第45話 我、月日を重ねる
その後、我らが大きな事件に巻き込まれることはなく、一年生を終え、二年生になった。
だが、S組に新入生は来なかった。
広いS組校舎を使うのは、相変わらず我とユウと千葉先生だけ。
それでも、何もなかったわけではない。
訓練と授業を重ねるうちに、我らができることは少しずつ増えていった。
罠の見分け方やマッピング。
地形の読み方や、自然環境への対応。
モンスターの弱点と、素材の剥ぎ取り方。
撤退の判断、簡易拠点の作り方、非常時の連絡手順。
ダンジョンの中では、ただ強ければよいわけではない。進むべき道を見極め、危険を避け、必要なものを持ち帰り、生きて戻る。
そのために必要なことを、我らは少しずつ身体に叩き込まれていった。
訓練では、まだ銃は撃たせてもらっておらぬ。
だが、銃の性能や構造、分解清掃、構え方、取り扱う際の注意点など、基礎は徹底的に教え込まれた。
弾を込めぬまま銃口を標的に向け、照準を合わせ、呼吸を整える。撃つ指示が出るまでは、人差し指を引き金にかけず、フレームに沿わせておく。
それを何度も繰り返す。
最初の頃は、撃てぬ銃を持たされるだけというのがもどかしかった。だが、千葉先生曰く、撃つ前の扱いが雑な者に、銃を撃たせるわけにはいかぬらしい。
それは確かにそうだ。
我も理解しておる。
理解しておるが……。
やはり、少し撃ってみたい気持ちはある。
身体能力も伸びた。
以前は、相手の動きが見えていても、身体の反応が僅かに遅れることがあった。力を込めすぎ、訓練器具を壊しかけたこともある。
だが今は、動きの途中で余計な力を抜き、道具や相手を壊さぬよう調整することも、少しずつ自然にできるようになった。
ユウの剣捌きも磨かれておる。
勇者だった頃の剣技を、今の身体でも再現できるようになってきたのだろう。剣筋から迷いが消え、踏み込みも鋭くなった。
我の格闘術や操作魔法も同じだ。
五枚のシールドクローを操り、攻撃と防御を切り替える速度も上がった。まだ千葉先生には届かぬが、それでも以前の我より確実に前へ進んでおる。
変化といえば、ユウの姿がどんどん勇者に似てきたことかの。
髪や顔立ちだけではない。
立ち姿。
剣を握る時の目。
ふとした瞬間、元の世界で見た勇者の姿が重なることがある。
もっとも、あの時の勇者に比べれば、まだ小さい。
身体も、精神も、今のユウはまだ成長途中だ。
だが、それでよい。
今のユウは、我の知る勇者であって、我の隣にいる幼馴染でもあるのだから。
そして、我の胸もようやく成長した。
スポーツブラを、ついに装着。
我、感動。
ついに来たのだ。
長き沈黙を破り、我の身体にも希望が訪れたのだ。
うむ。
実にめでたい。
だが、ユウの奴はもっと大きい。
…………。
まあ良い。
成長はしておるからの。
大事なのは前進だ。
ほんの僅かであっても、昨日の我より今日の我が成長しているならば、それは勝利と言ってよい。
我、そう自分に言い聞かせた。
そうそう。
千葉先生がS1級になった。
我らの知らぬところで、さらに強くなっておったらしい。
普段は面倒そうな顔をしておるくせに、やはり現役のハンターなのだな。訓練で相手をしてもらうたび、以前よりもさらに隙が減っているように感じる。
ただ、大林先生のアタックも強くなってきているようで、千葉先生の愚痴は増えておった。
S1級になったことより、そちらの方で疲れているように見えるのはどうなのだ。
そして、中学最後の三年生。
今年も、S組に新入生はいない。
向こうの校舎では、一年から三年まで揃い、ずいぶん賑やかそうよな。
廊下を行き交う足音。
誰かを呼ぶ声。
笑い声。
それらが遠くから聞こえてくるたび、我らの校舎の静けさが一層際立つ。
「マオ。どうしたの?」
「ユウ。今年もいなかった」
「うん。のんびりできるね」
それでよいのかの?
まあ、ユウらしいと言えばユウらしいが。
我らが教室でそんな話をしていると、千葉先生がやってきて教卓に片手をついた。
「お前ら、進路はどうするんだ?」
「高校か……」
我、ぶっちゃけると興味なし。
そのまま高校へ進めることは知っておる。
だが、魅力がない。
理由ははっきりしておる。
我らはもうすぐ、ハンター仮免許の試験を受けられる年齢になる。
その試験に合格し、ハンター仮免許を取得すれば、特別措置によって、バイク免許も通常より一年早く取れるらしい。
今まで学んだダンジョン科の内容も、座学や基礎訓練としてはかなり進んでおる。もちろん、まだ知らぬことは多い。だが、残りは現地で学ぶ段階に来ているのではないか。
ならば、進む道はダンジョンハンター一択ではないかの。
「私は高校には行かなくてもいいかな。早くダンジョンに入ってみたいし」
ユウも同じ意見か。
そうだろうな。
ユウは昔から、決めたらまっすぐ進む。
ダンジョンに入ると決めたのなら、高校生活よりもそちらに心が向くのは当然ぞ。
「お前ら。真面目に考えてる?」
「父上や母上には伝えておる。母上は賛成してくれたが、父上はまだ迷っておるの」
「私もそんな感じかな」
「家族には相談してる、か。だが、天神の父親はまだ迷ってるんだろ」
千葉先生は腕を組み、珍しく真面目に悩む顔をしておるの。
何を悩んでおる?
