第65話 我、目標に近づく
「全く、変なダンジョンよ」
「ホント。地味に精神的に疲れたよ」
「うるさい。ダンジョン自体は日帰りで終わっただけでもありがたいと思え」
むう。
千葉先生よ。
確かに、今回は一日で攻略を終えられた。
鳥取まで行った前回に比べれば移動も楽だったし、ダンジョン内で一泊する必要もなかった。
だが。
疲れというものには、肉体的なものと精神的なものがあるのだぞ。
我らは今、富士樹海の訓練施設から戻り、河口湖近くのホテルで夕食を取っておる。
窓の外はすっかり暗くなっており、昼間に潜っていたダンジョンの木造通路とはまるで違う、落ち着いた明かりに満ちている。
目の前には温かい料理。
湯気。
よい香り。
そして。
我の前にはサラダに肉と魚。
うむ。
旨いの。
これよ。
我が求めておったのは、こういう平穏ぞ。
水を頭から浴びせられることもない。
板で脛を叩かれることもない。
カエルが勝手に罠を踏むこともない。
何より、目の前の料理が突然ひっくり返るような仕掛けもない。
…………。
ないよな?
我、少し警戒。
「あと二つだ」
む?
千葉先生が料理を口に運びながら、何気なく呟く。
「む。何がだ?」
「今のお前たちなら、あと二つ。残る訓練ダンジョンを攻略すれば、本免許の試験に挑める」
…………。
おお!
「そうなのか!」
「ああ」
我、嬉しい!
ついに本免許。
仮免を取った時にも嬉しかったが、あれはあくまで仮。
訓練や指導者の同行を前提に、ようやく本格的なダンジョンに入るための一歩を踏み出しただけ。
だが、本免許となれば話は違う。
正式なハンター。
我がずっと目指してきたものが、いよいよ手の届くところまで来ておるということか。
「でも、こんなに早くていいんですか?」
ユウが少し意外そうに尋ねる。
む。
確かに。
言われてみれば、我も気になるの。
「白崎。お前たちは別格だ」
千葉先生は箸を置き、我とユウを順番に見る。
「普通は何回も鳥取の訓練ダンジョンに挑んで、次の訓練へ進めるだけの経験を積む。歩き方、休み方、罠の見方、モンスターへの対処、装備の管理。そういうものを実地で身につけていくんだ」
「何回も?」
「ああ。一回入って、すぐ次へ進める方が珍しい」
ほう。
「早い奴でも一年くらい。時間がかかる奴なら、学校を卒業するまで訓練を重ねて、ようやく必要なところまで届く。それが普通だ」
「そんなにかかるんだ……」
ユウが目を丸くしておる。
我も少し驚いた。
前回の鳥取。
我らにとっては初めての実地訓練。
確かに失敗は多かった。
時間感覚を失い。
連携でぶつかり。
休憩や見張りでも注意され。
我に至っては、セーフスポットで別のことまでして怒られた。
…………。
うむ。
思い返すと色々やらかしておるな。
だが。
「お前たちは、それを一回で攻略した」
千葉先生が続ける。
「しかも、今回もだ。途中で罠に振り回されてはいたが、探索そのものは問題ない。見つけた罠は記録してたし、帰路を考えてマーキングもしてた。戦闘でも前回の反省を生かしてた」
…………。
おお。
褒められておる。
「なるほどの」
要するに。
一般の仮免ハンターや学生は、訓練ダンジョンに何度も入り、そこで経験を積む。
罠。
地形。
モンスター。
休憩。
食料。
装備。
戦闘。
そして撤退の判断。
学校で習った知識を、頭で知っているだけではなく、身体に染み込ませていく。
それが標準。
ならば――。
我らは、まあ。
チート状態よな。
我、魔王。
ユウ、元勇者。
今は二人とも人間の少女ではある。
それでも、我らの身体能力は人並みを大きく上回っておる。
さらに我には、魔王だった頃の知識と経験がある。
ユウも記憶こそほとんど残っておらぬが、勇者だった頃の動きが身体に染みついている。
剣を握らせれば、初めてとは思えぬ動きをする。
危険が迫れば、考えるより先に身体が反応することもある。
つまり。
他の者が一から身につけていくものを、我らはいくつか最初から持っておる。
スタート地点そのものが違うということか。
…………。
おお。
これ。
漫画でよくあるやつではないか?
