第59話 我、反省中
温泉とは、実に素晴らしいの。
おかげで心も身体も温まり、すっかり癒やされたぞ。
そして、風呂上がりといえば牛乳。
我は冷えた牛乳の瓶を手に取る。
確か漫画では、腰に片手を当て、一気に飲み干しておったよな。
ならば、我も――。
「美味いっ!」
「マオ。普通に飲めば?」
「これは義務ぞ」
そうであろう。
風呂上がりの牛乳は、この姿勢で飲まねばならぬ。
義務なのだ。
「先生からメッセージだ」
ユウがハンタースマホの画面を確認し、我に見せる。
「まだ早いけど、ホテルに戻って反省会だって」
「まだ髪も乾かしておらぬというのに、せっかちよな」
「ね~」
だが、呼ばれた以上は仕方あるまい。
我らは手早く髪を乾かし、身支度を整える。
忘れ物がないか確認し、着替えも荷物に収めて――。
うむ。
支度完了。
温泉を出た我らが駐車場に向かうと、千葉先生はすでにレンタカーの前で待っておった。
「遅い」
「先生が早いだけぞ」
「私たち、女の子ですよ。髪を乾かすのにも時間がかかるんです」
「はいはい。いいから戻るぞ」
千葉先生は我らの言葉を軽く流し、運転席の扉を開けた。
「ホテルに戻ったら反省会だ。それが終わったら飯にする。店が混む前に、早めに食ってしまおう」
「それは賛成」
「我も異論なしぞ」
「なら、さっさと帰るか」
うむ。
異論はない。
ないのだが……。
何ぞ?
反省会という言葉を口にした時、千葉先生の視線が一瞬だけ我に向いた。
僅かではあるが、先ほどまでより鋭くなったような気がする。
我に何か聞きたいことでもあるのだろうか?
…………。
気になるの。
そうしてホテルに戻ると、千葉先生は一度自分の部屋に戻り、少ししてから我らの泊まっている部屋にやってきた。
我は室内のテーブルにメモ帳と筆記具を用意。
対するユウは、ベッドの上に菓子を用意しておる。
…………。
ユウよ。
ベッドの上で菓子を食べるでない。
特にチップス系は駄目ぞ。
欠片が落ちたら、寝る時に大変なことになるからな。
「さて」
千葉先生は空いている椅子に腰を下ろし、我とユウに順番に視線を向ける。
「では、今回の反省会を始めるぞ」
菓子の袋を開けようとしていたユウも手を止め、姿勢を正す。
「まずは、二人の連携についてだ」
千葉先生が我らに向けて人差し指を立てる。
「最初は駄目だった。白崎は何も伝えず、一人で前に出た。天神もその動きを見切れず、援護に回した盾が白崎の視界や剣の軌道を邪魔していた」
「…………はい」
「うむ」
「互いの動きを理解しないまま、勝手に動いた結果だ。だが、最深部に着くまでには、ある程度改善できていた。声を掛ける場面と、視線や動きだけで判断する場面を使い分けられるようになったのはいい」
我は千葉先生の言葉を聞きながら、メモ帳に内容を書き込んでいく。
連携。
声掛け。
互いの視線と動き。
うむ。
メモ、メモ。
「ただし、あれで完璧だとは思うなよ」
褒めた直後、千葉先生の声が僅かに厳しくなっていく。
「通路の広さ、足場、周囲の明るさ。それに、相手となるモンスターの数や動き。環境が変われば、最適な連携も毎回変わる」
確かにの。
今回は、動きの遅いゾンビが大半だった。
だが、素早く動く相手や、遠くから攻撃するモンスターまで同じ方法で対処できるとは限らぬ。
「今回上手くいった形に固執するな。相手と状況を見て、その場で動きを変えろ」
「はい」
「うむ」
我は千葉先生の言葉を、忘れぬようメモ帳に書き加えた。
「次は、探索中に学んだ部分についてだ」
千葉先生は少し姿勢を変えると、今度は我らが進んだ経路について話し始める。
「最初にあった分かれ道。あそこを左に進めば遠回りになるが、途中にセーフスポットが多く、適度に休憩を取りながら進める」
