第77話 我、疑われる
時折襲い掛かってくるアントラーディアを屠りながら森林を進み、昼を過ぎた頃。
ようやく。
ようやく、最深部の扉が見えたの。
「おお……」
思わず声が漏れる。
扉そのものは、以前のダンジョンで見たものとそれほど変わらぬ。
だが、すごいのはその周囲ぞ。
扉の左右には木々が隙間なく立ち並び、まるで巨大な壁でも作るように行く手を塞いでおる。それが我の見える限り、左右へずっと続いているのだ。
迂回して先へ進む余地など、何処にも見当たらぬ。
我、圧倒。
随分と分かりやすい。
この先が最深部。
そう言わんばかりの光景ぞ。
幸い、扉から少し離れた場所にはセーフスポットがあった。
我らはそこで荷物を下ろし、水分を取りながら小休憩。
さて。
問題は、どうするか。
「マオ。このまま挑戦した方がいいと思う」
「ユウもそう思うか」
「うん。明日に回して、もし戦闘に数時間とか掛かったら、帰りは日が落ちる中で森を進むことになるかもしれないし」
うむ。
ユウも分かっておるの。
最深部へ辿り着けば終わりではない。
ここから入口まで帰らねばならぬのだ。
「ならば、今日この後に挑戦しよう。終わったらここまで戻って一泊。明日の朝から帰還する方向で行くかの」
「うん。その方がいいと思う。夜は私たちにとって敵だしね」
「そうだの」
その方が安全であろう。
ただ、懸念があるとすれば、予定の日程ぎりぎりになりそうなことか。
初日から、方向を間違えて進んだ時間が、やはり響いておるの。
…………。
今更悔やんでも仕方あるまい。
まずは目の前。
最深部のボスぞ。
我は水をひと口飲み、蓋を閉めて荷物へ戻す。
「まずは、いつもどおり少し見てみるかの」
「そうしよう」
今のところ、千葉先生は我らの話し合いに口を出してはおらぬ。
ちらりと見る。
…………。
何も言わぬ。
一言くらい「問題ない」とお墨付きが欲しいところだが、仕方あるまい。
これは我らの訓練だからの。
自分たちで考え、自分たちで決める。
ならば、行くか。
小休憩を終えた我とユウは荷物を整え、最深部の扉に近づいた。
そして、いつものように扉をほんの少しだけ開き、その隙間から中を覗き込む。
…………。
「ミノタウロスか」
「大きいね」
広い空間の中央に立っているのは、一体のミノタウロス。
目測で三メートルといったところかの。
牛に似た頭部から伸びる角は、これまで散々見てきたミノバッファローよりも立派。太い四肢を持つ巨体の手には、その身体に見合った巨大な斧まで握られておる。
あれは。
重そうだの。
「角は素材になるの。あれは取るぞ」
「うん。でも、あの斧……重そうだね」
「まともに受けるのはやめた方がよさそうだの」
授業で見た時から分かってはいたが、実物を前にすると余計にそう思う。
あれを正面から何度も受け止める必要はあるまい。
ならば。
「ユウ。我が囮になる」
「マオが?」
「うむ。我が先に突撃し、シールドクローと魔王で奴を翻弄する。必ず隙を作るぞ」
「その隙に首を落とせばいいってことだね」
「…………うむ」
流石、首置いてけウーマン。
迷いがないの。
我がわざわざ「仕留める」と言わずとも、真っ先に首が出てくるとは。
元勇者、恐るべし。
「斧には注意ぞ」
「お互いにね」
「うむ」
作戦は決まった。
ならば。
さあ、行くかの。
我は扉に手を掛け、一気に押し開く。
そのまま先頭で室内に飛び込んだ。
こちらへ気づいたミノタウロスが、大きく口を開く。
腹の奥まで震わせるような低い咆哮が空間に響いた。
だが。
まずは挨拶ぞ。
我はホルスターから魔王を抜き、迷わず引き金を絞る。
狙うのは太い脚。
一発。
二発。
さらに数発。
弾丸は外れることなく太い脚を穿つ。
