第47話 我、向かう!
初めて実弾を撃ったあの日から、約11ヵ月。
我らは無事に中学校を卒業した。
高等部には進まず、ハンターになる道を選んだのだ。
そして今、我はハンター協会の練習施設に来ておる。
訓練室の射撃台に置かれた拳銃を眺めておる。
ふむ。
「我は、一撃の威力を重視したいの」
「でも重くない? 私は……なくてもいいかも」
ユウが少し困ったように首を傾げた。
確かに、ユウには剣がある。
勇者であった頃の感覚も残っておるし、今のユウなら近接戦闘だけでも相当戦えるであろう。
だが、それとこれとは別だ。
「持っておくがよい。ないより、ある方が絶対によい」
我は真剣に言った。
銃を主武器にする必要はない。
だが、持っているかどうかで、取れる行動は変わる。
剣が届かぬ時。
距離を詰める暇がない時。
仲間を下がらせるために、一瞬だけ敵の動きを止めたい時。
使わずに済むなら、それでよい。
だが、使えるものを持たぬ理由にはならぬ。
「天神の言う通りだ。前にも教えたが、ナイフや銃は絶対に持ってろ。使うかどうかじゃない。選択肢を残すためだ」
千葉先生が、射撃台の上に並んだ弾を確認しながら言った。
千葉先生は、仮免を取った我らの銃選びに付き合っておる。
いや、付き合っておるというより、今も我らの教官だな。
我らの卒業を機に学校を辞め、本格的なハンター活動へ戻った。
もう学校の教師ではない。
だが、仮免期間の担当教官として、今もこうして我らの面倒を見てくれておる。
我らとしては嬉しい。
嬉しいのだが……。
本当によかったのかの?
「先生。学校辞めてよかったんですか?」
ユウが尋ねると、千葉先生は射撃台の上に並んだ弾を片づけながら、面倒そうに肩を竦めた。
「いいの。次のS組もいねぇんだもん。もういいかなって」
軽い。
あまりにも軽い言い方よ。
だが、その横顔は思ったほど残念そうではなかった。
教師としての仕事に未練がまったくないわけではないのだろう。だが、千葉先生はもともと現役のハンターだ。学校という場所に縛られるより、現場で動く方が性に合っているのかもしれぬ。
「それに、お前らの面倒はしばらく見なきゃならんしな」
「我らの?」
「ああ。仮免持ちの新人なんて、一番危なっかしい時期だ。実力がある分、余計にな」
む。
危なっかしいとは聞き捨てならぬ。
だが、言い返す前に、千葉先生の目が少しだけ真面目になった。
「仮免は取れた。けど、それで一人前ってわけじゃない。卒業後は実地で経験を積んで、本免許を目指す。そこで変な癖をつけられると困るんだよ。それにだ」
千葉先生はそこで言葉を切ると、少しだけ我らに近づいた。
そして、声を落とす。
それだけで、先ほどまでの軽さが薄れた。
「お前たちが魔王と勇者かもってことを知っているのは、ハンターの中で俺だけだからな」
「千葉先生」
我は思わず、千葉先生を見上げた。
軽く言っておるが、つまりそれは、我らの事情を知った上で近くにいてくれるということだ。
学校を辞めたのも、単にS組がいないからだけではあるまい。
我らが不用意に目立たぬように。
我らがハンターとして変な方向に進まぬように。
そして、魔王と勇者という事情を抱えたまま、無茶をせぬように。
そう考えてのことなのだろう。
「大人よな」
「なんだよ、急に」
まさか、ここまで面倒を見てくれる御仁だったとは。
改めて評価が上がったの。
「それで、どうするんだ?」
「我、実は持ちたいものがある」
そう。
初めてゲームで見た、あの銃。
見たことのないデザインは、我を強く魅了した。
重く、無骨で、ただそこにあるだけで存在感がある。
あれを見た時、我は思ったのだ。
いつか、あのような銃を持ってみたいと。
「なんだ?」
千葉先生が尋ねる。
我は胸を張り、堂々と告げた。
「RSh-12《レクイエム》よ」
「……」
千葉先生が黙った。
ユウも黙った。
む。
なんぞ、その反応は。
我は真剣ぞ。
「ダメなのか?」
「扱えるかどうかなら問題ない。仮免を取ってから卒業するまでの訓練でも、何度か撃たせたからな。お前の力なら反動にも負けないだろう。ただ、撃てることと、毎日持ち歩く銃に向いているかは別だ。最初に自分で所有する一丁としては、さすがに大きくて癖が強い」
「千葉先生も、大きなガバナーを持っておるではないか」
「俺のは、自分の戦い方と役割を理解した上で選び、使いやすいように調整した銃だ。お前の主武器はシールドクローだろ。予備武器として毎日持ち歩く銃に、本当にそれを選ぶのかって聞いてるんだ」
