第73話 我、今度は考えて行動する
今回の見張りは、きちんとできたぞ。
否。
できなければならぬよな。
前回のように、クリスタルに気を取られて本来の役目を忘れるなど言語道断。
我、反省したのだからの。
夜の見張りは、我とユウが交代で行うことにした。
最初はユウ。
次は我。
我はスマートウォッチにアラームを設定し、先に眠る。
「マオ。時間だよ」
「うむ」
手首に伝わる振動と、ユウの声がほぼ同時。
丁度、交代の時間よな。
「おやすみ」
「うむ。おやすみ」
ユウと入れ替わり、我は大きな木の近くに座る。
周囲に意識を向けながら、夜明けを待つ。
特に何かが起きることもなく。
モンスターが近づいてくることもなく。
ダンジョンの中だというのに、頭上には星空が広がる静かな夜。
やがて、暗かった空が少しずつ白み始める。
草原には薄い朝霧が広がり、遠くの景色がぼんやりと霞んでおる。
草の先には細かな水滴。
風が吹くたび、朝露をまとった草が静かに揺れる。
…………。
うむ。
ダンジョンの癖に美しい朝ぞ。
今回は本当に何事もなく朝を迎えられた。
我、少し満足。
まあ、見張りとしては、それが一番なのであろうな。
何も起きぬし、何も見逃さぬ。
交代の時間が来れば、見張りを次の者に無事に引き継ぐ。
派手さはないが、それでよい。
我は一度周囲を確認してから、眠っている二人に近づいた。
「ユウ。先生。朝ぞ」
「う~~ん……」
ユウが簡易マットの上で僅かに身体を丸める。
「あと60分……」
「そこは五分だろ」
千葉先生。
我も同じことを思ったぞ。
ユウよ。
そういうボケはいらぬ。
「ほれ、起きよ。朝ぞ」
「う~~ん……分かった」
ユウが身体を起こし、大きく伸びをする。
その下にあるのは、昨日愛殿の試作品だと判明した簡易マット。
…………。
やはり、随分と快適そうではないか。
我の薄いマットも悪くはない。
悪くはないのだぞ?
だが、地面の硬さをほとんど感じておらぬようなユウの様子を見ると、少しだけ羨ましくなるの。
「どうだった?」
千葉先生も起き上がりながら、ユウのマットに視線を向ける。
「う~~ん。少し寝足りないけど、身体は楽」
「そうか」
ユウがマットを軽く手で押す。
「これ、結構いいよ。地面の硬さもあんまり感じなかったし」
「ほう、それはそんなにいいのか?」
…………。
先生。
やはり気になっておったのだな。
「先生の分、ママに聞いてみます?」
「頼む」
即答か。
千葉先生よ、羨ましかったのだな。
昨日から随分と見ておったものな。
うむ。
分かるぞ。
良い道具があれば欲しくなる。
ハンターならば当然よな。
…………。
だが、我のシートも良いものぞ?
小学校時代から使い続けている。
母上のキャラクターまで描かれておる。
思い出もある。
実用性もある。
…………。
千葉先生よ、欲しかろう?
「何を見てる、天神」
「なんぞ?」
我は己のレジャーシートに手を置き、少し胸を張る。
「先生も我のシートが欲しいのであろう? 家にまだストックがあったはずぞ」
「いや、要らない」
…………。
「即答?」
「要らない」
…………。
そう……であるのか。
我は自分のシートに視線を落とす。
母上の描いたキャラクターが、朝霧の中でも元気よく笑っておる。
よいものなのだが。
本当に、よいものなのだぞ?
