第78話 我、初収入
「ギリギリぞ」
「さすがに疲れたね」
「まあ、初めての長期探索で、自分たちの間違いに気づいてちゃんと戻ってこれたなら上出来だ。俺らの頃には、今ほど探索環境も整ってなかったからな」
そう言われると、何も言えんの。
確かに我らは盛大に方角を間違えたが、自分たちで気づき、修正し、どうにか帰ってくることはできた。
訓練ダンジョンに入って六日目。
夕方になって、ようやく我らは入口まで戻ってくることができた。
今回は、きつかったの。
何より、初めての長丁場。
体力的には、まだいくらか余裕がある。我もユウも、歩けと言われればまだ歩けるであろう。
だが。
精神的な疲労が半端ではない。
何日も同じダンジョンの中で気を張り続け、モンスターに注意し、進路を考え、野営をして、また歩く。
しかも今回は、途中で盛大に方角まで間違えた。
…………。
我。
しばらく草原は見たくないの。
「まあ、ここには風呂もある。装備の清掃と整備が終わったら入ってこい」
「おお、風呂!」
「さすがに臭うもんね」
「そうよな……」
我は自分の服の襟元を少し持ち上げ、恐る恐る匂いを嗅いでみる。
…………。
うむ。
少し嫌な臭いぞ。
汗。
埃。
森の中を歩き回った時の湿った臭い。
六日間も風呂に入っておらぬのだから、当然といえば当然なのだが。
我、早く洗いたい。
「今は訓練だから、支援されてる装備の範囲でやってるが、本免許を取って自分たちで稼ぐようになれば、探索の仕方にも色々と金を掛けられるぞ」
「金を掛ける?」
「ああ。最近だと自分でキャリーワゴンを用意して、素材やテントなんかを運ぶ奴もいる。広いダンジョンなら、背負って全部運ぶより楽だからな」
「ほう」
それは便利そうぞ。
今回も、素材は重さより嵩の方が問題になったからの。
大きな運搬バッグを背負わず、引いて運べるのであれば随分と楽になるであろう。
だが、今の我らはまだ仮免。
訓練に必要な物の多くを支援してもらっている身ぞ。
便利だからと、何でも好き勝手に買い足していては訓練にならぬよな。
「まあ、場所を選ぶけどな。段差や階段だらけのダンジョンじゃ邪魔になるだけだ」
「それはそうであるな」
「あと、これは馬鹿な例だが……折り畳み式の電動キックボードを荷物として持ち込んで、中で広げて走った奴もいたな」
「…………」
なんぞ?
「そ奴は大丈夫であったのか?」
我、呆れる。
ダンジョンぞ?
それで罠でも踏めば終わりではないか。
狭い通路でモンスターと鉢合わせしたらどうするつもりだったのだ?
逃げるにしても、方向転換すら難しそうぞ。
「先生。じゃあ、バイクで中を走るのは?」
…………。
ユウ。
おぬし、何故そんなことを聞いた?
まさか。
走りたいのか?
千葉先生が、何とも言えぬ顔でユウを見る。
「……死にたいなら」
「じゃあ、しません」
即答。
うむ。
当たり前ぞ。
…………。
ユウ。
本当にやるでないぞ?
本当に。
そうして施設へ戻った我とユウは、まず装備の清掃と点検。
シールドクローに付着した汚れを落とし、可動部分を確認。魔王も弾を抜いて状態を確認し、ユウもセイヴェリアを丁寧に手入れしていく。
六日間、何度も戦闘したからの。
見たところ大きな破損はないが、だからといって確認を怠ってよいわけではない。
千葉先生からも散々言われておる。
使った装備は確認。
汚れを落とす。
異常がないか確かめる。
次に使う時、壊れてから気づいたでは遅い。
うむ。
そこは我も理解しておるぞ。
そして。
ようやく清掃を終えた我とユウは、施設にある少し小さめの風呂へ。
「おお……」
我、感動。
まずは徹底的に身体を洗う。
髪も。
腕も。
脚も。
六日間分の汚れを、全て洗い流してくれるわ!
何度も何度も湯を流し、ようやく身体からさっぱりとした感覚が戻ってくる。
ふう。
風呂がこれほど恋しくなるとはの。
魔王だった頃にも身体を清潔にする習慣はあったが、この世界で人として暮らすようになってから、毎日の風呂がすっかり当たり前になっておる。
六日間も入れぬだけで、これほど恋しくなるとは。
我。
随分と変わったものよな。
身体を洗い終え、湯船に浸かる。
温かい湯が身体を包み、思わず力が抜けた。
…………。
最高ぞ。
「マオ?」
「なんぞ?」
隣で湯に浸かっていたユウが、こちらへ顔を向ける。
「素材の買い取りって、いくらになると思う?」
「そうよな……」
我も少し気になっておった。
確か授業では、素材の価格はその時の需要と供給、それに状態などでも変動すると習った。
もちろん、中には一定以上の価値を保つ素材もあるらしいが。
今回、我らが持ち帰ったものは――。
「恐らく、それほど高くはならぬであろうな」
「やっぱり?」
「うむ。我らはまだ素材の目利きも素人同然。それに、最初の方に取った皮は処理も上手くなかったしの」
戦闘で傷がついたもの。
我が剥ぐ時に傷を広げてしまったもの。
ユウが切った角にも、全てが綺麗なものばかりではなかった。
後半こそ随分と上達したが、途中からは状態の良い物だけを選んで持ち帰ったため、稼ぎになるほど大量にあるわけでもない。
「故に、あまり期待はせぬ方がよかろう」
「そっかぁ」
「今はよいではないか。まずは湯を楽しもうぞ」
「うん」
そう。
今は金より風呂。
我は肩まで湯に浸かり、ゆっくりと息を吐く。
…………。
ああ。
生き返るの。
そして。
我、さっぱり!