「仮免を取ってから、他の銃も色々と撃った。その上で、我はこれがよいと言っておる。それに、我はこ奴も主武器にするつもりぞ」
「それにしても、ゲームで見たからって選ぶのは……マオらしいけど」
ユウが困ったように笑っておる。
む。
その言い方は少し納得できぬ。
憧れとは大事なものぞ。
理屈だけで武器を選んでいては、心が燃えぬではないか。
「ちなみに、レクイエムは銃の正式名じゃないぞ。カスタマイズされた個体の名前だ」
「そうなのか?」
そうか。
我は少しだけ射撃台の上に視線を落とした。
ならば、我が欲しいのはRSh-12そのものというより、あのゲームで見た《レクイエム》の姿なのかもしれぬ。
しかし、どうにかならぬものか。
う~む。
「白崎は、グロック19がいいかもな。17よりコンパクトで、近接戦闘の邪魔になりにくい」
「なら、そうします」
ユウはあっさりと頷いた。
早い。
あまりにも早い。
我がこれほど真剣に考えておるというのに、ユウはもう決めてしまったのか。
「天神も、最初は別の銃にしておけ。自分で稼げるようになってから、改めてRSh-12を買っても遅くないだろ」
むむ。
ユウは決めた。
だが、我はまだ譲らぬぞ。
「どうしてもそれがいいのか?」
千葉先生が、呆れたようでいて、少しだけ面白がるように尋ねてきた。
我は射撃台の上に並ぶ銃を見つめ、それから胸の奥に残る憧れを確かめる。
「うむ。憧れには勝てぬ」
「金はあるのか?」
「父上と母上からもらっておる」
千葉先生は一瞬だけ黙り、それから深く息を吐いた。
「後ろ盾が大きいな」
ふふん。
そこは否定せぬ。
我、父上と母上には大変恵まれておるからな。
こうして我らは、学校を離れた後も千葉先生の指導を受けながら、ハンターとして必要な装備を整えていった。
それから、ひと月ほど後。
春もすっかり深まった頃。
我は家で、出かける支度をしておった。
目の前には、愛殿から頂いたハンター専用装備が、洗い替えまで含めて複数組並んでおる。
機能だけでなく、意匠にも気を配ったヘッドギア。
身体に密着する全身用のアンダーウェア。
その上から身につける、薄くて柔軟性があり、しかも軽いボディーアーマー。
Tシャツ、ジャケット、ボトムス。
グローブに、足首まで守るアーミーシューズ。
さらに、ショルダーホルスターと二つのナイフホルダーまで揃っておる。
…………。
またもや、これだけの品を頂いてしまった。
順番に身につけ、肩を回し、腕や脚を大きく動かしてみる。
中々に動きやすい。
愛殿の作る物はいつもそうだが、これだけの装備をまとっておるというのに、身体の動きを邪魔する感覚がまるでない。
それに、装備全体は黒を基調としており、我の好きな桜の花まであしらわれておる。
鏡に映る姿を眺めれば、中々様になっておるではないか。
これはよいな。
実によい。
よいのだが……。
「貰ってばかりで申し訳ないの」
我はそう零しながら、我のベッドに寝転がっておるユウに視線を向けた。
ユウも我と同じ装備を身につけておるが、アーミーシューズだけはまだ履いておらぬ。色は青で、そこに翼の意匠が施されており、これが中々よい味を出しておる。
「いいって。ママが着てほしいって。それに、実際のダンジョンで使った時のデータも欲しいんだって」
ユウはまるで気にしておらぬ様子で答えた。
「そう言うがな、ユウよ。こうも貰ってばかりだと……」
「それは将来、返していこうよ。旅行に連れて行ったりして」
「それでよいのかの?」
我には、それだけで返しきれるとは思えぬのだがな。
まあ、我も父上と母上には、色々と支援してもらっておる。
父上は、ユウの身体に合わせて作られた専用の長剣を渡しておったし、我にも、成長した身体に合わせた新たなシールドクローを六枚も用意してくれた。
中学一年の頃は、五枚それぞれに異なる役目を持たせて操るだけで精いっぱいだった。
だが、三年間の訓練を経た今では、六枚すべてに意識を巡らせ、それぞれを別々に動かせる。
我も、あの頃からきちんと成長しておるのだ。
欲しい装備を揃えてもらい、必要となれば父上のコネまで使う。
無論、ありがたい。
ありがたいのだが、こうも周囲の力を借りてばかりおると、何やら卑怯なことをしている気分になってくるの。
こういう時、脳裏に蘇るのはモロイの言葉だ。
『いいですか、魔王様。使える者は使うのです。使わずに損をするくらいなら、使って利益を得てください。その後で、得た分を還元していけばよいのです』
理屈はわかる。
モロイの言葉にも一理ある。
だが、それにしても、流石に使いすぎておる気がするのだ。
よいのかの?