血が弾け、ミノタウロスの足取りが僅かに崩れた。
だが、倒れぬ。
「うむ。しかし、これでよい」
確実に効いてはおる。
それに、ミノタウロスの目が我を捉えた。
よし。
狙いが我に向いたの。
巨大な斧を持ち上げ、こちらとの距離を詰めてくる。
遅い。
いや、決して鈍いわけではない。
あの巨体で考えれば十分に速い。
だが、見える。
振り下ろされる斧の軌道に一枚のシールドクローを滑り込ませる。
受け止めぬ。
盾面を斜めに当て、軌道だけを外へ逸らす。
巨大な斧が我の横を通り過ぎ、そのまま床に叩きつけられた。
凄まじい威力ぞ。
まともに受けなくて正解よな。
続けて別のシールドクローをミノタウロスの顔の前に滑らせる。
一瞬だけ。
本当に一瞬だけ、視界を遮る。
その隙に我は反対側へ移動。
見失った我を追うようにミノタウロスが顔を動かし、斧を振るう。
だが、そこにはもう我はおらぬ。
斧は空を切り、重い風だけが身体の横を抜けていった。
しかし。
音がすごいの。
あれに当たりたくはないぞ。
我はシールドクローを奴の顔の前に残したまま距離を取り、その間に魔王に弾を装填し直す。
再び脚を狙う。
撃つ。
移動。
シールドクローで視界を塞ぐ。
斧の軌道を逸らし、また撃つ。
狙う場所も、できるだけ脚に集中。
一発ごとに傷が増え、あれほど力強かった足取りが少しずつ崩れていく。
よし。
我しか見ておらぬ。
ユウに視線を向ける様子すらない。
そのまま少しずつ、確実に。
脚にダメージを蓄積していく。
そして――。
ついに耐えきれなくなったのか、ミノタウロスが片膝を床についた。
「今ぞ!」
まずは、その厄介な斧から!
一枚のシールドクローを斧を握る腕めがけて飛ばし、手首を挟み込む。
逃がさぬ。
そのまま内側のソーを走らせ――切断。
斧を握ったままの手が床に落ちる。
次!
我は二枚のシールドクローをユウの前に動かし、盾面を上へ向けて高さをずらす。
ユウのための足場ぞ。
「ナイス! マオ!」
すぐに我の意図を理解したユウが駆け出す。
一枚目。
ユウが踏み込む瞬間に合わせ、我はシールドクローをその場に固定する。
蹴る。
次の一枚。
そちらも同じく支え、ユウの踏み込みを受け止める。
二枚のシールドクローを足場に、一気に高さを稼いだユウがミノタウロスの首元に迫る。
そして。
一閃。
セイヴェリアの刃が、膝をついたミノタウロスの首を走った。
次の瞬間。
切り離された頭部が床に落ち、続いて巨体がゆっくりと崩れていく。
しばらく待つ。
…………。
動かぬ。
我は魔王をホルスターに戻す。
「終いかの」
「そうだね……もう動かない」
ユウは周囲に視線を巡らせ、それから剣先を下ろした。
ふむ。
それにしても。
我が何も言わずシールドクローを足場にしたというのに、よくすぐ意図を理解したの。
「流石はユウぞ」
「マオのアシストのおかげだよ。でも、怖かった」
「む?」
「マオ一人で突撃していくの」
「ユウよ。我があの程度で死ぬと?」
「思ってはないけど、怖いものは怖いよ」
「むっ」
ユウが我に抱きついてきた。
ええい。
抱きつくでない。
我、一応汗だくぞ。
それに三日ほど前から風呂にも入っておらぬ。
流石に少し気になるのだが。
「あ~……お前ら。いい加減、素材を取っておけよ」
…………。
千葉先生。
なんぞ、その生暖かい目は。
少し離れた場所から、何とも言えぬ顔でこちらを見ておる。
何か。
何か勘違いしておらぬか?
「ユウ。そろそろ」
「あっ、うん。じゃあ角、切ってしまおうか」
「うむ。そうするかの」
ユウがようやく離れ、セイヴェリアを手にミノタウロスの頭部へ向かう。
…………。
千葉先生。
いつまでニヤニヤしておるのだ。
言っておくが。
違うからの。




