第60話 我、スッキリ!
戦いに関しては、きちんと評価してもらえたようだの。
「だが!」
千葉先生の声が、喜びかけた我らを押し戻す。
まだ終わりではなかったか。
「連携が上手くいくようになったからこそ、互いを頼り過ぎないように注意しろ」
「頼り過ぎる?」
「そうだ」
千葉先生は椅子の背もたれに身体を預けながら、我らを真っ直ぐに見据えた。
「二人で動くことを前提にし過ぎれば、いざ分断された時に何もできなくなる。片方が怪我をすることもあれば、罠やモンスターによって別々の場所へ追いやられることもあるからな」
我とユウが離される。
今回の探索では、そのような状況にはならなかった。
だが、今後も必ず二人で行動できるとは限らぬ。
「互いに支え合うこと自体は悪くない。だが、依存し過ぎるな」
千葉先生の声が、僅かに低くなる。
「『別れてしまったから何もできませんでした』では済まない。ダンジョンの中なら、それだけで死ぬぞ」
…………。
先ほどまで少し浮かれていた気持ちが、静かに沈んでいく。
我はユウを守ることばかり考えておる。
ユウも、我が傍にいることを当たり前だと思っておるのかもしれぬ。
だが、それでは駄目なのだな。
二人で戦う力だけではなく、一人になっても生き残れる力が必要。
我は千葉先生の言葉を、忘れぬようメモ帳に書き記した。
「まあ、お前たちなら大丈夫だとは思う。だが、仲がいい者同士ほど、別れた途端に何もできなくなることがある。実際、そういう奴らを見たことがあるから、念のためきつく言っておく」
なるほどの。
実際に、そのような者たちを見てきたからこその忠告か。
しかし。
何故、そこでユウを見る?
「特に白崎。お前は、その傾向が強い」
「私?」
「ああ。携帯食の管理もそうだが、荷物の持ち運びまで天神に頼っていただろ」
その指摘は……。
まあ、正しいかの。
今回は、それが特に顕著であった。
シールドクローの収納に余裕があるからと、ユウの荷物まで我が持つことを当たり前にしておったからな。
「それに、白崎について一番言わなきゃならないのは、携帯食だ」
「え?」
「お前、食い過ぎ」
千葉先生の言葉に、ユウの身体が僅かに固まる。
「流石に、予定していた以上の量を食う奴があるか。挙げ句、それでも足りず、天神からも貰ってただろ」
「うっ……」
「次からは、自分がどれだけ食べるのかを考えて用意しろ。ただし、考えた結果、馬鹿みたいな量を持ってきたらしばくぞ」
「う~~……すみませんでした」
ユウが肩を落とし、素直に頭を下げた。
「ユウ。何とか頑張るのだ」
食欲を抑えるのは難しいかもしれぬが、己の分は己で管理せねばならぬからな。
我が励ますように声をかけると、千葉先生の鋭い視線が、今度はこちらに向いた。
「天神」
「うむ?」
「お前は、それ以上に駄目だ!」
「うぐっ!」
我?
何か、それほど悪いことをしたであろうか?
「何故、途中から見張りをおろそかにした?」
「…………」
その言葉を聞いた瞬間、我の思考が止まる。
まさか。
起きておったのか?
「今回が初めての実地訓練だったからな。お前が一人でも見張りを続けられるか確認するため、俺は寝たふりをしていた」
「寝たふり……」
「ああ。最初は問題なかった。周囲の音を聞き、入口にも注意を向けていたからな」
千葉先生は椅子に腰掛けたまま、我を真っ直ぐに見据える。
「だが、途中からクリスタルに夢中になり、完全に周囲への警戒を失っていた」
「うっ……」
「見張りの役目を忘れ、クリスタルを調べることに時間を使っていた。違うか?」
「ううううっ……」
違わぬ。
何一つ、反論できぬ。
我、超絶の失態。
元の世界の我と繋がるという、予想もしなかった出来事があったとはいえ、それは見張りを放棄してよい理由にはならぬ。
「いいか。セーフスポットは、基本的には安全だ」
千葉先生の声が、さらに厳しくなる。
「だが、絶対に何も起こらないとは言い切れない。万が一どころか、億が一の事態まで考えて見張りを立てるんだ」
確かに。
何も起きないと思うのであれば、最初から見張りなど必要ない。
起こる可能性が僅かでもあるから、交代で起きておったのだ。
それなのに我は、自分の興味を優先した。
「何か調べたいことがあったなら、見張りを交代してからやれ。自分の役目を放り出してまでやることじゃない」
「はい。申し訳ない」
我はメモ帳から手を離し、千葉先生に向かって深く頭を下げる。
これは、言い訳のできぬ失敗。
もし、我がクリスタルに意識を奪われている間に何かが起きていたら。
眠っていたユウを、危険にさらしておったかもしれぬ。
我が守ると決めた者を、我自身の怠慢で危険にさらすところだった。
その事実が、胸の奥に重く沈む。
「あと、お前。誰かと会話していたな」
「!」
そうか!
