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魔王と勇者 ~我、異世界転生した!~  作者: 珈琲ノミマス
第二章 ダンジョンへ行こう

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第53話 我、疑問を胸に進む

 さて。


 携帯食を食べ終えた我には、ここで確認しておきたいことがある。


 我は立ち上がると、セーフスポットの壁際に生えているクリスタルに近づいた。


 淡い光を内側に宿した結晶が、石の隙間から幾つも伸びておる。


「先生よ。一本、採って調べても構わぬか?」


「構わない。ただし、持ち帰るなら後で言えよ」


「うむ」


 許可を得た我は、その中から手頃な大きさの一本を選び、根元に手を掛けた。


 僅かに力を込めると、硬い手応えとともに、クリスタルが根元から折れた。


 我は手に取った結晶を、明かりに透かすように掲げた。


 そう。


 この魔素塊。


 いや、この世界ではクリスタルと呼ばれておるのだったな。


 我は表面の色や輝き、内側を巡る魔素の流れを確かめるように、まじまじと観察する。


 見た目は、元の世界にあったものと大きく変わらぬ。


 だが――。


 我は指先から僅かに魔力を流し込み、クリスタルの反応を探った。


 …………。


 うぬ?


 魔素の性質は……何ぞ、これは?


 我の知る魔素塊とは、僅かに反応が違う。


 含まれている力そのものは魔素で間違いない。


 だが、我の魔力に触れた時の返り方に、妙な違和感がある。


 こちらの世界で生まれたことで、性質が変わったのか?


 それとも、元の世界にあったものとは、最初から似て非なるものなのだろうか。


 この反応だけでは、これ以上は分からぬな。


 では、もう一つ。


 本当に今の我では食べられぬのか、確かめてみるか。


 どれ。


 我はクリスタルの先端を口元に運び、前歯を立てた。


 そのまま力を込めて、何度か噛んでみる。


 …………。


 硬い。


 まるで歯が立たぬ。


「何やってるの、マオ?」


「何かじってんだ、お前?」


 ユウと千葉先生が、そろって呆れたような顔を我に向けておる。


 何ぞ?


 二人とも、その顔は。


「いや、食えぬものかと思っての」


「は?」


 ユウが理解できないものを見るように目を瞬かせた。


 まあ、そうよな。


 我にとっては、魔素を補給するための食べ物だったとしても、この世界の人間にとっては貴重な資源。


 そもそも、クリスタルを直接かじろうと考える者などおらぬのだろう。


 それに、今の我は人間の身体。


 魔王だった頃とは歯の強度も顎の力も違う。


 以前の身体であれば、この程度の魔素塊など菓子のように噛み砕けたのだがな。


 今の身体では、表面に傷をつけることさえできぬようだ。


「何でもない。少し確認したかっただけよ」


 我は誤魔化すように咳払いをすると、手にしたクリスタルを二人に見せた。


「ところで先生よ。これは持ち帰っても構わぬのだろう?」


「持ち帰るのは構わないが、この訓練所で採れるクリスタルは金にはならないぞ」


「それは見れば分かる」


 クリスタル自体の大きさは、そこそこある。


 だが、その内側に溜まっている魔素は驚くほど少ない。


 魔素が結晶全体に薄く広がっており、密度も低い。


 見た目だけは立派だが、中身がほとんど伴っておらぬな。


「込められておる魔素の量が、極めて少ないの」


 精々、魔族が食べたところで、パンの一欠片ほど力を補える程度。


 これでは腹の足しにもならぬ。


 まあ、今の我が食べられぬことは、先ほど確かめたばかりだがな。


「…………それは、魔王だったから分かることか?」


 千葉先生が、僅かに声を落として尋ねてきた。


 …………。


 うむ?


