第74話 我、盲信しておった
草原を進むことにした我とユウ。
昨日より少し速度を上げ、ミノバッファローの群れも可能な限り避けながら先へ進んでいく。
だが、どうにも不安が拭えぬ。
何故か。
進んでも進んでも、草原は終わりを見せず広がっておる。
昨日から随分と歩いているはずなのに、前を見ても変わらぬ景色。僅かな起伏こそあるものの、何処まで行っても草原ばかりで、最深部に近づいていると感じられるような変化がまるでない。
しかも、ミノバッファローの群れに遭遇する回数も、少しずつではあるが増えているような気がするの。
無論、単なる気のせいやもしれぬ。
昨日より移動する距離が増えたから、その分だけ群れを見かけているだけとも考えられる。
しかし、何ぞ嫌な感じがする。
「ユウ。一旦、考え直すべきかの」
「マオもそう思う?」
む。
ユウも同じことを考えておったか。
我らは足を止め、周囲を見渡す。
一応、ミノバッファローの群れを避けるため何度か進路を逸らしてはいるが、その都度マッピングを確認し、疑似北に向かうよう修正してきた。
故に、マッピング上の進行方向そのものは間違っていない。
そのはず。
なのだが。
何も兆しがない。
最深部に近づいていると思わせるものが、まるで見当たらぬ。
最早、本当に辿り着けるのか、不安になってきおったぞ。
「マッピング上の北は、まだ草原が続いてるね」
「うむ。東側にも森林が見えるの」
「でも、いつまで経っても着く気配がないよね。最深部は北にあるって話なのに」
「そうなのだがの……」
我はスマートウォッチに表示されたマッピングに視線を落とす。
今までどの程度進んできたのかは分かる。
入口からの経路。
歩いた距離。
何処で迂回したのか。
それらは記録されておる。
だが。
残りが分からぬ!
あとどれくらい進めば最深部に辿り着けるのか。
一時間なのか。
半日なのか。
それとも、まだ何日も掛かるのか。
全く分からん!
これは、なかなかに精神的にきついぞ。
体力的には問題ない。我もユウもまだ十分に動けるし、ミノバッファローに遭遇したところで対処方法も分かっておる。
だが、セーフスポットは少ない。
進んでも景色は変わらぬ。
そして何より。
あとどれほど進めばよいのか分からぬ。
この広大な空間に、本当に最深部があるのか?
我らは、本当に正しい方向へ進んでおるのか?
そう考え始めると、歩けば歩くほど不安が積み重なってくる。
これまで潜った石造りの階層型ダンジョンや、木板で作られた富士樹海の訓練ダンジョンならば、周囲は壁に囲まれておった。
通路を進む。
分かれ道があれば選ぶ。
行き止まりなら戻る。
少なくとも、進める方向そのものがある程度絞られている。
だが、ここは違う。
右にも行ける。
左にも行ける。
真っ直ぐ進むこともできる。
何処へでも進めるからこそ、己で正しい方向を選び続けねばならぬ。
うぬ。
環境型。
思っていた以上に厄介ぞ。
「考えても、よい案が出てこんの」
「そうだね。このまま進もうか」
「うむ……そうするしかなさそうよな」
結局、今の我らには、それしかない。
マッピング上では北に進んでおる。
そして、授業では最深部は北側にあると習っておる。
ならば、このまま進めばよい。
我らは再び歩き始めた。
そうしてさらに時間が過ぎ、気づけば、空は赤みを帯び始めておる。
我は正面に沈みゆく太陽を眺めながら歩く。
…………。
………………。
はて?
正面に。
太陽?
我の足が止まった。
「マオ?」
少し先を歩いていたユウが振り返る。
だが、我は答えず、もう一度正面を見る。
沈みかけておる太陽。
間違いない。
それは今、我らが進んでいる方向に沈もうとしておる。
…………。
待て。
我はすぐさまスマートウォッチを確認した。
疑似デジタルマッピング。
我らの進行方向。
表示は『北』。
そして正面には、沈みゆく太陽。
…………。
何かがおかしい。
「ユウ」
「何?」
「我ら、とんでもない勘違いをしておるやもしれぬ」
「え? どんな?」
「ユウ。この太陽が外と同じように動いておるなら、沈む方角は西よな?」
「……うん」
そう。
授業でも習っておる。
自然現象が形成されている環境型では、太陽の動きや昼夜の変化も、原則として外と近い法則に従う。
無論、全てのダンジョンがそうだとは限らぬ。
だが、昨日から見てきた限り、ここの昼夜は外の時間経過と大きくずれておらぬ。
ならば。
正面に沈んでおる太陽は――。
我らが今進んでいる方向が西であることを示しているのではないか?
