第56話 我と我
ゾンビカバをあっさりと屠った我らは、来た道を戻り、最初に休憩したセーフスポットまで戻ってきた。
「予定どおり、今夜はここで休むぞ。ユウも、それで問題ないな?」
「うん。大丈夫だよ」
ユウが迷いなく頷いた。
我はシールドクローの収納を開き、中から小型のランタンを取り出す。
石床の中央に置いて明かりを灯すと、柔らかな光がセーフスポットの中に広がった。壁際に生えているクリスタルも、その光を受けて淡く輝いておる。
続いて、各自が携行していた薄いマットと簡易毛布を取り出し、壁際の石床に広げた。
眠る時に身体を冷やしては、明日の探索に響くからな。
武器も、身体を起こせばすぐ手が届く位置に置いておく。
これで、ひとまず夜を過ごす準備はよかろう。
我らは携帯食と水を取り出し、軽い夕食を取ることにした。
…………。
ユウよ。
おぬし、もう夕食分の携帯食は一本しか残っておらぬのではないか?
何故、先ほどからこちらを見ておる。
いや。
正確には、我ではなく、我の手元にある携帯食を見ておるな。
昼間――ではないか。
先ほど、あれほど食べておったというのに。
それでもまだ足りぬのか?
ユウの視線が、我の手元から離れぬ。
仕方ないの。
「二本だけぞ」
「ありがとう!」
我は予備として持ってきていた携帯食から二本を取り出し、ユウに渡した。
ユウは満面の笑みを浮かべると、早速包みを開けて食べ始める。
我は構わぬが……。
千葉先生は怒っておる?
いや。
あれは怒っているというより、呆れておる顔だな。
ユウが食べる姿と、その傍らに積まれた空の包みを見比べながら、深いため息を吐いておる。
さて。
気を取り直そうぞ。
千葉先生よ。
そのように深いため息を吐くでない。
ユウには、我の予備を分けてやっただけだ。
我の分は十分に残っておるから、今日のところは大目に見てほしいの。
「学校でも教えたが、セーフスポットとはいえ警戒を怠るなよ」
千葉先生は表情を改めると、我とユウに順番に視線を向けた。
「モンスターが入ってこないとされている場所でも、二人そろって眠っていい理由にはならない。何かあった時、すぐ動けるようにしておけ」
「はい。マオ、先に休みなよ」
ユウが我を見ながら言った。
うむ。
確かに交代で休むのが普通だろう。
だが、我には、まだ二人に明かしておらぬ能力がある。
その名も――スリープショート。
これは、元の世界で魔王だった頃から残っている力の一つ。
一分ほど眠るだけで、12時間以上ぐっすり眠った時と同じように、眠気と睡眠不足を解消できる能力よ。
無論、傷や消耗した魔力、戦闘によって身体に蓄積した疲労まで消えるわけではない。
あくまで、眠るために必要な時間を極端に短くできる力だ。
くっくっくっ。
我が最も多用した能力の一つでもある。
この能力に、どれほど救われたことか。
魔王だった頃。
後回しにしていた書類が机の上に山のように積み上がり、地方視察や会議の予定まで迫ってきた時には、睡眠を一分で済ませ、何度も徹夜同然の日々を乗り切ったものよ。
『便利なのはよいことです。ですが、その能力を無駄の極みに使わないでください。毎日こつこつ片づけていれば、最後に慌てることなどないのですよ』
…………。
モロイの言葉。
正論よな。
だが、この力は現代でも極めて優秀ぞ!
夏休みの宿題。
冬休みの宿題。
夜更けまで読み続けた漫画。
深夜に放送されるアニメ。
そして、ゲーム。
どれほど遅くまで起きておろうとも、一分眠れば翌朝はすっきり。
まさに、我のためにある能力よ!
「ユウ。我が起きていよう。おぬしは、しっかり休むがよい」
「いや、交代で休めばいいじゃない」
「我には秘密の能力がある。何、一分も眠ればすっきりよ」
「……魔王ってのは、馬鹿なのか?」
千葉先生よ。
何をそのように呆れておる?
我は馬鹿ではないぞ?
