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魔王と勇者 ~我、異世界転生した!~  作者: 珈琲ノミマス
第二章 ダンジョンへ行こう

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第66話 我、癖が治らず

 面倒なことになっておる。


 何が面倒なのかと言えば――。


 報告書よ。


 …………。


 我は今、自室の机に向かい、パソコンの画面を睨んでおる。


 画面いっぱいに並ぶ文字。


 今回の訓練ダンジョンについて、必要な内容をまとめた報告書。


 探索について。


 遭遇したモンスターについて。


 発見した罠。


 装備や弾薬の使用状況。


 そして、訓練中に起きたこと。


 書かねばならぬことは色々ある。


 無論。


 報告書を提出せねばならぬこと自体は、最初から知っておった。


 知っておったのだぞ?


 ただ――。


 まだ期限はある。


 今日は疲れた。


 明日でもよい。


 もう少ししてからでも間に合う。


 そう思って、後回しにしておっただけなのだ。


 …………。


 その結果。


「後回しにするな! 早く出せ!」


 千葉先生に怒られた。


 むう。


 耳に残っておる。


 いや。


 我が悪いのだがな。


 そもそも、この報告書。


 ただ訓練を終えたことを知らせるためだけのものではない。


 仮免ハンターには、正式なハンターになるまで利用できる支援制度がある。


 その名も――。


 仮ハンター実地訓練支援制度。


 訓練用ダンジョンに入るための費用。


 指定された範囲での宿泊費。


 移動費。


 それに、訓練で必要となる一部の消耗品。


 そうした費用を、ダンジョンハンター協会が事前に支援してくれる制度ぞ。


 まだ正式なハンターではない我らは、ダンジョンに潜って自由に稼げるわけではない。


 だが、本免許を取るには実地経験が必要。


 訓練するには金がかかる。


 金がないから訓練できぬ。


 訓練できぬから、本免許も取れぬ。


 そんなことにならぬよう設けられているらしい。


 うむ。


 実にありがたい制度。


 我もそこについて文句はない。


 むしろ、素晴らしいと思っておる。


 問題は――。


 使った後よ。


 訓練が終われば、何にどれだけ使ったのかを報告せねばならぬ。


 宿泊。


 移動。


 訓練施設。


 消耗品。


 さらに我の場合、魔王で使用した弾薬まで。


 そうした記録と訓練内容をまとめ、報告書として協会に提出する。


 そこで問題がなければ精算完了。


 支援された費用が正式に訓練費として処理され、次の訓練でも再び制度を利用できる。


 ちなみに。


 ユウはとっくに提出済み。


 …………。


 何故、あ奴はこういう時だけ早いのだ。


 いや。


 我が遅いだけか。


 ともかく。


 逆に言えば。


 報告書を出さぬ。


 精算が終わらぬ。


 次の支援を受けられぬ。


 無論、自費で訓練に行くという手もなくはない。


 だが、我はまだ15歳。


 銃もバイクも父上と母上に買ってもらっておるのだ。


 そのうえ訓練費まで出してくれなどと頼るのは、流石に違うであろう。


 ならば――。


 自費という選択肢はなし。


 つまり。


 予定しておる次の訓練ダンジョンに行けぬ!


 …………。


 何という罠。


 いや。


 罠ではない。


 完全に正当な制度ぞ。


 使った金について報告する。


 当然。


 国を治めていた我にも、それくらいは分かる。


 元の世界でも、国の金を使った者には報告を求めておったからな。


 むしろ、報告もせず次の金を寄こせなどと言われれば、我とて許さぬ。


 …………。


 ならば。


 今の我。


 完全に怒られる側ではないか。


 くっ。


 立場が変わると、こうも面倒に感じるものなのだな。


 ちなみに、この支援金は借金ではない。


 きちんと目的どおり訓練に使用し、期限内に報告と精算を済ませれば返す必要はない。


 ただし、余った分があれば当然返す。


 用途外に使うなど論外。


 そして、精算が終わるまでは次の支援も止まる。


 実に分かりやすい。


 分かりやすいのだが――。


 報告書。


 面倒。


 それでも提出期限まではまだ余裕がある。


 そう思い、我はのんびり構えておった。


 期限が近づくにつれ、協会から提出を促す通知も届くようになった。


 だが。


 まだ数日はある。


 今日でなくともよい。


 そう思い、我はまた後回し。


 …………。


 そして。


 期限が迫っても、我の報告書は未提出。


 当然、支援分の精算も止まったまま。


 ついにダンジョンハンター協会から、指導員である千葉先生に確認の連絡が入ってしまったのだ。


 そして。


 ほどなくして、我のスマホに着信。


 画面に表示されているのは――千葉先生。


 …………。


 嫌な予感しかしない。


 出た。


 怒られた。


 しこたま怒られた。


「なんで出さない! 必要なことだって俺、教えたよな!」


「う、うむ。だが、まだ期限があると……」


「協会から何回も通知が来てただろ!」


「それは……」


「いい加減、その期限ぎりぎりまで引き延ばす癖をやめろ! 中学時代にも何回説教したと思ってる!」


「そ、それは……」


「宿題でも何でもそうだっただろ! いい加減、直せ!」


「わ、分かった」


「いいか。今週中に提出しなかったら、今年はもう次の訓練ダンジョンには連れていかないからな」


「なっ!」


 それは困る!


