第46話 我、念願叶う!
ハンター仮免許の試験は、余裕で合格。
うむ。
当然ぞ。
今まで千葉先生に散々叩き込まれてきたのだ。罠の見分け方も、撤退判断も、応急処置も、素材の扱いも、連絡手順も、我らは何度も何度も頭に入れ、身体にも染み込ませてきた。
筆記も、安全確認を含む実技も問題なし。
これで、あとは卒業後に実地経験を積み、本免許を得るだけぞ。
しかし。
しかしっ!
今、我は泣いておる!
地下三階の射撃場。
目の前には、まっすぐ伸びる射線と、奥に並ぶ標的。
壁も天井も厚く、外の音はほとんど届かぬ。空気には、普段の教室や道場とは違う、少しだけ硬い緊張が混じっておる。
我はその場に立ちながら、胸の奥から込み上げてくるものを堪えきれなかった。
長かった。
実に長かったぞ。
初めてこの射撃場を見た日から、どれほど待ったことか。
銃器保管庫に並ぶ銃を横目で見ながら、触ることも許されず、ようやく持てたと思えば、弾は入っておらぬ。構え、分解し、組み立て、確認し、また構える。
そればかり。
我、我慢した。
実に我慢した。
だからこそ、今この瞬間が尊いのだ。
「マ~オ~。泣かなくても」
「こいつ。待たされ過ぎて狂ったか?」
何か言われておるが、我はどうでもよい。
ユウの困ったような声も、千葉先生の呆れた声も、今の我には遠くから聞こえる風の音に等しい。
さあ、我の初射撃!
我は一歩、射撃台に近づいた。
「待て待て待て!」
む。
千葉先生よ。
何故、我を止める。
我はもう仮免に合格したではないか。
撃つ資格は得たはずであろう。
「手本が先だ」
「マオ。落ち着きなさい」
「我は落ち着いておる」
「どこがだ」
うぬ。
まあよい。
待てば撃てるのだからの。
ここで我が焦り、千葉先生に危ない奴だと思われては本末転倒だ。せっかくここまで来たのだ。初射撃の前に取り上げられるなど、あまりにも悲しすぎる。
我は深く息を吸い、胸の前で両手を握った。
落ち着け。
我、魔王。
射撃ごときで取り乱す者ではない。
……いや、少しは取り乱しておるかもしれぬが、それはそれとして。
「まず、射撃台に置いてある保護眼鏡を掛けろ。ここでは空薬莢や細かな破片が飛んでくることもあるからな」
「ダンジョンでは付けぬのか?」
「基本的にはな。暗い場所では視界を妨げるし、汗や湿気で曇ることもある。戦闘中にずれたり、破損したりする危険もあるから、決められた位置から撃つ射撃訓練で使うものだと思っておけ」
「なるほどのう」
我は射撃台に置かれていた透明な保護眼鏡を手に取り、顔に掛けた。
少しばかり違和感はあるが、視界が大きく狭まるほどではない。
ここでは走り回ることも、モンスターと近接戦闘を行うこともない。ならば、目を守ることを優先するのも理解できる。
「次に、ハンタースマホの背面に収納してあるワイヤレスイヤープラグを付けろ。発砲や爆発による危険な音圧だけを瞬間的に抑え、会話や周囲の物音は拾い続ける。前に授業でやったな」
「うむ。ただ、我、カナル型は苦手よ」
「そう?」
ユウが不思議そうに首を傾げる。
苦手なものは苦手なのだ。
耳の中に入れた時、身体の音が内側から響くような感覚がある。自分の呼吸や、唾を飲み込む音まで近く聞こえ、どうにも落ち着かぬ。
あと、圧迫感。
あれは中々好きになれん。
「我慢しろ。銃声を完全に消すわけじゃない。耳を傷めるほどの音量だけを抑え、どの方向から聞こえたのかもわかるように作られている。ダンジョンでは、音も重要な判断材料になるからな」
