第72話 我、お気に入りを披露
光の見えた大きな木に近づくにつれ、我の中で期待が確信に変わり始める。
木の根元。
地面から伸びる、幾つもの淡く輝く結晶。
クリスタルよ。
「なんとか、暗くなる前には見つけられたの」
「ギリギリだったね」
「うむ」
我は空を見上げる。
先ほどまで草原を赤く染めていた太陽は、すでに地平の近くまで沈んでおる。
青かった空も今では橙から紫に色を変え始め、木の影も随分と長くなっていた。
本当にギリギリぞ。
もう少し見つけるのが遅ければ、暗くなった草原の中で野営場所を探すことになっていたやもしれぬ。
それは流石に避けたい。
何処にモンスターがおるのか分からぬ中、視界まで悪くなるのだからな。
我らは木の周囲を一度確認する。
クリスタル。
その周囲にはモンスターの姿もない。
草にも、何かが頻繁に通ったような跡は見当たらぬ。
足元にも、不自然な仕掛けらしきものはない。
…………。
うむ。
ここで間違いなさそうだの。
「では、急いで準備するか」
「うん」
日が完全に落ちる前に、寝床だけでも整えておきたい。
我はシールドクローの収納部分を開く。
まずは、いつもの小型ランタン。
それから薄いマット。
簡易毛布。
前回の訓練ダンジョンでも使った、最低限の宿泊装備よ。
それらを順番に取り出しながら――。
「それと、今回はシートも持参だったよな」
忘れてはいかぬ。
我は折り畳んでおいたシートを取り出し、木の近くに広げる。
ばさりと開いたそれを見て。
「…………」
「…………」
何故か。
ユウと千葉先生が、我のシートを見つめたまま黙った。
…………。
なんぞ?
何故、そのような目で我を見る?
我は自分の広げたシートに視線を落とす。
母上の描いたキャラクターが、大きく印刷されたレジャーシート。
色鮮やか。
多少年季は入っておるが、破れもない。
十分使える。
何かまずかったかの?
「天神。それは?」
千葉先生が、何とも言えぬ顔で指差してくる。
「指定されておったレジャーシートぞ」
「いや、それは見れば分かる」
「ならば、何を聞いておる?」
「……それ、いつのだ?」
いつ?
何を今更。
「小学校時代からの愛用品ぞ」
「マオ。まだ持ってたんだ」
「おお。分かるか、ユウ」
「うん。遠足の時、いつもそれだったよね」
「そのとおり!」
流石ユウ。
長き付き合いだけあって、よく覚えておる。
これは我が小学校時代から使い続けている一品。
遠足に校外学習。
そして、ちょっとした行楽。
そうした時には必ずと言ってよいほど持っていった、由緒正しき我のレジャーシートぞ。
母上の作品のキャラクターまで描かれておる。
手放す理由などあるまい。
「お前……すげぇな」
「ふっ。そう褒めるでない、先生」
「褒めてない」
…………。
嘘よな?
何故なら、先ほどから我のシートに目が釘付けではないか。
それほど気になるということは、やはり羨ましいのであろう。
仕方ないの。
我の愛用品だから譲れぬぞ。
「マオらしいけど……まあいいか」
ユウまで何やら諦めたような顔をしておる。
解せぬ。
良いものなのだがの。
そんな我とは違い、ユウが取り出したものは随分と簡素だった。
薄く折り畳まれた一枚のシート。
模様もほとんどない。
見た目だけなら、我のレジャーシートより遥かに地味ぞ。
だが。
「む?」
ユウがそれを広げた瞬間、我は目を細める。
何ぞ、この素材。
薄い。
しかも、触ってみれば表面はさらりとしている。
布とも違う。
普通のビニールとも違う。
我が不思議に眺めていると、ユウが端についている小さなチューブを摘まんだ。
そこへユウが軽く息を吹き込む。
すると――。
「おお?」
薄かったシートが、見る見る厚みを増していく。
といっても、風船のように大きく膨らむわけではない。
身体を横にすれば、地面の硬さを和らげてくれそうな程度。
それが全体に均等に広がっていく。
「もしや、愛殿の試作品か?」
「そうだよ」
やはり。
「シートとしても使えるし、空気を入れれば簡易マットにもなる優れものなんだって」
「ほう」
我はしゃがみ込み、膨らんだ表面を指で押してみる。
適度に沈み、指を離せばすぐ元へ戻る。
軽く薄く畳める。
地面に敷くシートにもなり、寝る時にはマットにもなる。
なるほど。
荷物を減らせるわけか。
ダンジョン探索との相性はかなり良さそうぞ。
「ただ、今回は素材が足りなかったから、私の分だけだけど」
ユウが少し申し訳なさそうに我を見る。
「それは仕方あるまい。気にするな、ユウよ」
「ごめんね」
「謝ることではない。我にはこれがある」
我は己のレジャーシートを軽く叩く。
それに薄いマットもある。
寝るには十分。
羨ましくはないぞ。
ホントに。
…………。
さて。
寝床の準備を進めながら、我はスマートウォッチに視線を落とす。
今日一日で、どれほど進んだのであろうな。
記録された経路を見る限り、最深部の方向にはかなり進んでおる。
だが、この環境型ダンジョン。
何せ広い。
最深部まで、あとどれくらい残っておるのかまでは我にも分からぬ。
森林にすら、まだ辿り着いておらぬからの。
…………。
ええい!
