第61話 我、話す
我が魔王であることを話し、ひとまず一段落。
そして今は……。
我ら三人、店で食事を取っておる。
しかも個室。
先ほどまでホテルの部屋で、とんでもなく重い話をしていたというのに、今は目の前に料理が並ぶのを待っている。
何とも不思議な気分よな。
「先に言っておくが、決まったコース分しか出さないからな。足りなかったら、後でコンビニにでも行って自分で買って食えよ」
「やったー! 先生、ありがとうございます!」
ユウよ。
今の話を聞いて、何故そこまで喜べる?
追加注文はなしと言われておるのだぞ?
「ありがとう。しかし、よいのか?」
「ああ。まあ、お前の秘密を吐かせた詫びみたいなもんだ」
千葉先生は少し気まずそうに頬を掻いた。
「正直、俺の胸にしまっておくこともできた。それを、あえてお前に話させたからな。その詫びだ」
気にせずともよいのに。
いずれ話さねばならぬことではあった。
それに、我自身も話したことで随分とすっきりしたからの。
だが。
コース料理にしたことについては、千葉先生の判断は正解ぞ。
好きなだけ頼める店であれば、ユウにどれだけ食われるか分かったものではないからな。
そうして待っていると、ほどなく料理が運ばれてきた。
我は海産物を中心としたコース。
千葉先生は天ぷらのコース。
そして、ユウは当然のように肉料理のコース。
うむ。
実に我ららしい組み合わせよな。
我の前には、美しく盛りつけられた刺身。
艶のある切り身に、適度な脂。
実に美味そう。
どれ。
早速――。
「食べながらでいいが、天神」
「なんぞ?」
我は刺身を一切れ口に運ぶ。
…………。
うむ!
旨し!
「まだ隠してることがあるよな」
む?
「ダンジョンマスターの話だ」
…………。
刺身を味わっていた我の動きが、ぴたりと止まる。
そうか。
それも聞かれておったのか。
「え? ダンジョンって、マオが作ったの?」
ユウが肉を頬張ったまま、こちらを見ておる。
ユウよ。
せめて飲み込んでから話すがよい。
少しはしたないぞ。
「うむ……正確には、我が作ったと決まったわけではない」
「違うの?」
「そこが、我にも分かっておらぬのだ」
我は刺身を飲み込み、箸を置く。
「話がややこしくなるから、前にいた世界に残っておる我は『元の世界の我』と呼ぶことにしようかの。まあ、我からすれば、こちらこそ異世界なのだが……」
「そこはどうでもいい」
千葉先生よ。
よくはないと思うがの。
まあ、今はよい。
「我が魔王たる所以の一つとして、幾つもの特殊な能力を持っておった」
「特殊な能力?」
「うむ。魂の複製然り、スリープショート然り。他にも様々な力を持っておった」
その中の一つ。
我が以前から気にしていた能力。
「その一つが『ダンジョンマスター』。ダンジョンを作り、その難易度などをある程度自由に設定できる力ぞ」
「それが、この世界のダンジョンと同じなの?」
「酷似しておる」
我がこの世界に生まれた日。
世界で初めてダンジョンが現れた。
入口の門。
内部の構造。
魔物。
セーフスポット。
そして、クリスタル。
今回実際に中へ入り、似ているという疑いはさらに強くなった。
「故に、恐らくではあるが、今この世界に無数に存在するダンジョンには、我のダンジョンマスターの力が関係しておる」
千葉先生は箸を止め、僅かに眉を寄せておる。
「そうか……お前が生まれた日に、最初のダンジョンが出現してるんだったな」
「うむ」
「時期だけなら、辻褄は合う。じゃあ、その力が暴走しているのか?」
「否。それが分からぬ原因なのだ」
そう。
そこが問題よ。
本当に我の力が関係しておるのなら、何故この世界でダンジョンが生まれておるのか不思議よ。
「ダンジョンマスターの力は、今の我には使えぬ。ユウを送還した際に失われた……少なくとも、我自身からは消えておる」
手を伸ばそうとしても、何も感じぬ。
以前のように新たなダンジョンを作ることも、既にあるものを管理することもできぬ。
しかし、訓練用ダンジョンへ実際に入り、我が元の世界で作っていたものと酷似しておることだけは確信できた。