周囲が何年もかけて覚えることを、主人公だけ異常な速さで突破していく。
我ら、今まさにそれ。
我、少し興奮。
「まあ、足りないと感じるなら、何回でも訓練ダンジョンには入ればいい」
「入ってもよいのか?」
「当たり前だ。試験を受ける条件を満たした後だって、訓練しちゃ駄目になるわけじゃない」
それはそうか。
「ただし、今のお前たちが同じ場所に何度も入っても、大した経験にはならんだろうな」
「何故だ?」
「もう構造を知ってるだろ」
…………。
ああ。
確かに。
「何処に何がいるか。どういう罠があるか。どう進めばいいか。一度攻略して覚えちまえば、次からは初見じゃない。それに、お前らとモンスターの力の差も大きい」
「そうであるか」
「訓練ってのは、ただ数をこなせばいいってもんでもないからな」
なるほどの。
確かに、同じ場所を何度も歩けば慣れはする。
だが。
未知の場所で何が起きるか分からぬ状態で判断することとは、また違う。
そう考えると、残る二つの訓練ダンジョンが少し楽しみになってきたぞ。
次はどのような場所なのだろうな。
…………。
できれば、悪戯系はもういらぬ。
「マオ、魚食べて」
「む?」
考え事をしていた我の前へ、ユウが自分の皿を差し出してくる。
「代わりに肉もらうね」
「……よいが」
我は差し出された魚と、我の皿から当然のように持っていかれる肉を見る。
「おぬし、もう魚は食えるであろう」
「食べられるよ。まだ少し苦手だけど」
「なら何故、我に渡す?」
「肉は正義」
…………。
何ぞ、その理屈。
中学に入った頃は、弁当の魚を見ただけであれほど嫌がっておったというのに。
三年間で随分と慣れたものよな。
今では普通に食えるし、美味いとも分かっておる。
ただ、自分から進んで選ぶほど好きになったわけではないらしい。
だからといって、我の肉を勝手に奪ってよい理由にはならぬがな。
…………。
まあ。
ユウだしの。
それに我、魚は好き。
ならばよいか。
我はユウから渡された魚を口へ運ぶ。
うむ。
こちらも旨い。
「白崎。少しはマナーを覚えろ」
千葉先生が呆れたようにユウを見る。
「マナー、いります?」
いるであろう。
我でも分かるぞ。
「いる」
千葉先生も即答。
「ハンターってのは、一応自由業ではある。協会を通して依頼を受けて、自分でダンジョンを選んで潜る奴も多い」
うむ。
我が想像しておったハンターも、それに近い。
ダンジョンで回収したクリスタルや素材を卸す。
依頼を受けてダンジョンに入り、求められた仕事をこなす。
そうして、素材の代金や依頼の報酬を得る。
ある程度、自分で働き方を決められる職業。
「ただ、今はそれだけじゃない」
む?
「働く場所によって、ハンターの立場もかなり変わってきてる」
働く場所?
それはどういうことぞ?
