第58話 我、久しぶりに会い、癒やされる
受付の職員に礼を言い、我らは訓練待機所の外に出る。
時刻はまだ昼前。
空は明るく、駐車場には大型のバスが停まっておるな。
うむ?
あのような車は、来た時にはなかった。
よく見れば、ナンバープレートには「八王子」と記されておる。
わざわざ東京から、ここまで来たのか?
まあ、ここは学生の合宿にも使われる訓練施設。
遠方から学校単位で訪れることも、珍しくはないのだろう。
それよりも――。
うむ?
何故、千葉先生は急に歩く速度を上げておる?
そのように慌てて車へ向かわずとも、温泉は逃げぬぞ。
我は不思議に思いながら、その背中を追う。
すると、我らが借りた車の隣にも、見覚えのないレンタカーが一台停まっておることに気づく。
ほう。
これは、何やら面白いことが起きそうな予感がするの。
我がそんなことを考えている間にも、バスの扉が開き、中から続々と人が降りてくる。
服装から見るに、恐らく高校生だろう。
東京から来たダンジョン科の生徒たちかの?
我らが進学しなかった高等部とは、別の学校であろうか。
…………。
まあ、よい。
今は温泉が優先よ。
反省会まで時間もあることだし、ゆっくり身体を休めるとしよう。
そう思っておった。
だが――。
「茂雄。久しぶり」
我らの前方から、聞き覚えのある女性の声が届く。
千葉先生の足が、ぴたりと止まる。
「遥……やっぱり、お前か」
もう一台のレンタカーのそばに立っておったのは、大林先生だった。
以前と変わらぬ、柔らかな笑み。
背筋は真っ直ぐに伸び、立っているだけでも目を引く美しさがある。
だが、その瞳だけは獲物を見つけた者のように、楽しげに千葉先生を捉えておる。
おお。
面白い場面に遭遇したの。
ということは、バスから降りてきた高校生たちは、大林先生が引率してきた生徒たちらしいな。
「聞いたわ。あなた、学校を辞めたんだって?」
「お前には関係ないだろ」
「関係あるわよ」
大林先生は笑みを崩さぬまま、我とユウに一度だけ視線を向ける。
「私がこの二人に近づこうとするたび、何度も邪魔をして、まともに話もさせなかったくせに」
そうであったか。
初めて会った時には、近いうちに我らの動きを見たいと言っておった。
だが、中学生の間に大林先生と改めて話す機会は、一度もなかった。
千葉先生が防いでおったのだな。
しかし、何故そこまで避ける必要があったのかの?
「まあ、いいわ」
大林先生は一歩、千葉先生との距離を詰める。
「こうして会えたんだもの。運命よね」
「どうだろうな……」
負けておるぞ、千葉先生。
声にも勢いがない。
普段ならば、もっと強く言い返しておるだろうに。
大林先生は満足そうに微笑むと、今度は我らに視線を向ける。
「あなたたちは、高校へ行かなかったの?」
「うむ。我らは今、仮免ハンターよ」
「そうです。学校を卒業した後も、変わらず千葉先生が教官をしてくれています」
「ふーん……」
大林先生は我とユウを見比べ、最後に千葉先生をじっと見つめる。
何かを確かめておるようだが、我には何を考えているのかまでは分からぬ。
「どうやら、そちらの訓練はもう終わったみたいね」
「おう。今から帰るところだ」
千葉先生は、ここぞとばかりに我らのレンタカーを親指で示した。
「お前たちは、これから学校の訓練なんだろ。早く行かなくていいのか?」
「…………」
大林先生は千葉先生の顔を見つめたまま、僅かに目を細める。
少しの沈黙。
やがて、柔らかな笑みがさらに深くなる。
「そうね。今日は、このくらいにしておくわ」
言葉だけを聞けば、素直に引き下がったようにも思える。
だが、あの楽しげな目は、まるで変わっておらぬな。
諦めたのではない。
今日は追うのをやめただけだ。
「先生。どうして逃げてるんですか?」
ユウが不思議そうに首を傾げた。
「こんな美人、そうそういませんよ」
ユウ。
ナイスアシストぞ!
「白崎! いいか、俺はそんなんじゃない!」
千葉先生が慌てて否定する。
だが、大林先生は隣で小さく笑う。
「いえ、違うわ」
意味ありげな視線を千葉先生に向けながら、大林先生がさらに距離を詰める。
そして、そのまま片手を伸ばし、千葉先生の顎にそっと指を添えおった!