我が一人で考え込んでおると、ユウが呆れたように息を吐いた。
「マオは気にしすぎ」
「ユウは気にしなさすぎよ」
「でも、銃を買う時は、おじさんとおばさんから貰ったお金を使ったんでしょ?」
…………。
我、沈黙。
それを言われてしまうと、何も返せぬ。
自分の欲しい銃を手に入れるため、父上と母上から貰った金をありがたく使ったのは我だからな。
……まあよい。
さて、鞄にヘッドギアや着替えなど、お泊まり用の品を詰めて……と。
最後に、鍵付きの重厚な保管箱を開ける。
中から取り出したのは、我専用に仕上げられたRSh-12カスタム。
黒く仕上げられた重厚な銃身と、存在感を放つ太いシリンダー。
その姿には、ゲームで見た《レクイエム》の面影が確かに残っておる。
グリップは我の手に合わせて握りやすく削られ、照準も我の目と構え方に合わせて調整されていた。
さらに、グリップには、母上が我をモチーフに描いた紋章が刻まれておる。
そうして完成した、この世に一つしかない銃。
その名も、《魔王》。
うむ。
よい名よ。
銃の状態をひととおり確かめてから、ショルダーホルスターに収める。
身体に加わる確かな重み。
実に頼もしい。
自然と身も引き締まるの。
「ユウ。準備ができたぞ」
「は~い」
ベッドに寝転がっておったユウが、こちらに片手を差し出してくる。
これは、また我に起こせというのか?
毎回毎回、こやつは。
仕方なくその手を掴み、ベッドから引き起こしてやる。
「ゆくぞ。シールドクローとユウの長剣は、千葉先生に頼み、飛行機で運んでもらうことになっておる」
「私も準備できたよ。えっと……行くのは鳥取県だっけ?」
「うむ。我らが初めて入るのは、ハンター訓練所が管理する訓練用ダンジョンらしいの」
「先生は飛行機で、私たちは陸路かぁ」
ユウは、飛行機でも探しているのか、天井を見上げておる。
ユウよ。
そこに空はないぞ。
「我らはまだ仮免中だからな。電車に武器を持ち込めぬ以上、仕方あるまい」
「銃も先生に持っていってもらえたら、もっと楽だったのに」
「それは我も思った。だが、登録銃は所有者本人が管理する決まりぞ」
「わかってるよ。誰かに預けて犯罪に使われたら、持ち主が疑われちゃうからでしょ?」
「うむ。持ち主を犯人に仕立てる偽装にも使われかねぬからな。面倒ではあるが、必要な規則よ」
「わかってるけど、面倒なものは面倒だよ」
「それには同意する」
支度を終えて玄関を出れば、そこに待っておるのは我が愛車。
トリシティ300。
「前に並ぶ二つの車輪。この独特な佇まいが、何ともよいの」
「私は何でもいいけど、見た目が可愛かった子にした」
ユウが示したのは、自分の愛車。
確か、バーグマン400だったか。
大柄なスクーターだが、丸みを帯びた車体は、確かに可愛いと言えなくもない。
我らはそれぞれヘルメットをかぶり、取り付けてあるインカムの電源を入れた。
無論、移動経路と休憩場所は、事前に千葉先生に提出してある。
あとは無理をせず、決めた場所で休みながら鳥取を目指すだけだ。
「これほどの長距離を走るのは初めてだの」
「たのしみ~」
明るく答えるユウとは対照的に、玄関先にいる母上と仁殿は、少し心配そうに我らを見ておった。
「二人とも、気をつけてね」
「ユウちゃん、マオちゃん。安全運転で」
わざわざ見送りとは、二人とも済まぬな。
「うむ、わかった。行ってくる」
「行ってきまーす。お土産、期待しててね~」
我はトリシティ300に跨がり、ハンドルを握る。
隣では、ユウもバーグマン400に跨がった。
エンジンを始動すると、車体を通して低い振動が身体に伝わってくる。
目指すは、鳥取県にある訓練用ダンジョン。
さあ、ゆくぞ!