「その失われたはずの力が、何故かこの世界で勝手にダンジョンを生み出し続けておると考えれば、説明はつくのだが……」
我は小さく肩を竦める。
「だが、本当に我から失われた力が原因だとすれば、その力は今、何処にあるのか。どうやって世界中で動いておるのか。そこは我にも分からぬ」
「……研究者でもない俺には、何とも言えんな」
「我にも分からぬのだから、仕方あるまい」
むしろ、分かる者がおるなら連れてきてほしいくらいぞ。
話している間に止まっていた箸を動かし、赤身の刺身を一切れ口へ運ぶ。
うむ。
やはり旨い。
「でもだ」
千葉先生が箸を止め、我を見る。
「お前が元々ダンジョンを作ってたなら、何で今回、内部を知らなかったんだ?」
「…………」
そこを聞くか。
いや。
もっともな疑問ではある。
……。
あまり言いたくないが仕方あるまい。
「我は、自分で入ったことがない」
「は?」
「何せ我、魔王。強いからの」
千葉先生。
その顔はやめよ。
我とて、今回初めて内部を歩き、少し後悔したのだから。
元の世界では、兵や配下の訓練場所として使っておったのだ。
我自身が鍛えるために入る必要などなかったからの。
「マオ」
「なんぞ?」
「じゃあ、他の能力はどうなの?」
ユウがステーキを口に運びながら尋ねてくる。
…………。
ユウ。
まず、口元を拭くがよい。
ソースがついておるぞ。
「うむ。転生した際に使えなくなったものや、今は使えぬものが色々とある」
我は指を折りながら、思い出せるものを挙げていく。
「ダンジョンマスター。超聴力に超視力。思考加速。形態変化。それに魂の複製も、今すぐ使えるものではない。他にも挙げればきりがないの」
魂の複製については、一度使えば再び使えるようになるまで数百年。
今の我にとっては、使えぬも同然ぞ。
「……色々とやべぇな」
千葉先生が、何とも言えぬ顔をしておる。
「凄いんだ。じゃあ、今も残ってるのは?」
「そうだの……」
我、考える。
「スリープショート。それに魔法全般。他にも幾つか残っておるが……一番気になるのは、不確定ではあるものの、不死かの」
「…………不死?」
千葉先生の箸が止まった。
ユウまでステーキを食べる手を止め、我を見る。
そこまで驚くことか?
「不死って……死なないってことか?」
「うむ。以前の我であれば、首を落とされても死なんかった」
「さらっと怖いこと言うな」
む。
事実ぞ。
ただし――。
「だが、今もそれが残っておるかは分からぬ」
我自身は、残っている可能性が高いとは思っておる。
送還魔法で消滅するはずだった我が、こうして人間として生まれ変わった。
その原因の一つではないかと考えたこともある。
だが、所詮は我の推測。
確かめる術はない。
いや。
正確には、確かめる方法はあるのだろうが……。
「今の我にも、以前と同じ不死性が残っておるのか。試してみぬ限り分からぬな」
「試すなよ?」
「うむ。我も試したくはない」
「絶対に確かめないで!」
ユウが強い声を上げる。
「マオ。絶対だからね!」
「分かっておる。安心せよ」
ユウよ。
ありがとう。
そう心配してくれるのは嬉しいぞ。
ただ、その握り締めておる箸の先に、ステーキの切り身がぶら下がっていなければ、もっと締まった場面だったのだがの。
「そうか……ちなみに身体能力は?」
「そこは先生が知っておるとおりぞ」
「じゃあ、訓練の時に隠してた力はないんだな?」
「身体能力については、ないぞ。先生との訓練でも、純粋な今の身体の力しか使っておらぬ」
これは本当。
そもそも、魔王だった頃の我と今の我では、身体そのものが違う。
今は人間。
異世界の我と同じ身体能力を、そのまま持ってきたわけではないのだ。
もし魔王だった頃と同じ身体の力まで残っておったなら――。
…………。
千葉先生。
申し訳ないが、恐らく相手にはならぬぞ。
言わぬがな。
「マオ。なら、魔法は?」
「ふっ」
我は待ってましたとばかりに胸を張った。
「自慢ではないが、我、魔王。五大魔法はすべて修めておる」