 本免許の試験に挑めるまで、あと二つなのだぞ!


 折角ここまで来たというのに、報告書一つのせいで足止めなど、あまりにも情けないではないか!


「それに、提出しなきゃ今回の精算も終わらない。次の訓練費の支援申請も通らないからな」


「分かっておる……」


「分かってる奴は、さっさと出すんだよ」


「…………はい」


 ぐうの音も出ぬ。


 我が悪い。


 完全に我が悪いのだ。


 こうして。


 魔王たる我は今、次なるダンジョンに挑むため――。


 パソコンの前で報告書と戦っておる。


 …………。


 画面を見る。


 まだある。


 入力。


 確認。


 少し戻って修正。


 また入力。


 …………。


 面倒。


「モロイの奴がおれば……」


 思わず、口から漏れてしまった。


 元の世界であれば。


 こういう時こそ、モロイの出番だった。


 我が書類を溜めれば持ってくる。


 我が逃げれば追ってくる。


 机から離れようとすれば、何故か先回りしておる。


 最後には我の前に書類を積み上げ――。


『魔王様。こちら、本日中です』


 笑顔で逃げ道を塞ぐ。


 …………。


 当時は鬱陶しいと思ったものだ。


 もう少し我を自由にせよと、何度思ったことか。


 だが。


 今なら分かる。


 あ奴。


 必要だったのだな。


『頑張りましょう、魔王様。ご自身のせいですので、急いでください』


 …………。


 む?


 違う。


 今のは思い出ではない。


 パソコンの横に置いた端末から聞こえてきた声。


 AIモロイ。


 本物のモロイの口調を参考に、我が設定したAIアシスタントよ。


 予定管理。


 検索。


 忘れておることがあれば教えてくれる。


 実に便利。


 便利なのだが――。


「我は何故、こんな性格にしてしまったのであろうな」


『過去のモロイ様を参考に、魔王様ご自身が設定された結果です』


「分かっておるわ!」


 何故そこだけ正確に返してくる!


 AIモロイよ。


 もう少し我に優しくしてくれてもよかろう。


 本物のモロイの小言まで再現せずともよかったではないか。


 …………。


 いや。


 設定したのは我なのだが。


「マオ」


「む?」


「手、止まってるよ」


 …………。


 ユウ。


 おぬしまで。


 振り返れば、我のベッドに寝転がりながら漫画を読んでおる。


 しかも。


 我の母上の漫画。


 我が必死に報告書を書いているというのに、実にくつろいでおるな。


「ユウよ」


「何?」


「代わりに……」


「駄目」


 まだ最後まで言っておらぬぞ?


「我、何も言っておらぬが」


「報告書、代わりにやってって言うつもりだったでしょ」


「…………」


 何故分かった。


 我ら、長い付き合い。


 以心伝心というやつか?


「私、漫画読んでるから」


「我が苦しんでおるというのに?」


「自業自得でしょ」


「くっ!」


 正論。


 今日は正論ばかりが我を攻撃してくる。


 千葉先生。


 ダンジョンハンター協会。


 AIモロイ。


 そしてユウ。


 我に味方はおらぬのか?


