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魔王と勇者 ~我、異世界転生した!~  作者: 珈琲ノミマス
第二章 ダンジョンへ行こう

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第50話 我、初実戦

 待機所の奥。


 壁には、ダンジョン入口と書かれた扉が設けられておった。


 千葉先生が扉の脇にある装置を操作すると、重そうな扉がゆっくりと開いていく。


 その先にあったのは、石造りの大きな門。


 門の内側では、黒とも青とも赤とも言えぬ様々な色が混ざり合い、幕のようなものが絶えず揺らめいておった。


 父上から聞いていたものと同じ。


 色と色が溶け合いながら、どの色にも染まらぬ不思議な幕。


 これが、ダンジョンの入口。


 うむ。


 初めて近くで見たが、間違いない。


 これは、かつて我が持っていた能力――ダンジョンマスターによって作られるものと同じだ。


 これまでは、入口の姿が我の知るものと似ており、ダンジョンが現れ始めた時期も我の転生と重なっているだけだった。


 だが、今は違う。


 門の前に立った途端、我の魂そのものが反応しておる。


 身体の奥。


 今の我では触れることのできぬ場所で、眠っていた何かが目覚めようとするように、微かな脈動を繰り返しておるのだ。


 懐かしいような。


 それでいて、何とも落ち着かぬ感覚。


 この世界のダンジョンと我の力には、間違いなく何らかの繋がりがある。


 そう思わずにはいられぬな。


「いいか。ここのダンジョンはランク外だ。正式な危険度区分はG級からだが、ここはG級の判定基準にも届かない。訓練施設では、管理上ランク外と呼んでいる」


「ランク外ってことは、G級よりも低いんですか?」


 ユウが揺らめく幕を見ながら尋ねた。


 それは我も習っておらぬぞ。


 いや、正式な等級ではなく、訓練施設で使われる管理上の呼び方ならば、授業で扱われなかったのも不思議ではないか。


「ああ。学生の訓練にも使える程度の難易度だ。現在管理されている中では、最も危険度が低いダンジョンになる」


 なるほど。


 だから、正式なG級には含めず、訓練用として管理されておるのか。


 無論、危険度が低いからといって、油断してよいわけではあるまい。


 何せ、これから入るのは本物のダンジョン。


 訓練とはいえ、何が起きるのか分からぬからな。


「それじゃあ、入る前に機器の確認をするぞ。まずハンタースマホを出して、イヤープラグを装着しろ」


「うむ」


「はい」


 我はハンタースマホと接続しているイヤープラグを取り出し、左右の耳に装着した。


 耳の奥に蓋をされたような、少し妙な感覚。


 だが、周囲の音が消えたわけではない。


 千葉先生が床を踏む音。


 隣に立つユウの呼吸。


 ダンジョンの門から聞こえてくる、風とも水ともつかぬ微かな音。


 どの方向から聞こえているのかも、きちんと分かる。


 危険な音量だけを抑え、必要な音は残す。


 射撃訓練の時にも使ったが、何度試しても不思議な道具よな。


「次にヘッドギア。被ったら、記録用カメラを右側の専用ソケットに取りつけろ」


 我は黒いヘッドギアを被り、位置を調整する。


