巨体が横へ弾き飛ばされた。
「おお……」
その後ろにいたゴブリンまで巻き込まれておる。
弾き飛ばされた。
「おお……」
その後ろにいたゴブリンまで巻き込まれておる。
さらに殺戮ブーメランは止まらない。
群れの中を横切るように飛び。
触れたゴブリンをクローとソーが次々と切り裂いていく。
右。
左。
我が魔力で軌道を変えるたび、ゴブリンたちが必死に逃げ回る。
ふふふ。
これぞ我の狙い。
前線が崩れれば。
後ろは――。
「ユウ! 今ぞ!」
「うん!」
丸見え!
ユウがグロック19を構える。
我も残しておいた二枚のシールドクローを前に出しながら、魔王を抜く。
狙うのは。
弓。
魔法。
まず一匹。
魔王の引き金を絞る。
一発。
続けて二発目。
ユウのグロック19からも銃声が続く。
混乱しておるせいか、こちらへ狙いを定める暇すらない。
よし!
遠距離役を潰した!
「後は残った奴らを殲滅ぞ!」
「うん!」
我は魔王を構え直す。
ユウもグロック19を収め、セイヴェリアに手を――。
…………。
ん?
あれ?
「…………」
動いておらぬな。
ほとんど。
先ほどまで20匹近くいたはずなのだが。
床にはゴブリンたちが倒れておる。
弓と魔法を使っていた個体は我とユウで仕留めた。
だが、それ以外。
前衛のゴブリンたちも。
大盾を持っていたホブゴブリンも。
ほとんど倒れておる。
…………。
「マオ」
「なんぞ?」
ユウが少し呆然としながら、部屋の中を見る。
「あのブーメランで……ほぼ壊滅しちゃった」
「…………」
うむ。
「そのようよな」
我にも、そう見える。
…………。
まあ。
固まっておったしの。
そこへ回転する四枚のシールドクローを突っ込ませたのだ。
逃げようにも、周囲には味方。
しかも我が軌道を変えながら飛ばしておった。
…………。
うむ。
改めて見ると。
ホブゴブリンも綺麗にズタズタぞ。
我。
そこまでするつもりではなかったのだが。
「と、とりあえず。まだ動いておる奴がおるぞ」
「うん」
我は回転を止める。
四枚のシールドクローを分離。
一枚ずつ、我の周囲へ戻していく。
当然。
全て血塗れ。
…………。
後で手入れせねばならぬな。
我とユウは周囲を確認しながら、まだ息のあるゴブリンにとどめを刺していく。
右。
問題なし。
左。
なし。
奥。
…………。
動くものなし。
「……終わり?」
「終わりぞ」
「…………」
「…………」
静かになった部屋。
我とユウの間に、何とも言えぬ沈黙が落ちる。
我は自分の周囲へ戻ってきた六枚のシールドクローを見る。
そして。
床に倒れているゴブリンたちを見る。
…………。
混乱させるだけ。
そのつもりだったのだが。
「…………やり過ぎたかの」
「殺戮ブーメランって言ってたよね?」
「…………」
ユウ。
そこを拾うでない。
「あれは、その場の勢いで名付けただけぞ! 我は混乱させるつもりだったのだ!」
「でも、名前どおりになったね」
「…………」
否定できぬ。
「まあ、いいんじゃない?」
ユウは笑いながらそう言いおる。
…………。
そうかの?
まあ。
ユウがそう言うなら、よいか。
うむ。
我、安心。