千葉先生が起きておったということは、我が独り言のように続けていた会話も、すべて聞かれておったのだ!
元の世界の我から聞いたこと。
こちらのダンジョンについて尋ねたこと。
そして、我が何者なのかまで――。
「誰と話していた?」
千葉先生は問いかけた後、僅かに目を細めた。
「……いや。もう分かっている」
その視線が、真っ直ぐに我を捉える。
「『元の世界の我』だと言っていたな。お前は、異世界にいる魔王と話していた」
一度言葉を切り、確かめるように続ける。
「違うか?」
これは……。
我は隣にいるユウに視線を向けた。
「マオ……」
うむ。
心配そうな顔よ。
だが、もう誤魔化すことはできぬ。
千葉先生には、会話の内容を聞かれておる。
ここで中途半端な嘘を重ねれば、ユウまで余計に不安にさせてしまうだろう。
これはもう、仕方あるまい。
すべて話してしまった方がよい。
「うむ。我は、元の世界に残っておる我と話しておった」
「それは……」
「千葉先生よ。ただ、これだけは断言しておく。今回の会話は、我が意図して繋いだものではない」
我は千葉先生から視線を逸らさず、言葉を続ける。
「何故繋がったのか。どうして会話ができたのか。我にも、まったく分かっておらぬ。今回、たまたま起きただけのことぞ」
…………。
ユウ。
信じてほしい。
我は今まで、そなたを騙そうとして黙っていたわけではない。
ただ、話せなかっただけなのだ。
「まず、我が夢として語っていたことだが……あれは嘘である」
「嘘?」
「うむ。夢ではない。すべて、我が実際に経験したことぞ」
ユウも千葉先生も口を挟まず、ただ我の言葉を待っておる。
先ほどまで反省会をしていた部屋が、物音一つしないほど静まり返る。
空気が重いの。
息をするだけでも、胸の奥が締めつけられるようだ。
「これから話すことは、ユウが見ていた夢にも関わっておる」
我は一度息を整え、ユウを真っ直ぐに見る。
「我と前世のユウが初めて会った場所は、我の家でもあった魔王城。そして、ユウはグオウ王国に異世界から召喚された勇者であった」
「異世界から……」
「そうだ。ユウが元々暮らしていた世界は、今、我らがおるこの世界ぞ」
ユウは黙ったまま、我の顔を見つめておる。
千葉先生も口を挟まず、話の続きを待っていた。
沈黙が痛い。
だが、話さねばならぬ。
「グオウ王国は、我を倒せば元の世界に帰れるとユウに教えておった。正確には、我の首を差し出せば帰れるとな」
「首……」
「嘘だと判っていても、他に帰る方法がないため、その言葉に縋り、勇者であったユウは単身、真っ直ぐ我の玉座までやってきた強者ぞ」
あれには、本当に驚いた。
いきなり魔王城に乗り込み、一直線に我に挑んできたからの。
しかも、狙うのは首ばかり。
我、今思い出しても少し怖い。
「我は、勇者を傷つけぬよう攻撃をせず、ひたすら剣を避けておった」
いきなり現れた勇者に首ばかり狙われ、わけも分からず混乱しておったとは言うまい。
我にも、魔王としての威厳があるからの。
「それでも、帰る方法に縋るしかなかった勇者が、あまりにも不憫での」
「それが……私?」
ユウの声が、僅かに震えていた。
悲しげな顔。
本当に、あの時の勇者によく似ておる。
「そうだ」
我は静かに頷いた。
「我は、勇者を説得して、何とか剣を収めてもらった。そして、我の送還魔法で元の世界へ送り返すことに決めたのだ」
「待て」
それまで黙って聞いていた千葉先生が、低い声で我の話を遮った。
「それは、本当のことなのか?」
千葉先生よ。
そのような顔をせずともよい。
我とて、簡単に信じてもらえるとは思っておらぬ。
だが、ここまで話した以上、もう引き返すことはできぬ。
「うむ。本当ぞ」
「異世界から召喚された白崎を、お前が魔法で送り返したと?」
「そうだ。ただし、送還魔法には幾つか条件があった」
我は、当時勇者に説明した内容を思い返す。
「送還魔法で元の世界へ戻った者は、生まれた時点まで戻る。そして、召喚された異世界での記憶も失われる」