 それから、ハンタースマホの背面に収納されている小型カメラを取り外した。


 右側に設けられた専用ソケットに押し込み、固定された感触を確かめる。


 指先で軽く揺らしてみたが、外れる様子はない。


 うむ。


 これでよいの。


 隣では、ユウも同じようにカメラを取りつけておる。


「カメラを起動したら、俺が作ったグループに入れ。音声と映像が繋がっているか確認しろ」


 我はハンタースマホを操作し、表示されたグループに参加した。


「聞こえるか?」


 イヤープラグから千葉先生の声が聞こえる。


「うむ。聞こえておるぞ」


「私も大丈夫です」


「映像も問題なしだな。確認できたら、ハンタースマホを省電力モードにしろ。通信や記録に必要のない機能は抑えておけ」


「承知した」


「はい」


 画面を操作し、省電力モードに切り替える。


 明るかった画面が少し暗くなり、使用できる機能も必要なものだけに絞られた。


「よし。最後にスマートウォッチのデジタルマッピングを起動。バイタルモードも忘れるな。両方が動いていることを確認したら、こっちも省電力モードだ」


 左手首のスマートウォッチを操作すると、画面の中央に基点を示す印が現れた。


 この機能は、GPSで現在地を調べるものではない。


 起動してから数歩進んだ方向を仮の北として定め、歩数や移動速度、進行方向を変えた角度から、通った道を算出していく仕組みだ。


 今はまだ入口の前にいるため、画面に表示されているのは基点だけ。


 ダンジョンに入り、数歩進めば方位が設定され、そこから通った場所が少しずつ地図として記録されていくのだろう。


 続いてバイタルモード。


 心拍数をはじめとした我の身体の状態が、画面に表示される。


 うむ。


 こちらも問題なし。


 最後に省電力モードに切り替えた。


 電池切れは勘弁よな。


 ダンジョンの中で地図も通信も使えなくなれば、面倒どころの話ではあるまい。


「機械が地図を作ってくれるからって、全部任せるなよ」


 千葉先生は我とユウのスマートウォッチを確認すると、ダンジョンの門を顎で示した。


「通った道や目印は、なるべく自分でも覚えろ。必要なら紙に書きながら進んでもいい。機械は壊れるし、電池も切れる。いざという時、最後に頼れるのは自分の頭だからな」


「分かった」


「はーい」


 くっくっくっ。


 千葉先生よ。


 我には、もう一つ備えがある。


 対象に印をつけ、その方向を捉える追跡魔法。


 それを道標として応用するのだ。


 入口に魔力の印を置き、進んだ道にも薄く魔力痕を残しておけば、帰る時には大まかな方向を確かめられる。


 無論、これだけに頼るつもりはない。


 ダンジョン内で正常に働く保証はないし、残した魔力痕が途中で消えぬとも限らぬからな。


 道と目印は我自身でも覚え、デジタルマッピングにも記録させる。


 その上で使う、念のための備えよ。


 うむ。


 あくまでも念のため。


 少々ずるいような気もするが、安全には代えられぬ。


 そう。


 念のためである。


「準備はできたな。じゃあ、二人から入れ。俺は後ろについて動きを見る」


「承知した。ユウよ」


「うん、マオ。行こう!」


 我とユウ。


 いよいよ、ダンジョンに挑戦よ!