「ああ。セイヴェリアを倒して、進む道を決めた時か」
あの時よな。
ユウがセイヴェリアを立て、倒れた方向を進む道に選んだ。
我も面白そうだと思い、そのまま賛成したのだ。
…………。
あの時、後ろにいた千葉先生は、どのような顔をしておったのだろうな。
今の話し方から察するに、呆れていた可能性が高そうだの。
「あの時、お前たちは周囲をろくに確認せず、剣が倒れた方向だけで進む道を決めた。短絡的すぎる」
「短絡的って……」
ユウが少し不満そうに口を尖らせる。
「短絡的だろ。周囲を調べても判断材料が見つからないなら、片方の道を慎重に進み、危険だと思えば引き返せばいい。それも探索だ」
なるほど。
進む道を必ずその場で決める必要はない。
一度進んでから判断するという方法もあったのだな。
「では聞くが、選んだ先に罠があったらどうする?」
「えっ?」
「訓練用だから安全だと思い込み、何も確かめずに進む。そこで致命的な罠にかかったらどうするんだ」
千葉先生の目が、真っ直ぐにユウを捉えた。
「死ぬかもしれないんだぞ」
「…………はい」
流石のユウも、その言葉には表情を曇らせた。
だが。
あれは、ユウだけの失敗ではない。
我も止めなかった。
むしろ、セイヴェリアで道を決めるのも面白いと思っておった。
訓練用だから大きな危険はないと、心のどこかで侮っていたのだろう。
我も同罪。
力があるから問題ないと、思い上がっておった。
「いいか。分かれ道に限らず、周囲は必ず確認しろ。壁、床、天井、明かり、音、臭い。足跡や空気の流れもだ。僅かな違いでも、進む道を選ぶための手掛かりになることがある。授業で覚えるだけじゃ駄目だ。それを実践しろ」
「はい」
「うむ」
壁。
床。
天井。
明かり。
音と臭い。
足跡に、空気の流れ。
我は反省しながら、千葉先生の言葉をメモ帳に書き込む。
だが、そこで一つの疑問が浮かぶ。
「先生。もしかして、あのダンジョンの構造を知っておったのか?」
「ああ、知っている」
千葉先生は隠すことなく頷く。
「あそこは、内部の構造がほとんど変わらないタイプだからな」
「そうであったのか」
「ただし、それが分かっているのは、ハンターが何度も内部を探索し、過去の攻略記録と照らし合わせているからだ」
なるほど。
一度や二度入っただけで、構造が変わらないと決めつけているわけではないのだな。
「初めて入る人間には、次に入った時も同じ構造なのか、それとも変化するのか分からない。過去の地図を持っていたとしても、最初からすべて信用するな」
「なるほどの」
以前は同じだったからといって、次も必ず同じとは限らぬ。
分かっているつもりでも、己の目で確認せねばならぬということか。
千葉先生は、そのまま分かれ道について説明を続ける。
「ちなみに、最初の分かれ道を右に進めば、最深部までの距離は短い」
「なら、私たちが選んだ右の道の方が正解だったの?」
「距離だけならな」
千葉先生はユウの問いに答えながら、僅かに眉を上げておる。
「だが、最初のセーフスポットまでが遠い。休憩せず、長い距離を警戒しながら進む必要がある。訓練では、ある程度経験を積んだ者が使う上級者向けのルートだ」
そうであったのか。
我らは気づかぬうちに、上級者向けの道を進んでおったのだな。
「お前たちの力量を知っていたから、今回は止めなかった」
千葉先生の表情から、先ほどまでの僅かな緩さが消える。
「だが、あの道を進めるだけの力量がない学生だったら、その場で止めて訓練終了だ」
その言葉は、重いの。
もし我らに相応の力量がなければ、あの分かれ道を選んだ時点で訓練は終わっておった。
単なる失敗ではない。
訓練用のダンジョンだから大丈夫だと決めつけ、周囲の確認すらせず、己の命を危険にさらした。
