第76話 我、森林へ挑む
ダンジョン探索、三日目。
流石に、少し疲れが出てきたの。
昨日まで、一日以上も方向を間違えて進んでしまったが、どうにか本当の北を見つけることができた。
故に今日は、その先にある森林に入る。
うむ。
我、少し心配。
実は我、こういう木々の多い場所での戦闘が少し苦手ぞ。
魔王だった頃には、面倒になって森の大半を魔法で焼き払ってしまったこともあったからの。
『魔王様。あなたは馬鹿なんですか? 森が再び元の姿に戻るまで、何年……いえ、何十年かかるとお思いですか。全く。トレント諸君、すまないが植林と成長促進を頼みます。私は魔王様を説教してきますので』
…………。
いや、モロイよ。
一応、あれは作戦で森の一部を焼き払う予定だったであろう。
ただ、ちょっと出力を間違えて、一部だけでよかったものを森の大半まで広げてしまったことについては謝るが……。
…………。
まあ、よい。
ともかく、今は昔のような真似はできぬし、するつもりもない。
それに、森林が苦手なのには別の理由もある。
シールドクローよ。
草原のように周囲が開けた場所なら、六枚を広く展開して飛ばすことができる。だが、木々が密集している森林ではそうはいかぬ。
飛ばせば枝や幹にぶつかる可能性があるし、木々の向こうなど、我から見えぬ場所へ飛ばすのも一苦労。
となれば、普段より近距離での戦闘が中心になるであろうな。
「マオ。準備は?」
「いける。因みに千葉先生よ」
「なんだ?」
「我が今、この森林を魔法で焼き払ったら……」
…………。
「うむ。もうよい」
ものすごい顔で睨まれたの。
分かっておる。
言ってみただけよ。
本気ではないぞ。
…………。
いや。
ほんの少しだけ、本気ではあったが。
「行くかの」
「GO~」
ユウを先頭に、我らは森林に入っていく。
そして、少し進んだだけで昨日までとの違いがはっきりと分かった。
予想どおりよ。
草原とは比べものにならぬほど視界が悪い。
太い木々が進行方向を遮り、その根が地面を這うように張り巡らされておる。足元には落ち葉も積もっているため、油断すれば根に足を取られかねぬ。
頭上では枝葉が重なり、木漏れ日がまだらに地面に落ちている。
しかも、少し振り返っただけでも似たような木ばかり。
…………。
これは迷う。
疑似デジタルマッピングで歩いた経路は確認できるが、昨日の失敗もあるし、端末だけを頼りにするのはやめておいた方がよい。それに、まだ数日潜ることになる以上、バッテリーの消耗も気になるところ。
ならば。
「そこでこれよ。マーキングチップ~」
「なんだ? 突然」
千葉先生。
そう、阿呆の子を見るような視線を向けるでない。
…………。
まあ、先ほど森林を焼き払おうかと聞いたばかりだから、そう思われても仕方がない気もするがの。
「いやいや。マーキングチップを使おうかと思っての」
「普通に使えよ。前のダンジョンでも、罠の位置のマーキングに使ってただろ」
「そういうのではない。こういうのは様式美よ」
前回は、初めて入る罠だらけのダンジョン。
罠を見つけて、避けて、時にはカエルに台無しにされて……。
マーキングチップを使ってはおったが、いちいち紹介して遊んでおる余裕などなかったのだ。
故に。
今回こそは、やってみたかった。
「これを木につけて……」
「天神。そこは止めとけ」
「む?」
「木につけるなら場所を選べ。枝や剥がれやすい樹皮じゃ、風や雨で落ちることがある。根元の動かない場所か、石の陰みたいなところに置け」
「なら土に埋めるのはどうなのかの?」
「通信に使う物を、わざわざ土の中に埋める必要はねぇよ。飛ばされにくくて、ちゃんと反応する場所を選べ」
「なるほどの。うむ、承知した」
確かに。
目印を残したつもりが、帰りには消えておっては意味がない。
万が一を考えれば、置く場所そのものも考えねばならぬということか。
我は木の根元、雨風を直接受けにくそうな窪みにマーキングチップを置く。
うむ。
これでよし。
疑似デジタルマッピング。
そして、マーキングチップ。
どちらか一つだけに頼るのではなく、使えるものは使っておこう。
そうして周囲を警戒しながら、さらに森林の奥へ進んでいく。
木々の隙間を抜け、足元の根を避け、時折立ち止まって後ろを確認する。
すると。
む?