何故だろう。
我、少し悲しい。
「マオらしくていいと思うよ」
「ユウよ。それは慰めか?」
「褒めてるよ?」
…………。
ならばよし。
多分。
「さて」
ユウが立ち上がり、自分の簡易マットに手を伸ばす。
「片づけて、ご飯食べよう」
「そうだな」
「……うむ。そうするかの」
何故。
我だけ妙な敗北感に襲われておるのであろうな。
解せぬ。
まあよい。
片づけてしまおう。
ランタン、簡易毛布、マット。
そして――。
お気に入りのレジャーシート。
…………。
我は丁寧に畳む。
端を合わせ。
折る。
また折る。
うむ。
いつもどおり綺麗ぞ。
誰が何と言おうとも、我はこれを使い続けるからの。
「マオ」
「なんぞ?」
顔を上げると、ユウがこちらを見ておった。
「どうする?」
「何をぞ?」
「ほら」
ユウが人差し指を立てる。
「スリープショート。使う?」
…………。
ああ。
それか。
我は少し考える。
昨夜は交代で休んでおる。
全く眠っていないわけではない。
だが当然、自宅のベッドで朝まで眠るほど十分な睡眠ではない。
スリープショートを使えば。
ほんの一分。
それだけで眠気と睡眠不足は消える。
今日の探索も、かなり楽になるであろう。
使える。
使えば便利。
しかし――。
「否。使わぬよ」
「いいの?」
「うむ」
我は畳んだシートを収納しながら頷く。
「ここで使えば、今回の訓練の意味が薄れてしまうからの」
スリープショートは我の能力。
いずれ本免許を取り、一人前のハンターとして活動するようになれば、使えばよい。
使えるものをわざわざ封じる必要などない。
だが。
今は違う。
我らは訓練中。
普通のハンターがどのように野営し、どの程度休み、疲労を抱えた状態でどう動くのか。
それを身につけるために来ておる。
そこで我だけ特殊能力を使い、常に万全の睡眠状態にしてしまえば――。
何も学べぬ。
「そうだな」
千葉先生も頷いておる。
「一人前になった後なら、俺は何も言わん。使える能力があるなら使え。それもお前の力だからな」
「うむ」
「ただ、前にも言ったが、今は基礎をしっかり覚えろ。自分がどれだけ休めば動けるのか。睡眠不足の時に集中力がどう落ちるのか。そういうのも知っといた方がいい」
「はい」
「うむ」
そうよな。
我、元の世界……否。
今でもスリープショートには随分と頼っておる。
元の世界では書類を溜め、追い込まれ。
一分眠っては仕事をして。
少し余裕ができればサボり。
その結果、また追い込まれて書類を溜める。
…………。
こうして思い返してみると。
あまり褒められた使い方ではなかったの。
しかも、今とて大して変わっておらぬ。
漫画。
ゲーム。
アニメ。
気づけば朝方まで堪能し、翌日眠くなればスリープショート。
…………。
便利なのだから仕方あるまい。
使えるものは使う。
うむ。
合理的。
そういうことにしておこう。
しかし、もし今ここにモロイがおれば、間違いなく嫌味を言われておるの。
『魔王様、いつも言っておりますが、能力を前提に生活をしないでください。部下に示しがつきませぬ。全く! 羨ましい!』
…………。
羨ましがっておったではないか!
説得力が途中で消えておるぞ、モロイ!
まあよい。
だからこそよな。
普段から便利な能力に頼っておるからこそ、今くらいは使わず、普通のハンターと同じように学んでもよかろう。
うむ!
今は、きちんと教わっていることを身につける。
それでよい。
「そうと決まれば、進むぞ。ユウ」
「うん」
ユウも片づけを終えて立ち上がると、すぐに草原の先、その向こうに広がる森林に視線を向けた。
「……でも、これからどうしようか」
「む」
我も同じ方向を見る。
朝霧の向こう。
昨日よりは近づいたものの、森林まではまだ距離がある。
その手前には、相変わらず広い草原が続いておる。
さて。
どう進むか?