「どうして、そんな正体が露見しそうな能力を平気で使おうとするのかってことだ」
「むっ」
「それに、それじゃ今回の訓練にもならない」
「…………」
我は得意げに上げていた顎を、少しだけ下げた。
確かに、スリープショートを人前で使えば、普通の人間とは違うことが露見する可能性がある。
今ここにいる二人は我の正体を知っておるが、普段から使うことに慣れてしまえば、いつか他の者の前でも無意識に使ってしまうかもしれぬ。
「効率だけを考えれば、お前の言う方法でいいだろう。だが、はっきり言えば、それでは白崎の成長にならない」
「ユウの成長?」
我はユウを見る。
ユウも、携帯食を持ったまま我を見返しておった。
「出発前にも言ったが、お前たちは二人で行動することを前提にしすぎている」
千葉先生の声から、先ほどまでの呆れが消える。
「ダンジョンの中で、常に二人一緒にいられるとは限らない。モンスターに分断されることもあれば、片方が動けなくなることもある。何らかの理由で別れた時、一人でも警戒し、休み、判断できるようになっておけ」
「うむ……すまない」
我は素直に頭を下げた。
我が起き続ければ、安全ではある。
だが、それではユウが一人で周囲を警戒する経験を得られぬ。
守ることばかりを考え、ユウが自分で経験する機会まで奪うところであったのだな。
「いいよ。私もマオに甘えるつもりだったし。でも、確かに先生の言うとおりだね」
ユウはそう言って、少し困ったように笑った。
「俺は寝る。いいか、きちんと分担するんだぞ」
千葉先生はそれだけ告げると、壁際に広げた自分のマットへ移動した。
そして、簡易毛布を身体に掛け、その場に横たわると目を閉じた。
…………。
千葉先生よ。
本当に寝てしまうのかの?
いや。
我らがきちんと見張りをできるか確かめるのも、今回の訓練ということか。
ならば、仕方あるまい。
我らだけでやってみせようぞ。
「じゃあ、マオ。今が22時頃で、出発予定が六時頃だから、四時間ずつでいいかな?」
「よい。それでいこうか」
「それじゃ、マオ。おやすみ」
「うむ。おやすみ、ユウ」
我はスマートウォッチのアラームを四時間後に設定すると、マットに横になり、簡易毛布を身体に掛けて目を閉じた。
…………。
………………。
手首に細かな振動が伝わり、我は静かに目を開けた。
スマートウォッチを確認する。
うむ。
丁度、交代の時間よな。
我は身体を起こすと、見張りを続けているユウに声をかけた。
「ユウ。交代ぞ」
「マオ。ぴったりだね」
「待たせては、交代する意味がないからの。ほれ、今度はおぬしが寝るがよい。子守歌でも歌ってやろうか?」
「いらないよ。おやすみ」
「うむ。おやすみぞ」
ユウは我の隣に横になると、間もなく静かな寝息を立て始めた。
さて。
残り四時間。
我はランタンの傍らに腰を下ろし、セーフスポットの出入口に意識を向ける。
周囲に異変はない。
千葉先生もユウも、静かに休んでおる。
だが――。
ランタンの光を受け、壁際で淡く輝いているクリスタル。
我は、先ほど持ち帰るために折った一本を取り出し、視線を落とした。
…………。
しかし。
このクリスタルは、何なのだろうな?
…………。
見張りの時間は、まだ四時間も残っておる。
ただ座って待っているのも退屈よな。
折角だ。
少し調べてみるかの。
我は手にしているクリスタルに、指先から僅かに魔力を流し込んだ。
内側にある魔素の流れ。
量。
そして、我の魔力に触れた際の反応。
一つずつ、慎重に確かめていく。
うむ。
やはり不思議よな。
千葉先生は魔法を扱える。
即ち、身体の中に魔力を持っておるということだ。
だというのに、クリスタルに含まれている魔素の量は、専用の機器を使わなければ分からぬと言っておった。
千葉先生が言うには、魔素の量を直接感じ取れる者は、我以外に見たことも聞いたこともないとのこと。
これは、何故だ?
我が元魔王だからなのか。
それとも、我の知る魔素塊と、この世界のクリスタルに何らかの繋がりがあるからなのだろうか。
「う~~む……」
魔素は、確かに魔素だ。
そこに間違いはない。
だが、やはり質が違う。
元の世界にあった魔素塊と比べると、触れた時の感覚が妙に温かい。
いや。
温かいというだけではないな。
優しいというか。
我の魔力を拒まず、柔らかく受け入れてくるような……。
何ぞ、これは?
我はクリスタルから顔を上げ、セーフスポットの中を見回した。
千葉先生は、壁際で横になったまま眠っておる。
ユウも……。
うむ。
静かな寝息を立てておるな。
起きている者は、我だけ。
ならば。
もう少し踏み込んで調べても、問題はあるまい。
「試してみるかの」
我は手のひらにクリスタルを乗せ、意識を集中させた。
調べたいのは、外側ではない。
内側に含まれている魔素の性質。
我は小さく息を吸い、クリスタルに向けて魔法を発動する。
「サーチ」
我の魔力が、細い糸のようにクリスタルの内部に入り込んでいく。
表面。
内部の構造。
薄く広がる魔素。
その更に奥。
我は返ってくる反応を、一つも逃さぬよう意識を研ぎ澄ませた。
…………。
………………。
なるほどの。
まったく分からぬということが分かった。
我、成果なし。
いや。
魔素が含まれていることは分かる。
元の世界にあったものとは性質が異なることも、何となく感じ取れる。
だが、何故違うのか。
この温かく、優しい感覚が何を意味しているのか。
そこまでは、今のサーチでは読み取れぬ。
元の世界にいた頃の我であれば、もっと深くまで調べられたかもしれぬの。
今の我も、成長すれば扱える魔法は増えるだろう。
だが、この身体はまだ成長の途中。
より高度な解析魔法を使えば、身体にかかる負担が大きすぎる。
無理に使えば、何が起こるか分からぬからな。
「どうにかできぬものか……」
『ん? 何ぞ、この声は。頭に直接響きおる』
…………。
我は、手の中にあるクリスタルを見つめたまま固まった。
今。
何か聞こえなかったか?