…………。
お。
ユウ。
その顔、気づいたようよな。
「ならば、今我らが進んでおる方向は――西、ということになるよな?」
「……そうなるね」
…………。
我はスマートウォッチに視線を落とす。
表示されている進行方向は『北』。
だが。
端末が間違えておるのではない。
間違えていたのは――。
「我らの方ぞ……」
「マッピングだね」
「うむ。疑似デジタルマッピングは、起動してから数歩進んだ方向を『北』として設定する。実際の北を調べておるわけではない」
「うん。そうだね」
分かっておった。
授業でも習っておる。
これは実際の東西南北を示すものではなく、探索中に歩いた経路を記録するためのもの。
それなのに。
「疑いもしておらなかった……」
「私も」
最深部は北。
そして、マッピングに表示されているのも『北』。
同じ言葉が表示されているだけなのに。
我らは何の疑問も抱かず、その二つを同じ方角だと思い込んでしまっておった。
だが、今その『北』と表示されている方向へ太陽が沈んでおる。
この空が外と同じ理で動いているという我らの考えが正しければ――。
「我らは昨日から、西を北だと思って進んでおったのか」
「……そうなるね」
…………。
なんということぞ。
一日どころではない。
昨日から今日まで。
我とユウ。
魔王と勇者。
二人揃って。
盛大に方向を間違えておった。
我、悔しい!
「しくじったの……。疑似デジタルマッピングを盲信してしまっておった」
「私も全然気づかなかった」
「うむ。我もぞ」
しかし、そうなると。
我は東側に見えていた森林に視線を向ける。
マッピング上では、あちらが東。
だが、疑似北が実際には西であるなら、その右側に見えていた森林は――。
「本当の北方向ということになるの」
「じゃあ、あっちの森に向かえばいいんだ」
「うむ。我らの考えが正しければ、あちらぞ」
…………。
何とも。
分かってみれば単純な話ぞ。
それなのに、一日以上も気づかなんだとは。
千葉先生。
我らの後ろから何を思って見ておったのであろうな。
…………。
今は考えぬでおこう。
「今から森に向かえば大丈夫だよね?」
「方向としては、そうであるな。だが――」
我は空を見上げる。
太陽はかなり低い。
あとどれほどで完全に日が落ちるのか。
それほど時間は残っておらぬように見える。
「今日は、これ以上最深部を目指して進むのは止めようぞ」
「森には入らない?」
「うむ。今から夜になる。暗い中、未知の森林に入るのは危険よ」
昨日、我ら自身で考えたことではないか。
森林は草原より視界が悪い。
どんなモンスターがおるかも分からぬ。
地形も不明。
迷いやすい。
そこへ夜まで加わる。
流石に条件が悪すぎるの。
「森林に入る前にセーフスポットを見つけられれば、今日はそこで一泊ぞ」
「そうだね。暗くなってから森に入るのは怖いし」
「うむ。その方がよかろう」
方向を間違えたからといって、焦って今日の遅れを取り戻そうとする必要はない。
それでさらに失敗しては意味がないからな。
間違えた。
ならば、修正する。
今はそれでよい。
それも訓練ぞ。
…………。
とはいえぞ。
我ら、結構な距離を無駄に進んでしまったよな。
後で千葉先生に何を言われるやら。
少し怖いの。
まあよい。
それは後のことであり、今は今夜の寝床を見つける方が先ぞ。
「さて、気を取り直して」
我は森林の方向に身体を向ける。
「ユウ。行くぞ」
「行こう、マオ」
「うむ」
今度こそ。
本当の北へ。
ただし、今日は森林まで無理に辿り着こうとはせぬ。
日が完全に落ちる前に、まずはセーフスポット。
クリスタルや周囲の地形を見落とさぬよう気をつけながら進むとしよう。
さて。
とりあえずは、セーフスポットを探しつつ進むかの。