我らの実力なら問題ないはずだ。
もちろん、正式なハンターとしては未熟な部分もあるだろう。だが、少なくとも基礎訓練は積んできた。千葉先生も、それを一番近くで見ておる。
「確かに、中学に入ってからの二年間で、お前たちは大きく力をつけた。ぶっちゃけると、そこら辺のC級ハンターより腕は上だ」
「ならば、問題ないのではないか?」
「実力だけならな。ただ、もったいなくてな」
「高校へ進まぬのが、もったいないということかの?」
「そう」
千葉先生は、少しだけ照れくさそうに視線を逸らしおった。
「俺が言うのも恥ずかしいが、青春できる最後の時期だぞ」
青春。
その言葉に、我は少しだけ首を傾げた。
我にとって中学生活は、訓練と勉強と、ユウとの日々でできておる。
それは十分に楽しかった。
だが、千葉先生が言う青春とは、きっとそれだけではないのだろう。
友と騒ぎ、授業を受け、くだらぬことで笑い、何でもない一日を惜しむ。
そういう時間を、高校でも過ごせと言っておるのか。
ふむ。
千葉先生よ。
意外と教師らしいことを言うではないか。
しかし。
「これも我らの青春ぞ」
「うわ。マオ、なんかいいこと言ってる」
「くせぇな」
散々な言われようよ。
我は珍しく真面目に言ったというのに、ユウは面白そうに笑い、千葉先生は遠慮なく顔をしかめおった。
解せぬ。
だが、我にとっては本心だ。
普通の校舎で、普通の友と、普通の青春を過ごす。
それも悪くはないのだろう。
だが、我らはここで学んだ。
走り、転び、剣を振り、盾を操り、千葉先生に何度も叩きのめされ、それでも立ち上がった。
我とユウにとって、このS組で過ごした時間こそが青春なのだ。
「まあ、お前らがそう決めたなら、仕方ないか」
千葉先生は頭を掻き、諦めたように息を吐いた。
「なら、受けられる年齢になったら、今月中に仮免試験だ。合格すれば、銃を撃つ訓練にも入れる」
「何!」
我は思わず立ち上がった。
椅子が床を擦り、教室に大きな音が響く。
「マオ。落ち着いて」
ユウが我の腕を引っ張る。
ユウよ。
落ち着けと言う方が無理ではないか。
仮免試験。
正式なハンターへ進むための第一歩。
そして、合格すれば――。
「銃を撃つ訓練に入れるのか!」
「そこに食いつくと思ったよ」
千葉先生は呆れた顔をしたが、否定はしなかった。
否定はしなかったぞ。
つまり、撃てるのだな。
「まあ、そろそろだとは思っていたからな。ただし、まずは仮免試験を受けてもらう。お前らが今まで習ってきた範囲から出すから、変に身構えなくていい」
「試験範囲は、今まで習ったところでいいんですか?」
「ああ、そうだ。三年になってからのダンジョン科の授業は、仮免試験に向けた今までのおさらいと、それを応用した座学になる」
「身体能力の方は?」
「基礎身体能力の検査は免除だ。ダンジョン科での訓練記録を提出すれば、それが検査の代わりになる。毎回、学校で鍛えて、測定もしてるからな。ただし、学校の基準に届いていない奴には、そもそも仮免試験を受けさせない」
千葉先生はそこで一度言葉を切り、我とユウを順番に見た。
「お前らは問題ない。少なくとも、身体能力だけならな」
身体能力だけ。
その言い方に、少しだけ引っかかるものがあった。
だが、すぐにわかる。
千葉先生が見ているのは、単純な力や速さだけではないのだ。
ダンジョンの中で必要なのは、強さだけではない。
進む判断。
退く判断。
仲間を見る目。
武器を使う責任。
それらを含めて、仮免のテストなのだろう。
「銃は?」
「だから、仮免を取ってからだ」
「むう」
「不満そうにするな。銃は玩具じゃない。撃てるかどうかより、撃っていい状況かどうかを判断できる方が大事だ」
その言葉に、我は口を閉じた。
正論ゆえ、反論できぬ。
銃は強い。だからこそ、持つ者の判断が問われる。
それでも、胸の奥がそわそわするのは止められぬ。
ようやく、ここまで来たのだ。
射撃場を見てから、どれほど待ったことか。
「マオ。顔がにやけてる」
「にやけてなどおらぬ」
「にやけてるよ」
「にやけておらぬ」
ユウが笑う。
千葉先生も、呆れたように肩を竦めておった。
よいではないか。
我、楽しみなのだ。
仮免。
銃。
そして、ダンジョン。
これまで遠くに見えていたものが、ようやく手の届く場所まで近づいてきた気がする。
ならば、まずは仮免テストだ。