「ならば、周囲の音が聞こえなくなる心配はないのだな」
「足音も声も、モンスターが動く音も拾える。ハンタースマホの通信にも使うんだ。今のうちに慣れろ」
「うむ。慣れるしかあるまいな」
我はハンタースマホを取り出し、背面のカバーを開けた。
中には、小さなワイヤレスイヤープラグが収まっておる。
以前にも説明を受けたが、改めて見るとよくできたものよな。小さいくせに、危険な音量だけを抑え、必要な音は残すというのだから、現代の技術も侮れぬ。
我はそれを指でつまみ、慎重に耳に入れた。
む。
やはり、少し変な感じがする。
耳の奥に蓋をされたような感覚と、身体の内側から響く音。
だが、すぐに外の音も聞こえ始めた。
千葉先生の靴底が床を擦る音。
ユウが隣で小さく息を吐く音。
奥では、標的を移動させる装置が低い音を立てておる。
どの方向から聞こえているのかも、きちんとわかる。
なるほど。
完全に音を消すわけではないのだな。
我はハンタースマホを操作し、グループ会話を設定する。
「聞こえるか?」
「うむ。聞こえておる」
「私も大丈夫」
「よし。じゃあ、まずは俺が撃つ。天神、白崎。絶対に射線の前に出るな。銃口がどこを向いているか、常に意識しろ。撃つ時だけじゃない。持っている間は、常に危険物を扱っていると思え」
千葉先生の声が、イヤープラグ越しに耳に届く。
いつもの軽さは少し薄れ、教師というより、現役ハンターの声になっておった。
我は自然と背筋を伸ばす。
ユウも真剣な顔で頷いた。
「いいか。まずは両手で撃つぞ」
千葉先生は射撃台の前に立つと、左脇のショルダーホルスターから拳銃を抜いた。
以前にも見せてもらった、S&Wのガバナー。
千葉先生用にカスタムされたリボルバーだ。
おお。
流石よ。
構え方が自然ぞ。
肩に余計な力が入っておらぬ。腕だけで支えるのではなく、足の置き方、腰の向き、視線の通し方まで、すべてが一つの動きとして繋がっておる。
銃口は標的を捉え、指は撃つ直前まで引き金にかけぬ。
授業で習った通りだ。
だが、千葉先生がやると、それがただの手順ではなく、身体に染みついた習慣なのだとわかる。
「撃つぞ」
短い合図。
次の瞬間、射撃場の空気が弾けた。
イヤープラグが音を抑えてくれているはずなのに、それでも腹の奥に響くような衝撃が伝わってくる。
一発。
二発。
三発。
標的に穴が穿たれていく。
千葉先生の腕はほとんどぶれぬ。反動を受けても、構えが崩れない。撃つたびに僅かに銃口が跳ね、それをすぐに戻して、また次を撃つ。
速い。
だが、雑ではない。
六発目を撃ち終えるまで、動きに迷いはなかった。
千葉先生はすぐに引き金から指を外し、銃口が我らに向かぬ角度を保ったまま、シリンダーを横へ開く。
エジェクターロッドを押すと、六つの空薬莢が射撃台の受け皿へ落ちた。
千葉先生は六つの薬室が空であることを目で確認し、我らにも見えるようにシリンダーを僅かに傾ける。
一連の動作が速い。
それでいて、確認すべきところは必ず確認しておる。
無駄がない。
だが、乱暴ではない。
おお……。
流石よな。
これが、実戦を知る者の銃の扱いか。
我は思わず、胸の前で拳を握った。
早く撃ちたい。
だが、それ以上に、今の動きを目に焼きつけねばならぬと思った。
千葉先生はシリンダーを開いたままガバナーを射撃台に置き、こちらに視線を向ける。
「見たか?」
「うむ。見たぞ」
「じゃあ、次は白崎からだ」
「え?」
「何故ユウからなのだ!」
