第62話 我、まだ語り、誓う
食事を終えたのだが、どうも千葉先生はまだ詳しく聞きたいようだの。
店を出た我らは、車で海沿いにやって来ておる。
そして、少し歩いて砂浜までやってきた。
夜の海。
春の夜ということもあってか、人の姿もほとんどない。
暗い海面に波が寄せては返し、その音だけが静かに耳に届いてくる。
うむ。
波の音が心地よいの。
人もおらぬし、先ほどの続きを話すにはちょうどよかろう。
…………。
しかし、ユウ。
おぬし、まだ食べるのか?
その手に持っておるアイスは何ぞ?
先ほどのコースにも、しっかりデザートが出ておったであろうに。
「話の続きだが」
千葉先生が海を眺めながら口を開く。
「自然魔法っていうのは、俺が教えた範囲にある魔法か?」
「否。他にもあるぞ」
「他にも?」
「例えば、土魔法よ」
「土魔法か……それは、まだ知らないな」
ふむ。
やはり、この世界ではまだ確認されておらぬ魔法もあるのだな。
まあ、ダンジョンが現れてから魔法を研究し始めた世界。
我のいた世界とは、積み重ねてきた年月そのものが違う。
「マオ。生命魔法って、回復魔法のことなの?」
む。
ユウ。
もうアイスを食い終わったのか?
流石よ。
いや、感心しておる場合ではないな。
「それも否ぞ。回復魔法も含まれるが、それだけではない」
「じゃあ、他には?」
「蘇生魔法や解毒魔法。それに……まあ、あまり使うものではないが、毒魔法や絶命魔法なども生命魔法に含まれるの」
「回復と毒と即死が同じ分類なのか?」
「うむ」
「マジで括りがでかいな……」
千葉先生。
呆れるでない。
我とて、この世界の細かい分類に慣れた今となっては、大雑把だと思わぬでもないがな。
「でも、命とか身体に関係する魔法をまとめて生命魔法ってこと?」
「大まかには、そう考えてよいぞ」
「なるほど」
ユウは納得したように頷く。
うむ。
ユウの方が素直に聞いてくれるではないか。
「じゃあ、生活魔法は?」
「そこには、我が得意としておる操作魔法も含まれるの」
物を浮かせる。
離れた場所から動かす。
形を整える。
我が日常的によく使っておった魔法よな。
「そのほかにも、身体の汚れを落とす洗浄魔法。衣服を綺麗にする洗濯魔法。雨を防ぐ傘魔法。暑い日に身体を涼しくする魔法など、生活に根付いたものが多い」
「なんだそりゃ?」
「それって、洗濯機いらず?」
…………。
この二人。
反応の違いが実に面白いの。
千葉先生は呆れ、ユウは目を輝かせておる。
「う~~む。洗濯魔法については、この世界へ来てから少し考えが変わったぞ」
「どういうこと?」
「我、この世界で細菌なるものを知ったからの」
元の世界にいた頃は、汚れが落ちれば綺麗になったと思っておった。
だが、この世界には目に見えぬほど小さな生物までおるというではないか。
初めて顕微鏡で見た時は驚いたものよ。
「洗濯魔法で見た目の汚れや臭いは落とせる。だが、細菌まできちんと取り除けておるかは我にも分からぬ。洗剤を使い、水で洗い流す仕組みまで分かっておる、この世界の洗濯の方が我は安心できるの」
「魔法使えるのに洗濯機を勧めるのかよ」
「よいものはよい。それだけぞ」
何故、そこで呆れる。
折角教えておるのだ。
素直に聞くがよい。
「じゃあ、時空魔法は?」
千葉先生が少し考えながら我を見る。
「どんな魔法なんだ?」
「空間や位置、重力などに干渉する魔法ぞ」
「空間に?」
「うむ。例えば、迷路魔法」
我は指先で軽く円を描く。
「本来なら真っ直ぐ進んでおるはずなのに、いつの間にか同じ場所へ戻ってくる。そのように周囲の空間を歪ませることもできる」
「他には?」
「光の通る空間を歪ませる透明魔法や、飛行魔法。それに重力魔法などもあるぞ」
「それはすげぇな」
「万能じゃん!」
「いや、そうでもない」
我は首を横に振る。
「こういった魔法は、かなり集中せねばならぬ。それに、自分の周囲がどうなっておるのか、地形や位置関係もある程度把握しておく必要がある」
適当に魔力を流せば使えるようなものではない。
我とて、何も考えずに使っておったわけではないぞ。
「この世界の言葉で言うのであれば……そうだの。空間認識能力というものが優れておらねば、まともに扱えぬ魔法が多い」
「じゃあ、誰でも覚えられるわけじゃないんだ」
