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魔王と勇者 ~我、異世界転生した!~  作者: 珈琲ノミマス
第一章 我の学校生活編

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第48話 外伝 ユウの気持ち

 これは、中学一年生の夏の話。


 夏休みに入った私とマオは、三日間だけ学校に泊まり込み、集中訓練を受けることになった。


 朝から夕方まで、ひたすら身体を動かす。


 普段の授業よりも訓練時間は長く、休憩を挟んでも身体の奥に疲れが溜まっていくような一日だった。


 初日の訓練を終えた夕方。


 夕食の前に汗を流すため、私とマオはS組校舎にある女湯に来ていた。


 学校のお風呂とは思えないほど広い。


 身体を洗う場所がいくつも並び、その奥には、私たち二人だけで使うには大きすぎる浴槽がある。


 マオが以前、漫画で見た銭湯みたいだと興奮していた場所だ。


 だけど今の私は、そんな広いお風呂よりも、さっきから気になることがあった。


 マオの視線が怖い。


 着替えを始めた頃から、マオは何度も私の胸元に視線を落としてくる。


 じっと見ているわけじゃない。


 見て、すぐに逸らす。


 それから、自分の胸元を確認する。


 そして、また私を見る。


 理由はわかっている。


 マオ。


 まだ小さいもんね。


 気にしているもんね。


 普段から女子更衣室で着替えるたび、私の胸と自分の胸を見比べているから、流石に少し気の毒になってきた。


 身長なら、ほんの少しだけマオの方が高い。


 髪も長くて綺麗だし、顔だってすごく整っている。


 なのに、胸のことになると、マオは急に自信をなくす。


 そんなに気にしなくてもいいと思うけど、本人にとっては大きな問題らしい。


「ユウよ」


 脱いだ服をロッカーへ入れていたマオが、重々しい声で私を呼んだ。


「何?」


 振り返ると、マオは真剣な顔で自分の胸元を見下ろしている。


 訓練中よりも険しい顔。


 今からとても大事な作戦会議でも始めそうな雰囲気だった。


「我は何故、こうも小さいのであろうな」


 身長の話ではない。


 流石の私にも、それくらいはわかる。


 でも、何て答えればいいんだろう。


 私だって、胸がどうやって大きくなったのかなんて知らない。


 気づいたら少しずつ変わっていただけだ。


「よく食べればいいんじゃない?」


 考えた末に出た答えは、それだった。


 身体を大きくするなら、まずは食事。


 たぶん間違ってはいないと思う。


「これでも我は食べていると思うぞ」


「そう?」


 私より少ないのに?