耳からではない。
頭の中に、直接響いたような声。
しかも、この声は――。
「今のは、元の世界にいる我の声? いや、まさかな」
『この女の声は……もしかして、異世界へ行った我か? いや、あり得ぬか。送還魔法の生贄にした魂は消える。しかし……』
…………。
は?
我は思わず、手の中にあるクリスタルを凝視した。
今度は、聞き間違いではない。
確かに声がした。
それも、今の我とは異なる、元の世界で魔王だった頃の我とまったく同じ懐かしい声が、頭の中に響いておる。
ならば、確かめねば!
我は眠っている二人を起こさぬよう、声を潜めた。
「聞こえるか、元の世界の我。マッサージ機能付きの椅子の裏に隠してあったヴィンテージワインは無事か?」
『無事ではない。勇者に斬られ、割れておる』
くっ!
そうであるか。
それは残念よ。
飲み頃になるまで、大切に隠しておいたというのに。
だが、その存在と隠し場所を知っているということは、間違いない。
こ奴は、元の世界に残った我だ。
『そのことを知っておるということは、そちらも間違いなく異世界へ行った我のようだな』
「うむ。久しいな、元の世界の我。そちらは息災か?」
『うむ。息災ぞ。しかし、消滅したのではなかったのだな』
「我もそう思っておった。幾つかの力は失ったが、この世界で人間として生まれたわ」
『我が人間にか……少し複雑ぞ』
ふふ。
そう悪いものではないがの。
酒を飲めぬことや、身体が成長するまで力を十分に使えぬ不便はある。
だが、家族がおり、ユウも傍におる。
漫画やアニメ、ゲームもある。
何より、食事が美味い。
人間として暮らすのも、案外悪くはないものよ。
「それより、元の世界の我。我は今、ダンジョンの中におる」
『ダンジョンとな? ダンジョンマスターの力が残っておったのか?』
「否。少なくとも、我自身はその力を使えぬ」
『では、何故ダンジョンにおる?』
「この世界では、我が転生したのと同じ頃から、世界中にダンジョンが現れ始めたのだ。しかも、今も増え続けておる」
『何だと?』
「入口も内部の仕組みも、我のダンジョンマスターの力で作ったものとよく似ておる。失われたはずの力が、この世界で何らかの形に変わり、発動している可能性があるのだ」
『……奇妙な話よな』
「うむ。それで、そちらに頼みたいことがある」
『申してみよ』
「魔王城に残っている文献を使い、ダンジョンマスターの力と送還魔法について、もう一度調べてほしい。特に、魂の複製を併用した場合、術者や送り先の世界にどのような影響が出るのかをな」
『あいわかった。調べておこう。しかし、分かったとして、どのようにそちらへ伝える?』
「それが分からぬ」
我は手の中にあるクリスタルに視線を落とした。
今も淡い光を宿しておるが、先ほどまでと見た目は何も変わっていない。
「我らが同じ魂を持つこと。ダンジョンマスターの力。そして、この魔素塊――こちらではクリスタルと呼ばれておるもの。何が切っ掛けとなって繋がったのか、今のところは見当もつかぬ」
『ふむ……』
「今回も、幾つもの条件が偶然重なっただけかもしれぬ。そちらでも、二つの世界を繋ぐ手立てがないか調べておいてほしい」
『承知した。何か方法がないか、こちらでも探してみよう』
「頼んだぞ」
元の世界にいる我であれば、魔王城に保管されている文献も、我が集めた研究資料も自由に確認できる。
モロイもおる。
あ奴ならば、我が忘れている資料の所在まで把握しておるだろう。
この世界だけで考え続けるより、手掛かりを得られる可能性は高い。
それと、もう一つ。
「元の世界の我。グオウ王国は、どうなっておる?」
『そのことであるが……グオウ王国では――』
声が、不意に遠のいた。
『……で……と……』
「我?」
返事はない。
「元の世界の我よ。聞こえるか?」
『…………』
む。
どうやら、これ以上は繋がらぬようだな。
我はクリスタルに再び魔力を流し、内部の状態を確かめた。
だが、含まれている魔素の量にも流れにも、目立った変化はない。
消費された様子もなければ、性質が変わったようにも感じられぬ。
ならば、何故繋がった?
何故、今になって元の世界の我の声が聞こえた?
そして、何故グオウ王国の話を始めた途端、繋がりが切れたのだ?
偶然か。
それとも、何か理由があるのか。
…………。
分からぬ。
手掛かりを得たと思ったのに、謎しか増えぬの。