「五大魔法?」
ユウが首を傾げる。
対する千葉先生も、怪訝そうな顔をしておる。
「なんだ、それ。俺が教えた分類に、そんなものはないぞ」
「当然であろう。異世界の魔法体系で使われておる分類だからの」
我にとっては、ごく当たり前の話。
そもそも魔族とは、魔法に長けた種族ぞ。
我はその魔族を治めていた魔王。
魔法を扱えて当然なのだ。
もっとも、異世界における魔法の分類は、この世界と比べれば随分と大雑把ではあるがの。
「待て」
千葉先生が何かに気づいたように、我に鋭い視線を向けた。
「じゃあ、中一の時にやった魔法の測定は?」
「…………」
うむ。
そこを突かれるか。
「嘘だったってことか?」
「そう言われてしまえば……嘘ということになるの」
「お前なぁ……」
千葉先生が眉間に皺を寄せる。
待て待て。
我にも事情があったのだぞ。
「仕方あるまい。あの時の我には、自分の力をすべてさらけ出す勇気などなかったのだ。だから、使える魔法を三種類に抑えたまでよ」
本当は、もっと使える。
だが当時は、我が魔王であることすら隠しておったのだ。
そこで突然、何でも使えますなどと言えるはずもなかろう。
我は目の前の刺身を一切れ取り、口に運ぶ。
…………。
うむ。
やはり旨い。
「それに、学校の授業で教えられた内容そのものは、我にとっても衝撃であったぞ」
「衝撃?」
「うむ。この世界の人間が、魔法をどのように捉え、どう分類しておるのか。それを知るよい機会であった」
千葉先生。
まだ何か言いたそうな顔をしておるな。
…………。
うむ。
分かっておる。
隠しておったことについては、我が悪かった。
だが。
我、今日は随分と秘密を吐いておるよな?
せめて今くらいは、刺身をゆっくり食わせてほしいの。
「で、その五大魔法っていうのは何なんだ?」
む。
まだ続くのか。
「俺がお前たちに教えたのは、火、水、雷、氷、光、闇といった属性だ。無属性もそこに含まれる。それとは別に、攻撃、回復、操作といった用途でも分けている。それ以外にも、まだ分かっていない魔法が存在する可能性はあるがな」
「うむ。我も初めて聞いた時は驚いたぞ」
属性だけでも幾つもあり、そこからさらに用途や性質で分けて考えておったからな。
異世界とは随分と違う。
「異世界では、自然、生命、生活、時空、禁忌。この五つに大きく分けておる」
「…………それだけ?」
「うむ。それだけぞ」
千葉先生が何とも言えぬ顔をしておる。
「大雑把……なの?」
ユウまで首を傾げた。
「大雑把ぞ」
そこは否定せぬ。
むしろ、この世界に来てから我もそう思うようになった。
「ユウ。それに千葉先生よ。異世界では、この世界のように魔法を細かく分けぬのだ。大きく五つに分け、その中に様々な魔法が含まれておる」
「火とか水とかで分けないの?」
「分けぬ」
「雷も?」
「分けぬ」
「氷も?」
「だから分けぬと言っておろう」
「本当に大雑把だね」
うむ。
我も今なら、そう思う。
この世界へ来たばかりの頃であれば、何故そこまで細かく分ける必要があるのかと思っておった。
だが、実際に学校で魔法を学び、この世界なりの考え方を知った。
「最初は我も驚いたものよ。魔法一つを、あそこまで細かく分けて考えるこの世界の文化にな」
だが。
今なら分かる。
「使える魔法を性質ごとに分けておけば、何ができ、何ができぬのかも分かりやすい。教える側も、習う側も理解しやすかろう」
異世界では、使える者が使いながら覚えるという部分も多かったからの。
「今では、この世界の分け方も正しいと思っておるぞ」
「なるほどな……」
千葉先生が何やら考え込んでおる。
同じ魔法でも、世界が違えば分類の仕方まで違う。
我にとっては当たり前だったことが、この世界では当たり前ではない。
逆もまた然り。
実に面白いよな。
まあ。
今はそれより――。
おお。
このサバ、旨いの!
適度に脂が乗っておる。
白い飯が進むわ。
「マオ、話聞いてる?」
「聞いておるぞ。ユウ」
うむ。
次はエビ。
…………。
甘い。
実に甘い。
我、幸せ。