「それって……!」
ユウが声を上げ、身を乗り出す。
「まあ、聞くがよい」
我はユウを落ち着かせるよう、僅かに手を上げた。
「それだけではない。異なる世界へ人を送り返すには、大きな代償が必要になる。その代償として、多くの魂を生贄に捧げねばならなかった」
ユウの顔から、さらに血の気が引いていく。
何を心配しておるのかは、何となく分かる。
我が送還魔法を使うため、多くの人間を生贄にしたと思っておるのだろう。
だが、そのようなことはしておらぬ。
「そこで使おうとしたのが、我の能力の一つ――魂の複製ぞ」
「魂の……複製?」
「うむ。我の魂を複製し、我と同じもう一人を生み出す能力だ。そのもう一人の我を生贄として使い、勇者を元の世界へ送り返すつもりであった。我ほどの魂なら、一つでも十分すぎるほどの代償になるからの。何せ、我、魔王」
「それと、ユウが再び召喚されることがないよう、我の配下を護衛として一緒に送るつもりでもあったのだが……」
モロイの奴。
我が送還魔法を発動する直前、見事に逃げおったからな。
「その護衛には逃げられた」
「逃げたの?」
「うむ。全力でな」
あの時のことを思い出すと、今でも少し腹が立つ。
だが、笑っておる場合ではないな。
「護衛も送れず、このままではユウを守れぬ。それどころか、我自身も送還魔法の代償によって消滅するのだと思っておった」
身体が光に包まれ、意識が薄れていく中、我は本当にそう思っていた。
「そして、我の意識はそこで一度途切れた」
だが、実際には我が想定していたとおりにはならなかった。
次に目を覚ました時。
我は、自分の身体を動かすこともできなかった。
声を出そうとしても、聞こえたのは赤子の泣き声。
「再び意識を取り戻した時、我はこの世界で、人間の赤子に生まれ変わっておった」
「それが、天神魔王……」
千葉先生よ。
そのように、確認するような口調で言うでない。
自分の名であるというのに、何やら妙に恥ずかしくなるではないか。
「そうだ。それが今の我ぞ」
だが、何故そうなったのかは、今も分からぬ。
「我が読んだ文献には、送還魔法の生贄となった魂は消滅すると記されておった。だが、我は消えておらぬ。一部の能力は失っておるが、こうして今も生きておる」
魂の複製が、想定どおりに働かなかったのか。
送還魔法そのものに、我の知らぬ作用があったのか。
それとも、他に何か理由があるのか。
どれほど考えても、答えは出ぬ。
我自身にも、何が起きたのかは分かっておらぬのだ。
そこで、俯いたままのユウに視線を向ける。
先ほどから何も言わず、膝の上に置いた手を強く握っておる。
何を考えているのか、我には分からぬ。
だが、その表情を見ておると、胸の奥が苦しくなる。
「だが、我はこの世界に来ることができて、よかったと思っておる」
ユウが、僅かに顔を上げた。
「この世界でユウに会い、千葉先生にも会えた。父上や母上、愛殿や仁殿。それ以外にも、多くのよき者たちと出会うことができた」
元の世界には、我を慕ってくれる者たちがおった。
魔王国の民。
モロイを始めとした多くの部下たち。
決して、孤独だったわけではない。
それでも、この世界で得たものも、今の我にとってはかけがえのないものとなっておる。
「特に、ユウよ」
我は正面から、ユウを真っ直ぐに見つめた。
「おぬしと再び会えた時、我は嬉しかった」
「マオ……」
「この世界で初めて、転生前の我と縁を持つ者に出会えた。たとえ、ユウ自身が前世の記憶を失っておったとしてもな」
初めて会った雪の日。
ユウの魂に覚えがあると気づいた時の驚き。
そして、我を見て「どこかで会ったことがないか」と尋ねてきたこと。
あの時の気持ちは、今でも覚えておる。
「それだけではない」
言葉にしようとすると、何故か胸の奥がむず痒い。
だが、ここで誤魔化してはならぬ。
我が本当に伝えたいことを、きちんと言わねば。
「ユウは、我を魔王としてではなく、ただのマオとして接してくれた」
首を狙うこともなく。