風呂を満喫した我とユウは着替えを済ませ、エントランスへ戻ってきた。
すると。
「遅い。お前らの素材、買い取り結果が出てるぞ」
千葉先生がおった。
おお。
風呂に入る前、受付にお願いしておいた査定が終わったのだな。
しかし。
「仕方あるまい。六日ぶりの風呂ぞ」
「そうですよ。久しぶりだったし」
「いいから受け取ってこい」
まったく。
乙女心が分かっておらんの。
これは早く大林先生に婿入りした方がよいのではないか?
…………。
まあよい。
今は買い取り結果ぞ。
我とユウは受付カウンターへ向かう。
「天神さんと白崎さんですね。お待たせしました。今回の買い取り金額は、合わせて4,800円です」
「おお……」
4,800円。
…………。
これは。
「どうなのであろうな?」
「う~ん。微妙?」
我もユウも相場が分からぬ。
高いのか。
安いのか。
そもそも、初めてなのだから比較するものがない。
「査定内容をご説明しますね。まず、ミノバッファローの皮ですが、傷が多く、処理も少し粗いです」
「くっ」
やはり、そこか。
「この状態だと、そのまま素材として使える部分が少なくなりますし、再処理にも手間が掛かります。その分、どうしても査定は下がります」
「それは仕方ないの……」
「マオ~。駄目だね」
なんぞ。
そのからかうような顔は。
悔しいの。
「それから角ですが、切り口自体は綺麗なものが多いです」
お。
ユウ。
褒められたぞ。
「ただ、戦闘中についた傷や欠けがあります。それと、今回は素材そのものの質も、それほど良いものではありませんでした」
「え~」
ユウの顔が一気に曇った。
ふっ。
「ユウも駄目ではないか」
「マオ、嬉しそう」
「気のせいぞ」
くくくっ。
人をからかうからよ。
自業自得ぞ。
「それと、ミノタウロスの角ですが……こちらはひびが入っています」
「…………」
「…………」
「これは大きな減額になりますね」
厳しいの。
ボスの角だから、もう少し期待しておったのだが。
戦闘中についたものなのか。
倒れた時なのか。
それとも、最初から入っておったのか。
我らにはまだ判断できぬ。
「とまあ、色々とマイナス要素を挙げましたが」
受付の者が、少しだけ表情を和らげる。
「初めての素材採取としては上々ですよ」
「そうなのか?」
「はい。初めてだと、状態が悪すぎて買い取りできない素材ばかり持ち帰る方も珍しくありません。きちんと値段がつく状態で持ち帰れているだけでも十分です」
「そっか!」
ユウの顔が明るくなる。
「ですので、自信を持ってください。回数を重ねれば、処理も素材を見る目も上達していきますから」
「ありがとうございます!」
ふむ。
そういうことであれば、問題あるまい。
我らはまだ始めたばかり。
最初から完璧など求める必要はない。
見る。
触る。
失敗する。
そして次に活かす。
千葉先生にも言われたことぞ。
何より。
これは――。
ハンターとして初めての収入。
そう考えると、先ほどまで何とも思わなかった4,800円という数字が、急に特別なものに見えてきた。
「では、お二人で折半ですね。一人2,400円になります」
「ありがとうございます」
「ありがとう」
「これからも頑張ってください」
「うむ!」
我は受け取った金額を確認する。
2,400円。
…………。
ふふ。
中々に嬉しいの。
金額そのものではない。
我とユウがダンジョンに入り、自分たちで戦って持ち帰った素材。
それが初めて金になった。
我、少し感動。
「よし。じゃあ、その金で飯でも食いに行くか」
「良いですよ! これも先生のおかげですし」
「うむ! そうよな」
「…………」
千葉先生が固まった。
「……冗談だったんだがな」
「何を言っておる。遠慮するでない」
「そうですよ。先生も行きましょう!」
「いや、お前らな……」
冗談でもよい。
今の我らがあるのは、千葉先生のおかげぞ。
訓練で怒られ、失敗すれば指摘される。だが、我ら自身で考えるべきところでは口を出さず、本当に必要な時だけ手を差し伸べてくれた。
ならば。
初めて得た金で飯を食うくらい、よかろう。
「千葉先生。岩手の名物で、何ぞ美味いものはないのか?」
「名物?」
「うむ。せっかく岩手まで来たのだ。最後くらい、その土地のものを食いたいぞ」
「そうだな……この辺なら、ひっつみでも食うか?」
「ひっつみ?」
「小麦粉をこねた生地をちぎって、野菜や肉なんかと一緒に汁で煮た郷土料理だ」
「ほう……」
温かい汁。
肉。
野菜。
そして、もちもちとした生地。
…………。
六日間、携帯食ばかりだった我の腹が、その説明だけで反応した。
我。
急に腹が減ってきたぞ。
「それにしよう! 千葉先生、案内を頼むぞ!」
「お前ら、もう決定なのかよ……」
「マオ。私、お肉も食べたい」
「ユウよ」
…………。
嫌な予感。
「ひっつみだけじゃ足りないかも」
「我らの初収入を、一晩で使い切る気か!?」
まったく。
六日間も携帯食ばかりだったのだから、気持ちは分からぬでもないが。
だが、2,400円。
我にとって初めての、ハンターとして稼いだ金ぞ。
少しくらいは残しておきたい!
…………。
まあよい。
まずは飯だ。
我、今度こそ美味いものが食いたい!