それは、慢心などという言葉で済ませられるものではないな。
「だから、次からは同じことをするなよ」
「はい」
「分かった」
「よし。次だ」
千葉先生は我らの返事を確認すると、話を先へ進めた。
しかし、堪えるの。
反省会というものは、己が見落としていたことを次々と突きつけられる。
分かってはいたつもりだが、実際に言葉として聞かされると、思っていた以上に耳が痛い。
「次は、時間と休憩の管理についてだ」
千葉先生の口から出た言葉に、我とユウは揃って身体を僅かに強張らせた。
何を指摘されるのか、すでに分かってしまったからな。
「最初のセーフスポットに着くまで、お前たちは一度も経過時間を確認しなかった」
「六時間も経っていたやつだよね……」
「ああ。セーフスポットに着いて、俺が休憩を促すまで、二人とも気づいていなかった」
うむ。
あれには、我も驚いた。
体感では、そこまで長い時間が経っているようには思えなかったのだ。
「時間管理については、あの場でも話したな。身体にまだ余裕があるから大丈夫だと思うな。閉鎖された場所で警戒と戦闘を続けていれば、自覚している以上に集中力は削られる」
千葉先生は自身のこめかみを指で軽く叩く。
「次からは、定期的に時刻を確認しろ。水分も食事も、喉の渇きや空腹を強く感じる前に取れ。セーフスポットを見つけたら、次にいつ休めるか分からないことも考え、そこで休むかどうかを判断しろ」
「はい」
「うむ」
時刻の確認。
水分。
食事。
休憩。
身体の感覚だけに頼らぬこと。
我は忘れぬよう、千葉先生の言葉をメモ帳に書き込む。
「今回は俺が後ろで見ていたから、まだ進めると判断した。だが、次からも俺がいちいち教えてやるとは思うなよ」
「分かりました」
「承知した」
「よし。なら、次だ」
千葉先生は一度頷くと、新たな指摘に移っていく。
「次は武器についてだ。途中で指摘してからは意識できていたが、自分が持っている武器は、いつでもすべて使える状態にしておけ」
千葉先生は我とユウに順番に視線を向けた。
「『持ってきたことを忘れていました』では駄目だ。次からは、今回のようにヒントを与えないからな。忘れるなよ」
「はい」
「承知した」
我はメモ帳に、武器の確認と書き加える。
魔王。
シールドクロー。
ユウであれば、セイヴェリアとグロック19。
携行しているだけでは意味がない。
戦況に合わせ、必要な時に選択肢として思い浮かばなければ、持っていないのと同じよな。
「別に、持っている武器を全部使えと言っているわけじゃない。使う必要がなければ、それでいい」
千葉先生は僅かに眉を寄せる。
「だが、忘れていたから使わなかったというのだけはやめろ。使わないと判断するのと、存在を忘れているのとでは、まったく意味が違うからな」
「うむ」
「分かりました」
「じゃあ、次だ」
うむ。
耳の痛い話が続くの。
だが、どれも我らが生きて帰るために必要なこと。
嫌だからと聞き流すわけにはいかぬな。
「純粋な戦闘技術については、特に言うことはない」
おや?
千葉先生の口から、ようやく厳しい指摘ではない言葉が出たぞ。
「二人ともよく動けていたし、それぞれの武器も扱えていた。特に連携が良くなってからは、安心して見ていられた」
「よーし」
ユウが嬉しそうに小さく拳を握る。
「うむ」
我も思わず頷く。
最初こそシールドクローがユウの邪魔をしてしまったが、その後は互いの動きを確かめ、最後にはゾンビカバを倒すこともできた。
反省すべきことは多い。
思っていた以上に、我らが見落としていたものもあった。
それでも、敵との戦い方や武器の扱いについては、きちんと評価してもらえたようだの。
我はようやく、胸の奥に溜めていた息を、ゆっくりと吐き出す。