 ユウと並んで門に近づき、揺らめく幕の中に足を踏み入れる。


 幕が身体に触れた瞬間。


 僅かに冷たい感触が肌を撫で、視界が様々な色に覆われた。


 だが、それも一瞬。


 次に視界が開けた時には、我らは石造りの通路に立っておった。


 床も。


 壁も。


 天井も。


 大きさの異なる石を積み上げたような造り。


 ゲームや漫画で見る、いかにもダンジョンといった光景よな。


 暑くも寒くもない。


 湿気も、それほど強くは感じぬ。


 壁には一定の間隔で松明が取りつけられ、揺れる炎が通路を照らしておった。


 入口の外にあった施設の明かりとは違い、赤みを帯びた光が石壁の凹凸に濃い影を作っておる。


 初めて入ったというのに、どこか懐かしい。


 だが、我が作った覚えのない場所。


 我の力と何らかの繋がりがあるとはいえ、何とも不思議なものよな。


「マオ。行くよ」


「うむ。罠に注意して進もうぞ」


 と、その前に。


 我はユウと千葉先生に気づかれぬよう、足元に僅かな魔力を流した。


 入口の石床に、我にしか分からぬ小さな印を刻む。


 これでよし。


 ここを基点に薄い魔力痕を残しておけば、帰る方向を確かめる手掛かりになる。


 ユウが先頭。


 我は、その少し後ろ。


 数歩進んだところで、スマートウォッチが短く震えた。


 画面を確かめると、今進んでいる方向が仮の北に設定され、入口からここまでの道が一本の線として記録されておる。


 うむ。


 デジタルマッピングも正常に動いておるな。


 千葉先生は我らの動きを監視するように、さらに後方から黙ってついてきておる。


 何も指示せず。


 何も手を出さず。


 ただ、我らが何を見るのか。


 何を見落とすのか。


 それを確かめるような視線。


 うむ。


 緊張するの。


 我らの足音が、石造りの通路に重なって響く。


 時折、松明の炎が揺れ、そのたびに壁に伸びた影も形を変えた。


 分かれ道は、まだない。


 だが、床の僅かな段差。


 壁に刻まれた傷。


 天井の暗がり。


 どこに罠が隠されているのか分からぬため、一つずつ注意しながら進んでいく。


 しばらく歩いたところで、鼻の奥に嫌な臭いが入り込んできた。


 湿った布を長く放置したような臭い。


 それに、肉が腐ったような臭いまで混ざっておるな。


「異臭確認。腐ったような臭い」


 先頭を歩くユウが足を止め、声を抑えながら報告した。


「ゾンビか、ゴブリンか。どちらかだの」


「うん。奥からだね」


 ユウは耳を澄ませ、通路の先を見つめた。


 我にも聞こえる。


 硬い床を何かが引きずる音。


 規則性のない足音。


 それが一つではない。


 ユウは腰に固定していた鞘に手を伸ばし、音を立てぬよう長剣を引き抜いた。


 楽しそうに剣を眺めていた時とは違う。


 表情から笑みが消え、視線は、通路の奥を真っ直ぐ捉えておる。


 我も肩口と背中に待機させていた四枚のシールドクローを身体から離した。


 左右に広がりすぎぬよう位置を調整しながら、我の周囲を緩やかに巡回させる。


 両腕に装着した二枚も問題なし。


 クローの開閉。


 内側のソー。


 魔力による操作。


 すべて正常。


 やがて、松明の光が届く範囲に、人影のようなものが入ってきた。


 だが、その歩みは遅く、身体は不自然に傾いておる。


 衣服は破れ、剥き出しになった肌は変色していた。


 数は――。


 見えるだけで、五体。


「見えたの。ゾンビぞ」


「なら、素材はいらないね」


 ユウはそう言うと、剣を構えた。


 そして、我が止める間もなく床を蹴る。


 まったく。


 真っ直ぐよな。


 我は即座に、肩口に待機させていた二枚のシールドクローをユウの近くまで飛ばした。


 ユウの左右。


 不意に側面から襲われても、すぐに割り込める位置に配置する。


 背中に待機させている残り二枚は、我の近くに残しておく。


 それから我も走り出した。


「はっ!」


 短い息と共に、ユウの長剣が横に走った。


 長剣の刃が最前列にいたゾンビの首を捉え、そのまま止まることなく振り抜かれる。


 首を失った身体が数歩だけ前に進み、力を失って石床に倒れた。


 だが、ユウはすでに次の一体に踏み込んでおる。


 返した刃が斜め下から走り、二体目の首を断ち切った。


 速い。


 しかも、迷いがない。


 剣を振り終えた位置から無理に戻すのではなく、残った勢いをそのまま次の攻撃に繋げておる。


 あの時の勇者と同じ。


 首を狙う動きまで、まるで変わっておらぬではないか。


 …………。


 今は味方。


 今は味方ぞ。


 我は胸の内で自分に言い聞かせながら、こちらに向かってきたゾンビに意識を向けた。


 ユウの援護に回した二枚は、そのまま左右に待機させておく。


 我は背中に残していた二枚を前方に飛ばし、先端のクローを大きく展開させた。