飛んで行けば早いものを。
空から一気に進めば、地形を回り込む必要もない。
モンスターとの余計な戦闘も避けられる。
最深部を探すだけなら、遥かに効率がよいはずぞ。
だが、使える魔法を三種類に限定しておる故、飛行魔法は使えぬ。
…………。
不便。
実に不便。
力があるのに使えぬというのは、何とももどかしいものよな。
しかし、今学ばねばならぬことは基礎ぞ。
空を飛んで行ってしまっては、訓練の意味がない。
そう考えれば、この制限もあってよかったのであろうな。
…………。
悔しいがの。
「さて、お前ら」
「うぬ?」
千葉先生が携帯食の袋を開きながら、我とユウを見る。
「とりあえず、軽い反省会をするぞ」
…………。
もう?
まだ初日ぞ?
いや、その日の問題点は、その日のうちに確認するということか。
だが、反省会ということは――。
何か駄目なことがあった?
我は手にしていた携帯食に視線を落とす。
…………。
何ぞ言われるのであろうな。
我、少し憂鬱。
「携帯食を食いながらでいいから聞け。まず、戦闘面」
「う、うむ」
「はい」
千葉先生が我らを順番に見る。
「そこは特に言うことはない」
「よかった~~」
「うむ。一安心ぞ」
我、安堵。
良かった。
ミノバッファローの突進を我が止め、ユウが仕留める。
あの連携については問題なかったらしい。
戦闘について何か大きな失敗をしておったわけではない。
それだけでも安心ぞ。
「次。素材回収」
…………。
こちらか。
「実地で素材を回収するのは初めてだからな。最初はもっと戸惑うと思ってた」
「うむ。なかなか苦労したぞ」
「そうだね」
我は思わずユウを見る。
…………。
おぬし。
角を切っておっただけではないか?
セイヴェリアで根元から切って終わり。
我は吊って、切って、剥いで、肉や脂を落として、保存袋に詰める。
…………。
苦労の量に随分差があった気がするのだが?