 そう思った瞬間、マオの黒い瞳が細くなった。


「今、ユウと比べおったな」


「比べてないよ」


「嘘をつけ。顔に出ておる」


 そんなに出ていたかな。


 マオは腰へ手を当て、少し胸を張った。


 けれど、その姿勢のせいで余計に差がわかりやすくなってしまい、私は慌てて視線を逸らす。


「いいか、ユウ。おぬしの食事量はかなり多いぞ。あれを普通だと思うでない」


「そう?」


「そうだ。我が少ないのではない。ユウが多いのだ」


 そこまで真剣に言われると、そうなのかもしれないと思えてくる。


 でも、お腹が空くのだから仕方がない。


 訓練をした日は、普段よりもっと食べたくなる。


「ユウよ。我の知らぬところで、何か特別なことでもしておるのではないか?」


「してないよ」


「本当か?」


「本当。何もしてないよ。マオも、そのうち大きくなるって」


 たぶん。


 最後の一言は、口に出さず胸の中だけに留めておく。


 ここで自信がなさそうな顔をしたら、マオはもっと落ち込む気がした。


「そのうち、か……」


 マオは納得しきれない顔で、もう一度自分の胸元を見下ろした。


 元は魔王だったかもしれないけど、今は私と同い年の女の子。


 いつもは何でも知っているような顔をしているマオが、胸のことで真剣に悩んでいる。


 そんな姿を見ると、少しだけ安心した。


 マオにも、私と同じようにわからないことがあるんだ。


「……まあ、よい。それよりも風呂ぞ」


 考えることをやめたらしく、マオは浴室へ続く扉に手を掛けた。


「汗を流したら夕食だね」


「うむ。今日は随分と身体を動かしたからの。腹が減っておる」


 やっぱり、マオもお腹が空いているんじゃない。


 もう少し食べればいいのに。


 浴室へ入ると、暖かな湯気が肌を包んだ。


 床や壁には細かな水滴がつき、天井まで白く霞んでいる。広い浴室には私たち以外、誰もいない。


 聞こえるのは、蛇口から流れるお湯の音と、私たちの足音だけ。


 これもS組が二人しかいないからできる贅沢だ。


 私たちは並んで身体と髪を洗った。


 訓練で流した汗をお湯で洗い流すと、肌にまとわりついていた不快感が少しずつ消えていく。


 腕も脚も重い。


 今日一日、どれだけ身体を動かしたのか、改めて思い知らされる。


 それでも、不思議と嫌な疲れではなかった。


 千葉先生の訓練は厳しいけど、昨日までできなかったことが少しずつできるようになるのは嬉しい。


 身体を洗い終えた私は、長い髪を頭の上でまとめ、広い浴槽に目を向けた。


 湯気の向こうで、たっぷりの湯が静かに揺れている。


 他には誰もいない。


 止める人もいない。


 だったら――。


「それっ!」


 浴槽の縁に腰を下ろし、勢いよく両脚を湯に入れる。そのまま身体を滑らせるように沈めると、水面が大きく揺れ、縁ぎりぎりまで湯が押し寄せた。


 肩まで浸かった瞬間、全身を包む温かさに思わず息が漏れる。


「ああ……気持ちいい」


 身体に溜まっていた疲れが、湯の中に溶け出していくみたい。


 手足を伸ばしても、まだ余裕がある。


 やっぱり広いお風呂は最高。


「ユウよ」


 浴槽の外から、マオの低い声が聞こえた。


 振り返ると、マオが不満そうに頬を膨らませている。


「それは我が先にやりたかったぞ」


「マオもしたかったんだ」


「当然であろう。これほど広い風呂ぞ。一度くらい、勢いよく入りたくなるというものよ」


 マオは少し不貞腐れながら、洗い終えた黒髪を高い位置でまとめ、浴槽の縁に腰を下ろした。


 先に取られたからか、今さら同じ入り方をする気にはなれないらしい。


 足先からゆっくりと湯に入り、肩まで浸かる。


 改めて見ると、マオって本当に美人。


 高くまとめた黒髪は湯気の中で艶めき、濡れた後れ毛が白い頬に張りついている。


 長い睫毛に、整った顔。


 胸元はまだ私ほど変わっていない。でも、だからといって幼く見えるわけじゃない。


 背筋を伸ばして座っているだけで、妙に堂々として見える。


 顔や髪が綺麗だからだけじゃない。


 どうしてなのか、私には上手く説明できない。


 たぶん、マオは私の知らないことを、たくさん知っているからだ。


「ユウ。どうした?」


 見つめすぎていたらしい。


 マオが不思議そうに首を傾げた。


「別に。ただ、マオって美人だなって思って」


「急になんぞ」


 マオは一瞬だけ目を丸くした後、得意そうに口元を上げた。


「ふっ。それを言うなら、ユウもぞ。あの小学校の暴れん坊が、よくぞここまで美しくなったものよ」


「暴れん坊って、マオを守っただけじゃん」


「守るためならば、相手を追い回してもよいわけではないぞ」


「だって、逃げるから」


「ユウに追われれば、誰でも逃げると思うがの」


 何よ、それ。


 マオをいじめた方が悪いのに。


 でも、あの頃は確かに、何か言われるたびに私の方が怒っていた。


 マオは平気そうな顔をして、いつも私を止めていた。


 私は、ずっとマオを守っているつもりだった。


 だけど、振り返ってみれば、私もずっとマオに支えてもらっている。


 小学校の時も。


 中学校に入ってからも。


 私が前に出すぎれば、マオが止めてくれる。


 わからないことがあれば、一緒に考えてくれる。


 失敗した時も、馬鹿にせず隣にいてくれる。


 私はそれを、いつの間にか当たり前のように受け取っていた。


 でも、私はマオに何を返せているんだろう。


 そう考えた途端、胸の奥が少しだけ冷えた。


 マオなら、私がいなくても一人で前へ進める。


 けれど私は、迷った時にはいつもマオを探してしまう。


 もしかしたら、私が隣にいることで、マオに迷惑をかけていることの方が多いんじゃないだろうか。


「マオ?」


「なんぞ?」


 声に出してから、何を聞きたいのか自分でもわからなくなった。


 だけど、もう呼んでしまった。


 マオは何も急かさず、私の言葉を待っている。


「マオは……私が隣にいても、迷惑じゃない?」


 言ってしまった。


 変なことを聞いちゃった。


 マオは目を見開き、珍しく言葉を失っている。


 湯が揺れる音だけが、やけに大きく聞こえた。


「何を言い出すのかと思えば……」


 マオは呆れたように息を吐いた。


 怒らせたかもしれない。


 そう思ったけれど、続いて向けられた目は、思っていたよりずっと優しかった。


「今更、何を言うておる。我はユウといると楽しいぞ。毎日が賑やかで、退屈する暇もない」


「でも、私、迷惑をかけるし……」


「それを言えば、我も同じであろう。我とて勝手に先走る。好きなものを見つければ周りが見えなくなるし、ユウに止められたことも、一度や二度ではないぞ」


 確かに。


 銃を見つけた時のマオ。


 漫画や食べ物に夢中になった時のマオ。


 思い返せば、私が止めたことも結構ある。


「ならば、我からも問おう」


 マオは浴槽の縁に背中を預け、真っ直ぐに私を見た。


「我はユウにとって邪魔かの?」


「邪魔じゃない!」


 考えるより先に、声が出た。


 広い浴室に、私の声が響く。


「マオは大事な親友だよ。邪魔なわけない」


「ならば、それでよい」


 マオは満足そうに頷いた。


「幼馴染であり、親友。素晴らしい関係ではないか」


 それだけ言うと、マオは何事もなかったように両脚を伸ばした。


 私があれだけ悩んでいたのに、マオにとっては最初から答えが決まっていたらしい。


 ああ。


 マオって、本当に不思議。


 いつも一緒にいると、何故か心地よい。


 隣にいるだけで安心する。


 難しく考えていたことも、マオが一言口にすれば、そんなに悩むことじゃなかったと思えてくる。


「マオ」


「今度はなんぞ?」


「これからも一緒に頑張ろうね」


「当然ぞ。我らは二人でS組だからの」


 マオの顔に、いつもの自信に満ちた笑みが戻った。


 それを見ていると、身体の疲れだけじゃなく、胸の中に溜まっていた不安までお湯に溶けていくようだった。


 よし。


 やる気が出てきた。


 明日も訓練は続く。


 きっと今日より厳しくなる。


 それでも、マオと一緒なら頑張れる。


 これまでみたいに、守ったり、守られたりしながら。


 いつかマオが迷った時には、今度は私が一緒に答えを見つけられるように。


 マオのためにも、もっと強くなろう。

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