恐れることもなく。
我が魔王であったことなど知らぬまま、幼い頃から当たり前のように隣におった。
「我が困っておれば助け、何も言わずとも傍にいてくれた。いつも我を気にかけ、大切にしてくれた」
改めて言葉にすると、これまでの出来事が次々と頭に浮かんでくる。
学校で我を庇ったこと。
我との出会いを記念し、贈り物を用意してくれたこと。
何処へ行くにも我を誘い、当然のように隣に立ってくれたこと。
我にとって、どれも大切な記憶。
「我は、それが本当に嬉しかった」
上手く伝わっておるだろうか。
我、こういうことを口にするのは得意ではないからの。
それでも、今だけはユウから目を逸らさぬ。
「ユウ。この世界で再びおぬしと出会えたことを、我は心からよかったと思っておるぞ」
「私も、マオと会えてよかった」
ユウは、我から目を逸らさぬ。
その瞳に、迷いは見えなかった。
その一言だけでも、張り詰めていた胸が僅かに緩む。
「状況は分かった」
千葉先生が、椅子に深く腰掛けたまま口を開く。
だが、その表情から険しさは消えておらぬ。
「それで、お前はどうしたいんだ?」
千葉先生。
そう怖い顔をするでない。
だが、聞かれるのも当然か。
我は魔王。
されど、今は人であり、同時に魔王でもある。
ならば、我が望むことは決まっておる。
「いずれ再び、ユウを狙って召喚魔法が使われる時が来るかもしれぬ。その時は、必ず阻止する」
我は膝の上で拳を握り、千葉先生を真っ直ぐに見返した。
「そして、元の世界に残っておる我と再び交信し、グオウ王国の愚行を止める」
今はまだ、今回のように元の世界の我と繋がる方法すら分かっておらぬ。
それでも、何もせずに待つつもりはない。
ユウが再び異世界へ連れ去られる可能性が僅かでもあるのなら、我はできる限りの備えをする。
「後は……ユウと共に、楽しく生きられればそれでよい」
だが、口にした途端、一つの不安が胸をよぎる。
ユウは、すべてを知った。
我が前世では人間ではなく、元の世界で魔王であったこと。
我との出会いそのものが、前世から続いていたこと。
それでも、今までと同じように我を見てくれるのだろうか。
我はユウに視線を向ける。
「ユウ。すべてを知っても、今までどおり我の傍にいてくれるか?」
「当たり前でしょ!」
我の言葉が終わるのを待たず、ユウが身を乗り出した。
「今のマオはマオ。私は私。前世とか異世界とか、そんなことは関係ないよ」
ユウは、真っ直ぐに我を見つめる。
「前も今も、これから先もずっと、私はマオを信じ続ける」
その言葉が、我の中へゆっくりと染み込んでくる。
ありがとう、ユウ。
何故だろうか。
胸の奥に長く凝り固まっていたものが、ユウの言葉と共に溶けていく。
今まで誰にも言えず、我一人で抱え続けてきた秘密。
それを話してしまったというのに、今はもう、不思議と恐ろしくはない。
むしろ、心が軽い。
随分とすっきりしている我がおる。
「ありがとう、ユウ」
「私も。ありがとう、マオ」
我らは互いの顔を見つめたまま、小さく笑った。
すべてを話したからといって、我とユウの間にあるものが変わったわけではない。
我は我。
ユウはユウ。
それだけのことだったのだな。
「あ~あ……」
うむ?
千葉先生よ。
何故、大きく息を吐きながら、椅子の背もたれに身体を預けておる?
「警戒していた俺が馬鹿みたいじゃないか」
うむ。
だが、あの会話を聞いただけでは、心配するのも無理はあるまい。
元の世界。
魔王。
この世界との繋がり。
そして、召喚魔法。
事情を知らぬ者が聞けば、元の世界の我がこの世界へ攻め込もうとしているようにも受け取れようからの。
「安心せよ。元の世界に残っておる我は、平和を愛する魔王ぞ」
「平和を愛する魔王?」
「うむ。専守防衛を掲げ、己から戦を仕掛けることのない、実に平和な魔王よ」
千葉先生はしばらく黙り込み、何とも言えぬ顔で我を見る。
「それは、魔王と言えるのか?」
よいではないか。
そのような魔王が、一人くらいおってもな。