「お前が一番はしゃいでるからだ。少し冷ませ」
ぐぬぬ。
千葉先生よ。
その判断は正しい。
正しいが、納得はできぬ。
我は射撃台の横で、静かに唇を尖らせた。
だが、まあよい。
ユウの次は我だ。
「最初は9mm口径のグロック17でいく」
「はーい」
ユウの奴は緊張感がないの。
初めて本物の弾を撃つというのに、いつもの調子で返事をしておる。だが、その手元は思ったよりも落ち着いていた。
ユウは千葉先生の指示に従い、射撃台に置かれたグロック17を確認する。
マガジンを抜き、銃口を標的に向けたまま、スライドを引いて薬室を確認。弾が入っていないことを目で確かめ、千葉先生にも見えるよう僅かに角度を変えた。
うむ。
中々の動作よ。
何度も練習してきた成果であろう。最初に触った時のような危なっかしさはない。指も引き金にかかっておらぬし、銃口がこちらを向くこともなかった。
「よし。次、マガジンに弾を込めろ。六発でいい」
「うん」
ユウは僅かに指先を迷わせながらも、教えられた手順どおり、一発ずつ弾を押し込んでいく。
六発。
訓練だからか、最初から満杯にはしないらしい。
「マガジンを入れろ。入れたら、もう一度銃口の向きを確認しろ」
「はい」
ユウはマガジンをグリップに差し込み、軽く叩いて装着を確認する。続けてスライドを引き、初弾を薬室に送った。
硬い金属音が、射撃場の空気に小さく響く。
おお。
いよいよではないか。
我の胸まで高鳴ってきたぞ。
「構えろ。足は肩幅。腕だけで支えるな。撃つ直前まで、指は引き金にかけるなよ」
「うん」
ユウは両手で銃を構えた。
いつもの剣を持つ時とは違う。
だが、不思議と様になっておる。肩には少し力が入っているものの、震えてはいない。標的を真っ直ぐ見据える横顔は、思ったより真剣だった。
むう。
先ほどまで緊張感がないと思っておったが、これはこれで、ユウらしいのかもしれぬ。
「撃つ時は、慌てるな。狙って、呼吸を止めすぎず、ゆっくり引け」
「わかった」
次の瞬間、銃声が響いた。
イヤープラグが危険な音圧を抑えているはずなのに、それでも腹の奥に小さな衝撃が届く。
同時に、銃の横から空薬莢が弾かれ、射撃台の近くに落ちた。
一発。
少し間を置いて、二発目。
また空薬莢が飛ぶ。
撃つたびに銃口が僅かに跳ね、ユウの腕が反動を受ける。だが、ユウはそのたびに構えを戻し、標的に視線を合わせ直していた。
三発。
四発。
五発。
六発目を撃ったところで、スライドが後ろに下がったまま止まった。
「撃ち切りだ。指を離せ。銃口はそのまま」
「はい」
ユウはすぐに引き金から指を外し、銃口を標的に向けたまま動きを止める。
千葉先生が横から手元を確認し、頷いた。
「よし。マガジンを抜け。薬室も確認」
ユウはマガジンを抜き、スライドが後退したままの状態で薬室を確認する。
空。
弾は残っておらぬ。
千葉先生もそれを見て、ようやく少しだけ表情を緩めた。
「悪くない。初めてにしては上出来だ」
「やった」
ユウが嬉しそうに笑う。
むう。
よいではないか。
だが、我も早く撃ちたい。
我は射撃台の横で、今度こそ声に出さぬよう、胸の内で叫んだ。
次。
次こそ我の番ぞ。
「……」
千葉先生よ。
無言で我を見るでない。
「なんぞ?」
「いや、心配でな」
失礼な!
我は仮免に合格した身ぞ。
少しばかり胸が高鳴り、足がそわそわし、視線がグロック17から離れぬだけではないか。
「まあいい。天神、やってみろ」
「うむっ!」
とうとう!
とうとう我も撃てる!