少し先。
木々の間に何やら大きな影が見える。
その上に伸びるもの。
一本ではない。
二本……いや、あれは。
角?
あの形は――鹿か?
否。
我は足を止め、木々の向こうにいるモンスターに目を凝らす。
アントラーディア。
一体だけではない。
その奥にも、木々に身体を隠すように二体。
三体おる。
鹿によく似た姿をしておるが、身体は遥かに大きい。そして何より特徴的なのが、その頭から伸びる巨大な枝角。
…………。
今更ながら思ったのだが。
あれ、よく木に引っかからんの。
これほど木々が密集しているというのに、どうやって移動しておるのだ?
…………。
いやいや。
今はそんなことを考えている場合ではない。
向こうもこちらに気づいておる。
アントラーディアがこちらを睨み、巨大な枝角を僅かに傾けた。
幹が迫れば頭の向きを変え、枝角の隙間に木を通すようにして抜けてくる。
なるほど。
そうやって移動するのか。
器用なものよな。
感心している場合ではないが。
「ユウ。角は素材になるが……」
「今回は無しで行く?」
「うむ。これ以上持ち歩くのは面倒ぞ。それに、ここまで無駄にした時間もある。往復を考えれば日程もぎりぎりになりそうだからの。今回は素材はいらぬ」
「了解」
我とユウは互いに頷く。
初日は、素材を見るとつい欲張ってしまっておった。
だが今は違う。
最深部へ辿り着き、無事に入口まで帰る。
それが最優先ぞ。
ユウがセイヴェリアを抜く。
アントラーディアは巨大な枝角を木々に引っかけぬよう進み――我らとの間を遮る太い幹がなくなったその瞬間。
頭を低く下げた。
巨大な枝角がこちらを向く。
そして、一気に加速。
「来るぞ、ユウ」
「うん!」
ユウは返事と共に身体を僅かに沈め、間合いに入った瞬間――セイヴェリアを振るう。
一閃。
巨大な枝角ごと、アントラーディアが切り伏せられた。
…………。
相変わらず凄まじい切れ味よな。
さて。
我も人のことを見ている場合ではない。
別の一体が、枝角をこちらに向けてくる。
その前には木が一本。
我はシールドクローを大きく飛ばさず、身体の近くに留めたまま構える。
アントラーディアが木を避け、こちらに突っ込んできた。
我はその軌道から身体を外し、脇を抜ける瞬間にクローを伸ばす。
先端が脇腹に深く突き刺さった。
その傷口に意識を向け――。
「燃えよ」
炎を外に広げぬよう、傷口の奥に絞って流し込む。
アントラーディアの巨体が大きく跳ね、そのまま力を失っていった。
我はすぐに魔法を止め、周囲を確認する。
落ち葉にも、近くの木々にも火は移っておらぬ。
ふむ。
森ごと焼くのは駄目。
ならば、燃やす場所を相手の中だけにすればよい。
これなら周囲へ燃え移る危険もかなり抑えられる。
…………。
多分だがの。
もう一体。
今度は避けず、正面から突っ込んでくるアントラーディアの枝角をシールドクローで受け止める。
衝撃がクローを通じて伝わるものの、止められぬほどではない。
動きを封じたところで、別のシールドクローを脇から回す。
片側のクローを伸ばし、内側のソーを回転。
そのまま胴体に食い込ませ、一気に切り裂いた。
流石に、ユウのように一振りで切り伏せる威力はない。
だが。
これで十分ぞ。
やがて、周囲からアントラーディアの気配が消える。
森林に入って一度目の襲撃。
我らは難なく凌ぐことができた。
ふむ。
確かに草原よりシールドクローは動かしづらい。
だが、使えぬわけではない。
木々の位置と周囲の状況をきちんと見ながら動かせば、何とかなる。
それが分かっただけでも十分ぞ。
「ユウ。怪我はないかの?」
「大丈夫。マオも?」
「無論ぞ」
ならば。
ここで立ち止まっている必要はない。
初日から、随分と遠回りしてしまったからの。
だからといって焦るつもりはないが、進める時には少しでも先へ進んでおきたい。
「では、行くぞ。ユウ」
「うん」
さあ。
焦らず。
だが、着実に。
森林の奥へ進むかの。