「うむ。使える者は一握りよ」
向き不向きというものは、魔法にもある。
どれほど魔力を持っておろうと、扱えぬ者には扱えぬ。
逆に、魔力そのものは少なくとも、特定の魔法だけ異様に上手い者もおった。
我は話しながら、ふと夜空を見上げる。
…………。
おお。
星が綺麗に見えるの。
東京では、ここまで多くの星を見ることはできぬ。
黒い空に、小さな光が幾つも瞬いておる。
波の音を聞きながら眺める星空。
うむ。
悪くない。
「じゃあ……最後の禁忌魔法って?」
ユウの声に、我は空から視線を戻した。
…………。
ユウ。
それを聞くか。
おぬしには、少し酷な話になるぞ。
「禁忌魔法は、生贄を前提とした魔法よ」
ユウの表情から、先ほどまでの気楽さが消えた。
「生贄……」
「うむ。より正確に言えば、魂を贄とし、世界そのものに干渉する魔法ぞ」
召喚魔法。
送還魔法。
我がユウを元の世界へ帰すために使ったものも、この禁忌魔法に分類される。
「召喚魔法と送還魔法が、それぞ。他にもあるが、今話せるのはこの二つよ」
「…………」
ユウの声が止まった。
先ほどまでアイスを食べながら聞いておったというのに、今は何も持たぬ手を静かに下ろしておる。
「天神」
「なんぞ?」
「それは、何故禁忌なんだ?」
千葉先生の低い声。
「生贄が必要だから、それだけなのか?」
…………。
鋭いの。
「否。それだけではない」
我は海に視線を向けた。
暗い水面に、遠くの明かりが僅かに揺れておる。
「禁忌魔法は、差し出す魂の量と質によって、起こせる現象そのものを強化できるのだ」
「量と……質?」
「うむ。多くの魂を使えば、それだけ大きな力となる。強い魂であれば、同じ数でも得られる力は変わる」
だからこそ禁忌。
必要な犠牲を増やせば、より大きな奇跡を起こせてしまう。
そんなものが広く使われるようになれば、どうなるかなど考えるまでもない。
「それって……」
ユウが自分の手を見る。
その顔から、何を考えておるのかは何となく分かる。
「うむ。前世の勇者が、あれほど強大な力を持っていた理由の一つも、恐らくそれぞ」
我には敵わなかった。
だが、それは我が魔王だったから。
何の力も持たぬ普通の人間が、いきなり魔王城まで単身で乗り込み、我の首を落とそうとできるほどの力を得る。
どう考えても、尋常ではない。
「元々は普通の人間であった勇者が、あそこまで強くなった。それだけの力を与えて召喚したとなれば、相当な数の魂が犠牲になっておるはず」
我が前世のユウを見た時に考えた限りでは、数百人規模。
無論、実際に何人使われたのかは知らぬ。
だが、決して少なくはなかったはずだ。
「それって……」
ユウの声が震える。
自分の手を見つめたまま、ゆっくりと握り締めた。
「今の私の力も……たくさんの人が犠牲になったからあるってこと?」
…………。
やはり、そこへ行き着くか。
「前世の勇者として得た力については……恐らく、そうであろうな」
「…………」
ユウの手に、僅かに力が入る。
だが。
今のおぬしが持つ力まで、同じ理由によるものとは限らぬ。
「ただし、今のおぬしが持っておる力まで、前世からそのまま持ち越したものだとは我は考えておらぬ」
「え?」
ユウが顔を上げる。
「言ったであろう。送還魔法を使えば、生まれた時点まで戻るとな」
「うん……」
「ならば、召喚された後に与えられた勇者の力まで、そのまま持って生まれ直しておるのはおかしい。少なくとも、我が知っておる送還魔法ならばな」
前世の身体。
召喚された際に与えられた力。
本来ならば、それらまで持ち越す魔法ではないはず。
だというのに、今のユウには強大な力がある。
それだけではない。
「おぬしの動きもそうぞ」
「動き?」
「うむ」
剣の握り方。
踏み込み。
攻撃を避ける時の身体の使い方。
そして、戦いの最中に時折見せる判断。
初めて習ったはずなのに、まるで以前から知っていたかのように身体が動くことがある。
「ユウの身体には、勇者であった頃の感覚が残っておる。それに、断片的とはいえ、前世の出来事まで夢として見ておる」
これも不思議なのだ。
本来ならば、元の世界での記憶は失われているはず。
だというのに、ユウには時折その片鱗が現れる。
「なんか、漫画とかアニメみたいだな」
む?
