第68話 我、暇人
そんなこともありつつ。
我はようやく報告書を完成させ、ダンジョンハンター協会に提出した。
長かった。
実に長き戦いであった。
何度パソコンの前から逃げようと思ったことか。
途中、元の世界の我との交信まで始まり、魂通話なる魔法の手掛かりまで見つかったというのに、結局最後に我を苦しめたのは報告書。
…………。
何とも締まらぬ話よな。
ともあれ、提出はした。
これで次の訓練ダンジョンに行ける!
――と思っておったのだが。
やはり、遅かった。
我がのんびり報告書を後回しにしていたせいで、千葉先生が立てていた予定が少しずれてしまったらしい。
訓練施設の予約。
移動。
宿泊。
その他にも色々と調整があるようで、報告書を出したからといって、すぐ翌日に出発できるわけではない。
その結果。
数日は暇ぞ。
…………。
我が作り出した暇とも言えるがの。
「で、我は何故ここに?」
我は目の前のポテトを一本摘まみながら、向かいに座るユウを見る。
「マオが付き合ってくれているからじゃない」
「それは分かっておる」
そうではない。
我が聞いておるのは――。
「何故、マッグなのだ?」
嫌いではないぞ。
むしろ、この手の店は結構好きだ。
注文すればすぐに温かいものが出てくる。
ポテトは旨い。
飲み物もある。
値段もそこまで高くない。
気軽に入って、食べたらそのまま出られる。
実によくできた店よな。
だが。
わざわざ休日に我を誘ってまで来る場所なのだろうか?
「何かあるのか?」
「それがね……」
ユウが手にしていたバーガーを一度置く。
何やら言いにくそうに視線を逸らし――。
「ないの」
「ないのか」
「うん」
…………。
ならば仕方ない。
何もないものを問い詰めたところで、何かが生えてくるわけでもあるまい。
我はもう一本ポテトを摘まみ、口へ運ぶ。
塩気。
油。
じゃがいもの甘み。
うむ。
旨い。
こうしてのんびり食べながら、人の流れを眺めるのも悪くないか。
今日は日曜日ということもあり、周囲には人が多い。
家族連れ。
我らと同じくらいの年頃の者。
買い物袋を幾つも持つ者や、スマホを眺めながら歩いていく者。
店に入ってくる者がいれば、食事を終えて出ていく者もおる。
皆、それぞれ違う目的があって動いておるのだろうな。
その流れを眺めながら、我はコップに手を伸ばす。
「たまには、こういうのんびりした休日もよいの」
「そうだね」
ユウが頷く。
「これはマオのおかげかな」
…………。
む。
ここで「うむ」と胸を張ってはいけない気がするぞ。
何故なら。
この数日の暇ができた原因。
我。
報告書を後回しにした結果。
千葉先生の予定がずれた。
そして今。
我ら、暇。
…………。
つまり。
我のおかげというより、我のせいでは?
「…………まあ、結果だけを見ればそうとも言えるかの」
「マオ、今ちょっと目を逸らしたよね?」
「気のせいぞ」
我は誤魔化すようにポテトに手を伸ばす。
それにしても――。
「しかし、よく食うの。相変わらず」
「一応、抑えてるよ」
「それでか?」
「うん」
…………。
おかしいの。
我はユウの前に広がる料理を改めて眺めた。
ビッグマグ。
テリヤキ。
チーズバーガー。
ポテトはLサイズ。
さらに、チキンマグナゲット。
飲み物はコーラ。
そしてシェイク。
…………。
これで。
抑えておる?
「ユウよ」
「何?」
「我の知る『抑える』という言葉と、おぬしの使っておる『抑える』は意味が違うのか?」
「同じだよ?」
「ならば、その量はなんぞ」
「お腹空いてたから」
なるほど。
…………。
いや。
なるほどではない。
幼い頃のユウは、ここまで食べる方ではなかった。
我と一緒に寿司屋へ行っても魚はほとんど食わず、肉や麺類ばかり選んではいたが、量そのものは普通だったように思う。
それが中学校へ入った辺りからだろうか。
随分と食べるようになった。
身体を動かす機会が増えたからか?
成長期というやつか?
それとも、元勇者としての身体能力と何か関係がある?
…………。
分からぬ。
だが、これだけ食べておるというのに、体型が大きく変わった様子もないのよな。
食ったものは何処へ消えておる?
我、少し不思議。
「本当にこれで抑えておるのか?」
「抑えてるよ。この後も歩くし」
「…………」
歩けばよいという問題なのか?
まあ。
ユウ自身が問題ないというのなら、我が気にしすぎても仕方あるまい。
「ああ、もうよい。それより、この後はどうする気なのだ?」
「え?」
ユウがポテトを摘まんだまま、きょとんとする。
「ここへ来ること以外に、何か予定があるのであろう?」
「ん~~」
…………。
その間。
嫌な予感。
「適当に歩いて、色々見て、気になったところがあったら寄って。それから帰ろうかと」
「…………」
「駄目?」
「いや」
我は首を横に振る。
「要は、適当だな」
「そうだね」
あっさり認めおった。
まあ。
いつものことか。
ユウは、たまにこうして何の計画も立てず動き出す。
理由を聞いても、何処かへ行きたいとか。
何となく外を歩きたいとか。
何か面白いものがあるかもしれないとか。
大体、その程度。
それだけで我を誘い、そのまま目的もなく歩き回る。
我としては、最初くらい目的地を決めておけと思わなくもない。
だが。
嫌いではないのだ。
そうやってユウについていった結果、今まで知らなかった店を見つけたこともある。
細い道の先にあった小さな菓子屋。
古びた店構えの中に珍しい漫画が並んでいた古本屋。
何を売っておるのか外からではまるで分からぬのに、入ってみれば面白い物ばかり置いてあった雑貨屋。
目的を決めて真っ直ぐ向かっておれば、恐らく見つけることはなかった。
無計画だからこそ見つかるものもある。
それを我は、ユウとこうして歩き回るうちに知った。
「ならば、早う食ってしまえ」
「マオもポテト食べてるじゃん」
「これは別ぞ」
「何が?」
「我にも分からぬ」
「何それ」
ユウが笑う。
我も残っていたポテトを一本摘まみ、口へ放り込む。
さて。
今日の予定。
なし。
目的地。
なし。
帰る時間も、まあ適当。
…………。
うむ。
たまにはそれもよかろう。
次の訓練ダンジョンへ向かえば、また忙しくなる。
それまでの僅かな休日。
何も考えず、ユウと街を歩くのも悪くない。
さて。
今日は一体、何を発見できるのやら。
我、少し楽しみになってきたぞ。




