第54話 我、上手くいき始める。されど、ユウは食いすぎ
少なくとも、今回の訓練用ダンジョンで遭遇している人型のゾンビは弱い。
授業で習った通り、動きは遅く、頭部を破壊すれば倒せる。
ここまでの戦闘でも、それはすでに確かめておる。
だからといって、油断はせぬ。
弱いからと侮った結果、先ほど我らは幾つもの失敗を重ねたのだからな。
前方から迫ってくる四体のゾンビ。その数と位置を確認し、我はユウに声をかけた。
「ユウ。射線から離れよ!」
「うん!」
ユウは迷うことなく床を蹴り、我の後方へ飛び退いた。
その姿が完全に射線から外れたことを確認する。
千葉先生も我らより後方。
そして、最後尾にいるゾンビの先で、通路は左へ折れておる。
射線の正面にあるのは、通路を形作る厚い石壁だけ。
壁までの間に分かれ道や扉はなく、誰かが潜んでいそうな場所も見当たらぬ。
弾丸が壁に当たる角度も、ほぼ正面。
跳弾の危険が完全になくなるわけではないが、少なくとも、今選べる中では最も安全な射線よな。
よし。
我は六枚のシールドクローを一斉に動かした。
左右からゾンビの身体を殴りつけ、通路の中央に無理やり押し込んでいく。
一体。
また一体。
四体のゾンビを、前後に重なるよう一直線に並べた。
無論、綺麗に整列してくれるはずもない。
腕を振り回し、身体を捩りながら、こちらへ進もうともがいておる。
だが、頭部の位置はほぼ重なった。
これならばよかろう。
我は左胸のショルダーホルスターに手を伸ばし、RSh-12カスタム――魔王を引き抜いた。
「魔王よ」
片手でグリップを握り、銃口を先頭にいるゾンビの頭部に向ける。
射線からユウが外れていること。
千葉先生が後方にいること。
弾丸の行き着く先に、他の者や壊してはならぬものがないこと。
もう一度、そのすべてを確認する。
そして、引き金を絞った。
火薬の爆発が通路の空気を震わせ、強烈な反動が腕に伝わる。
同時に、我は銃身に操作魔法を働かせ、跳ね上がろうとする力を相殺した。
銃口は僅かに震えただけで、狙いから大きく外れぬ。
当てることだけならば、操作魔法で銃身の向きを補助することもできる。
だが、どこへ撃つべきか。
今、引き金を引いてよいのか。
射線の先に何があるのか。
そこから先は、我自身の判断よ。
狙いを定め、引き金を絞るまでの動きは、これまでの訓練で身体に叩き込まれておるからな。
後は六枚のシールドクローで、ゾンビたちを物理的に押し込んでまとめればよい。
要は力業よ。
魔王から放たれた弾丸は、先頭にいたゾンビの頭部を貫いた。
それだけでは止まらぬ。
二体目。
三体目。
そして、最後尾にいた四体目の頭部まで撃ち抜く。
四体を貫いた弾丸は、その先にあった石壁の表面を削り、壁の内部に深くめり込んで止まった。
頭部を撃ち抜かれたゾンビたちが力を失い、重なるように石床に崩れ落ちる。
「これでしまいよな」
我は引き金から指を外し、銃口を下げぬまま、倒れたゾンビたちを確認した。
動く気配はない。
「う~ん。あまり面白くない」
後ろから覗き込んだユウが、少し不満そうに唇を尖らせた。
「ユウ。面白いも何もないと思うがの」
「マオは撃ちたかっただけでしょ」
「…………否定はせぬ」
折角持ってきたのだ。
一度くらいは、その威力を実戦で試したいと思っておった。
千葉先生に言われるまで忘れておったがな。
だが、撃ちたかっただけではないぞ。
ユウを射線から外し、四体のゾンビを一発で倒した。
使った弾丸も一発だけ。
安全と弾数を考えた上でも、悪い選択ではなかったはずだ。
撃ちたかったのも事実ではあるがな。
我は魔王を左胸のホルスターに収めながら、改めて倒れたゾンビに視線を向ける。
うむ。
四体とも、頭部をまとめて撃ち抜かれておるな。
これはよい。
元の世界で人間たちが使用していた大砲にも劣らぬ威力が、この手に収まる銃の中に詰め込まれておる。
そう考えると、胸の奥が僅かに高鳴った。
科学。
実に素晴らしい。
我、少しワクワク。
それから、さらに二時間。
現れるモンスターは、相変わらずゾンビばかりだった。
正面から歩いてくる個体。
通路の陰から姿を現す個体。
倒れたふりをして、近づいたところで動き出す個体。
動き方には多少の違いがあったものの、弱点が頭部であることに変わりはない。
我らの連携も、戦闘を重ねるごとに精度を増していった。
最初はシールドクローを動かす度に、ユウが位置を伝えていた。
ユウも攻撃に移る前には、どの敵を狙うのか必ず声に出しておった。
だが、同じような動きをするゾンビが相手ならば、今では互いの視線や身体の向きだけでも、次に何をしようとしているのか、ある程度分かるようになってきた。
無論、確認を省いているわけではない。
敵の動きが変わった時や、判断に迷った時には声を掛ける。
まだ、どのような状況でも通じるほど完成した連携ではない。
それでも、必要以上に言葉を交わさず、互いの動きに合わせられる場面は確実に増えておった。
今、我らがいるのは、階段を下りた先にあった新たなセーフスポット。