「そういう関係よね、茂雄」
「勝手に決めるな!」
千葉先生は眉間に皺を寄せ、大林先生の指を顎から外した。
うむ。
流石に、そこは拒むのだな。
だが、本当に心底嫌っているのであれば、毎回これほど律儀に言葉を返すこともあるまい。
何だかんだと言いながら、千葉先生は大林先生の相手をしておる。
少なくとも、我には完全に拒絶しているようには見えぬ。
大林先生にも、まだ望みはあるということか。
我、理解。
「そうだ。二人とも、連絡先を交換しない?」
「しなくていい!」
千葉先生が、間髪を入れずに声を上げる。
「我は構わぬぞ」
「私も。大林先生の話を聞いてみたいですし」
「お前ら!」
「茂雄。お黙り」
大林先生の一言を受け、千葉先生は口を閉ざしてしまった。
うむ。
大林先生、強し。
「ただし、あまり千葉先生をいじめるでないぞ」
「いじめてないわよ」
大林先生は何事もなかったかのように微笑んでおる。
「追い詰めてるの」
…………。
同じではないのか、それは。
まあ、連絡先くらいよいではないか。
何も千葉先生の居場所を逐一教えるわけではないのだ。
我とユウはハンタースマホを取り出し、大林先生と連絡先を交換する。
うむ。
交換終了。
「先生~。そろそろ集合です」
バスの近くから、生徒の一人が大林先生を呼んでおる。
どうやら、時間切れのようだの。
「分かったわ」
大林先生は生徒に軽く手を上げて応えると、再び我らに向き直る。
「じゃあね、茂雄。二人も、また会いましょう」
「またの」
「訓練、頑張ってくださーい」
ユウが大きく手を振る。
大林先生も笑顔で手を振り返し、そのまま生徒たちの方へ歩いていった。
行ってしまったの。
「お前たち……」
千葉先生が、何やら恨めしそうな目で我らを見ておる。
「何ですか、先生?」
だが、ユウは何故睨まれているのか分かっていないらしく、素直に首を傾げた。
千葉先生がどれほど不満そうな顔を向けても、まるで動じておらぬな。
「はぁ~~……もういい」
千葉先生は肩を落とし、深々とため息を吐く。
「俺も温泉で癒やされたい。さっさとホテルに戻るぞ」
「うむ。楽しみぞ」
「温泉の後は、ご飯だよね?」
「お前はそればかりだな……」
そうして我らは装備の入った二つのケースや荷物をレンタカーのトランクに収め、ホテルに戻ることとなった。
車窓から流れていく町並みを眺めていると、道路沿いに一軒のラーメン屋が見える。
…………。
あのラーメン屋。
随分と旨そうだの。
だが、今は温泉が先。
夕食については、その後に考えればよかろう。
ホテルに着くなり、我とユウは部屋に戻り、着替えと入浴に必要な物を急いで用意。
千葉先生も自分の部屋で準備を済ませたらしく、少しして三人で再び車に乗り込む。
そして――。
温泉に到着!
髪と身体を丁寧に洗い、我とユウは並んで広い湯船に身を沈める。
「あぁ~~~~っ」
「生き返るぅ~~~」
温かな湯が、足先から肩までゆっくりと包み込んでいく。
探索中には気づかなかった疲れが、身体の奥から溶け出していくようだ。
客の姿は、それほど多くない。
平日の昼過ぎであるからな。
広い湯船にはまだ余裕があり、周囲を気にせず足を伸ばすことができる。
うむ。
これなら、ゆっくり浸かれそうだの。
「初めてのダンジョンにしては、よくできた方かな」
ユウが湯船の縁に背を預けながら、今回の探索を振り返る。
「我もそう思うぞ。だが、千葉先生から見て、どのような評価になるのかは気になるの」
ゾンビへの対処。
セーフスポットでの休憩。
見張りの交代。
そして、ゾンビカバとの戦闘。
途中で失敗もあったが、最後には我とユウで連携し、無事に最深部のモンスターを倒すことができた。
悪くはなかったと思う。
だが、夕方には反省会が待っておる。
千葉先生が何を指摘してくるのかは、まだ分からぬな。
「ふう……」
我は肩まで湯に沈み、息を吐く。
まあ、何を言われるのか今から考えていても仕方あるまい。
反省については、夕方に嫌というほど聞かされるであろう。
今は、この温泉を満喫するとしよう。
…………。
それにしても、ユウの奴。
よくやっておった。
我は、こ奴のことを首置いてけウーマンだと思っておったが、ゾンビカバの大きく開いた口から入り、尻まで一気に斬り抜けるとはの。
あれほどの巨体を、上下に綺麗に斬り分けてしまうとは思わなんだ。
伊達に勇者ではないということか。
…………。
我は隣でくつろいでいるユウに視線を向ける。
そして、つい胸元に目が向いてしまった。
もしかすると、その胸も勇者だからなのか?
勇者だから大きく、魔王だから我は小さいのか?
そういえば、とある漫画に登場した魔王も、胸は小さかったような……。
…………。
いや。
流石に気にし過ぎよな。
「マオ。どうしたの?」
「何でもないぞ、ユウ。そう、何でもない」
我は慌てて視線を逸らし、再び肩まで湯の中に沈んだ。
我は、まだこれからぞ。
うむ。
これからだ。
頼むぞ!
我の身体!