我は箸を止め、千葉先生を見る。
「お前たちはまだ年齢的に本格的なスカウトは来ないだろうが、今じゃ企業に所属するハンターも珍しくない」
「企業に?」
「ああ。例えば、ダンジョン素材を扱う会社が、自社で必要な素材を安定して確保するために専属ハンターを雇う」
なるほど。
欲しい素材があるたび、外部のハンターへ依頼する。
それでもよい。
だが、継続的に必要となるのであれば、自分たちでハンターを抱えてしまった方が都合がよい場合もあるということか。
「他にも大学や研究機関だな。研究に必要なクリスタルやモンスター素材を集めるため、専属でハンターを雇ったり、調査に同行してもらったりする」
「ほう」
面白いの。
我が思っていたより、ハンターという職業も随分と幅が広いようだ。
ただダンジョンに潜り、素材を持ち帰るだけではない。
企業。
研究。
教育。
所属する場所や受ける仕事によって、求められるものも変わる。
「だからマナーも必要なんだよ。仕事相手がいつもハンターとは限らない。企業の人間や研究者と食事することだってある」
「なるほど……」
ユウよ。
何故、そこで少し残念そうな顔をする。
食事の仕方くらい覚えればよかろう。
「かくいう俺にも、スカウトが来てる」
「おお」
「凄い! 何処からですか?」
ユウがすぐに食いついた。
千葉先生は何とも言えぬ顔で、そんなユウを見る。
「お前の母親だよ」
「ママ?」
「ダンソウアーマーの白崎さんから持ち掛けられてる。お前たちが独り立ちしたら、うちに来てほしいってな」
「ママが!」
「流石よ」
我、感嘆。
流石、愛殿。
相変わらず抜け目がない。
三年間、我が子の担任を務めた人物。
現役のS1級ハンター。
しかも、ダンジョン科で我らを鍛えてきた指導者。
実戦経験も豊富。
装備についても詳しい。
さらにダンソウアーマーとは、千葉先生の装備を通して以前から接点がある。
そんな人物との縁を、さらに太くしようとしておるわけか。
うむ。
実に愛殿らしい。
以前、我にラッシュガードを渡した時もそうだった。
さりげなく母上との仕事に繋げようとしておったからな。
隙あらば商機。
使える縁は太くする。
流石よ。
…………。
もしや。
そのうち、成長した我とユウにも声を掛けてくるのではなかろうか。
何せ、今の装備もダンソウアーマー製。
実際に使っておる我らが、そのまま専属ハンターにでもなれば――。
…………。
あり得る。
非常にあり得るぞ。
愛殿ならば、もう考えていても不思議ではない。
「まあ、俺も昔より知名度が上がったからな」
「知名度?」
「これも細崎先生の最新作のおかげだ」
ああ。
なるほど。
「そういえば、インタビューを受けておったの」
「単行本の巻末にも、先生のサイン付きコメントが載ってたよね」
「あれな……」
千葉先生が僅かに視線を逸らした。
我の母上。
天神由紀。
漫画家として使っておる名は、細崎由紀。
その母上が新たに描き始めた作品。
『ハンターソウルズ』
仲間を失い、一人でダンジョンへ潜り続けていた孤高のハンター。
そんな主人公が様々な出会いを重ね、気づけば再び多くの仲間に囲まれながら前へ進んでいく。
王道。
実に王道。
だが、それがよい。
我も読んでおるが、なかなか面白いぞ。
何より、ダンジョン内部の描写が妙に細かい。
歩き方。
周囲の警戒。
モンスターとの距離。
武器を抜くタイミング。
負傷した時の判断。
装備の扱い。
そうした部分が、普通の漫画とは少し違う。
理由は簡単。
目の前におる、この御仁。
千葉先生が監修しておるからだ。
そして。
主人公。
…………。
どう見ても、少し千葉先生に似ておるよな。
本人は否定するかもしれぬが。
「おかげで、たまに街でも声を掛けられるようになった」
「おお。人気者ではないか」
「勘弁してくれ。仕事帰りに『ハンターソウルズの千葉さんですよね』って言われた時はどうしようかと思ったぞ」
そう言いながら、千葉先生は小さく息を吐く。
迷惑そう。
実に迷惑そうな言い方。
だが。
…………。
千葉先生よ。
その顔。
満更でもないのではないか?
口元が僅かに緩んでおるぞ。
我、見逃さぬ。
「重版もかかったと母上が言っておったの。これも先生のおかげよ」
「俺じゃないさ」
千葉先生は首を横に振る。
「俺がやってるのは、変なところがないか確認してるくらいだ。話を作って、キャラクターを動かして、読ませる漫画にしてるのは細崎先生だろ」
「それでも、先生が監修しておるからこそ、あれだけ実戦に近い描写ができるのではないか?」
「それを漫画として面白く見せられるのが凄いんだよ」
ふむ。
そこは譲らぬか。
千葉先生。
母上のファンだからの。
だが。
まあ。
我も同意ぞ。
実際にハンターとして経験した千葉先生の知識。
それを受け取り、漫画として誰でも楽しめる形にする母上。
どちらか片方だけでは、今の『ハンターソウルズ』にはならなかったのであろう。
「まあ、そうでもあるの」
何せ。
我、自慢の母上だからの。
…………。
うむ。
魚も旨い。
母上の漫画も好調。
本免許の試験に挑めるまで、あと二つ。
今日は悪戯ダンジョンで散々な目に遭ったが――。
終わってみれば。
なかなか良い一日ではないか。