昨日は、まず森林を目印に進んだ。
ならば、今日もひとまず森林の手前までは草原を進むのがよかろう。
問題は、その先よな。
草原は見通しがよい。
ただ、ミノバッファローもおる。
身を隠せる場所は少なく、複数の群れに囲まれれば面倒よな。
その一方。
森林には身を隠せる場所が多い。
しかし、木々に遮られて視界は悪くなるし、モンスターを見つけるのも遅れるやもしれぬ。
それに。
我らは、まだ一度もあの森林に入っておらぬ。
どのようなモンスターがおるのか。
どんな地形が広がっているのか。
何も分からぬ。
さらに――。
迷いやすい。
似たような木々ばかりが並ぶ中、スマートウォッチの地図があるとはいえ、昨日の草原よりルートの把握は難しくなるであろう。
「まずは森の手前まで、草原を進むかの」
「森には入らないの?」
「そこは、着いてから考える。今の我らには森の中の情報が少なすぎるからの」
「そっか」
「うむ。森に入れば、ミノバッファローとは出会わぬかもしれぬ。だが、未知のモンスターと遭遇する可能性もある。それに視界も悪く、道も見失いやすい」
それに比べれば、草原にいるミノバッファローへの対処方法は分かっておる。
突進を我が止め、ユウが仕留める。
無理に戦う必要がなければ、早めに見つけて距離を取ることもできる。
見通しがよい分、こちらが先に発見できる可能性も高い。
囲まれる危険はあるが、未知の相手と突然出会うよりは判断しやすい。
それに。
素材も――。
…………。
いやいや。
待つのだ、我。
昨日、何を言われた?
『お前ら、欲張りすぎ』
千葉先生の言葉が頭の中に蘇る。
…………。
そうであったな。
素材はもうよい。
今日の目的は素材集めではない。
今回の目的は、まず最深部に辿り着くこと。
危ない。
また目的を間違えるところだったの。
朝から早速、昨日の反省を忘れるところであったぞ。
「ユウ。ひとまず森の手前までは、このまま草原を進むぞ」
「うん」
「森に着いたら、中に入るかどうかは改めて考えよう」
「分かった」
うむ。
それでよかろう。
今ここで、まだ見てもおらぬ森の中まで決める必要はない。
まずは目の前の草原を進む。
森林の外縁まで辿り着いたら、地形や周囲の様子を確認して、その時にまた考える。
昨日と同じく、状況を見て。
その都度考えながら進む。
それが訓練なのだからの。
「では、行くか」
「うん!」
…………。
我は一歩踏み出し、止まった。
千葉先生よ。
何故、座ったままなのだ?
「お前ら、その前に何か忘れてるぞ」
「ん?」
何かあったか?
「朝飯」
「あっ」
「おおっ!」
進むことばかり考えて、すっかり忘れてしまっておった。
腹が減っては探索もできぬ。
我らは荷物から携帯食を取り出し、再び腰を下ろす。
…………。
また、同じ携帯食か。
流石に。
少し飽きてきたの。
味が悪いわけではない。
栄養も考えられておる。
保存も利くし、軽くて携帯性もよい。
ダンジョン探索には適しているのであろう。
そこは分かる。
分かるのだがの。
昨日も食べた。
その前も。
そして恐らく。
この先も。
…………。
まあ、仕方あるまい。
今の我らは、まだ仮免。
しかも、今回は訓練ダンジョン。
食料も、訓練用に用意されたものから必要数を申請し、その分を支給されておる。
我らが好きなものを選べる立場ではないのだ。
本免許を取り、自分たちで探索に出るようになれば、必要な食料も自分で選べるようになるのであろうな。
その時は。
味も種類も、もう少し考えて持ってこよう。
うむ。
我、それを楽しみにしておこう。
「携帯食というもの」
我は一口齧る。
何度も食べた味が口の中に広がる。
「便利なのだが、飽きが来るのが玉に瑕よな」
「私は結構好きだけど?」
ユウよ。
おぬし、魚以外なら大抵のものを美味そうに食べるではないか。
参考にならぬ。
我は朝霧の向こうに続く草原を眺めながら、もう一口携帯食を齧った。
さて。
二日目。
今日は昨日ほど寄り道せず。
少しでも先に進むぞ。