 左右からゾンビの首を挟み込み、そのまま内側のソーを作動させる。


 細かな刃が高速で巡り始め、腐敗した肉に食い込んでいく。


 僅かな抵抗。


 だが、それもすぐに消えた。


 首が身体から離れ、頭部が石床に転がる。


 …………。


 ばっちいの。


 手で触れてはおらぬが、刃の間に何か挟まっておるように見える。


 後で洗わねばならんな。


 我がそんなことを考えている間にも、ユウはさらに一体に接近していた。


「せいっ!」


 踏み込みと同時に剣を振り抜き、さらに一体の首を落とす。


 これで、残るは一体。


 最後のゾンビがユウに腕を伸ばすが、その手が届くより早く、我は腕に装着したシールドクローで横から殴りつけた。


 重い一撃を受けた身体が壁際まで吹き飛び、石床に倒れる。


 ゾンビは一度だけ身体を震わせたが、それきり動かなくなった。


 周囲にも、別の足音は聞こえぬ。


「ユウ。もうおらぬぞ」


「うん。一応、とどめ」


 ユウは石床に転がる頭部に近づき、念を入れるように剣先を突き立てた。


 一つ。


 もう一つ。


 どのゾンビも、すでに動きを止めておる。


 それでも、我らにとっては初めての実戦。


 本当に倒せているのか、不安になるのも仕方あるまい。


 ユウは切り落とした頭部に反応が残っていないことを、一つずつ念入りに確かめていく。


 無論、我も油断はせぬ。


 我が倒したゾンビも、もう動く様子はなかった。


 だが、念のため、切り落とした頭部と、最後に殴り倒した一体の頭部に、シールドクローの平らな面をそれぞれ叩きつけておく。


 うむ。


 これで本当に動かぬな。


「千葉先生。どうだった?」


 ユウは別の頭部に剣を突き立てながら、後方にいる千葉先生に尋ねた。


 ユウよ。


 ゾンビに念入りにとどめを刺しながら聞く内容ではないと思うぞ。


 千葉先生は、腰のバスタード・ファルシオンに片手を添えたまま、最初から最後まで我らの動きを見ておった。


 いつでも剣を抜ける姿勢ではある。


 だが、我らが本当に危険な状態にならぬ限り、手を出すつもりはなかったようだ。


 倒れたゾンビ。


 ユウの立ち位置。


 我のシールドクロー。


 そして、周囲の通路。


 一通り確かめてから、ようやく口を開く。


「二人とも、動き出しは悪くない。敵を見つけてから固まらなかったのもいい」


 おお。


 まずは褒められたな。


「ただし、白崎。お前は先行しすぎだ」


「え?」


「敵を確認した直後、天神に何も伝えず、一人で距離を詰めただろ。今回はゾンビだけだったからよかったが、横道や死角に別の敵がいたら囲まれていたぞ」


「……はい」


「前に出るなら、『行く』の一言でいい。後ろで援護する奴に、自分が何をするつもりなのか伝えろ」


 ユウは剣を下げ、僅かに肩を落とした。


 確かに。


 我もすぐ後を追ったが、ユウは何も告げずに敵の中に飛び込んでおった。


 もう少し数が多ければ、我のシールドクローを割り込ませる前に囲まれていた可能性もある。


「それから天神。白崎の援護にシールドを二枚つけた判断はいい」


「うむ」


「ただ、位置が近すぎたな。白崎を守るつもりで、左右の視界を少し塞いでいた」


「うぬ? 邪魔だったか?」


 我はユウに顔を向けた。


「邪魔ってほどじゃないけど……少し見えにくかったかな。特に右側」


 それはいかん。


 敵から守るために置いた盾が、ユウの視界を奪ってしまっては意味がない。


 我、失態。


「すまぬ。次からは、もう少し距離を空けよう」


「うん。でも、守ってくれたのは分かってるから」


「白崎」


 千葉先生の声が低くなった。


 ユウが僅かに首を傾げる。


「それは戦っている最中に伝えろ。『邪魔というほどではないし、自分で対処できる』と思って、黙っていたんだろ」


「……はい」


「今回は何も起きなかった。だが、視界が僅かに塞がれただけでも、相手によっては命取りになる」


 千葉先生は我とユウを交互に見た。


「これから二人で動くなら、相手に伝えるべきことはその場で伝えろ。見えない。近すぎる。右に寄せろ。何でもいい。黙ったまま察してもらおうとするな」


 なるほど。


 援護する我が気をつけるだけでは足りぬ。


 実際に前で戦っているユウからも、状況を伝えてもらわねばならぬのだな。


 我にとって使いやすい位置が、ユウにとっても戦いやすい位置とは限らない。


 お互いの動きを理解し、戦いながら調整する必要があるということか。


「分かりました。次からは、ちゃんと言います」


「うむ。我も、ユウの視界と動きを確かめながら配置しよう」


「それでいい。初めから完璧にできるとは思ってない。今のうちに失敗して、直せ」


 千葉先生はそこで一度言葉を切ると、通路の奥に視線を向けた。


「周囲の確認を終えたら、先に進むぞ。戦闘が終わった直後が、一番気を抜きやすいからな」

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