待った甲斐があったというものよ。
「お前も9mm口径のグロック17だ」
千葉先生は、ユウが使ったものと同じ型の拳銃を射撃台に置いた。
黒一色の拳銃。
無駄のない形。
先ほどユウが撃っていた時よりも、今はずっと輝いて見える。
これぞ。
これぞ、我が待ち望んだ瞬間よ。
「まず安全確認だ。銃口は標的側。指は撃つ直前まで引き金にかけるな。焦るなよ」
「わかっておる」
「本当か?」
「大丈夫ぞ」
我は深く息を吸った。
イヤープラグ越しに、自分の呼吸が少しだけ近く聞こえる。
胸の鼓動も早い。
だが、不思議と手は震えておらぬ。
千葉先生の指示に従い、まずマガジンを抜く。
続いてスライドを引き、薬室が空であることを確認。銃口の向きと、引き金から外した指の位置も確かめる。
今まで何度も、弾を込めぬまま繰り返してきた動作だ。
だが、今日は違う。
我は用意された六発をマガジンへ込め、グリップに差し込んだ。軽く叩いて装着を確認し、スライドを引いて初弾を薬室に送る。
金属の噛み合う硬い音が、耳に届いた。
今日は本当に撃つのだ。
「構えろ」
我は両手でグロック17を構え、標的を見据えた。
「はじめ」
その短い声で、我の中の何かが跳ねた。
ふ。
とうとう撃てるのだ。
「ゆっくりだぞ」
「大丈夫ぞ」
標的を見る。
呼吸を整える。
教えられた通り、腕だけで支えず、足と腰にも意識を置く。
そして、引き金をゆっくりと絞った。
銃声。
腕に伝わる衝撃。
空薬莢が右へ跳ね、保護眼鏡の前を横切ると、射撃台の上へ乾いた音を立てて落ちた。
火薬の匂いが、僅かに鼻をくすぐる。
標的に穴が開いておる。
当たった。
当たったぞ。
「お~~~おおおおおおお!」
「指を離せ!」
千葉先生の鋭い声が耳に届き、我は反射的に引き金から指を外した。
銃口は標的に向けたまま。
胸の奥から溢れかけていた興奮が、一瞬で引き戻される。
「喜ぶのは構わん。だが、銃を持っている間に気を抜くな。次に構えを崩したら、今日の射撃は終わりだ」
「……うむ。すまぬ」
我は一度息を吸い、改めてグロック17を構え直した。
落ち着け。
我、魔王。
初射撃の感動に呑まれ、武器の扱いを疎かにしてはならぬ。
標的を見る。
呼吸を整える。
二発目。
今度は反動を意識しながら、ゆっくりと引き金を絞った。
銃口が跳ね、腕に重さが残り、また標的に穴が開く。
「おおっ……」
「抑えろ」
「抑えておる」
三発目。
撃つたびに、胸の奥が熱くなる。
魔法とも違う。
剣とも違う。
これは、指先の僅かな動きで遠くの標的を穿つ武器だ。
小さな道具の中に、力と危険が詰まっておる。
だからこそ、扱いを間違えてはならぬ。
わかっておる。
わかってはおるのだ。
だが、それでも楽しいものは楽しい。
「どうしよう……マオがすごく悪い顔で笑ってる」
「笑うなとは言わんが、あの顔はちょっと怖いな」
外野。
うるさいの。
我は真剣ぞ。
口元が少し緩んでおるだけだ。
多分……。
四発目。
五発目。
発砲のたびに空薬莢が跳ね、標的に新しい穴が増えていく。
そして、最後の一発。
我は息を整え、標的を見据えた。
ここで外すわけにはいかぬ。
最後こそ、綺麗に決めるのだ。
ゆっくりと、引き金を絞る。
銃声と共に腕へ衝撃が走り、スライドが後退した位置で止まった。
弾切れだ。
「指を離せ。銃口はそのまま」
「うむ」
我は引き金から指を外し、銃口を標的に向けたまま動きを止めた。
「マガジンを抜け。薬室も確認しろ」
我はマガジンを抜き、後退したままのスライドと薬室を確認する。
空。
弾は残っておらぬ。
千葉先生も横から確認し、小さく頷いた。
「よし。銃口を標的側に向けたまま、射撃台に置け」
「うむ」
我は言われたとおり、グロック17を射撃台に置く。
「安全確認終了だ」
その言葉を聞いた瞬間、我は両拳を握り締めた。
もう銃は持っておらぬ。
ならば、今こそよかろう。
「ヒャッハー!」
「結局叫ぶのか!」
むはははは!
千葉先生よ。
安全確認は終わったのだから、問題なかろう。
「……マオ」
「ユウ。なんぞ?」
「蛮族だったよ」
む。
解せぬ。