 我は自分の発言を思い返す。


 専用の機器も使わず、その場で中に含まれている魔素の量を言い当てた。


 確かに、この世界の人間から見れば、おかしなことなのかもしれぬ。


「…………うむ」


 我が小さく頷くと、千葉先生は額に手を当てた。


「分かった。だが、人前で言うなよ」


「何故ぞ?」


「普通は、専用の機器も使わず、その場で中に含まれている魔素の量までは分からない。持ち帰って計測する必要があるんだぞ」


 …………。


 しまった。


 我、失態。


 元の世界では、魔素塊に魔力を触れさせれば、どれほど魔素が込められているかなど簡単に判断できた。


 魔族にとっては食べ物を選ぶのと同じ。


 見た目や匂いで、どの程度の質なのかを確かめるようなものだったからな。


 だが、この世界では違う。


 人間はクリスタルから魔素を取り出し、機械を使って性質や量を調べておる。


 魔力を触れさせただけで分かる我の感覚は、普通の人間が持つものではないのだ。


 まあ、ここにいる二人は、我が元魔王であることを知っておる。


 この場で口にしただけなら、まだ問題はあるまい。


 だが、他の者がいる前では気をつけねばな。


「マオ」


「何ぞ?」


 ユウが、我の手にあるクリスタルに興味深そうな視線を向けた。


「それって、訓練用ではないダンジョンに入った時、良質なクリスタルを選び放題ってことなの?」


「まあ、そうなるの」


 魔素の量だけでなく、その性質や混じっている属性も、ある程度ならば分かる。


 直接触れずとも、操作魔法の応用で魔力を細く伸ばし、クリスタルに触れさせればよい。


 壁一面にクリスタルが生えていたとしても、価値の高いものだけを選んで持ち帰ることは難しくないだろう。


 我は改めて、手元にあるクリスタルを眺めた。


「もっとも、この辺りのものは魔素の密度が低い。大きさの割に、ほとんど溜まっておらぬからな」


「訓練用のダンジョンだから?」


「その可能性はあるの。元々、このダンジョン自体の力が弱いため、クリスタルに十分な魔素が集まらぬのかもしれぬ」


 断定はできぬ。


 現代のダンジョンが、我の知っている仕組みとまったく同じとは限らないからな。


 だが、少なくとも、このクリスタルに含まれている魔素の密度が低いことだけは確かだ。


「…………チートじゃねぇか」


 千葉先生が、呆れを含んだ声で呟いた。


 何を言う。


 我は元魔王ぞ。


 クリスタルの目利きくらい、できて当然よな。


「一応、補足しておくぞ」


 千葉先生が、我の手にあるクリスタルと、壁際に並ぶ結晶を見ながら口を開いた。


「ダンジョンの階級が高いほど、魔素の密度や純度が高いクリスタルが採れやすくなる。これは、この十数年の調査でほぼ確定している」


「やはり、そうなのだな」


 訓練用のダンジョンだから魔素の密度も低いという我の考えは、大筋では間違っていなかったようだ。


「ダンジョンが現れたばかりの頃なら、ここのクリスタルでも多少は金になったらしい。だが、採取量が増えて研究も進んだ今では、ほとんど価値はない」


 千葉先生は、壁際に生えているクリスタルを顎で示した。


「精々、研究や実験のために無償で提供されるか、ここで訓練した記念に持ち帰るくらいだな」


「なら、私も一本貰っておこうかな」


 ユウは壁際に近づくと、幾つか並んでいるクリスタルを見比べ始めた。


 大きいもの。


 細長いもの。


 僅かに色の濃いもの。


 見た目だけならば、先ほど我が取ったものより立派な結晶もある。


 だが、見た目だけでは分からぬ。


 我は指先から細く魔力を伸ばし、壁際に並ぶクリスタルに順番に触れさせた。


 返ってくる反応を確かめていくと、その中の一つだけ、他より僅かに魔素の密度が高い。


「なら、ユウよ。その一番小さいものがよいぞ」


「これ?」


「うむ。見た目に反して、それが一番多く魔素を含んでおる」


 とはいえ、本当に僅かな差だ。


 他のものがパンの一欠片ならば、それにほんの僅かなパン屑を足した程度。


「微々たる差ではあるがの」


「それでも、少しでもいい方がいいよ。ありがとう、マオ」


「うむ」


 ユウは我が示したクリスタルの根元に手を掛け、力を込めて折った。


 手のひらに収まる程度の、小さな結晶。


 価値も低い。


 含まれている魔素も少ない。


 それでも、我らが初めてダンジョンで手に入れたクリスタルなのだ。


 記念として持ち帰るのであれば、少しくらい質の良いものを選んでもよかろう。


「そろそろ行くかの」


「はーい」


 我らは採ったクリスタルを手に、先ほどまで休んでいた場所に戻った。


 我はクリスタルをシールドクローの空いた収納に収める。


 ユウも自分のものを携行バッグにしまった。


 休憩も終わり。


 携帯食を食べ、水も十分に飲んだ。


 先ほどまで感じていた意識の疲れも、幾分か和らいでおる。


 我は六枚のシールドクローを周囲に浮かせ直した。


 ユウも傍らに置いていたセイヴェリアを腰に戻す。


「お前ら、ゴミは持ち帰れよ」


 千葉先生が、我らの足元に視線を落としながら言った。


 当たり前ぞ。


 飲み終えた水の容器や、携帯食の包みをそのまま残すわけがなかろう。


 我らはゴミを一つずつ集め、それぞれの収納に収めていく。


 まったく。


 子供扱いするでない。


 …………。


 いや。


 今の我らはまだ未成年だから、子供ではあるのか。


 それはさておき。


「じゃあ、マオ」


「うむ、ユウよ」


 我らは互いに頷き合い、セーフスポットの出口に身体を向けた。


 だが、外へ出る前に、我は一度だけ足を止める。


 左胸のショルダーホルスターに手を伸ばし、愛銃――魔王を抜いた。


 銃口を誰もいない安全な方向に向けたまま、シリンダーを開く。


 装填されている弾丸を、一発ずつ目で確認する。


 うむ。


 問題ない。


 すべて入っておるな。


 確認を終えた我はシリンダーを戻し、魔王を左胸のホルスターに収め直した。


 隣では、ユウもグロック19をホルスターから抜いておる。


 引き金から指を外し、銃口を安全な方向に向けたまま、マガジンと薬室を順番に確認した。


 問題がないことを確かめると、ユウもグロック19を左胸のホルスターに戻す。


 先ほどまでは、二人とも持ってきたことさえ忘れておった。


 同じ失敗は繰り返さぬ。


 使うかどうかは、その時の状況で判断すればよい。


 だが、選択肢にあることまで忘れてしまえば、判断することすらできぬからな。


 我とユウが銃の確認を終えると、千葉先生が小さく頷いた。


「今度は、二人とも忘れてないな」


「うむ!」


「はい!」


「それでいい。使うかどうかは、状況を見て決めろ」


 我とユウの返事が、セーフスポットの中に重なって響いた。


 剣。


 銃。


 そして、シールドクロー。


 使えるものを忘れず、その場に合った手段を選ぶ。


 次は、先ほどと同じ失敗はせぬ。


 シールドクローの収納には、我の知る魔素塊とは異なる反応を返したクリスタルも収めてある。


 何故、違うのか。


 今はまだ、その答えを確かめる術はない。


 ならば、この違和感を覚えておけばよい。


 いつか答えに辿り着くためにも、忘れてはならぬからな。


 さあ、ユウよ。


 行こう。

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