千葉先生が海を眺めながら、ぽつりと呟いた。
「漫画?」
「ああ。あるだろ。生まれ変わっても、魂に前世の記憶が残ってるとか、何かをきっかけに思い出すとか」
「あるね」
ユウが頷く。
うむ。
我も何度か見た覚えがあるぞ。
「もちろん、創作の話だ。現実に魂へ記憶が残るなんて証明されてるわけじゃない」
千葉先生はそう前置きしてから、我とユウを見る。
「ただ、お前らを見てると、ただの作り話とも言い切れんと思っただけだ」
なるほどの。
確かに、考え方としては面白い。
魂そのものに記憶や経験の一部が残り、それが何かをきっかけに表へ出る。
ユウの夢や身体に残っておる感覚も、それならば説明できるかもしれぬ。
無論。
ただの想像に過ぎぬがな。
そして、記憶については分からぬが――。
今のユウが持つ力についてなら、我にはもう一つ心当たりがある。
「ユウ。今のおぬしの力については、別に考えられることがある」
「何?」
「禁忌魔法は、贄にする魂の量だけではなく、その質によっても起こせる現象が変わると話したであろう」
「うん」
「そして、我がおぬしを送り返すために用意したのは、魂の複製によって生み出した我の魂ぞ」
「マオの魂……」
「うむ。我ほどの魂なら、一つでも送還魔法の代償として十分すぎるほどの力があった」
何せ、我、魔王。
魂の強さにも、それなりの自信はある。
だが。
もしかすると、それが強すぎたのかもしれぬ。
「グオウ王国は、多くの魂を犠牲にしておぬしを召喚し、その結果、前世のおぬしは勇者として強大な力を得た」
「うん……」
「ならば逆に、我の魂を代償として使った送還魔法でも、本来の送還に必要な分を超えた力が、召喚の時と似た形でおぬしへ作用した可能性がある」
「余った力が、私に?」
「そのようなものかもしれぬな」
我自身、禁忌魔法がこのような働きをするなど聞いたことはない。
だが、そもそもあの送還魔法は、我の知るとおりには発動しなかった。
元の世界にはもう一人の我が残り、我までユウと共にこの世界へ生まれ変わった。
どの魂が、どのように代償として作用したのか。
何故、我まで巻き込まれたのか。
そのすべてが、今も分からぬまま。
「だからの。送還のために用意した我の魂が持つ力。その一部が何らかの形でおぬしに作用し、今の力へ繋がったのではないかと我は考えておる」
「じゃあ……今の私の力って、マオから?」
「我は、そう考えておる」
だが。
ここは勘違いしてはならぬ。
「ただし、証明できたわけではないぞ。あくまで、我が知っておる禁忌魔法の仕組みから考えた推測よ」
「じゃあ、昔の私くらい強いの?」
「それも分からぬ。もし我の推測どおりなら、今のおぬしが秘めておる力は、あの時の勇者に匹敵する……あるいは、それ以上である可能性すらある」
「それ以上……」
「だが、力を持っておることと、使いこなせることは別ぞ」
我はユウを真っ直ぐに見る。
「今のおぬしは、まだ訓練の途中だからの」
「そっか」
ユウが自分の手を見つめる。
先ほどまでとは違い、その表情に怯えはない。
「マオの魂が……私の中にあるの?」
うむ?
何故、そこで少し嬉しそうなのだ。
「魂そのものがおぬしの中に入っておる、と言っておるのではないぞ。送還魔法の代償となった我の魂が生み出した力。その一部がおぬしに作用したのではないか、という話よ」
「そっか……」
何故、今度は少し残念そうにする。
「ただ、我の魂を使った送還魔法が、今のおぬしの力に関係しておる可能性は高いと我は考えておる。それ以上は、まだ分からぬ」
「うん」
む?