 …………。


 いや。


 我のせいよな。


 分かっておる。


 さて。


 済ませるか。


 我は再び画面に向き直り、キーボードに指を置く。


 一つ入力。


 内容を確認。


 間違いを見つけて戻る。


 修正。


 また入力。


 部屋の中に響くのは、キーボードを叩く音と、ユウが漫画のページをめくる微かな音。


 それだけ。


 静かだ。


 静かなのだが――。


 …………。


 う~~む。


 疲れた。


 我は一度手を止め、椅子の背もたれに身体を預けた。


 目を閉じる。


 少しだけ。


 ほんの少しだけ休もう。


「マオ」


「なんぞ?」


「寝ないでね」


「寝ぬわ」


 信用されておらぬ。


 我は椅子から立ち上がると、そのままベッドの縁に腰を下ろした。


 ふう。


 目の奥が重いの。


 肩も少し凝っておる。


「マオ。できたの?」


「休憩ぞ。目が疲れた」


「あとどれくらい?」


「もう少し」


 もう少しではある。


 確かに終わりは見えてきた。


 だが。


 丸二日。


 我、突貫で進めておる。


 最初から少しずつやっておけば、このようなことにはならなかった。


 …………。


 今更思う事ではないの。


 我自身が一番よく分かっておる。


 ユウは漫画を閉じることもなく、ふと思い出したように口を開いた。


「そういえばさ」


「なんぞ?」


「クリスタルでの交信って、その後できたの?」


 …………。


 おお。


 そちらか。


 やはり気になっておったのだな。


「いや。できぬ」


「一回も?」


「うむ」


 我はベッドから腰を上げる。


 そして机に近づき、その上に飾るように置いてあるクリスタルを手に取った。


 最初の実地訓練。


 鳥取の訓練ダンジョンで拾ったもの。


 ただのクリスタル。


 少なくとも、見た目だけならばそう。


 だが。


 あの日。


 これを通じて、我は元の世界に残っている我と交信した。


 魂の複製によって生まれ、今も向こうの世界で魔王を続けている――もう一人の我。


 偶然。


 本当に偶然だった。


 どうして繋がったのか。


 何がきっかけだったのか。


 未だに分からぬ。


 我はクリスタルを持ったまま、再びベッドの縁に腰を下ろした。


「一人で魔力を注いだこともある。あの時を再現できぬかと思い、サーチ魔法で内部を探ってみたこともある」


「それでも駄目?」


「うむ。何の反応もせぬ」


 魔力を流す。


 一度止める。


 量を変える。


 サーチ魔法を使い、内部の性質を探る。


 我なりに思いつくことは幾つか試した。


 だが。


 あの日のように声が聞こえることはない。


 こちらから呼び掛けても返事はなし。


 元の世界に繋がっておるような感覚すらない。


 ただのクリスタル。


 そう思えてしまうほど静かだ。


「見せて」


「うむ?」


 ユウが片手を差し出してくる。


 …………。


 せめてベッドから起きよ。


 寝転がったまま手だけ伸ばすでない。


 そう思いつつも、我はクリスタルをユウの手のひらに置く。


 ユウは漫画を脇に置き、ようやく上半身を起こす。


 そして。


 クリスタルを顔の前まで持ち上げ、じっと眺め始めた。


 右から見る。


 左から見る。


 光に透かす。


 裏返す。


 …………。


 何を見ておる?


「魔力を注いでみよ」


「どうやって?」


「中に染み込ませるような感じぞ。無理に押し込む必要はない」


「こう?」


 ユウの手から、微かに魔力が流れ込んでいく。


 我はその様子を横から見守る。


「うむ。そのまま、中を探るように意識してみよ」


「中を……」


 ユウが眉を寄せ、クリスタルに意識を集中する。


 少しして。


 向きを変える。


 さらに魔力を流す。


 今度は両手で包み込む。


「…………」


「…………」


「う~~ん」


 駄目か。


 ユウも首を傾げた。


「分からないね」


「分からぬな」


 クリスタルが我の手に戻ってくる。


 我は掌に置かれたそれを見つめた。


 透明な内部。


 僅かに光を反射する表面。


 何処からどう見ても、あの日と変わらぬ。


 だというのに。


 何故、あの時だけ繋がった?


 我と向こうの我が、同じ魂から生まれた存在だからか?


 クリスタルそのものに何か条件があった?


 それとも、ダンジョンの中でなければならぬ?


 サーチ魔法も関係しておるのか?


 あるいは。


 我らの知らぬ、別の何か。


 …………。


 分からぬ。


 今のところ、分からぬことばかり。


「まあ、いいから」


「む?」


 ユウが机の方を指差した。


「そろそろ報告書」


「…………」


 忘れておった。


「……はい」


 そうよな。


 今はクリスタルより報告書。


 向こうの我との交信も気になる。


 ダンジョンマスターのことも気になる。


 送還魔法のことも。


 魂の複製のことも。


 調べたいことは山ほどある。


 だが。


 報告書を終わらせぬ限り、次の訓練ダンジョンに行けぬ。


 ならば。


 まずはこちら。


「よし」


 我は立ち上がり、クリスタルを机の上に戻す。


 椅子に腰を下ろす。


 画面を見る。


 あと少し。


 うむ。


 やってやろうではないか。


 我、魔王。


 報告書程度に負けてなるものか。


 我は指をキーボードに置いた。


 さて。


 頑張るぞ。


『あ~。我? 我よ。聞こえるか?』


 …………。


 指が止まる。


 今。


 聞こえた。


 聞き間違いではない。


 この声。


 以前の我と同じ声。


 だが、我は何も喋っておらぬ。


 ならば――。


 元の世界の我!


「えっ、何、この声?」


 …………。


 我は勢いよく振り返った。


 ユウが驚いたように顔を上げ、周囲を見回しておる。


 今。


 何と言った?


「ユウ。おぬしにも聞こえたのか?」


「う、うん。何か急に、頭の中に声が……」


 …………。


 まさか。


 我は机の上に置いたクリスタルへ視線を戻す。


 前は我と元の世界の我だけだった。


 なのに。


 今回は――。


 ユウの頭の中にも聞こえておるのか!?


 どういうことぞ?

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