第81話 我、否。ユウ、叱られる
そこからは、いつもどおり。
否、機構型である以上、いつも以上に周囲を警戒する。
床。
壁。
天井。
不自然な継ぎ目。
妙に色の違う石。
何か仕掛けがありそうな場所。
罠のダンジョンでは散々痛い目を見たからの。
もう、いきなり水を浴びせられるのも、板に脛を叩かれるのも御免ぞ。
「マオ!」
ユウの声。
…………。
なんぞ?
いつもより、少し怒気が込められておる気がするが。
「ゴブリン!」
「うむ。見えておる。向こうも気づいたようだの」
通路の先。
少し開けた場所に、小柄な人影がいくつも見える。
緑色の肌。
尖った耳。
太い腕。
数は――。
「10匹ほどか」
棍棒。
短い刃物。
そして、後ろの方には。
弓を持つ個体。
さらに。
…………。
あの手に集まっておる光。
魔法か。
なるほど。
授業で聞いてはおったが、実際に見ると厄介そうぞ。
「さて。どう――」
するかの。
そう続けようとした、その時。
ユウが走り出した。
…………。
は?
「ユウ!」
何故、いきなり走り出しておる!
待て!
前しか見ておらぬではないか!
弓持ちがおるぞ!
「ユウ! 盾の後ろに!」
「っ!」
我の声に反応し、ユウが足を止める。
同時に、弓ゴブリンが弦を放った。
我はすぐさまシールドクローを二枚、ユウとゴブリンの間に滑り込ませる。
次の瞬間。
飛来した矢が盾面に弾かれ、床に落ちた。
「うん!」
よし。
ユウも気づいたの。
だが、まだぞ。
奥では、魔法を使おうとしている個体もおる。
「そこにおれ!」
我は魔王を抜く。
狙うのは、まず弓ゴブリン。
そして、魔法ゴブリン。
近接しかできぬゴブリンより、今は遠距離攻撃を潰す方が先。
照準。
引き金。
一発。
弓を構えていたゴブリンの頭部に命中。
続けて銃口を横に向ける。
魔法を発動しようとしていた個体。
二発目。
…………。
うむ。
脳天に風穴――。
否。
威力が強すぎた。
弾けたの。
我の魔王。
相変わらず容赦ないぞ。
だが、これで目に見える遠距離攻撃役は潰した。
「ユウ。出番ぞ!」
「ごめん。ありがとう!」
ユウが我の盾の影から飛び出した。
今度は、我が遠距離攻撃役を排除したことを確認してから、一気に距離を詰める。
近接武器を持ったゴブリンたちが、ユウを迎え撃つように散らばった。
だが。
遅いよな。
ユウがセイヴェリアを振り抜く。
一閃。
前にいた数匹が、まとめて切り伏せられた。
「相変わらず凄まじいの」
だが、我も負けてはおれぬ。
「ほれ。首置いてけ」
四枚のシールドクローを左右から回す。
それぞれ一匹ずつ。
ゴブリンの首元にクローを伸ばし、挟み込む。
内側のソーを作動。
一気に切断。
…………。
ふむ。
ユウの首狩りが移ったかの?
ふふ。
我も首置いてけウーマンの仲間入りよな。
…………。
まあよい。
今はそれどころではないの。
そう我が考えておる間にも、ユウは止まらぬ。
最後に残っていたゴブリンに距離を詰め、セイヴェリアの刃を返す。
そして。
静かになった。
「終わりかの」
我は周囲に視線を走らせる。
動くもの。
なし。
横道。
なし。
念のため背後も確認。
大丈夫そうぞ。
「ユウ。もう終わったぞ」
「…………」
む?
どうした。
ユウは倒れたゴブリンを見下ろしたまま、動かぬ。
「ユウ?」
「こいつらが……あの映像で警官さんたちを殺したのと同じ、ゴブリン……」
…………。
ああ。
気にしておったのか。
授業で見た。
世界で最初に現れたダンジョン。
まだ何があるのかも分からぬ場所に、遊び半分で入り。
警官諸君の制止にも耳を貸さず。
そして、その者たちを追って中に入った警官諸君まで、ゴブリンに襲われた。
ユウは、あの映像を思い出したのだな。
…………。
気持ちは分からぬでもない。
だがの。
あの時は、止められておったにもかかわらず、自ら中に入った者たちにも問題はあった。
それと、今のこれは別ぞ。
「ユウよ。先ほど、いきなり走ったのは」
「うん」
ユウが小さく頷く。
「ちょっと……頭に来ちゃった」
「なるほどの」
やはりか。
だが。
危険ぞ。
実際、ユウは弓ゴブリンや魔法ゴブリンに気づいておらなかったしの。
「白崎」
千葉先生の声。
低い。
…………。
少し怒っておるな。
「はい」
「授業でやったはずだ。ゴブリンは知能が高く、統率の取れた集団行動をする。近接だけじゃない。弓や魔法を使う個体がいることも教えたな?」
「……はい」
「なのに、お前は前しか見ずに突っ込んだ」
「はい」
先ほどまでより、ユウの声が小さい。
千葉先生が、倒れた弓ゴブリンに視線を向ける。
「もし、あいつの矢を食らってたらどうなる?」
「…………」
「魔法を撃たれてたら?」
ユウは答えぬ。
千葉先生も、すぐには続けない。
短い沈黙。
そして。
「死ぬんだ」
「…………」
言葉が重いの。
訓練ダンジョン。
千葉先生がいる。
我もいる。
だからといって。
死なぬわけではない。
「矢が急所に刺されば死ぬ。魔法をまともに食らっても死ぬ。お前がどれだけ強かろうが関係ねぇ」
「……はい」
「まあ、憤った理由は分からなくもない」
千葉先生の声が、ほんの少しだけ和らぐ。
…………。
ふむ。
何となくだが。
その言い方。
もしや千葉先生にも、昔、怒りで周りが見えなくなったことでもあったのであろうかの?
…………。
まあ、我の勝手な想像だが。
「だが、抑えろ。怒るなとは言わん。怒ってもいい。ただ、それで周りが見えなくなるな」
「はい」
「冷静になれ」
「はい」
うむ。
そうよな。
慌ててはいけない。
怒っておる時こそ。
周りを見る。
考える。
…………。
我も昔、よくモロイに似たようなことを――。
…………。
いや。
今はよい。
我の話ではない。
千葉先生の叱責。
我もしっかりと覚えておこうぞ。
ユウだけの話ではない。
我だって、いつ同じようになるか分からぬからの。
「進むぞ、ユウ」
「うん!」
返ってきた声には、もう先ほどまでの刺々しさはない。
ならば。
我らも先へ進もう。
最初の謎解きで一時間も使ってしまったからの。
少しでも遅れを取り戻したい。
だからといって。
急ぎ過ぎてはいかぬがの。