今度は嬉しそうに笑ったな。
何ぞ、その顔は。
…………。
まあ、よい。
嬉しいのであれば。
うむ。
ならば、よし。
…………。
そうだ。
一応、もう一つ懸念しておることも伝えておくかの。
「一つ、懸念しておることがある」
「なんだ?」
千葉先生がこちらに視線を向ける。
その前に。
我から一つ、謝っておかねばならぬな。
「千葉先生よ。巻き込んですまぬ」
「急になんだよ」
「今後、元の世界のグオウ王国が何らかの形でこの世界に干渉してくる可能性を、我は捨てきれぬ」
「……なぜ、そう思う?」
そう。
奴らが再び何かをすると決まったわけではない。
そもそも、今のグオウ王国がどうなっておるのかすら、我には分からぬ。
だが、我は初めて勇者と会った時から、一つだけ引っかかっていた言葉があるのだ。
「元の世界で初めて会った時、勇者はこう言っておった」
我は、あの時のユウの言葉を思い返す。
「『変な連中に拉致されたと思ったら、世界を救ってくれって、いきなりこの異世界に飛ばされて』とな」
「それって……」
ユウが僅かに目を見開いた。
「私、召喚される前に攫われたってこと?」
「そうなるの。少なくとも、あの時のおぬし自身は、そう認識しておった」
そして、問題はそこ。
ユウが元々暮らしていたのは、この世界。
そのユウが「変な連中に拉致された」と言い、その後に我のいた世界へ飛ばされた。
「……確かにな」
千葉先生が腕を組む。
「その言葉どおりなら、少なくとも召喚される前に、白崎自身は何者かに攫われたと認識していたってことになる」
「うむ」
流石、千葉先生。
我が気にしておることを理解してくれたようだの。
グオウ王国の者が直接この世界まで来ておったのか。
この世界で奴らに協力する何者かがおったのか。
あるいは、我の知らぬ方法でユウを連れ去ったのか。
そこまでは分からぬ。
だが――。
「少なくとも、奴らがこの世界にまったく干渉できぬと決めつけるのは危険ぞ」
過去に一度、ユウはこの世界から連れ去られておる。
ならば、二度目は絶対にない。
我には、そのように楽観することはできぬ。
「グオウ王国が今も同じことを企んでおるのか。それすら我には分からぬ。だが、再び何かが起きる可能性が僅かでもあるのなら、警戒しておくに越したことはなかろう」
これこそ、我がずっと警戒してきたこと。
だからこそ我は、ユウを守るためにハンターを目指したのだからの。
「そっか……」
ユウが自分の手を見つめる。
だが、すぐに顔を上げた。
「でも、今の私なら簡単には攫われないよ」
「うむ。我もそう思うぞ」
あの時とは違う。
前世のユウは、この世界ではただの人間だった。
異世界に召喚されてから勇者としての力を得た。
だが、今は違う。
勇者としての力が残り、訓練を重ね、戦い方まで身につけておる。
何より――。
「今は我もおる。それに千葉先生もおるからの」
「おい。勝手に俺まで数に入れるな」
む。
駄目か?
「……と言いたいところだが」
千葉先生は小さく息を吐き、頭を掻いた。
「ここまで聞いた以上、知らん顔もできないだろ。そもそも、お前に全部話させたのは俺だからな」
千葉先生の目が、我とユウを順番に見る。
「何かあれば協力する」
「うむ。助かるぞ」
やはり千葉先生は頼りになるの。
我一人ではない。
ユウ自身も戦える。
そして、千葉先生まで力を貸してくれるという。
ならば、なおさら今から怯えておっても仕方あるまい。
これから先、何が起こるかは分からぬ。
グオウ王国が本当に再び手を伸ばしてくるのか。
そもそも、今も奴らがユウを狙っておるのか。
それすら分からぬのだ。
「何か来るのであれば、防げるように力をつける。そして、襲ってくるのであれば蹴散らす」
うむ。
実に単純。
それでよいではないか。
「その上で、楽しく生きる。それが今の我の目標よ」
「楽しくって……最後だけ軽いね」
「よいではないか。折角この世界に生まれたのだ。楽しく生きずしてどうする」
グオウ王国のために、我らの人生があるわけではない。
ダンジョンのためでもない。
魔王や勇者という肩書きのためでもない。
我らの人生は、我らのものぞ。
だから、ユウよ。
安心せよ。
「何があろうと、一人で抱え込む必要はない。我も今日、それを知ったからの」
我はユウを真っ直ぐに見る。
「我もさらに強くなる。おぬしも強くなれ」
「うん!」
「共に成長ぞ、ユウ!」
「うん!」
ユウが力強く頷く。
うむ。
それでよい。
過去に何があったとしても。
これから何が起こるとしても。
我らは今を生きておるのだからな。