まあよい。
ユウも周囲の警戒をしてくれておったからの。
「素材の処理そのものも、初めてにしちゃほとんど問題ない」
「おお」
「ただし」
…………。
来た。
「目利きは、もう少し鍛えた方がいいな」
「目利き?」
「ああ」
千葉先生が携帯食を一口食べてから、我らの背負ってきた素材に視線を向ける。
「角の中には、最初から傷が入ってるものがあった。皮もそうだ。一部に変色してるところがあっただろ?」
「…………」
あった。
確かに。
少し色の違う部分。
我は個体差かと思い、そのまま回収してしまった。
「そういう素材は、綺麗なものに比べて価値が落ちる」
「むう」
「傷がある角も?」
ユウが尋ねる。
「ああ。傷の場所や深さにもよるがな。素材として売るなら、状態はそのまま値段に響く」
なるほど。
ただ取ればよいというものではないのか。
倒した後。
剥ぎ取り。
保存。
そして、その前に。
そもそも取る価値がある素材なのかを見極める。
…………。
我らはそこまで考えておらなんだな。
「つまり、目を肥やすしかないということかの」
「そういうことだ」
「難しいね」
「まあな。俺も分かるようになるまでは苦労した」
千葉先生が僅かに肩を竦める。
「写真や資料だけ見て覚えられることにも限界がある。実物を見て、触って、失敗して覚えるしかない部分もあるからな」
「うむ」
それならば今日の失敗も無駄ではないということか。
「今のお前らには、若いっていうアドバンテージがある。本免許を取ったら、とにかく経験を積め。数をこなしてりゃ、嫌でも違いが分かるようになる」
「承知した」
「頑張ります」
こればかりは、すぐどうにかできるものでもなさそうだの。
ならば覚えるしかない。
見る。
比べる。
失敗する。
そして次に活かす。
うむ。
それしかあるまい。
「それから」
千葉先生の視線が、何故か少し厳しくなった。
「お前ら、欲張りすぎ」
…………。
千葉先生よ。
食いかけの携帯食で我らを指すでない。
「初めて売れるモンスター素材を取れたから、浮かれるのは分かる。だから今日は強く言わない」
「うむ」
「でもな。このままモンスターを見つけるたびに戦って、倒すたびに素材を剥いで、全部持っていこうとしてたら……」
千葉先生がそこで言葉を止める。
…………。
続きを言わなくても分かる。
我は今日一日のことを思い返す。
進む。
ミノバッファロー。
戦う。
倒す。
解体。
素材回収。
また進む。
またミノバッファロー。
また解体。
…………。
かなりの時間よな。
「予定期間に間に合わぬということか」
「そういうことだ」
「勿体ないね」
ユウが、心底残念そうに呟く。
…………。
ユウよ。
まだ欲しいのか?
「割り切れ」
千葉先生は即答。
「今回の目的が素材集めなら、好きなだけ狩ればいい。時間と荷物が許す限りな」
だが、千葉先生の声が僅かに低くなる。
「違うだろ」
「…………うむ」
そうであるな。
我らが今回ここに来た目的。
素材集めではない。
環境型ダンジョンの探索。
限られた物資と時間の中で進み、予定期間内に最深部に辿り着く。
これまでの訓練ダンジョンと同じなら、その先にはボスもおるはず。
そ奴を撃破し、無事に入口まで戻る。
少なくとも、そこまでを見越して進んだ方がよかろう。
「戦闘も、素材回収も、全部目的に合わせて判断しろ。取れるから取る。倒せるから倒す。それだけじゃ駄目だ」
…………。
耳が痛いの。
我、初めて金になる素材が手に入ると知った時、完全に浮かれておったからな。
皮。
角。
初めての戦利品。
そう思った瞬間。
我の頭から「訓練」という目的が少し薄れていた気がする。
「目的を忘れるなよ」
「分かりました」
「うむ。承知した」
我らは素直に頷く。
次からは気をつけよう。
モンスターに遭遇した時、本当に戦う必要があるのか。
戦った後、素材を取る価値があるのか。
そして、そのために使う時間が今の目的に見合うのか。
そこまで考えて判断せねばならぬ。
ハンターとは、ただ強ければよい仕事ではないのだな。
素材は、その途中で手に入る副産物にすぎぬ。
「よし」
千葉先生が残っていた携帯食を食べ切り、袋を小さく畳む。
「今日の反省会はここまで」
…………。
ふう。
思っていたほど怒られなんだな。
「じゃあ俺は寝る」
「もう寝るのか?」
「朝からここまで動いたんだ。休める時に休むのも仕事だ」
そう言いながら、千葉先生は自分の寝床へ向かう。
そして途中で足を止め、振り返った。
「見張り、しっかりやれよ」
「うむ」
「特に天神」
…………。
何故、我だけ名指し?
「前回みたいになるなよ」
「ぐっ!」
言わんでもよい!
あれは。
我も。
反省しておる!
前回の訓練ダンジョン。
見張りの最中にクリスタルに興味を持ち。
調べ始め。
サーチ魔法まで使い。
挙げ句、元の世界の我と繋がって――。
…………。
いや。
見張り自体は、きちんとできておった。
途中までは。
問題は、クリスタルを調べ始めてからよな。
完全に夢中になりすぎた。
今回は同じ失敗をするわけにはいかぬ。
「大丈夫ぞ。今度こそ」
「その言葉、信用していいんだろうな?」
「無論!」
我は胸を張る。
今度は大丈夫。
クリスタルがあろうとも、珍しいものがあろうとも、見張り中は見張り。
決して他のことに気を取られぬ。
そう、我は学ぶのだからの。