そのすぐ近くには、これまで見てきたものとは明らかに異なる、巨大な扉が立っていた。
左右の石壁に食い込むほど大きく、見上げなければ上端すら確認できぬ。
扉の向こうから、何かが動く音は聞こえない。
だが、ここまでの通路とは違う空気を感じる。
あの先に、何かがおる。
「ふう。案外、行けたね」
「そうよな。まだ疲労も少ないの」
我とユウはセーフスポットに腰を下ろし、水を飲みながら携帯食をかじっておった。
最初の休憩時ほど、精神が疲れている感覚はない。
身体にも、まだ十分な余力が残っておる。
「お前ら、なかなか良くなっているな」
少し離れた場所で壁に背を預けていた千葉先生が、我らに視線を向けた。
「連携も良くなってきた。それに天神。シールドクローの位置取りも、かなりましになったぞ」
「そうか。先生に言われると、ありがたいの」
「へへぇ~。だって、私とマオだもん」
ユウが得意げに胸を張った。
そうよな。
我とユウ。
今の世界では、幼い頃から共に過ごしてきた。
しかも、言い方が正しいかは分からぬが、こ奴とは前世からの付き合いでもある。
最初は我の首を狙ってきた相手。
今では、背中を預けられる相手。
奇妙な縁よな。
「さて」
千葉先生が壁から背を離し、巨大な扉に視線を向けた。
「お前たちも分かったと思うが、目の前にある大きな扉。その向こうが、今回のゴールだ」
我とユウも、千葉先生の視線を追って扉を見る。
「すなわち、このダンジョンの最深部だ」
やはり、そうか。
あの扉の先にいるものを倒せば、今回の訓練も、ようやく折り返しということだな。
「そこで確認だ」
千葉先生は我とユウを順番に見た。
「この短い休憩を終えたら、そのまま進むか。もう少し身体を休めてから向かうか。それとも、今日はここで一泊するか」
ふむ。
どうすべきか。
我は携帯食を噛みながら、自分の身体の状態を確かめた。
腕も脚も問題ない。
意識もはっきりしておる。
恐らく、ユウも同じだろう。
我はスマートウォッチに視線を落とした。
時刻は、19時を少し過ぎたところ。
進めるかどうかだけならば、問題なく進める。
だが、最深部に何がおるのかは分からぬ。
これまでと同じゾンビだけとは限らない。
最深部を攻略した後、そのまま最初に休んだセーフスポットまで戻る手もある。
今夜はここで休み、早朝に万全の状態で攻略してから戻ることもできる。
あるいは、このまま最深部へ挑み、攻略後に再びこのセーフスポットへ戻って休むか。
選択肢は三つ。
どれにも利点があり、危険もある。
…………。
我ならば。
体力と気力に余裕がある今のうちに最深部へ進み、その後、最初に休んだセーフスポットまで戻るのがよいと思う。
出口へ戻る距離も、少しは縮められるからな。
だが、我一人で決めることではない。
ユウの状態も聞かねばならぬし、最深部について千葉先生が知っていることも確認した方がよい。
さて。
どうするかの。
「マオ。私、まだ全然元気なんだけど、このまま進まない?」
「それは我も考えておる。だが、ユウよ。その後の予定はどうするつもりだ?」
「最深部を攻略した後の状態次第かな。まだ余裕があるなら、最初に休んだセーフスポットまで戻ればいいと思うの。疲れていたら、ここで一泊。それから早朝に出発して、入口まで戻るのがいいかなって」
うむ。
ほとんど我と同じ考えよな。
ただ、我はこのまま進み、最初に休んだセーフスポットまで戻ると決めかけておった。
対してユウは、今ここですべてを決めてしまうのではなく、最深部を攻略した後の状態を確かめ、そこで改めて選ぶつもりらしい。
最深部に何がおるのか分からぬ以上、その方がよいかもしれぬな。
うむ。
我は、その案に乗ろう。
「ユウ。それでいこう」
「よし、決まりだね。これを食べたら行こうか」
…………。
………………。
ユウよ。
先ほどから気になっておったのだが。
食べすぎぞ。
ユウは我よりも前で剣を振るい、身体を大きく動かし続けておった。
元々の食事量も多い。
二、三本程度ならば、千葉先生も消耗に必要な分だと考え、何も言わなかったのだろう。
だが、いくら何でも六本は食べすぎではないか?
確かに、携帯食は余裕を持って準備してきておる。
それでも、帰りの分まで必要なのだぞ。
ユウの傍らには、食べ終えた携帯食の包みが重なっておる。
それでもまだ足りぬのか、七本目に手を伸ばそうとしていた。
ほれ。
千葉先生も、残った携帯食と空の包み、それからユウを順番に見ておるぞ。
あの顔。
呆れておるというより、少し怒っておるようにも見えるな。
「ユウ。その辺にしておけ」
「う~~ん。もう一本」
「いや、食べすぎぞ。やめておくがよい」
この後も探索は続くのだ。
ここで食べすぎれば、動きが鈍るかもしれぬ。
それに、帰りの分まで食べ尽くしてどうする。
食料の残量を考え、配分することも探索の一部。
必要な物を、必要な時まで残しておかねばならぬ。
それに、これ以上食べれば――。
千葉先生に怒られるぞ。




